カズマと名乗るのは恐れ多いのでカズヤと名乗ることにした   作:美味しいパンをクレメンス

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今回のお話、切りどころが分からなくて凄く長くなってしまいました。

あと、先に明示しておきますけど、私は水樹奈々さんの画力をバカにしているつもりは毛頭ありませんので、そのことについてご理解いただくようお願いします!!


黄昏時

ロンドンから日本へ帰国する飛行機内、そのファーストクラスの座席には、何とも表現し難い微妙な空気が流れることで、沈黙が場を支配していた。

原因は窓際の座席に座り、黙したまま外を眺めているカズヤだ。

日本からロンドンへ訪れる際の道中では、ファーストクラスであることを利用して豪華な機内食を楽しんでいたのに、現在は一言も喋らずじっとしている。そのギャップの原因が昨晩の襲撃であることは明らかで、彼の態度と纏う空気を一変させていた。

ムードメーカーである彼が口を開こうとしない為に、奏達もなんとなく気が引けて喋ることができない。

どうにかこの空気をなんとかできないか。というか、誰かなんとかしてくれお願いします! 千円あげるから! と奏達が内心で懇願していると、

 

──ぐぅぅぅぅ!!

 

誰かの腹の虫が盛大になった。

奏は自分ではないので隣の翼を見て、翼は私じゃないと横に首を振る。カズヤかと思って正面に向かい合って座る彼に視線を注ぐが、彼は視線を窓の外からこちらの顔に変え表情を窺ってくるので違うらしい。緒川は本部に連絡を取る為に席を外している。

 

「.........私」

 

カズヤの隣、及び翼の向かいに座るマリアが、左手で赤くした顔を覆いつつ右手を小さく挙げる。

恥ずかしそうにしているが、無理もない。誰もが音の発生源を探したくなる衝動に駆られるほどに凄い音だったのだから。これが自分達のみのファーストクラスではなくエコノミークラスだったら、機内の注目間違いなしだ。

 

「......ぷっ、くく、あははは! 飯にするか? マリア」

 

これまで沈黙を守っていたカズヤが笑い出し、屈託ない子どものような笑顔で問い掛ける。

空気が突然軽く、明るくなったのをチャンスと見て奏は便乗した。

 

「いいね、アタシも腹減ってきたよ。マリアの腹の音で」

「私も奏と同じだ。マリアのお陰で食欲が刺激されてしまった」

「......恥ずかしいからそれ以上やめて」

 

翼も乗っかってきたので、皆で食事を摂ろうということになる。

 

((ナイス、マリア!))

(放っといて!)

 

彼女のファインプレーに奏と翼は心の中で賛辞の声を送るが、当の本人は羞恥で小さくなっていた。

運ばれてきた豪華な機内食を楽しみつつ、奏は意を決してカズヤに質問。

 

「で、結局カズヤは何を考え込んでたの?」

「ん? ああ。下手な考え休むに似たり、って感じなんだが、どうも気になることがあってな」

 

そう返しつつ彼は語り出す。

 

「錬金術師、キャロルの目的が何か分かんねーんだよ。今朝あった報告によると、響とセレナは敵から『世界を壊す』とか『奇跡を殺す』って聞いたらしいが、まずこれの意味が分からん。表現が抽象的過ぎだ」

 

確かに、と三人は首肯する。

 

「次、昨夜の襲撃だ。あの人形、ファラは何が目的で俺達を襲撃した?」

 

痛み分けにしとくと捨て台詞を残し去ったファラだったが、カズヤとしてはボロ負けしたと言っても過言ではない。

 

「あいつの目的って、カズヤから"向こう側"の力を奪うことだったんじゃないの?」

「私も奏の言う通りだと思う。あれは莫大なエネルギーの塊だ。それを他の何かに利用するつもりなのでは?」

「つまり、その他の何かが気になる、ということね。錬金術という異端技術の使い手が"向こう側"の力を何かに利用するのが明らかなら、今後の対策の為にも考える必要があるわね」

 

奏が肩を竦めて言葉を紡ぎ、それに翼が頷き新たな疑問を投げ、マリアが顎に手を当て考え込む。

 

「連中に関してはそんなところだ。で、こっからは俺達側の問題」

 

三人は黙ったまま目で続きを促すので、カズヤは腕を組んで悩ましげに口にする。

 

「まずセレナ。昨日、オートスコアラーのガリィって奴にやられたことについて、純粋に心配だ」

「カズヤ、セレナのことを心配してくれるのは嬉しいけど、それはもう平気よ。ていうか、あなた今朝本人に電話して元気な声を聞いたじゃない」

 

心配性なんだから、とマリアが苦笑した。

 

「次にクリス。あいつ、俺と同調してもねーのに、俺のシェルブリットバースト撃ったらしい...体が心配だ」

「セレナと同じで、そのことについて電話して根掘り歯堀り聞いてたじゃん。腕に痛みとか傷とか痺れとかないかって。本人が大丈夫っつってんだから大丈夫だって」

 

心配し過ぎ、と奏が半眼になる。

 

「最後に響だ。これについてはまだ本人から話聞けてねーけど、セレナ曰く、キャロルが世界を壊す理由は父から託された命題だ、っつってから異様なまでに動揺してたらしい。んで、自分にはそんなのない、的なことをセレナがはっきり耳にしてる......今まで響の家庭環境についてこれっぽっちも知らなかったが、あいつもしかしたら結構重いもん抱えてんのかもしんねーって思ってな」

「......家族の問題、か」

 

翼の表情に陰が差す。彼女は極めて特殊な家庭環境で育った為、『家族』というものが持つ意味合いは一般人のそれよりも酷く重い。

 

「そう考えると、アタシ達でまともな家族関係を継続できてるのっていないね」

「そう、ね...悲しいことにね」

 

沈んだように声のトーンを落とす奏とマリア。

 

「だからよ、響のメンタルケアをどうしようかなって考えてて。あいつのことだから、セレナがやられたのは自分のせいって思ってるだろうし...なんか良い方法ってあるか?」

 

この問い掛けに三人はう~んと考え込んでから、至極真面目な顔でこう告げた。

 

「アンタがベットの上で響を元気付ける」

「そうだな。たまには自発的に立花をホテルに誘え」

「いっそセレナも含めて三人ですればいいじゃない」

「......(シモ)いこと以外にまず思いつくことないんですかねぇ......」

 

自分で考えよう、カズヤはそう決意した。

 

 

 

 

 

【黄昏時】

 

 

 

 

 

日本に到着し、キャリーバッグをガラガラ言わせて空港内を歩くカズヤ達を出迎えてくれたのは、日本に残った装者五人だった。

セレナを除いた四人は、放課後にそのまま迎えに来てくれたのでリディアンの学生服(夏服)。セレナは彼女のイメージによく合う白いワンピースだ。

カズヤ達の姿を確認して駆け寄ってきた五人は、それぞれがお帰りなさいと声を掛けてくれるので、ただいまと返す。

 

