カズマと名乗るのは恐れ多いのでカズヤと名乗ることにした   作:美味しいパンをクレメンス

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少女達の事情

昨日就寝前に実施されたメディカルチェックの結果は夕方頃に出るというので、響と翼の学校の放課後になるまで自由時間をもらえることになった。

 

「こちらはカズヤさんのIDカードと通信機です。常に携帯するようお願いします。建物内のセキュリティロックがかかったドアを開く際は壁の端末にカードを翳してください。通信機の方は公共交通機関や買い物などが限度額まで利用できますが無駄使いはしないでくださいね」

 

緒川からIDカードと通信機の説明を聞きつつそれらを受け取る。

 

「それとIDカードはカズヤさんの身分証明も兼ねています。絶対に紛失しないようにご注意を」

「分かった。気をつける」

「基本的に外出は自由ですがあまり遠くへは行かないでください。ノイズが出現した際の対処に支障をきたしますので」

「ああ。行動範囲は歩ける距離程度にしておく。まあ、いざとなったらシェルブリットで文字通り飛んでくから安心しろ」

「あまり目立つ行動は控えていただきたいのですが、ノイズが出現した場合はある程度仕方ないかもしれませんね」

 

乾いた笑みを浮かべる緒川の態度で色々と察する。裏方の仕事ってきっと想像を絶するほど大変なのだということを。

説明が終わり、自由時間を満喫する為に二課の本部を出る。長いエレベーターが少し煩わしいが文句を言ってもしょうがない。

 

本部の場所が響と翼が通う学院の地下なので、地上に出ると学院から響く歌声が鼓膜を叩く。音楽院と聞いていたので音楽の授業が盛んなのだろう。

とりあえず賑やかな商店街でも見つかればいいかなと、気の向くままテキトーに歩き始めた。

ちなみにだが、今日俺に特にやることがないなら街を散策したいと希望を述べたところ、あっさり許可が出たのは良かったが、それから少し一悶着あったのだ。

原因は奏。俺と街を散策したがっていたが、次に出すCDやらPVやらの打ち合わせ&それらに関する取材の類いで夕方までスケジュールがびっちり。イヤだカズヤと出かけたい今日は仕事キャンセルする緒川さんなんとかして、という風に緒川が俺に助けを求めるほどごねたのだ。

人気歌手のマネージャーって大変だ。しかも裏で二課の仕事をこなすとか、アイツいつか過労で倒れたりしないだろうか。

結局、後日奏と二人で出かけることを確約させられたが、その時の緒川の感謝の笑みが忘れられない。

 

「さて、なんか面白いもんでもねーかな」

 

そして美味い食い物屋さん。俺はまだ見ぬ街の姿に心踊らせながら軽やかな足取りで歩を進めた。

 

 

 

 

 

【少女達の事情】

 

 

 

 

 

「アイツが、シェルブリットのカズヤか...」

 

視線の先では、下町商店街の中をのんびり歩きながら店を物色している男の姿。

彼から少し離れた建物の上から斜め下に見下ろしているので、その頭頂部から後頭部までよく見える。

 

「力を使い過ぎた代償で異世界からこっちに来て、記憶喪失の独りぼっちっつってたな」

 

与えられた情報を反芻するが、彼が纏う空気はお気楽そのもので、とても強者とは思えないし、記憶を失っているという悲壮感もない。

 

「問題はどう接触するかだが...フィーネはあたしに任せるっつーけど、どうすりゃいいんだよ?」

 

切っ掛けが欲しい。しかし何も思い浮かばない。いきなり目の前に現れて、というのは違う気がする。

そんなこちらの心境など露とも知らず、カズヤはあっちをフラフラこっちをフラフラしている。なんだかそれが少し腹立たしい。

 

「...暫く様子見か」

 

 

「おばちゃん、たい焼き四個くれ」

「まいどありー」

「おっさん、たこ焼きくれ」

「今後ともご贔屓に!」

「ばあちゃん、タピオカミルクティーくれ」

「お姉さんと呼びな小僧」

「クソババア早くタピオカミルクティー寄越せ」

「殺されたいのかこの糞餓鬼!!」

 

カズヤという男は現在進行形で買い食いを満喫していた。

美味そうな店を見つけては何かしら買って、食って、他の店へとまるで誘蛾灯に引き寄せられる虫の如く、食欲のまま歩いていく。

そんな姿を見せつけられて段々イライラが募ってくる。

(いつまで食ってるつもりだアイツはああ!?)

