カズマと名乗るのは恐れ多いのでカズヤと名乗ることにした   作:美味しいパンをクレメンス

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二話連続投稿はもうしないと以前言ったな。
あれは嘘だ!

いや、すいません!
GX編の第二話執筆中に思い付いたので書きました。
GX編の第二話も同時更新したので勘弁してください。


しないフォギア風な閑話G5

普段起きる時間よりも三十分程度早く目覚めたマリアは、直ぐ様ベッドから飛び出て立ち上がり、全身を思いっ切り伸ばしてから脱力する。

 

「少し早いけど、準備しましょう」

 

それから彼女はテキパキと動き始めた。本日は平日なので、同居人にして妹分である切歌と調は学院だ。朝食の準備をするのは勿論だが、自分達が出掛ける前にやっておきたいことはそれなりに多い。

キッチンでエプロンを身に付けたところで、セレナが顔を出す。

 

「マリア姉さん、おはようございます。今日はいつもより早いですね」

「おはようセレナ。早く目が覚めたのはお互い様じゃない?」

「そうですね...うふふ」

 

朗らかにセレナが笑い、テレビの電源を入れ適当なニュース番組を映すと、マリアの手伝いを開始。

 

「今晩は私達いないし、切歌と調は奏とクリスが面倒見てくれるから、朝ご飯とお弁当で日保ちしない食材は全部使い切ってしまいましょう」

「了解しました」

 

二人で冷蔵庫を覗き込んでから方針を決めると、早速調理。

マリアがトントンとリズミカルな音を立てつつ包丁で食材を細かく刻む横で、セレナが皿やお弁当箱やこれから使用する調理器具を戸棚から取り出す。

そうして二人で朝食とお弁当を準備していると、瞬く間に時間が過ぎていき、やがて眠気眼を擦りながら切歌と調が起きてきた。

 

「おはようデ~ス」

「...おはよう」

 

大欠伸をする二人に苦笑してから挨拶を返す。

 

「おはよう。顔を洗ってらっしゃいな」

「おはようございます。朝ご飯、もうできてますよ」

 

ノロノロと洗面所に向かう二人を見送ると、テーブルに朝食を配膳していく。

本日の朝食は和定食。炊きたての白飯に、豆腐と油揚げと大根の味噌汁、鮭の塩焼き、甘い卵焼き、梅干しやキュウリと白菜とナスの漬物類。

日本人が理想とする朝食を前に、四人は席に着くと手を合わせ、マリアが言った。

 

「はい、いただきます」

「「「いただきます」」」

 

 

 

「切歌、調、はいこれ、お弁当」

 

リディアン音楽院の制服に着替えた二人にマリアが二つのお弁当を手渡す。

 

「いいんデスか!? お弁当感謝デス!」

「ありがとう」

 

普段はトップアーティストとしてそれなりに忙しいマリアと、その付き人のセレナが手間を惜しみ、切歌と調は昼食に学食を利用するのだが、本日はいつもと違う。マリアとセレナが自分達用に作ったもののついでに二人の分も用意していたのだ。

おっべんと♪ おっべんと♪ うっれしいデース♪ と切歌がウキウキした様子で歌いつつ鞄にお弁当を仕舞い、その隣でちょっと感動したような面持ちで調も鞄に仕舞った。こんなに喜んでくれるなら毎日作ってあげたいのが本音だが、忙しいのでそうもいかない。

その時、ピンポーンとインターホンが鳴る。

セレナが対応に出ている間に、マリアは二人に忘れ物をしていないか、ハンカチとちり紙をちゃんと持っているかチェックした。

 

「迎えにきたぞ後輩共」

 

玄関からクリスの声が聞こえてきたので三人はそちらに足を向ける。

切歌と調の二人と同じリディアンの制服姿のクリスに朝の挨拶を交わすと、そのまま学生三人にいってらっしゃいをして見送った。

 

「こいつらの今晩の飯はあたしと奏に任せとけ。そっちはそっちで精々楽しむんだな!」

 

最後に一度こちらに振り返って告げたクリスの言葉に苦笑し、ドアを閉めるとマリアとセレナは一度互いの顔を見合せてから気合いを入れ直し、洗濯機を回してその間にキッチンの後片付けと部屋の掃除。それらが終わる頃に洗濯物を干す。本当は外に干したいが、これから出掛けるので部屋干しになるのは致し方ない。