「セレナ、無事か?」

「体の方は大丈夫なの?」

「はい! この通り元気です! カズヤさんもマリア姉さんも心配し過ぎですよ、もう」

 

いの一番に心配するカズヤとマリアに、セレナは自身の元気をアピールする為、右腕を掲げて力こぶを作って見せる。

白い無地のワンピース姿でそんなことをすると、華奢な腕が強調される。それを見てカズヤは自然と微笑んだ。

 

「...でもアガートラームが壊されちゃいました」

 

明るい笑顔から一転して暗い顔でポケットからギアを取り出す。

やはり昨日の三人のギア同様に、傷があった。それを受け取り、カズヤは力強く頷く。

 

「大丈夫だ、後で再構成しておく。すぐ元通りにしてやるから安心しろ」

「はい、よろしくお願いします」

 

セレナからギアを預かると、今度はクリスに向き直り、彼女の右手を取る。

 

「クリスお前、本当に腕大丈夫か? 嘘ついてたら承知しねーからな」

 

クリスの手の平や甲をしげしげ観察しつつ、指先から手首、前腕、肘までを優しく撫でる。

 

「だから大丈夫だっつってんだろ。その、あんま心配すんなよ」

 

と言いつつも、カズヤに心配される事実にクリスの顔は実に嬉しそうで、彼にされるがままだった。

対するカズヤは、戦闘中かと思うほど真剣な表情。

 

(とりあえずアルター痕は見当たらねーな。話じゃ撃った後はかなり疲弊した状態だったみたいだが、負荷自体はそれほどでもなかったのか?)

 

そう考えるとカズヤとしてはありがたく、嬉しい誤算であり、一安心できる事実だ。

本来のシェルブリットは第二形態以降、負荷が増大する。発生する激痛、体力の消耗による昏倒、感覚の喪失、そして能力を使用する度に手や腕に走るアルターの浸食痕。強力であるが故に代償として後遺症やリスクが酷いものであるはずだった。

だが幸いにして、カズヤの肉体は"スクライド"のカズマと違い、能力行使による肉体への負荷はないに等しい。これはカズヤの肉体が"向こう側"で生まれたアルター結晶体である可能性が高い為。

それ故に代償や後遺症を気にせず使ってこれたのだが、今回は前提条件がこれまでと異なった。

クリスが、カズヤと同調もせずに、単独でシェルブリットバーストを使用したのだ。

最終形態時に同調した状態で使用したことは何度かあったが、同調しないで使用したのは今回が初めて。同調状態なら負荷を軽減できていたので心配することもなかったが、今回はそうもいかない。カズヤとしてはクリスがカズマのように激痛に苛まれたり、浸食痕で腕がボロボロになるのは何としても避けたかったのだから。

 

「本当に痛みとかないんだな? 違和感とかも?」

「ねぇって。あたしはそんな柔じゃねぇから安心しろよ」

「なら、いいんだ」

 

漸く満足したのかカズヤは彼女の手を離し、続いて響に近寄った。

 

「おい響。お前へこんでねーか?」

「ふぇぇぇぇ!?」

 

いきなり彼女の両頬を左右から引っ張り伸ばす。

 

「おーおー、柔らかくてよく伸びる」

ふぃふぁいれふ(痛いです)! ふぁなふぃれ(離して)!」

 

本当に痛いのか涙目で必死に抵抗する響からセレナに視線を向け、こう尋ねてみる。

 

「セレナ、どうする? 響のこと許してやっていいか?」

「許す許さない以前に、私は全く気にしてないのでその手を早く離してください、さもないと引っ叩きますよ」

「...あ、すいません」

 

凄みのあるセレナの声音にビビって思わず響を解放した。

 

「大丈夫か、響」

「自分でやっといて何をいけしゃあしゃあと...痛かった...頬っぺたが引き千切られるかと思いましたよ」

 

しくしく泣く響。

 

「でもまあ、お仕置きとしては効果覿面だろ? どうせ響のことだから、昨日セレナがやられたのは自分のせいって自分を責めてんだろ。だったらこういうのは周りが気にするなって優しく声掛けてやるより、罰なりお仕置きなりくれてやって無理矢理区切りつけてやった方がズルズル引き摺らねーんだよ。あの時のことを挽回しなくちゃ、とか後で余計に気負わないようにな」

 

ポカンとする響の頭を今度は優しく撫でてから、空港内という衆人環視の中にも関わらず、躊躇なくその細い体をギュッと抱き締めた。

 

「俺は幼馴染みの未来と違って、響の家庭環境を知らねー。だから、お前が父親ってもんにどんな感情を持ってるのか想像すらできねー。だが、愚痴とか弱音とかあんだったらいくらでも聞いてやるし、付き合うから一人で抱え込むな。前にも言ったが、響は笑顔でいるのが一番魅力的だ。だから、俺は響が笑顔になる為だったら何でもするからな」

 

すると響は、カズヤの背中に両腕を回し、胸板に顔を埋めつつ、くぐもった声を出す。

 

「...カズヤさんは凄いなぁ...私のこと、そうやってすぐに元気にしてくれるんだからぁ...」

 

腕の中でもたらされる優しさと温もり。気遣いと多大な愛情。それらを心と体に受けて、心に刺さった不安のトゲが抜けて安心感で傷が癒されるのを実感した。

 

(カズヤさんはいつも私がへこたれてる時に励ましてくれて、抱き締めて欲しい時に抱き締めてくれる......こんなの反則だよ...)

 

こうして私はこの男性に、今までよりも深く強く依存していくんだ、と内心でそう自覚を持ちながらも響はこの幸せから抜け出す気は更々ない。

 

(カズヤさんがそばにいてくれて、未来と、皆と仲良くずっと一緒にいられるなら、私はこれ以上何も要らないや)

 

当のカズヤとしては、腕の中で彼女がリラックスしていくのを気配で察し、上手く元気付けることができたと少し安心する。

そんなカズヤを見て、相変わらず女に甘いなー、という感じの視線が他の面子から飛んでくるが、誰も何も言わない。何故ならカズヤが装者を甘やかすのは最早常識で、自分達も散々甘えてきたのだから。

と、横合いから切歌と調が指で肩を突ついてきたので何だと思って顔を向けると、

 

「ところで、ロンドンのお土産はないデスか?」

「お土産、ないとは言わせない」

「うるせー黙れ、邪魔するな。俺は今響とイチャコラすんのに忙しいんだよ」

 

茶々を入れてきたので本気で睨み付けた。

 

 

 

場所をS.O.N.Gの本部──次世代潜水艦内の司令部へと移す。

 

「よし、皆揃ったな」

 

弦十郎が腕を組みつつ口を開き、厳かに言った。

 