尾行開始から既に三十分。カズヤは欲望の赴くまま食い続けているのに自分は何も口にしていないことに腹を立て、心の中で絶叫する。

やがて彼は買うのに食うのが追いつかなくなり、食べ物を両手で抱えた状態でキョロキョロと辺りを見渡してから、何かを見つけたのか小走りで走り出す。

彼の行き着く先は商店街から少し外れた公園だ。空いてるベンチを手早く確保し抱えていた食べ物を置く。

ふと、その時。何気なく振り返ったカズヤと目が合った。

 

「あ」

 

しまったっ! と思ったがもう遅い。カズヤはたい焼きが入った紙袋を手にし、たい焼きを一つ取り出して頭からかぶりつくと、モグモグしながら近づいてくる。

そして尻尾まで口に含むとこちらの目の前で立ち止まりごくんと飲み下してから口を開く。

 

「何物欲しそうに見てんだ」

「別に! お前なんて見てねぇよ!!」

 

咄嗟にそっぽ向いてそう突っぱねたがカズヤはニヤついた表情で指摘してきた。

 

「涎、垂れてんぞ」

「え? あっ、嘘!?」

「嘘」

 

慌てて口周りを拭ってしまうとニヤニヤ笑いに拍車がかかる。

 

「てめぇっ!! バカに──」

 

してんのか、という言葉はカズヤが紙袋から新たに取り出したたい焼きを口に突っ込まれて言えなくなってしまう。

さくっとした生地の歯応えの先は小豆の優しい甘味。

できたてから少し時間を置いているが、程よくじんわり感じる温かさが口の中で蕩ける餡子の旨味を引き立てる。

 

「~~っ!?」

 

美味しい!

声にならない声をあげてしまう。

悔しい。でも美味しくて食べるのをやめられない!!

やがてたい焼き一個を食い終わる。小さな満足感と食べ終わってしまったという寂しさが去来するものの、いきなりたい焼きを口に突っ込んできた目の前の人物に文句を言わないと気が済まない。

 

「いきなり何しやがる!」

「なかなかの食いっぷりだな」

「何なんだ、てめぇ一体何なんだ!?」

 

紙袋からもう一つたい焼きを取り出し半分に割ると、頭の方をこちらに渡しながら告げた。

 

「カズヤだ。お前は?」

「...あたしはクリス。雪音クリスだ、覚えとけ」

 

たい焼きを引ったくるように奪うと食らいつく。

噛みついたたい焼きは、先と同じようにあったかくて、甘かった。

切っ掛けは、経緯はどうあれ向こうからやってきたので良しとしておこう。

 

 

 

なんか面白い女の子に遭遇。

買い食いに一段落つけようとしてベンチに荷物を置いた時に目が合った。

ただ目が合うだけなら気にも留めないが、あからさまに動揺した表情をするので、ちょっとからかったら自爆したのでたい焼き攻撃をお見舞い。

すると猫にチュールを与えたように食べる食べる。それを見てとても楽しくなってきた。

ならばと買った食い物を分け与える。

クリスと名乗った少女は腹が減っていたのか、こっちの気持ちが良くなるくらいにパクパク食べる。

マジで猫に餌付けしてる気分になってきた。

 

「...ふう、ごっそさん。もう食えねぇ」

「満腹になったか? 丁度全部なくなったぞ」

 