続いて二人はそれぞれの部屋に戻ると、出掛ける為の準備としてまず着替え、その後は化粧をし始める。

たっぷり時間を掛けて着替えと化粧を終わらせると、姉妹は互いに相手の服装や化粧に変な所がないか確認する。

 

「どう?」

「とっても良いと思います。私はどうですか?」

「問題なし、バッチリよ」

 

二人共、タートルネックにロングスカートという派手さの少ないお揃いの服装。色もベージュなどの地味めなものだ。マリアは有名人だし、二人共に美人の外国人なので可能な限り目立たないようにしたチョイスである。それでも美人の放つオーラというものが醸し出されていて、本人達は地味な格好をしていると思っていても街中を歩けば注目をされてしまうのだが。

それから手荷物の最終チェックを行い、完璧に出掛ける準備が整い、後は時間まで待つのみとなった時にインターホンが鳴った。

 

「いつもより早起きした甲斐があったわね」

「はい、早起きしてなかったら待たせてしまうところでした」

 

マリアの呟きにセレナが頷く。

バッグを手にして玄関を開ければ、予想していた人物が立っている。

 

「おはようさん」

「おはよう、カズヤ」

「おはようございます、カズヤさん」

「二人共準備万端みてーだな。なら行こうぜ」

 

挨拶を交わして二人は家を出る。その際、戸締まりをしっかりするのも忘れない。

そのまま三人はエレベーターを用いてマンションの駐車場に向かう。

 

「今日は車の運転二人に任せていいのか?」

「ええ。カズヤは助手席で寛いでて」

「運転は私とマリア姉さんにお任せください」

「じゃ、お言葉に甘えるとしますかね」

 

イヴ姉妹共用の車の前まで到着し、そんなやり取りを経て乗り込む。

運転席にマリア、助手席にカズヤ、後部座席にセレナが座り、マリアが車のエンジンをかけカーナビをセットしアクセルを踏む。

目的地は箱根。仕事ではなく完全なるプライベートで、一泊二日の小旅行。

以前テレビで箱根特集的なものを見たセレナが行きたいと言い出したのが切っ掛け。家族会議にて切歌と調が普段忙しい姉妹二人でリフレッシュの為に行ってきたらということになり、ついでにカズヤも誘おうという流れで決まったのだ。

 

 

 

高速道路を用いた道中はなかなかに快適で、特に渋滞に巻き込まれることなく箱根へと近づいていた。

 

「懐かしい...ここら辺、初めてのバイクツーリングで翼に連れ回されたなー」

 

高速道路ではないが有料の自動車専用道路の西湘バイパスを抜け、そのまま有料の山岳道路及び自動車専用道路の箱根ターンパイクに入る。

海岸線沿いから山岳道路へと切り替わる為、景色が青い海から緑の山の中へと一変した。

 

「実は箱根に行くならこのルートが楽しいって翼に勧められたのよ」

「...バイク乗る前だったら分からなかったが、今なら分かってしまう」

「でもこの道路もさっきの道路も運転してて本当に楽しいです! スピード出し過ぎないように気を付けなきゃ!」

 

今の運転手はセレナ。彼女はハンドルを握るとテンションが上がるタイプなのか、はしゃいでいるように見えた。

大観山スカイラウンジという休憩施設に到着するまでの間、いくつかの展望台があるので車を停めて写真を撮ったり景色を楽しむ。

 

「...綺麗ね」

「でもほんのちょっと肌寒いです」

「山だしな。夏だとスッゲー快適な涼しさなんだが、春はまだ上着があった方がいいぜ」

 

と、この時カズヤの腹が鳴り響く。

 

「ご飯にする?」

「する。弁当、期待していいんだろ?」

「き、期待し過ぎないでくださいね」

 

展望台のベンチに三人で腰掛け、弁当を広げる。

 

「おっ、鮭に卵焼き、唐揚げ入りの海苔弁か。良いね」

「カズヤはサンドウィッチよりも、こういうご飯ものが好きでしょ」

「ああ。パンよりご飯派なんでな。ん? 海苔とご飯の間に鰹節が...しかもこの鰹節、醤油で味付けされてる。良い仕事するなー」

「カズヤさんが好きそうなの、勉強しました...!!」

「美味い美味い、こういうの好き」

「「良かった」」

 