「破壊されたギアは、カズヤくんのお陰で既に全て元通りということだが...」

「おう、全部バッチリ再構成済みだ。運用に支障はねーと思う......思うが、あのノイズ擬きとやり合うのはオススメできねー。現状のシンフォギアじゃ、またすぐぶっ壊されるのがオチだしな」

「だろうな。それと、あれはアルカ・ノイズという。クリスくん達が救助した252、エルフナインくんが教えてくれた名称だ」

「アルカ・ノイズ、ね。やっぱノイズと似て非なるもんか」

 

正式名称を聞き、カズヤの目が獲物に狙いを定めた猛禽のように鋭くなる。

 

「そういやぁ、そのエルフナインって奴から聞きてぇこととか確認してーことがあんだよ。面ぁ借りてもいいか?」

 

急に不穏な空気を醸し出したカズヤ──まるで戦闘前のような彼に、弦十郎は眉を顰めて問う。

 

「何をするつもりなんだ?」

「決まってんだろ! そいつがスパイかどうか確かめるんだよ!」

「っ!?」

 

弦十郎のみならず、皆もこの発言に驚くがカズヤは構いやしない。

右腕を前に真っ直ぐ突き出し、人差し指、中指、薬指、小指、そして親指と順に折り曲げて拳を握り締め、ギシギシと音を鳴らす。

 

「ここにいる連中のほとんどが人を疑うことを知らねーお人好しの集団、ってのは十分理解してるが、そろそろ学習ぐらいしようぜ? 了子さんにウェルのクソ野郎、アンタらは何回裏切り者に痛い目遭わされりゃ疑うことを覚えるんだ?」

 

手厳しい言い方ではあるが、誰も反論できない。

かつての二課は了子に、武装組織フィーネはウェルに裏切られた過去がある。どちらも裏切り方は異なるが、どちらの組織にも短い間とは言え身を置いたカズヤだからこそ、内部に潜む敵の存在を看過できない。

 

「トレーニングルームにエルフナインを連れてこい。そいつが敵かどうか、俺が確かめる」

 

有無を言わせぬその口調が、皆を心の底から案じているものだと分かるからこそ、誰からも反対意見は出なかった。

 

 

 

手枷を外され、理由も聞けずにエルフナインが連れてこられた部屋は、潜水艦内に存在する装者用のトレーニングルームだ。

白を基調としており、埋め込み式の照明以外は何も存在しない、ただ広いだけの部屋。勿論、装者用のトレーニングルームだけあって頑丈な作りにはなっているが──

 

(それにしては壁や床、天井に傷一つ存在しない。まるで新品か未使用...本当にトレーニングルームなのかな?)

 

違和感を覚えてキョロキョロ室内を見渡すエルフナイン。

そんな彼女の視界の隅で、トレーニングルームの出入口のドアが開き、カズヤが現れる。

 

「おいテメー、エルフナインとかいう名前らしいな。テメーに俺の自己紹介は必要か?」

「......いえ、必要ありません。"シェルブリットのカズヤ"、さん」

 

明確な敵意を向けられ、一歩後退り怯みながらもエルフナインはなんとか返答した。

 

「だったら前置きは要らねーな。単刀直入に言うぜ、俺はテメーが敵のスパイじゃねーかと疑ってる」

「...」

「理由一つ目。S.O.N.Gの前身である二課も、武装組織フィーネも最終的な敵は裏切り者だった。だから、俺は裏切る可能性がある奴はとりあえず疑うようにしてる」

 

鋭い目付きは、まるで刃物か飢えた肉食獣のようだ。

 

「理由二つ目。クリスが撃退したオートスコアラー、レイアってのがテメーを追い回してたって話だが、それがどうもキナ臭い。報告に目を通す限り、クリスとある程度やり合える力量を持つ存在が獲物を簡単に逃がすか? 故意に逃がしたか、テメーらが演技してるとしか思えねーんだよ」

 

言われてみれば、自身の追っ手として襲ってきたレイアであれば、非力な己を捕らえることなど造作もないはず。彼が疑いたくなるのは当然だった。

 

「...確かにそう見えるかもしれません! 僕の存在をあなた達が疑うのは当然だと理解しています! でも信じてください、このままではキャロルは、キャロルの錬金術はこの世界を分解することになります! でも僕ではキャロルを止められない...だから僕は"ドヴェルグ=ダインの遺産"、聖遺物"ダインスレイフ"の欠片をお持ちしました! あなた達に協力する為にも、あなた達の力を貸してもらう為にも、どうか僕を信じてください、お願いします!!」

 

必死に訴え、頭を下げる。エルフナインは悟ったのだ。この男の信用を得ない限り、道はないのだと。

だが──

 

「ご託は要らねぇんだよ、化けの皮を剥いでやる! シェルブリットォォォォォッ!!」

「っ!?」

 

淡い虹色の光を全身から放ち、声と共に掲げたカズヤの右腕が肩から消滅する。

同時に彼の足下の床が、見えない何かで抉られたように突如陥没。

失われた右腕の部分に虹色の粒子が集まり、橙色の装甲に覆われた腕が現れた。

彼の髪が逆立ち、その右目の周囲を右腕と同じ色の装甲が覆う。

 

「...物質の分解と再構成、これが、シェルブリット...」

 

ごくりと生唾を飲み込み、再度後退るが目だけは離せない。放たれた光と輝き、その眩しさと凄まじいエネルギー、強大な力の存在に圧倒されてしまう。

 

「シェルブリットバースト...!!」

 

高く掲げていた拳を顔の前に下ろし、手首の拘束具が独りでに外れ、腕の装甲が展開。開いた手の甲の穴に光が収束していく。

ヘリのローターが回るような音に合わせてカズヤが浮き上がり、全身から金の光を迸らせ、突っ込んできた。

 

「どおおおおおおりゃああああああ!!!」

 

確信する。こんなものをまともに食らえば自分の体など容易く血煙になる。しかし、抵抗する力もなければ逃げることすらできない。

できることと言えば、自身に迫る黄金に光輝く拳から目を反らさずに、棒立ちの状態で立ち尽くすだけ。

だからせめて、目を反らさないでいよう。そう思った。錬金術師達の間で、神とも悪魔とも謳われる力の持ち主が放つ輝きを死ぬその瞬間まで見続けよう、と。

 

 

 

 

 

「勘づかれたか......あのヒトデナシは奴を獣と称したが、どうやら野生の獣よりも鼻が利くようだ。やはり奴は危険な存在だな」

 

玉座に座りそう呟くキャロルの声は荒い。全身には大量の冷や汗をかいていた。

まさかいきなり、シェルブリットバーストを放たれるという体験を擬似的とはいえ味わうとは...!

