カズマと名乗るのは恐れ多いのでカズヤと名乗ることにした 作:美味しいパンをクレメンス
「いらっしゃいませ~」
純度百%の営業スマイルを顔に貼り付かせ、ガソリンスタンドに入ってきた黒塗りの高級車に近寄り、運転席を覗き込む。
パワーウインドウが開かれれば、黒いスーツに身を包んだ若い男性がにこやかな笑みを浮かべて、物腰の柔らかい態度でこう言った。
「お迎えに上がりました。守崎洸さん、いえ、戸籍上はまだ立花洸さんとお呼びした方がよろしいでしょうか?」
「っ!」
男性の言葉の内容よりも、その声がカズヤの声にそっくりであることに驚いて固まっていると、こちらの反応に気にした様子もなく男性は続ける。
「"シェルブリットのカズヤ"の使いの者です。S.O.N.G所属、緒川慎次と申します。そろそろ約束のお時間かと思われますが、よろしいですか?」
いよいよか。
洸は緊張を生唾と共に飲み下すようにごくりと喉を動かしてから、ゆっくりと頷いた。
休憩中は店を離れる旨は予め伝えておいた。なので、他のスタッフに休憩出ますと告げれば、男性はどうぞとわざわざ運転席から降りて後部座席のドアを開けてくれる。
自分には生涯縁がないと思っていた高級車に乗り込むことに違和感を覚えながら、本革製のシートに身を沈め、シートベルトをした。
窓越しに他のスタッフ達がこちらを見て目を点にしているのを目撃し、洸は逆の立場だったら自分も同じような顔をしてるだろうなと苦笑する。
「では行きます」
静かに、滑るように高級車が発進。
「......何処に向かっているんですか?」
「埠頭です。そこでカズヤさんが待ってます」
男性は簡潔に答えると、それっきり黙り込んだ。
窓の外を流れていく景色をぼんやり見つめながら、洸は響のことを考える。
昨晩偶然的に再会し、久しぶりに目にした娘は以前よりも背が伸びていた。幼さは僅かに残していたものの、顔つきも最後に見た時と比べてかなり大人びていて、成長したなと思う。
別れたのは響が中学生だった頃。そして今の彼女は高校生。年齢的にも成長期の真っ只中。その間ずっと会っていなかったのだ。娘の成長度合いに驚くのも、当然と言えば当然か。
その響が、カズヤに女として好意を抱いていたという事実に、なんとも言えない不安を抱いてしまうのは、娘を持つ父親特有のものなのだろうか。
「......響は、カズヤくんとどうやって知り合ったんだ......?」
「気になりますか?」
思わず零れた一人言を拾われてドキリとしたが、ここで誤魔化しても意味はないと考え、男性──緒川の言葉を肯定する。
「ええ。腐っても父親ですし、娘がどうして彼のような有名人と一緒にいたのか、気にならないとは言えません」
「まあ、それが普通の反応ですよね」
バックミラーに映る緒川は楽しげに笑う。
「カズヤさん曰く、響さんは恩人だそうです」
「恩人?」
思いもよらぬ単語に首を傾げた。
「随分前に飲みの席で、実際にカズヤさんが聞かせてくれたんですよ。『響があの時、咄嗟に俺の手を握ってくれたから、今の俺がここにいる。あいつが独りぼっちだった俺をこの世界に繋ぎ留めてくれた』って」
「......響が、彼を」
「実は逆もまた然り、みたいなんです。響さんにとってもカズヤさんは恩人で、憧れだったようです」
「そう、ですか」
どういう出会いや経緯があったのか想像もつかないが、今の緒川の発言や昨晩の響の心からの叫び、そして電話越しのカズヤの態度から察するに、二人が深く固い絆で結ばれていることだけは十分に理解できた。
「響は、S.O.N.Gに所属しているんですか? もしかしたら未来ちゃんも」
なんとなく気になって口にした質問に、緒川は少し驚いたように一瞬こちらを振り返り、直ぐ様前方に向き直る。
「何故そう思われました?」
「簡単ですよ。カズヤくんがS.O.N.Gに所属していることは、ネットで調べれば誰でも分かります。そのカズヤくんと響は一緒にいた。未来ちゃんもです。普通ならプライベートで旅行、っていうのが真っ先に考えつきますが、彼の使いとして迎えに来たあなたもS.O.N.G所属で、響と彼の関係を当たり前のように知っていた。だったら、響も未来ちゃんもS.O.N.Gに所属してて、カズヤくんとの関係はS.O.N.G内では周知の事実なのでは、そう思ったんです」
「...ご明察です。こんな言い方は失礼ですが、意外にも冷静でいらっしゃいますね、これからカズヤさんと一対一で対面するというのに。緊張はされてないのですか? 常人なら機嫌を損ねたカズヤさんの前にいるだけで卒倒ものですよ」
冗談めかして微笑む緒川とは対照的に、洸は自嘲気味に返した。