ガツガツ食べるカズヤを、左右から目を細めて嬉しそうに見つめる姉妹。

やはり料理を作った側としては、食べる人には喜んでもらいたい。そう考えるとカズヤ、響、切歌のような分かり易い反応を示す食いしん坊は、その食いっぷりがありがたかったりする。

お弁当を食べ終わり、休憩施設に到着すれば、富士山や芦ノ湖を見渡せる景色が待っていた。

ここでもまた写真を撮ったり撮られたりをしていると、眼下に広がる湖には遊覧船が浮かんでいたのを発見し、後であれに乗ってみようかという話になった。

再び車に乗り込み芦ノ湖へと向かう。

 

「芦ノ湖の船、今ネットで調べたら二種類あんぞ。普通の遊覧船と海賊船。料金も違うし回るコースも違うみてーだな。どっちに乗りたい?」

「「海賊船!!」」

 

カズヤがスマホを弄りながらした質問に、姉妹は実に楽しそうな声で答えた。

 

「しかも桃源台港のすぐそばにロープウェイ乗り場があるから、船乗った後にロープウェイにも乗れるぜ。そっちも行くか?」

「折角なんだしそっちも行きましょう」

「楽しみです」

 

山道を車で登ったり降ったりを繰り返し、箱根海賊船の発着場に到着し、有料駐車場に車を停めて切符売り場へ。

ロープウェイも利用するので、『海賊船・ロープウェイ1日きっぷ』を三人分購入し、タイミング良く出港時間まで間近だったので早速乗船。

平日の為か観光客などが予想より少ないので船の広さを満喫できる。

船の甲板から柵に寄り掛かるようにして三人で周囲の景色を楽しんでいると、ふいにマリアがこう切り出した。

 

「カズヤ...ありがとう」

「いきなりどうした? 藪から棒に」

 

右隣に顔を向ければ、穏やかな表情で視線を景色に注ぐマリアの横顔がある。

 

「...本当に、あなたには感謝してもし足りないの。ネフィリムが暴走した時にセレナを救ってくれたことから始まって、フロンティア事変の最初から最後まで、そしてその後の私達の処遇、今に至る全ては、あなたが尽力してくれた結果...私が一生を捧げても受けた恩を返せる自信がないわ」

「今更何を。恩を返すとかどうとか、そこまで気にする必要ねーよ。俺はいつだって俺がやりたいことを好き勝手にやって、結果的にそうなった。ただそれだけだ」

「だからこそ、ですよ。カズヤさんがやりたいことをやり抜いたからこそ今があるんです」

 

左隣でセレナが微笑む。

 

「......そうか...じゃあ、そういうことにしとく」

 

視線を前方に戻し、豊かな自然の湖や山々を見つめた。

 

「カズヤ」

「ん?」

「私達姉妹を、あなたのそばにいさせて」

「できることなら、このままずっと」

 

左右からマリアとセレナが肩に頭を置くようにもたれ掛かってくるので、カズヤは二人の体温を感じながら少しぶっきらぼうに──僅かに照れ隠し気味に言う。

 

「...好きにしろよ」

 

 

 

往復で一時間程度船の上を楽しんでから、そのままロープウェイに乗る。

 

「高いです」

「高いわねぇ」

 

実はロープウェイに乗るのが初めてのイヴ姉妹。景色よりも、山と山の間をするすると登っていくロープウェイそのものに関心があるようだ。

 

「この先が大涌谷だ。温泉池で作った黒たまご、まあ茹で卵なんだが、一個食えば七年寿命が伸びるって謳い文句で有名だな」

「温泉...確か箱根火山って活火山なのよね」

「そういえば少し臭くなってきました」

「火山活動中だからこそ、そこに温泉が湧く訳だ。あと、向こうに着いたらもっと臭いひでーから覚悟しとけ。卵が腐ったような硫黄臭にな」

 

山のあちこちから噴き出す噴煙には硫化水素を含む為、ロープウェイから見える景色は徐々に緑が少なくなり、赤茶けた山肌が増えていく。

 

「服に臭いが付くのは嫌だわ」

「後で旅館に着いたら消臭しましょう」

 

大涌谷に到着し、ロープウェイを降りればまず鼻に突く硫黄臭。うえぇっ、と顔を顰める姉妹に苦笑しつつ、「すぐに慣れる」と言って先を促す。

臭いに慣れるまでは黒たまごは無理、もしくは買って後で食うかな? 考えながら順路を進む。

 