 

「.........だが甘い」

 

しかし、やがてニヤリと唇を吊り上げる。

 

 

 

 

 

鼻先数センチ手前で止まったカズヤの拳が、ゆっくりと離れていくのをエルフナインは呆然と見つめていた。

拳は寸止めだった。発生した風圧は髪型がオールバックになるほど強烈なものだったが、それだけだ。

 

「どうし、て?」

 

拳を引いた理由を掠れた声で尋ねれば、今までとは打って変わって気楽な感じでカズヤは答える。

 

「もう十分だ。ギリギリの瞬間まで逃げる素振りも、抵抗らしい抵抗も見せなかったんだ。俺ん中の疑いが晴れるにゃ、十分過ぎる」

 

そう言って彼は能力を解除すると、右腕が元に戻り、右目の周囲の装甲も消え失せ、逆立っていた髪も下ろされた。

ついでに言えば、先ほど能力行使の際に抉られたように陥没した床も元通りになる。

あ、だからこの部屋、新品か未使用みたいだったんだ、とエルフナインは妙な納得をし、次の瞬間には全身から力が抜けてへたり込む。

どうやら腰が抜けてしまったらしい。

 

「悪かったな、疑って」

「いえ...あなたの立場を考えれば、当然のことだと思います」

 

差し伸ばされた手を掴み、なんとか立ち上がらせてもらう。

 

「俺はカズヤ。アルター使い、"シェルブリットのカズヤ"だ。便宜上、君島カズヤって名乗ってる。呼び方は好きにしてくれ。よろしくな、エルフナイン」

「はい、僕の名前はエルフナイン。錬金術師です。よろしくお願いします、カズヤさん」

 

朗らかな笑顔の好青年、という印象を与える目の前の男性が、本当に今さっき自分に向かって拳を振るった者と同一人物なのかと疑ってしまうくらいに、ギャップが激しかった。

 

(これが、"シェルブリットのカズヤ"...)

 

なんという二面性を持つ人物なのだろうか。錬金術師達の間で神だ悪魔だと噂されているのも、ある意味で間違いではないのかもしれない。エルフナインはそう考えた。

 

 

 

 

 

カズヤを筆頭とする装者達と、弦十郎と朔也とあおいのオペレーター陣、裏方の緒川、そしてエルフナインを加えた十四名は、場所を会議室へと移し、上座にエルフナインを座らせる。

改めて彼女から提供された情報を加えて、情報の整理や擦り合わせを行う為だ。

 

 

元々、エルフナインはキャロルの錬金術によって生み出されたホムンクルスで、命じられるがままに巨大装置の建造に携わっていたところ、ある日その装置が世界をバラバラに分解するものだと知ってしまう。

キャロルの目的が世界を文字通り分解するという事実を前に、それを阻止する為に逃げ出し協力者を求めていた。

アルカ・ノイズの万物を分解する力は、人間を炭素分解するノイズの能力を基にし、更にカズヤのありとあらゆる物質を分解する能力を参考に作られたとのこと。

そして、アルカ・ノイズの万物を分解する力を世界規模に拡大するのが巨大建造装置"チフォージュ・シャトー"。それは既に完成間近らしい。

エルフナインには限定的な知識しか与えられていなかったので、計画の詳細は不明だが、キャロルを止める為に力を貸して欲しいと言う。

それ故に、アルカ・ノイズやキャロルの錬金術に対抗し得る"ドヴェルグ=ダインの遺産"、聖遺物"魔剣ダインスレイフ"の欠片を持ってきた、と。

 

 

「エルフナイン、聞いていいか?」

「何でしょう? カズヤさん」

 

カズヤはどうしても気になっていたことを尋ねる。

 

「連中に俺の物質分解が通用しないのと、"向こう側"の力を奪うことができたのはなんでだ?」

「向こう側の力?」

「カズヤが金ぴかに光るやつデース!」

 

切歌の簡潔な補足にエルフナインは納得したように頷き、語り出す。

 

「現在、カズヤさんは錬金術師達の間でかつてないほど注目されています。物質の分解と再構成を破壊と創造に置き換え、黄金の光を放ち絶大な力を振るう姿に"神の腕"。もしくは"神に反逆し力を簒奪した悪魔"、と呼ばれています」

「神の腕に?」

「悪魔だってぇ?」

 

奏とクリスが素っ頓狂な声を出す。

だがこれに最も大きく反応したのは調──ではなく彼女の中に住まうフィーネの魂だ。

 

「まさかカズヤくんの力を、カストディアンと同一視してるの!?」

「うわぁっ! いきなりビックリするデース!!」

 

突然血相変えて叫び出す調、というかフィーネに、隣にいた切歌が悲鳴を上げた。

 

「はい。錬金術師達の中にはこの世界の人類、ルル・アメルにとっての神であるカストディアンとカズヤさんを同一視する者もいれば、カストディアンに反逆する悪魔と見る者がいます。神と見なす理由は先ほど言った通りです。悪魔と見なす理由は、シンフォギア装者との同調を見て、『"バラルの呪詛"に対抗し得る手段』だと考えられるのが根拠です」

 

バラルの呪詛、という単語を聞いて去年のことが脳裏を過る。

 

「......なんか聞いたことあると思ったら了子さんと同じ勘違いしてね? 確か同調とバラルの呪詛って因果関係ねーよな」

「ないですよ」

「ないね」

「ないはずだ」

「全く関係ねぇよ、フィーネの勝手な勘違いだ」

 

カズヤの発言に響、奏、翼が順に同意を示し、クリスがきっぱり言い切って、調(フィーネ)がテーブルに突っ伏した。

 

「...過去にやらかした、ただの勘違いにどうしてここまで心が抉られるのかしら...」

「あんたのやらかしたこと全部の発端が勘違いから始まったからじゃね?」

「カズヤくん私に辛辣ぅ~......ぐすっ」

 

そのままテーブルにめり込むのではないかと思うくらい沈む調(フィーネ)を放置し、エルフナインに続きを促す。

 

「それでですね、神でも悪魔でもどちらにせよ、カズヤさんは既に研究対象なんです。誰もがカズヤさんの力に興味を抱いています。そして、その力をなんとかして手に入れることができないか、と研究に最も心血を注いでいるのがパヴァリア光明結社という錬金術師の組織、その幹部達です」

「パヴァリア光明結社ですって!?」

「フィーネいい加減にして欲しいデース!!」

「ご、ごめんなさい切歌」

 

ガバッと復活し、またしても大声で叫ぶ調(フィーネ)に隣の切歌が文句を言い、調(フィーネ)が慌てて謝罪する。

 

「了子さん、いちいち話の腰折んのやめてもらえる?」

「「...了子さぁん...」」

「櫻井女史、少しは自重というものを...」

「少し黙ってろよフィーネ」

「なんか今日の皆の私に対する扱い雑じゃない!?」

 

カズヤに睨まれ、響と奏が呆れ、翼が苦言を呈し、クリスが冷たく言い放ち、調(フィーネ)は喚く。

 