隣には腹を膨らませて満足気に息を吐くクリス。

俺も一緒に食ってたので腹はそれなりに溜まった。後は夕飯まで我慢することにしよう。

近くのゴミ箱にゴミを投げ入れ、ベンチの背もたれに体重を預けて天を仰ぐ。

青い空に暖かな陽気。間違いなく快晴だ。このまま昼寝に洒落混むのもいいかもしれない。

 

「...なぁカズヤ」

「あ?」

「なんであたしに食いもんくれたんだ?」

 

この質問にお前が面白そうだったと言えばぶん殴られるかもしれない、と考えつつどう答えようか悩むが、面倒になったのでそのまま言った。

 

「クリスのリアクションが面白かったから」

「てめぇ、今思ったことそのまま口にしただろ...まあ、いいや。腹一杯で動きたくねぇし」

 

こめかみをヒクヒクさせてから、呆れたのか諦めたのか溜め息を吐いて力を抜く。

 

「おいクリス」

「何だよ?」

「口周り食べカス付いてんぞ」

「はっ、その手にはもう乗らね──」

 

先の件で信じてくれそうになかったので、商店街で買い物中にもらったポケットティッシュを使って拭ってやると、どや顔から一転して──怒りか羞恥か不明だが──真っ赤になってプルプル震える。

やっぱこいつ面白い。

 

「なあクリス」

「今度は何だよ?」

「お前学校は?」

「......行ってねぇ」

 

返答までちょっと間があったことで俺は全てを理解した。

うら若き乙女がこんな午前中の小さな公園にいるという状況。

 

「すまねぇ。軽々しく聞いていいことじゃなかった」

「おい、なんで謝ってんだ? なんで可哀想な人見る目ぇしてんだ!?」

「だってお前その年で学校行ってねーならニート──」

「違う!!」

「じゃあ不登校」

「それも違う! っつーかお前も人のこと言えねぇだろが!?」

 

その言葉に俺は今朝緒川から渡されたIDカード兼身分証明を懐から取り出し見せる。

 

「悪いな、俺こう見えても公務員なんだぜ」

「...偽装じゃねぇだろうな」

「真っ先にそこ疑うのかよっ!?」

「まともな公務員がこんな時間にこんな場所で目的もなくフラフラしてる訳ねぇだろ!!」

 

正論にグゥの音も出ない。

 

「...この話題やめるか、お互いが傷つくのに誰も得しねー」

「おう...」

 

そのままベンチに二人で座ったまま何もせずぼーっとする。

やがて春の陽気に誘われた睡魔が徐々に肉体を侵食し始めてきた。

やべー、マジで眠くなってきた。

隣を見るとクリスもうとうとしてきているのを確認する。

腹一杯になった後に日当たりのいい場所にいたら眠くなるとは、本当に猫みたいな奴だ。

 

 

 

なんでだろう。こいつのそばにいると安心できる。

事前情報を聞いていた時に抱いた印象とは全く異なる態度。想像していたものとは違う眼差し、笑い声、表情。

独りぼっちのはずなのに、そんなことなど毛ほども感じさせない雰囲気。

恐らくは、というより間違いなくこいつは深く考えることをせず、その場の思いつきで行動しているのが節々で感じられる。要するに考えなしのバカなのだが、そのバカさ加減が実に似合っているというか、こいつらしいというか。

出会ったばかりだというのに、あたしは既にカズヤに気を許していた。

こいつのだらけた姿を見て、気が抜けるような、緊張が解れていくような、不思議な感覚。

 

「クリス、眠いのか」

「...眠く、ない」

「そうか。俺は眠い」

 

隣で大欠伸をかますカズヤに当てられて、こっちまで欠伸が出てくる。

暫くすると段々瞼が重くなってきて、一瞬意識が遠くなる。

傾いた体がカズヤに寄りかかってしまったので、体を起こして謝罪しようとすると、

 

「......」

 