「知識としては知っていたけど、実際に活動中の火山に来てこういうの見ると、いかに自分達が狭い世界で育ったか実感できるわね」

「F.I.Sの研究所にレセプターチルドレンとして引き取られるまでは難民暮らしで、そっから去年まではずっと施設暮らしだろ? 仕方ねーさ。それに、だったらその分これから色んなもんを見に行けばいい。もうお前らを縛るもんはねーんだからよ」

 

グツグツと煮え滾る温泉池、硫黄臭と共に周囲に立ち込める白い噴煙、観光客相手にお土産を勧める地元の人々の様子を眺めて自嘲するようにマリアが言うので、カズヤが陽気に言い放つ。

 

「それじゃあ、その時はカズヤさんも一緒ですよ」

 

横からセレナが腕を抱き締めてくると、それに対抗するように反対側からマリアも抱きついてくる。

 

「勿論付いてきてくれるんでしょう?」

「...ま、気が向いたらな」

 

素っ気なく返していながら優しい笑みを浮かべるカズヤに、マリアとセレナは思わず見惚れ、暫くの間呆けていた。

 

 

 

硫黄臭に苛まれながらもなんだかんだで大涌谷を楽しんで、黒たまごを後で食べようと購入してからロープウェイに乗り車を停めた桃源台港に戻る。

 

「硫黄の臭いで食欲がなかったけど、今なら食べれるわ」

「これ、殻が名前の通り真っ黒ですけど、中身も真っ黒なんですかね?」

「...」

 

先程買った黒たまごに興味津々の姉妹には悪いと思ったが、カズヤは黙って笑いを堪えるのに必死だった。

ペリペリ、パキパキと二人は殻を剥く。

 

「あら? 白身は普通に白いのね」

「本当ですね。あくまでも黒いのは殻だけなんでしょうか?」

「...」

 

塩を振りかけて二人は茹で卵にかぶりつき、

 

「..........................................味、普通の茹で卵」

「..........................................しかも黄身も普通の茹で卵ですね」

「ぶふぉっ!!!」

 

一口食べて微妙な顔をした二人に耐えられず、カズヤはついに吹き出した。

そんなカズヤのリアクションに、マリアとセレナは暫し呆気に取られていたが、我に返ると非難するように叫ぶ。

 

「カズヤ! あなた黒たまごの味が普通の茹で卵と変わらないこと知ってたわね!!」

「私達がわくわくしながら殻を剥く横でほくそ笑んでたなんて酷いです!!」

「くくっ、だって、お前ら、当たり前だろが、ぶはは! 黒たまごは確かに黒いが、作り方は、温泉に浸ける以外に普通の茹で卵と、そこまで変わらねぇ、まさかラーメン屋の味玉みてぇな、味がすると思ってたのかよ!!」

 

腹を抱えて過呼吸になりそうな勢いでひーひー笑うカズヤに、二人は頬を膨らませた。

 

「期待して何が悪いのよ!?」

「一個食べれば寿命が七年延びるって謳い文句だから、美味しいと思ってたんですよ!?」

 

左右からポカポカ叩かれる。二人のそんな抗議は、カズヤが笑い止むまで続いた。

 

 

 

その後、ちょっと拗ねた感じの表情でいながらカズヤの顔をチラチラ窺うマリアとセレナを引き連れ、本日お世話になる旅館へと車を走らせる。

旅館に着いた頃には既に夕方近くになっていて、一っ風呂浴びれば夕飯の時間に丁度良い。

 

「素敵な旅館ね」

「お部屋も外の景色も綺麗です」

 

部屋に案内されてすっかり上機嫌となる姉妹に、現金な奴らだなと思いつつ、用意されていた浴衣を手に取り、いそいそと風呂の準備を始めるとそれに二人も倣う。

大浴場の前で「また後でな」と別れを告げて男湯へ。

カラスの行水、と自他共に認めるほど風呂に入っている時間が短いカズヤであったが、流石に温泉となればそこそこ長くなる。サウナやジャグジーなどの設備があればそれに応じて時間も延びた。

が、やはり女性よりは時間が短いのは男性特有なのか。

浴衣姿で休憩所までやって来て、自販機にてフルーツ牛乳を購入し飲み干すと、マッサージチェアを利用しつつ二人を待つ......つもりだったのだがそのまま寝てしまう。

 