「マリア姉さん、パヴァリア光明結社って...」

「...ええ。かつての武装組織フィーネを支援していた組織よ。交渉関係は全てウェルに任せていたから詳細は知らないけれど、まさかカズヤに手を伸ばそうとしていたなんて...」

 

セレナの声にマリアが歯噛みする。黒い噂の絶えない胡散臭い連中が想い人に目をつけていたことに、姉妹は揃って眉を顰める。

そんな光景をとりあえずスルーしてエルフナインは告げた。

 

「そこでキャロルがパヴァリア光明結社に依頼をしたんです。カズヤさんの力を無効化し、更に力を奪う方法を確立して欲しいと。その依頼によって完成したのが防御力を増幅させる加護と、分解を無効化する結界。そして光を、力を奪うアイテム"吸収(アブソープション)"です」

「...なるほど、ね」

 

謎が一つ解けたことは嬉しいが、相変わらず敵側が厄介であることに変わりはない。

更に言えば、錬金術師に目をつけられたこの状況は、まるで"スクライド"においてカズマと劉鳳が『本土側』から"向こう側"の力を狙われ執拗に追われた状況に酷似している。

どうすっかな、と悩むカズヤのしかめっ面を、誰もが心配そうに見つめていた。

 

 

 

ある程度情報の整理が済めば、次は今後の行動方針を定める為の会議に移行。

しかしその前に一旦休憩を挟もう、ということであおいが人数分のあったかいものとお茶請けを用意してくれる。

なお、ついでとばかりにエルフナインには、フィーネが調に宿っていることを伝えておく。やはりというか「先史文明時代の巫女が!? さっきから調さんの様子が常軌を逸していたのはそういうことだったんですね!」と彼女は大いに驚いた。

そのまま雑談する形でフィーネとパヴァリア光明結社との因縁を聞かされる。

特に組織の創始者と幹部連中とは、過去に何度も派手にドンパチを繰り広げていたとか。

最終的に、「やっぱあんたろくでもない女だな」、というカズヤの感想に装者全員が同意見を述べ、大人達は黙秘しつつ苦笑いを浮かべるのを見て、フィーネがべっこり凹んで調の中に引きこもったところでブレイクタイムは終わった。

 

 

 

「まず最初に我々がしなければならないことは、シンフォギアの強化改修だ。アルカ・ノイズに対抗する為には必須事項である以上、これについて皆異論はないな」

 

休憩を終え、開口一番に弦十郎が言う。この言葉に誰もが頷いたのを見計らい、エルフナインが挙手しながら発言する。

 

「キャロルがまず初めにカズヤさんの"向こう側"の力を奪ったのは、オートスコアラーを全機起動する為です。本来キャロルが行使する錬金術やオートスコアラー達の稼働には、想い出というパワーソースが必要になります。想い出とは、自身が見聞して蓄えた記憶。それを変換錬成し、戦闘力や錬金術を行使する為のエネルギーとして利用するのですが...」

「想い出の代わりとして俺の"向こう側"の力が利用されるってことか」

「はい」

 

既に予想はできていたことだが、これはかなり厳しい事態だと誰もが悟る。

今まで散々頼りにしてきたものが使えなくなるどころか、こちらに牙を剥くのだ。どう考えても不利だ。しかも圧倒的に。

 

「カズヤくんがシェルブリット第二形態を使って同調しようとすると、力が奪われる。それを防ぐ為に第一形態で戦う場合、こちらの戦力激減は否めんな。同調できないのであれば、装者達の出力アップと負荷軽減ができん。そして、必然的にシェルブリットバーストも使えない、か」

「ちっ、やっぱそうなるか、ちきしょう」

「クソッタレがぁ...」

 

顎に手を当て渋面を見せる弦十郎の発言に、奏とクリスが口汚く毒づいた。

 

「うう、カズヤさんと同調せずに戦うなんて」

「不安は仕方ないが、やるしかない。これも防人の務め...」

 

あからさまに不安そうな表情になる響に、翼が覚悟を決めたように唇を引き結ぶ。

 

「...私達はこれまであの力に頼っていた、いえ、甘えていたんだわ。だって、いざ使えなくなるのが分かると、本当に戦えるのか不安で仕方ないもの」

「どんなにピンチでもカズヤさんと同調すれば何とかなる、っていうのがありましたからね」

 

自嘲するように呟くマリアと、表情が曇るセレナ。

 

「こっちは同調が使えないのに、敵側は"向こう側"の力を使ってくるデスよね? やっぱり凄く強くなってるデスか?」

「うん、たぶん。厳しい戦いになると思う」

 

切歌の不安げな声に、フィーネと人格交代した調が伏し目がちになる。

そんな装者達の様子に、大人達も辛そうだ。

 

「カズヤくんとの同調は、適合係数やギアの出力上昇、負荷軽減に留まらず、精神昂揚の効果もありました。けど、それが一気になくなることを考えると......」

 

朔也が手にした端末を操作し、会議室のモニターに様々な情報が表示される。それは装者の通常時と同調している状態を比較したものだ。

やはり誰の目から見ても、落差が激しい。スペック差は歴然だった。

あおいが表示された数値を見て眉根を寄せる。

 

「この数値差を誰よりも理解してるのは装者達自身......不安になるなとは簡単に言えません」

「ええ。戦場で敵と直接戦うのは、装者の皆さんですから」

「...うむ」

 

緒川があおいに同意するように呻き、弦十郎が重々しく頷く。

会議室にどんよりとした空気が漂い、皆の肩に漠然とした不安が重く圧し掛かった時だ。

バキッ、と何かが砕ける音がした。

誰もが音の発生源に目を向けると、カズヤがお茶請けの堅いせんべいを噛み砕いた音だと判明する。

そのままは彼はバキボキと軽快な音を立ててせんべいを食い終わると、手元のマグカップを取って中身のコーヒーを飲み干してカップソーサーに置き、口を開く。

 

「負けると決まった訳じゃねーのに、辛気臭ぇ空気振り撒くんじゃねーよ。何の為にエルフナインが聖遺物の欠片を持ってきたんだ? それでギアを強化できれば、敵が"向こう側"の力を使ってきても勝算はあんだろ?」

 

皆の注目がエルフナインに移され、彼女は力強く宣言した。

 

「約束します。必ず、皆さんのシンフォギアをキャロルの錬金術に対抗できるようにしてみせます!」

 

 

 

 

 

その後、エルフナインはシンフォギアの強化改修計画の為、オペレーター陣と本格的な話をするということで、カズヤと装者達は「今日はもう帰りなさい」的なことを弦十郎から言い渡されたが、シンフォギアの生みの親であるフィーネを宿す調はエルフナインに強制連行されたので、調を待つという形で休憩室に移動し雑談することに。

 