隣の男は既に夢の中に旅立っていた。

......なんかこのバカを見てると眠気に抗ってる自分までバカみたいに思えてくる。

眠い。猛烈に眠い。満腹のところにお日様の暖かな日差し。容赦なく理性を溶かしていく。

そういえばまだパパとママが生きていた頃、こうして眠くなった時は、決まってどちらかが膝枕をしてくれたのを思い出す。

目の前には無防備な男の膝。

 

「膝借りるぞ」

 

一言断りを入れ、カズヤの膝に頭を置く。

 

──あったかい。

 

かつての幸せだった日々に思いを馳せながら、穏やかな眠りについた。

 

 

 

 

 

「結果から言って、カズヤくんがこの世界の人間ではない、という可能性が存在することが証明されたわ」

 

了子の発言に弦十郎が唸る。

 

「可能性、というのは?」

「現存の人類とは一致しない遺伝子情報を確かに彼は持っている。けれど、それが異世界の人間の遺伝子情報かどうか証明できないからよ」

「何だそんなことか」

 

回りくどい言い方に弦十郎は溜め息を吐く。

他の者達も同意したのか苦笑する。

 

「それで、カズヤくんが異世界からの来訪者だとして、何か問題はあるか?」

「何一つないわ。危険な病原菌やウィルスの類いは発見できなかったし、遺伝子的にはこちらの世界の女性との間に子どもを作ることもできる」

「問題がないならそれでいい。なら今後は彼もノイズ対策に参加してもらう」

その宣言を聞きオペレーターを務める藤尭朔也と友里あおいの二人は安堵するように肩の力を抜いた。

 

「今まで装者二人でやってきましたからね。このタイミングでの増員は絶対プラスになりますよ」

「そうね。響ちゃんはまだ慣れてないことばかりで大変でしょうけど、カズヤくんは即戦力になるみたいだし」

 

皆の表情は一様に明るい。人が増えれば各々の負担は減る。戦いに身を投じている二人に無理を強いていたことに、大人達は負い目があった。自分達が代わりに戦うことができたらどんなに良かったか。そう思わずにはいられない。

二課本部での大人達の話題は新しく加わった二人のことで持ちきりだった。

 

 

 

 

俺の膝を勝手に枕にしていたクリスは、目を覚ますと飛び起き、無言のまま足早と何処かへ駆け出していく。

その小さな後ろ姿に「またな!」と声をかけると、一度立ち止まりコクリと頷いて今度こそ立ち去った。

 

「面白い奴だったな」

 

一人言を呟き、公園を後にする。

放課後までまだ若干あるなー、と時間を確認してからぼんやり歩いていると、後ろから車のクラクションを鳴らされた。

 

「カーズヤー!!」

 

何だろうと振り返れば、黒塗りの高級車の窓から奏が顔を出している。運転席には緒川がハンドルを握りながらこちらに会釈する。

俺は立ち止まり車がそばまで寄って来るのを待つ。

 

「これから本部に戻んの?」

「ああ、そんなとこだ。そっちも仕事上がりか?」

「そ。本部戻んなら乗ってきな」

 

お言葉に甘えて後部座席の奏の隣に座りシートベルトを締める。

 

「今日アンタ何してたの?」

 

何気なく質問してきた奏に俺は、

 

「公園で飯食いながら猫と戯れてた」

 

特に何も考えずにこれまたテキトーな返答を行う。

 

「へー、猫ねー」

「カズヤさんは動物好きなんですか?」

「それなりに。蛇とかは苦手だが」

 

緒川に話題を振られてそのまま車内で動物談義を三人で繰り広げていると、響と翼が通う学校の校舎に辿り着く。

 

「ねぇカズヤ、このまま二人で翼と響を迎えに行かない?」

「は? 迎えにって学校の中をか?」

「そうそう」

 

車外に出て奏がそんなことを提案してくるが、俺には無理な話だと思う。

 

「普通学校って部外者は立ち入り禁止だろ」

 

しかし俺の懸念など予め予測していたのか彼女は自身の胸をドンと叩いて胸を張る。

 