 

 

「あぁ~、良い湯だった」

「本当ですねぇ」

 

マリアとセレナが温泉の感想を言い合いながら、浴衣姿で休憩所に踏み入り、そこでマッサージチェアに身を委ねて寝ているカズヤを発見する。

幸か不幸か他の利用客はいない。平日故か夕飯の直前の時間帯だからか不明だが、マッサージチェアを独占していることと、財布やスマホを盗まれてしまうかもしれない無防備な寝姿に、マリアは大きく溜め息を吐く。

 

「本当に、こういう時は子どもみたいなんだから」

 

仕方ないなと思いつつ近寄って肩を揺する。

 

「カズヤ、起きて、こんな所で寝たらダメじゃない」

「起きないとキスしちゃいますよ、カズヤさん♪」

「...セレナ、あなたね...」

 

じろりと睨めば可愛くペロッと舌を出しウィンクするセレナに呆れながらも、この場には自分達しかいないのだし、ちょっとくらいならいいのではという思考が過った。

一度周囲をキョロキョロ見渡してから、

 

「......キス、しちゃおうかしら? 無防備なカズヤが悪いんだし」

 

おもむろに顔をカズヤに近づける。

 

「は!? 言い出しっぺは私ですよ! キスしていいなら私がします!」

 

しかしセレナがそれを許さない。背後から両肩を掴まれ引っ張られてしまう。

お目覚めのキスを巡り醜い姉妹喧嘩が始まる。

 

「ちょっとセレナ! 邪魔しないで!!」

「何が邪魔ですか!? マリア姉さんに譲るくらいなら私がします! 引っ込んでてください!!」

「姉に向かって引っ込んでてとは何よ!? 妹なんだからもっと姉を敬いなさい!」

「マリア姉さんこそ姉の威厳があると自覚するなら私に譲ってくださいよ!」

「姉は妹よりも常に一歩先にいるものなのよ!!」

「そんなのただの抜け駆けって言うんですよ!!」

 

何としてでもカズヤにキスしようと強引に体を前に進ませようとするマリアと、それを意地でもさせんと取り押さえるセレナ。

暫くの間、ギャーギャー言い争いながらそうやっていたら──

 

「ゼー、ゼー、ゼー」

「ヒー、ヒー、ヒー」

 

折角温泉に入ったのに二人共汗だくになり、青息吐息で動きを止め、揃ってその場でへたり込んでいた。

たかがキスの一つや二つで、どうしてこんなことになったのか? 二人は疑問に思ったが、すぐにどうでも良くなる。

 

「私達バカみたい、今更キスなんかで」

「そうですね。カズヤさんが聞いたらきっと呆れるか爆笑しますよ」

 

顔を見合わせ、姉妹は示し合わせたように笑い出す。大声で、実に楽しそうに。腹を抱えて心の底から笑った。

 

「.........んあ?」

 

その幸せそうな笑い声により、カズヤが漸く目を覚ます。

 

 

 

夕飯は山の幸やら地元の農家から取り寄せたあれやこれやを、これでもかと使ったしゃぶしゃぶ鍋。

美味しい料理はお酒が進むので、三人で調子こいて飲み食いしていたら、カズヤより酔いが回り易いマリアとセレナが完全に出来上がった酔っ払いになってしまった。

 

「ほらマリア、セレナ、しっかりしろっての。部屋に戻るぜ」

「カ~ズ~ヤ~抱っこ~」

「じゃあわたしはおんぶ~してほしいで~す」

 

多少は酔ったが二人ほどではないカズヤは、へべれけになった二人に肩を貸し、腰を抱いて引き摺るように部屋に戻る。

 

「ほら、水飲め水」

「カズヤが口移してくれるなら飲む~」

「飲む~」

「あぁ、もう...」

 

部屋に二人を連れてきた後、廊下に出て自販機で購入したミネラルウォーターを差し出すが、二人はふるふると横に首を振った。

 

「口移し~」

「口移ししてくださ~い」

 

どうやら何がなんでも口移し以外では水を飲むつもりはないようだ。

催促されて溜め息を吐く。

 

「魂胆丸見えだが、乗ってやるよ」

 

言って、ペットボトルに口を付けた彼を見て、姉妹は唇を吊り上げ淫靡な笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