「こいつが、ロンドンで三人のギアを壊したアルカ・ノイズ...」

「ああ、我ながら上手く描けたと思う」

 

真剣な表情なのに、心なしかドヤ顔を感じさせる雰囲気で宣う翼から手渡される紙を受け取り、クリスは彼女が描いたノイズのイラストを眺める。

 

「...アバンギャルドが過ぎるだろ! 現代美術の方面でも世界進出するつもりか!?」

 

()()()()()()()()()に仰天しながらクリスがイラストを他の者に回す。

描かれていたそれは、強いて言うなら幼い子どもが描いた侍、という表現がピッタリではなかろうか。

 

「うわぁ」

「すまん翼、流石にアタシもこれは擁護できない」

「コメントに困るわ」

「あの、本当にノイズを描くつもりだったんですか?」

「...デ、デース...」

 

響が言外にこれは酷いと呻き、奏が諦めたように首を横に振り、マリアがコメントを差し控え、セレナが純粋に疑問を口にし、切歌が鳴く。

最後にカズヤが、

 

「草」

 

と言って鼻で笑うと、翼がカズヤの襟首を掴んで引き寄せ、大声で喚く。

 

「よりにもよって『草』とは何だ『草』とはぁぁ! 動画に付けられるコメントみたいなことじゃなく、もっと気の利いたことを言えないのかお前は!?」

「だって翼ちゃん、歌が上手いバラエティー芸人だから」

「だからその動画のコメントをやめろ!」

「他に何言えってんだこのぶきっちょ! 絵で笑いを取るランキングアーティスト部門殿堂入りだろこんなの!!」

「酷い! そこまで言うならカズヤが描いてみろ!」

「やってやろうじゃねぇか! 俺の描いた絵心溢れる絵を見て後で吠え面かくなよ!!」

 

ギャーギャー騒いだ結果、翼に続いてカズヤが筆を取ることに。

数分後。

 

「一筆入魂!」

「どれ、見せてみろ」

 

描き上げたものを翼が受け取り、皆が翼の後ろから覗き込む。

 

「上手いけど...」

「ああ、上手いっちゃあ上手いが」

「なんか違うデス」

「なんか違うというより」

「何もかもが違いますね」

「っていうかこれ、完全にあれだよね」

 

絵を見て響、クリス、切歌、マリア、セレナ、奏が戸惑う。

そして、

 

「誰が鳥獣人物戯画を描けと言ったぁっ!!」

 

兎と蛙が向かい合ってわいわいしている絵が描かれた紙を放り捨て、翼がカズヤに食ってかかり、口角泡を飛ばす。

 

「何だこれは! 誰が兎と蛙の絵を描けと言った!? まさかお前の目にはこう見えているのか!?」

「我ながら上手く描けたと思う」

「絵そのものは確かに上手いが違うだろうが! そして私の真似をやめろ、腹が立つ! というか、刀や槍を持っているのが蛙で、それに相対してるのが兎というのが納得いかん! せめて逆だろう!?」

「ほら、ロンドンから日本へ帰るをかけてな」

「なるほど、だから蛙...これで座布団がもらえると思ったら大間違いだ馬鹿者! 立花、カズヤの座布団を全部没収しろ!!」

「...最早何処をどう突っ込めばいいのやら...」

 

意味不明なやり取りに巻き込まれた響が困り顔になった。

 

 

 

「そういやさぁ」

 

奏が缶コーヒーを啜りながら切り出す。

 

「クリスって同調しなくてもカズヤのシェルブリットバースト撃てるようになったんでしょ? アタシ達のギアってシンフォギアでありシェルブリットでもあるから、アタシ達もいずれできるようになるのかね?」

 

何気ない言葉に皆がクリスを見る。

 

「そう言われてもなぁ...あん時はホント無意識だったんだよ。あのレイアって奴を絶対にぶっ飛ばしてやる、って思ったら体が勝手に動いた感じで、なんで撃てたのか自分でもよく分かってねぇんだ。あれもっかいやれって言われても再現できる自信がねぇし」

「あの時のクリス先輩、ガチギレしてたデスよ」

 

後頭部をポリポリかきながら話すクリスに、切歌がボソッと付け加えた。

 

「ガチギレねぇ」

「感情が昂ったことにより無意識にシェルブリットを発動させていた、ということかしら?」

 

切歌の発言に奏が腕を組んで唸り、マリアが仮説を立てる。

 

「案外、難しい理屈なんてなくて、マリア姉さんの言う通りかもしれませんよ? クリスさんとカズヤさん、性格的に似ているところありますし」

「意地っ張りで直情的だったり、喧嘩っ早くてカッとなると周りが見えなくなったりするもんね、二人共」

 

セレナが指摘し、響が感情面で似通っている部分を挙げ、当の本人であるクリスを含めた誰もが「あー、そうかも」と納得する中、カズヤの頭の中には、カズマのシェルブリットが第一形態から第二形態に進化した時の光景が浮かんでいた。

 

『背骨もらったぁ! だっはっはぁぁっ!!』

 

アルター結晶体の胸部に渾身の一撃──抹殺のラストブリットを叩き込み、そのままの勢いで背中までぶち抜き、高笑いをしながら背骨を掴んで力任せに引き抜いた──その後。

文字通り奪い取り、手にしていた背骨の一部が突如発光し、虹色の粒子となって右腕に取り込まれ、シェルブリットは第二形態へと進化を遂げたのだ。

 

(つまり、アルター結晶体の肉体の一部を取り込むことで進化した、ってことだよな。そういや無常矜侍も"向こう側の世界"で結晶体見つけてパワーアップしてたっけ)

 

そこでハッとした。

今、自分が思ったことを反芻する。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

(...肉体の一部を、取り込む...)

 

もし本当に自分の肉体がアルター結晶体と同質、もしくはそれ由来のものであるならば──

 

「あああああああああああああああああっ!!」

「「「「「「「!?」」」」」」」

 

何の脈絡もなく突然叫び出すカズヤに、誰もが驚き体をビクッとさせるが、そんなことに構っている余裕はない。

もし()()とかが肉体の一部という扱いを受けるなら、クリスは恐らく装者で一番多く取り込んでいる。二番目は奏だ。

だが、クリスと奏の違いは元々の適合係数。正規適合者だったクリスと異なり、フロンティア事変が終息するまでLiNKERを必要とする第二種適合者だった奏の適合係数は、現在順位的に言えば丁度真ん中より下くらい。対してクリスの適合係数はぶっちぎりの第一位。

思わずクリスを見る。

 

「...どうした?」

 

見られたクリスはきょとんとした様子で、可愛らしく首を傾げて頭の上に疑問符を浮かべた。

同調なしでシェルブリットバーストを撃ち、負荷は疲弊した程度で後遺症らしいものがないのは、彼女の肉体が自分に近づいているからではないだろうか?