「アタシを誰だと思ってんだい? 歌えば泣く子も黙るトップアーティスト『ツヴァイウィング』の天羽奏さんだぞ。そのアタシがパートナーの翼に会いに来た、仕事関係でね。勿論学院側も翼の仕事に理解あるし問題なし」

「その理屈だと俺入れねーだろ」

「そこはほら、アンタはアタシと翼の仕事仲間ってことで。IDカード持ってんだろ? アタシの口添えとそれがあれば余裕余裕♪」

 

微妙に納得いかないので緒川の様子を窺う。

 

「学院長や理事長などの一部の教員は我々二課の存在を認知しています。来賓客として入館手続きを行っていただければ奏さんの言う通り問題ないかと。それに、カズヤさんは今後学院に通う二人との連絡や合流をお願いすることも考えられます。今の内に顔と名前を覚えてもらってください」

 

GOサインが出たなら最早躊躇う必要はない。

それに花の女子高に堂々と入れるって響きがテンションを上げていく。

 

「ほら行くよ、もうすぐ放課後になっちまう」

「分かった、分かったから少し落ち着け。転けんぞ」

 

奏が俺の手を取り走り出すのに合わせて足を動かす。

そして一度背後の車に振り返り、

 

「緒川、すまん!!」

「はい!?」

「無駄使いした! たぶんこれからもするからよろしくな!!」

「えぇ!!??」

 

謝罪と今後に向けて宣言すると緒川が悲鳴を上げた。

 

 

 

守衛室で入館手続きを済ませ、もらった腕章に腕を通し学院長への挨拶を手早く終わらせ、俺と奏は校内を歩く。

ここまでの過程が随分あっさりしてたのは、奏と緒川がさっき言っていた事情があるからだろう。

 

「じゃ、アタシは翼のクラス行ってくるよ。カズヤは響拾ったら連絡して」

 

たたたっ、と廊下を走っていく奏を見送り、一人廊下に取り残された俺はとりあえず教えられた響のクラスに足を向けた。

まだ帰りのホームルームが終わっていないので、廊下には俺以外誰もいない。自分の足音を聞きながら歩いていると、目的地に着くのに合わせてチャイムが鳴る。

続いて教室から溢れ出てくる女子高生達。わーきゃー騒ぐその様子のなんと姦しいこと。

 

「え? あれ? 男の人がいる...」

 

そして廊下で一人突っ立っている俺のことなんて誰もが気付く訳で。

こういう時はキャーキャー騒がれる前に自分が何者であるか、目的は何なのかをはっきりさせつつ、こっちのペースに巻き込んでしまうのが手っ取り早い。

『来賓客』と書かれた腕章を見せつつ問う。

 

「すまねぇな。俺は立花響の保護者みてーなもんなんだが、響いるか?」

「え? 立花さんですか? いますけど」

「もしかしてビッキーの彼氏!?」

「何ですとおっ!!」

「彼氏いない歴イコール年齢って嘘だったのか!」

「オンドゥルルラギッタンディスカー!」

「ウゾダドンドコドーン!」

「ゆ"る"さ"ん"!"!"」

 

...凄い喧しい上、勢いに圧倒された。

こっちのペースに巻き込んでしまうというのは一体何だったのか。

どうして女子というのは男を見ると誰それの彼氏という話に持っていきたがるのか。

 

「ビッキー貴様ぁぁぁ!!」

「ぎゃああああ何何!? 何なの!!」

「響ぃぃぃ!」

 

ドアの向こうではいきなり魔女裁判が始まり怒号と悲鳴が入り交じった混沌が蓋を開けていた。

訳も分からず吊るし上げられている響に助け船を出す為、教室に入らせてもらう。

 

「響、迎えに来たぞ」

 

その一言で教室内の女子が一斉に注目する。

 

「カズヤさん...どうしてここに?」

 

今度は魔女裁判の渦中にあった少女に視線が向かう。

 