二日目。

一泊二日の予定なので本日で帰るが、箱根という場所の為、高速道路を使えば都内まですぐだ。だから夕方くらいまでゆっくり見て回ろうということで、朝食を終えてから温泉に今一度浸かり、旅館を出る。

そしてやってきたのは箱根ガラスの森美術館。

ここに来ることを熱望したのはセレナで、この小旅行の目的でもあったとか。テレビで放送されたのを見て来たがるとは、なかなか微笑ましいものである。

 

「...わぁ、綺麗」

「日本の職人さんの技術は世界最高峰ってよく聞くけど、こういうの見ると納得せざるを得ないわね」

「はい!」

 

館内に踏み込み展示品を見て感嘆の声を上げる姉妹だが、

 

「...いや、なんか勘違いしてんぞ。ここは日本初のヴェネチアン・グラス専門の美術館ってだけだかんな」

「「...」」

 

間違った知識を訂正するようにカズヤがパンフレットを読みながら冷静に指摘し、二人は水を差されたように黙り込む。

 

「そもそも展示物の造形からして明らかに日本製じゃねーだろ。そんくらい言われなくても気づけ、つーかパンフにデカデカと書いてあるし...しっかりしてるようで意外にポンコツ姉妹だよな、お前ら」

「...世間知らずのポンコツで悪かったわね...!!」

「...どうせ学もなければ学歴もないウクライナ出身の田舎娘ですよ...!!」

 

ポンコツ発言が余程ショックだったのか、プリプリ怒り機嫌を損ねてしまった。カズヤに背を向けて歩き出す姉妹に、大爆笑しながら二人の間に入るように背後から肩を抱き、楽しそうに宣う。

 

「アハハハッ! 怒るなって! 俺だって学歴ゼロのプー太郎なんだし気にすんなよ」

「その言い方だと私達もプー太郎ってことじゃない!!」

「何の慰めになってませんよ!!」

「マジかよ、俺達プー太郎三人組とか、うける...!!」

「...何がそんなに楽しいのよ」

「...たまにカズヤさんの笑いのツボが分からなくなります」

 

くつくつと必死に笑いを堪えるカズヤに、怒りを通り越して呆れる二人。

マリアとセレナの学歴については仕方ない部分が多々ある。生まれ故郷のウクライナにて戦乱に巻き込まれ難民となり、その後はF.I.Sに引き取られたがほぼ研究対象扱い。平和な国で普通に生まれていれば、本来の年齢的には大学生としてキャンパスライフを楽しんでいたとしても何らおかしいことではない。

 

「いやー、実は俺達ん中で学歴ゼロなのが俺だけだったから肩身が狭かったんだが、仲間ができて嬉しくてな」

「嘘よ。あなたルナアタックの後、クリスと一緒に復学するよう風鳴司令に薦められて、面倒臭いからって理由で断ったらしいじゃない」

「しかもその当時、自分は死んでも復学しないの一点張りなのに、クリスさんには絶対にリディアンに通えってうるさかったって聞きましたよ」

 

左右からジト目で睨まれるが、これっぽっちも堪えた様子のないカズヤである。

 

「当然だろ? 今更学校なんてやってられっかよ、面倒くせー。それに、クリスがリディアンに通えばクリスの制服姿がいつでも見れるしな」

「つまり、クリスの制服姿が見たいが為に復学しろってうるさかったの? 自分は面倒で学校行かないのに?」

「そんな下心があったんですか」

 

ますます呆れる二人。

実は、もしリディアンが共学だったら学校に行くことに検討の余地がない訳ではなかったが。

 

「あ、でもそう考えるとマリアとセレナはちょっと勿体ねーよな...二人のリディアンの制服姿、見てーなー。きっと似合うんだろうなー」

「......流石に私達の年で高校の制服は...」

「...似合う似合わないの問題じゃないですし、ね」

 

ニヤニヤ笑うカズヤの発言に二人はそっぽを向いて頬を赤くする。

年齢的には遅いが、憧れがなかった訳ではない。実際、リディアンに通うことになった切歌と調が羨ましくなかったと言えば嘘になってしまう。

 

「騙されたと思って今度着てみろって。お前らなら絶対に似合うから、俺が保証するし、制服も用意してやるって」

「保証はともかく、どうやってカズヤが女子高の制服を用意するつもりよ?」

「そこはほら、テキトーにでっち上げればいいんだよ。例えば、今度の新曲のPVにリディアンを舞台にして撮りたいから三人分用意してくれって慎次あたりに言えば余裕だろ。翼は自前のあるだろうし」