 

「いや、なんでもねー」

 

取り繕うように返すが、その態度がなおのこと皆の気を引いてしまうことに気づかぬまま、思考を続ける。

 

『まだです! まだまだです! まだ終わってないのです!!』

 

シェルブリット最終形態へ進化を果たしたカズマにぶん殴られ、"向こう側の世界"に叩き込まれた無常矜侍が、異形の化け物という姿になって戻ってきたのを思い出す。

"向こう側"の力がもたらす影響は、アルター能力に対してのみならず、人体へ直接作用するのをすっかり忘れていた。

考えれば考えるほどに辻褄が合う。

クリスは、いや、クリスだけじゃない。皆、"向こう側"の力の影響を受け、その体に何かが起きている。

いつから? そんなのは決まっている。最初からだ。

アルター。Alter。それは、変化や進化を意味するAlterationから生まれた造語である。

そしてその意味の通り、装者全員の肉体に変化や進化が起きているとするなら──

 

(全部の責任は俺が持つ...そうだ、今更何をごちゃごちゃ考えてんだ)

 

体のことでもし、万が一、恨まれたり憎まれたりしても、全て受け入れる。彼女達に殺されるなら、むしろ本望だ。

今はそれでいい。決意と覚悟を決めておけば、いざという時に迷ったりせずに済む。

 

「怪しいデース。カズヤ、絶対何か隠してるデスよ、この態度!」

 

カズヤの正面に移動した切歌がビシッ、と手を伸ばして指を差す。

 

「まあ、突然叫んで『なんでもない』はないわな」

「クリスがシェルブリットを発動させたことに何か心当たりでもあるんでしょ」

 

ジト目の奏と、その隣で肩を竦めるマリアの視線に僅かに怯む。

 

「カズヤさん、何か心当たりがあるなら教えてください。今は少しでも次に繋がるものが欲しいんです」

「セレナさんの言う通りですよ。もし私達もクリスちゃんみたいにできれば、もうあんなことはさせません」

 

真剣な眼差しで懇願してくるセレナと響が、正面の切歌を挟むように左右から詰め寄ってきた。

 

「そうだな。今は少しでもやれることを増やしたい。あれを皆が使えるようになれば戦い方の幅が増える」

 

切歌の後ろから翼も、聞かせてもらって当然という顔だ。

 

「カズヤ、あたしからも頼む。何か知ってるなら教えてくれ。あたしは、お前がくれた力をもっと上手く使いこなして、皆を守りたい...!!」

 

最後にクリスが自身の決意を口にする。

嘘や誤魔化しは雰囲気的に無理そうだが、流石に切歌がいる前で言う訳にもいくまい。

なので、話を逸らすことにした。

 

「いや、その、"吸収(アブソープション)"と似たようなもん思い出して」

「似たようなもん?」

 

オウム返しするクリスに頷き、無常矜侍について軽く説明する。

それは"吸収(アブソープション)"と同名のアルター能力を持っていた男の話。

他者のアルター能力を分解、吸収するという能力者殺しの能力であったこと。

そいつと比べれば、錬金術師が用意した道具は、アルターで再構成したものまで分解吸収されない分、まだマシな部類であることなどを簡潔に伝えた。

すると奏が質問してくる。

 

「それで、そいつはどうやって倒したの?」

「結局ゴリ押しだ。吸収できなくなるまで吸収させてから殴り倒した」

 

俺じゃなくてカズマが、と心の中で付け加えておく。

返答を聞き、彼女はくつくつと腹を抱えて笑いを堪えつつ言う。

 

「らしいっちゃらしいけど、脳筋過ぎるでしょ...!」

「まさかカズヤは、その戦法が通じるかどうか試す気なの? 錬金術師が"吸収(アブソープション)"をいくつ用意してるか分からない状況で?」

 

心配するような声音のマリアに「ああ」と答えれば、セレナが首を横に振る。

 

「それを試すのは流石にやめた方がいいと思います。マリア姉さんの言う通り"吸収(アブソープション)"がいくつ用意されているか分かりませんし、何よりカズヤさんの体が持ちません」

 

皆も同意見なのかセレナの言にうんうんと首を縦に振るのみ。

確かに、"吸収(アブソープション)"を山ほど用意されていた場合、吸収可能な量を超える前にこちらがぶっ倒れるかもしれない。

カズマの無常対策はやはり無理か。だが、よくよく考えてみれば、あれは土壇場でカズマの力が無常を上回ったからできたゴリ押しなのだ。

こちらの力を吸収するアイテムをいくつも用意している可能性がある錬金術師とでは、前提条件が異なる。

無常は自身の能力、錬金術師は道具。そして錬金術師がこちらの対策を念入りにしていた以上、"吸収(アブソープション)"も複数用意しているに違いない。

カズヤとしてはやる価値ありと見ているのだが、この調子では弦十郎やオペレーター陣も首を横に振るだろう。

ちっ、と舌打ちする破目になったが、話を逸らすことそのものには成功し、つい先程の話については有耶無耶になったのか話題に出なかった。

 

 

 

 

 

数日後。

 

「それで調ちゃんはその次の日からずっと泊まり込みなんだ」

「うん。調ちゃんの中の了子さんがエルフナインちゃんのお手伝いしてるから、学院は暫くお休みすることになったんだ」

 

放課後の下校途中、隣を歩く未来の声に響は応じる。

 

「ちなみに進捗はどんな感じなの?」

 

未来の純粋な質問に、響は浮かない表情だ。

 

「カズヤさんの再構成のお陰で、奏さん達のギアの修理は必要ないから強化改修にはすぐに移れたんだ。でも、その代わり致命的な問題が一つ発生して...」

「致命的な問題?」

「うん。ギアとの相性」

「え?」

 

シンフォギアに組み込むのに、何故今更になって相性問題が出てくるのか分からない、という顔をする未来に響は一から説明する。

 

「私達のシンフォギアはさ、カズヤさんが再構成したものでしょ」

「うんうん」

「それに対してエルフナインちゃんが持ってきた聖遺物の欠片、"魔剣ダインスレイフ"は一度抜くと犠牲者の血を啜るまでは鞘に収まらない、っていう伝承があるものなんだ」

「いかにも魔剣って感じの物騒な伝承だね」

「そう。了子さんとエルフナインちゃんが言うには、それが問題だって。未来が前に自分で言ってたでしょ? カズヤさんのシェルブリットは光を生む力って。私達のギアはシンフォギアであると同時にシェルブリットでもある。シェルブリットが光だとしたら、魔剣が持つ力は闇とか呪いの類いなんだって。だから...」

 

ここまで言われて未来にも理解が及ぶ。

創作物によくある魔法とかの設定と同じだ。火属性が水属性と相性が悪いように、光は闇と相反する属性。どんな媒体の作品でも、その二つは相性最悪であることには変わらない。