「説明すんの面倒だから後で奏に聞け」

「奏さんに?」

「そう、奏にな」

 

後頭部をボリボリかきながら響に歩み寄ると、まるで響を庇うように立ちはだかる女子が一人。

 

「失礼ですが何処のどなたでしょうか? 私が知る限り、響にはあなたのような男性の知り合いはいなかったと思うのですが? そもそもここが何処かご存知ですか? 女子高ですよ? どうして男性がいるんですか?」

「未来、待って、お願い落ち着いて! あのね、カズヤさんは──」

「響は黙ってて!!」

「ヒィッ!」

 

少女の一喝に響は飼い主に叱られた子犬みたいに縮こまる。

なんか面倒なことになってきたなと思いつつ、IDカードを取り出し腕章と一緒に見せた。

 

「一応、怪しいもんじゃねー。正規の入館手続きは通したし学院長の許可もある」

「では響とはどのようなご関係で?」

 

警戒を込めた冷たい眼差し。

恐らく響と仲が良い友人なのだろう。彼女からしてみれば、俺なんて女子校の教室に乗り込んできたぽっと出の謎の男で、おまけに響の彼氏かもしれない──と周りの女子が騒いでる──存在だ。このくらいの年の子は何かと多感で異性に対する考え方や態度が極端になり易い。

俺はできる男の大人な対応を心掛けようとして、ふと思い出す。

二課の話って一般人にしたらダメだったんだよな?

つまり、ちゃんと説明することはできず上手く誤魔化す必要がある。

見せてしまったIDカード自体は、何も知らない一般人に見せても二課の存在を匂わせない。

だがどういう関係かと問われて適切な答えが出てくるはずもなく。

ということは?

 

「俺と響は、誰にも言えない特別な関係だ」

「ふぁっああうあうぁぁぁ!? カズヤさん言い方ぁぁぁっ!!」

 

無責任な発言に真っ赤になった響が廊下にまで轟く絶叫を上げる。

そして連鎖的に広がる『キャーッ!!』という女生徒の黄色い声。

 

「......そんな、響が、私の響が、変な男に盗られたあああああああっ!!!」

 

末期ガンを宣告された患者の方がまだマシと思えるような絶望的な表情で泣き叫ぶ目の前の少女。

 

「畜生! 相手の男の人にここまで言われちまったらクラスメートとして祝福しない訳にはいかないよ!」

 

それワッショイ、ワッショイと突然響を胴上げし始めるクラスメートの皆。

 

「違うの! これには深い訳があるの! カズヤさんとはそんなんじゃないの!! 誰か話を、せめて未来だけでもちゃんと聞いて!? っていうか皆胴上げやめてお願いだから!!」

 

胴上げされながら何か必死に言い募ろうとする響の言葉など誰も耳に入れてない。

 

「響が、私の太陽が、私が知らない間に何処の馬の骨とも知れない男のものになってるなんてぇぇぇ...」

 

四つん這いの状態で床を大粒の涙で濡らす少女のことなど誰も気にも留めない。

傍から見てると面白い光景だが、この状況の中響を連れ出すのは面倒だ。

通信機を取り出し奏を呼び出し、数コールで繋がる。

 

『もしもしカズヤ? 響は拾えた? そっちから連絡来ないからこっちは翼拾って響のクラス向かってるけど』

「響な、今クラスメートに胴上げされてて連れ出せねー」

『は?』

 

まあ、普通そういう反応するだろうな。

 

「こっちに向かってんなら急いでくれ。お前ら二人が来たらもっと状況がおも、おかしくなるだろうが、奏なら上手く収めんだろ」

『?? なんかよく分からないけど分かったよ』

 

通信が切れる。

未だに終わりそうにない響の胴上げと床を濡らす少女を見ながら、この中に人気歌手の二人を叩き込んだらどうなるのか少し楽しみに思うのだった。

 




書き終わって気付いた。
今回翼の出番全くない。

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