「具体的かつ微妙に実行可能な内容に、カズヤさんの執念が垣間見えます...」

 

この男はどれほど自分達の制服姿が見たいのだろうか。呆れてこれ以上何も言えないが、裏を返せばそれほど期待されてるということで...まあ、その、悪い気はしない。

 

「......か、考えてあげる」

「......そうですね、検討するくらいなら」

「マジで!? やったぜ!!」

 

喉の奥から搾り出した返答を聞き、子どもみたいにはしゃぐ彼の横顔が愛しくて、二人は胸中で嘆く。

 

(...カズヤって私をダメにする天才ね。しかも、あなたにダメにされるのも悪くないと思ってしまうから余計(タチ)が悪いんだから)

(そんなに喜ばれると何でもしてあげたくなっちゃいます...ズルいなぁ、カズヤさんって)

 

惚れた弱みというか、惚れた方が負けという言葉を噛み締めつつ、二人は間にカズヤを挟んだまま美術館内を練り歩いた。

 

 

 

美術館にはガラス工房の体験会という催しもあり、お土産用のグラスなどを自分で作ることも可能なので、折角だからやらせてもらう(勿論有料)。

その後、腹が減ったので美術館内のレストランにて腹ごしらえを済ませると、皆の為に他にもお土産を買いたいと姉妹が言うのでお土産屋さん巡りへと車を奔走させる。

 

「木刀とか買うか?」

「切歌が喜びそうだけど、要らないわよ」

「翼も喜びそうだぜ?」

「翼さんは既に持ってそうですけど」

「...それもそうだな」

 

あっちこっちのお土産屋さんを梯子して、あーでもないこーでもないと言い合う。

 

「これは、アニメとのコラボ? カズヤ、あなた知ってる?」

「ああ。このアニメ、俺は見たことねーけど箱根が舞台になってんだよ。一時期は社会現象になったくらいに人気だったらしいぜ」

「日本のアニメは面白いですから...切歌さんと調さんもよく見てますし」

 

お土産屋さんを出て大量のお土産を車のトランクに押し込む。

 

「そろそろ帰るか?」

「そうね」

「切歌さんと調さんも待ってるでしょうし」

 

帰りはマリアの運転で、車内で三人でカラオケ染みたことをやりながら高速道路を高速でぶっ飛ばしながら帰宅する。

 

「お帰りデス三人共! お土産! 木刀買ってきたデスか!?」

「ただいま、木刀なんてある訳ないでしょあんなもの、何に使うのよ」

「ガガガガーン! デス!! ...木刀、欲しかったデース...」

 

元気に出迎えた切歌にマリアが呆れながら返答すると、膝から崩れ落ちて蹲り、土下座するような体勢でしくしく泣き始めた。

 

「ほら、欲しがってただろ?」

「だから、要らないって言ってるでしょ」

「...お母さんみてーなこと言いやがって」

「私がお母さんなら、カズヤは娘に甘いお父さんでしょ!」

「まー、確かに。俺にもし娘とかいたらめっちゃ甘やかすな」

 

泣き続ける切歌の横を通り過ぎ、マリアは調に手にしていた袋を渡す。

 

「調、お土産に冷蔵庫に入れなきゃいけないものあるから、これ」

「冷蔵庫に入れる...食べ物...やった!」

「切歌さん、お土産に美味しいものをたくさん買ってきたので元気出してください」

「...セレナ、私はお肉が食べたいデース...」

「馬肉の燻製あんぞ」

「馬肉!!」

「復活早いなー」

 

バタバタ騒ぎながら皆でリビングに向かう。

 

「今度は私達も一緒に箱根行くデース」

「そういうことで、よろしく」

「そうね、そうしましょう。いつか皆で、ね」

「その時は切歌さんと調さんに大涌谷の黒たまごを食べさせてあげます。一個食べると七年寿命が延びると謳い文句の、真っ黒な茹で卵です」

「セレナ、実は昨日のこと、まだ微妙に根に持ってるだろ」

「はい? 何のことですかカズヤさん?」

 

こうして、トラブルもなければアクシデントもない、楽しい小旅行は終わりを告げ、平穏な日常へと戻っていく。




次はR-18版の更新だぁ(白目)

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