響曰く、エルフナインにとってもこれは予想外の問題だったらしく、了子(外見は白衣姿の調)と一緒に頭を抱えて四苦八苦しているらしい。

何せ、互いが反発し合うのだ。改修の段階でこれでは実戦投入がいつになるか分からないとか。

 

「相性って、やっぱり重要なんだね」

「カズヤさんも二人から初めて話聞いた時は唖然としてたよ。まさに開いた口が塞がらないって感じだった」

「カズヤさんが再構成したものは、シェルブリットと同じ属性になり、魔剣の力と相性最悪、か」

 

確かに言われてみればそうだ。普段から散々『輝け!』と雄叫びを上げ、目映い黄金の光を所構わず振り撒く男の力が、闇とか呪いの類いと相性が良い訳がない。むしろ、そういう類いの代物を打ち砕く力だと、シェルブリットは希望の光だと未来は感じている。

そこで一旦会話が途切れて、二人は黙したまま道を歩く。

数メートル離れた前方ではクラスメートの板場、安藤、寺島の三人が、楽しそうに最近ブームが来ているスイーツについて話している。たまに笑い声が聞こえてきた。

隣の響の様子を未来はチラリと窺う。

それはこれからの戦いに不安を抱えた表情だ。

相手は錬金術師という未知の存在。ほぼ完璧に近いカズヤ対策を立て、シンフォギアを圧倒する敵。おまけに奪い取った"向こう側"の力を利用してくることが考えられる。なのにこちらの戦力は激減したままで、頼みの対抗策は使えるようになる目処が立たない。不安になるのは当然で、これは響だけが抱えている不安ではない、皆も同じだろうと未来は察した。

なんとか力になってあげたいが、ド素人の未来では残念ながら何も思いつかない。

目下、解決しなければならないのは、魔剣との相性問題だ。それさえクリアできれば次の段階に進めるだろう。

 

(相性、相性かぁ...)

 

かつてのフロンティア事変で身に纏った神獣鏡のように、シェルブリットと相性がこれ以上ないほど良ければ問題ないのに。

そう思った未来に、電流が走ったかのようにあることが閃く。

 

「あっ!」

「どうしたの? 未来」

「あるよ! 相性問題を解決する方法!!」

 

大きな声で叫ぶ未来に、前を歩いていた三人が何事かと振り返る。

 

「ホントに!?」

「うん! カズヤさんが再構成したものがシェルブリットと同じ属性になるなら、その聖遺物の欠片も一度カズヤさんに再構成させればいいんだよ!」

「あっ...」

 

響の目が大きく見開く。盲点だった。相性が悪い、それをどう組み込むかという目先のものに囚われて、誰もが視野を狭くしていたことに気づく。

 

「そうだよ未来! なんで今まで誰も気づかなかったんだろ! お手柄、天才、大好き!!」

「ちょっと響!?」

 

満面の笑みで響が学生鞄を放り捨て抱きついてきたので、未来はよろけながらも受け止める。

 

「何道端でイチャついてんのよ」

「ビッキーもヒナもこんなに暑いのによくやるね~」

「仲が良いのはとてもナイスなことだと思いますが、ここは公共の場ですよ」

 

板場、安藤、寺島が呆れたように笑う。

と、唐突に表情を引き締めた響が未来から離れ、視線を右に左にさ迷わせ、何かを探し始めた。

 

「響?」

 

急に様子が変わった響を不審に思って名を呼ぶが、彼女は応えない。

そして、響の視線があるものを捉えて、その目が敵意で鋭く細くなる。

視線の先を追えば──

 

「聖杯に想い出と光は満たされて、生け贄の少女が現れる」

 

街路樹に背を預けるように佇む人物がいた。

 

「......キャロルちゃんの仲間、だよね」

「そしてあなたの戦うべき敵」

「...」

 

ガラスのような目で響を見つめながら、その人物──ガリィはこちらに向き直り、告げる。

無言で歯を食い縛り、響は拳を強く握り締めた。

数秒程度、互いに無言の睨み合いが続き、先に口火を切ったのはガリィの方だ。

 

「何事も実験やテストを行う、っていうのは錬金術以外のことでもとても重要でしょ?」

「実験、テスト...? まさか!!」

 

ガリィの言いたいことを察した響が戦慄する。

 

「そう、その通りだよ! お前達装者が頼りにしてる男の力、この光と輝きがどんなもんか、試しに来たんだよ、アハハハハハハッ!!」

 

乱雑な口調へと変わり高笑いするガリィの全身から、見慣れた光が溢れ出す。

 

「ガリィだけじゃないゾ、ミカもいることを忘れないで欲しいゾ」

 

街路樹に登っていたらしい──新たなオートスコアラーがガリィの隣に降り立ち、同様に金の光を全身から迸らせた。

赤い髪に、指一本一本が鋭利な刃のような鉤爪の手を持つ人形。

一対二、という数的な不利ではなく、オートスコアラーが纏う"向こう側"の力に響は怯み、息を呑む。

何という強大な力だ。なんて圧倒的な存在感だ。視覚が勝手に錯覚を起こしたのか、二体の人形が大きく見えてしまう。

全身の汗腺から汗が吹き出る。それは冷や汗だ。

喉が緊張で渇く。それはガリィとミカから発せられる威圧感に気圧された為だ。

カズヤの"向こう側"の力を目の当たりにして、初めて味わう感覚。

敵に回るとこれほど恐ろしいものだったのか!!

 

「ひ、響...」

 

すぐそばの未来が怯え、蚊の鳴くような弱々しい声で悲鳴を上げた。

未来だけではなく、板場達三人も恐怖でガクガクと震えている。

そのことに気づいて、響は己を叱咤した。

今、この場で戦えるのは自分だけ。自分が戦わなければ大切なものを守れない。

 

(私が、私が皆を守るんだ...!!)

 

聖詠を歌う。光が瞬き、ガングニールのシンフォギアを身に纏い、拳を構えた。

そんな響を見て、ガリィは嫌らしい笑みを、ミカは無邪気に期待に満ちた笑みを見せた。

 

「さあ、あんたの歌を聴かせなさいよ」

「それに合わせてミカとガリィが踊ってやるゾ」

 

挑発的な物言いの人形達に向かって、

 

「負けるもんかぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 

あらん限りの声を上げ、拳を強く握り締め、響は前へと踏み込んだ。




※以下、ネタバレ次回予告















鏡、それは己を映すもの。
鏡、それは己の魂の形。
鏡、それは己の(エゴ)そのもの。
響が絶体絶命の危機に陥ったその時、
未来の魂が咆哮し、
彼女の(エゴ)がこの世界に顕現する。
哀れな人形共よ、
思い知れ、この(エゴ)の重さを。
そして跪け、(エゴ)の強さの前に。

次回
『覚醒 (エゴ)を映す鏡』
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