「腹を括っただけです。カズヤくんに昨晩電話で、響を泣かせる奴はぶん殴るって言われて、思い出したんですよ。俺もそう考えてた時期があった。確かにあったのに、俺は何もかも捨てて逃げてしまった。よりにもよって俺が響を泣かせていたんです。だから俺は、響からは当然として、響を大切に思ってくれてる彼から殴られるべきなんです」
「なるほど、既に覚悟はおあり、と......到着です」
納得したように緒川が相槌を打ち、車が停止する。
エアコンが効いていて涼しい車内から車外に出ると、容赦ない日差しと熱気が襲いかかり、洸は眉を顰めた。
「こちらへ」
促され、前を歩く緒川に追従。
言われた通り、場所は洸が働くガソリンスタンドからそれほど離れていない埠頭だ。漁港ではない為漁船の類いは見当たらず、その代わり物資の運搬を主な目的とする船が多く、積み重なったコンテナやそれらを動かす大きなクレーン、コンテナ車が散見していた。
黙々と案内されるがまま黒いスーツの背中についていく。
やがて──
「着きました」
積み重なったコンテナとコンテナに挟まれた袋小路。それにより日陰となり、海から風が吹いて意外にも涼しくて過ごし易い場所に、彼はいた。
アスファルトの上に直接座り込み、コンテナに背を預け、だらしなく四肢を投げ出しうたた寝をしている。
「カズヤさん、起きてください。お願いされた通り、響さんのお父上を連れてきましたよ」
「......うう、やめろ翼、俺の部屋で勝手に生放送配信するな、俺の部屋が可愛いぬいぐるみで溢れてることが世間に知られちまう」
「カズヤさんが可愛いもの好きで、部屋がぬいぐるみだらけなこと、動画見てるファンの皆さんはとっくに知ってますからね」
呆れた様子の緒川に肩を揺すられ、漸くカズヤが目を覚ます。
「......ハッ! 何だ夢か」
「いえ、近い内に現実になるかと」
「何!? ツヴァイウィングとマリアが『快傑☆うたずきん!』とコラボカフェやって、俺がゲスト出演すんのマジなのか!?」
「あ、そっちじゃないですけど、一考の価値ありですねそれ。企画としてはなかなか面白そうです」
「やめてくれ、今トチ狂った夢見ただけなんだ! んなもん没だ没! 夢で終わらせろ、実現させるな!」
必死の形相ですがり付くカズヤに対し、緒川は肩越しに振り返ることで洸の存在を示した。
洸に気づいたカズヤが半眼になって緒川を睨む。
「バカ野郎、早く言え」
「今の今まで寝ボケてたのは何処の誰ですか」
「仕方ねーだろ、こっちは徹夜明けだぜ」
少し疲れたように溜め息を吐くカズヤに、緒川は肩を竦めてから告げる。
「それでは失礼します。パシリの代価は今度カズヤさんの奢りの飲み会で構いません。立花さんは、お話が終わりましたら車までいらしてください、ガソリンスタンドまで送りますので」
と言い残してスタスタと歩き去った。車で待機するつもりなのだろう。
そして、この場に洸とカズヤが残され、二人きりで相対することとなった。
「......わざわざすんませんね。無理言って付き合わせて」
「いや、それはいいんだ。このくらい」
口火を切ったのはカズヤだ。落ち着いた声音での謝罪に、対する洸はいきなり謝られるとは思ってなくて若干戸惑いながら首を左右に振る。
「眠そうだね。徹夜明けだって? 若いからって無理しちゃダメだよ」
本題に入る前に少し世間話でもしよう、そう考えて話を振ってみたところ、
「いやー、響が朝まで離してくれなくてな。おまけに響が満足したと思ったら未来が途中参戦してくるし。全然休めなかったんだよ」
聞き捨てならない爆弾発言を耳にし、頭が真っ白になった。
【バカと親父とOTONAとNINJA】
「..........................................は?」
ちょっと待って欲しい。彼の言ったことがまだ理解できない。
今、彼は何と言った?
響が朝まで離してくれなかった?
響が満足したと思ったら未来が途中参戦した?
この若者は、一体何のことを言っているのだろう?
「ま、待ってくれ、どういうことだい?」
おかしい。あり得ない、否、あってはならない。
そんなこと、認める訳にはいかない。
「......キミは、マリア・カデンツァヴナ・イヴっていう歌手と、恋人じゃなかったっけ?」
「ん? そうだけど」
口を大きく開き、大欠伸をかましながら事も無げに答える彼の態度が、非常に苛つく。
「なら、キミは響と未来ちゃんの二人とは、どういう関係なんだい?」
頼む、共にS.O.N.Gに所属する仲間だ、そう言ってくれ、大切な仲間で友人だと答えてくれ、内心でそう懇願する洸の期待をカズヤはあっさり打ち砕く。
「あの二人もマリアと同じで俺の女だけど、それが?」
当たり前のことを当たり前のように答えるカズヤからは、嘘を言っているようには見えない。
「そ、そんな、冗談──」
「響のことで、響の実の父親に冗談なんて言わねーよ」
何処か呆れたように吐き捨てた彼の姿は、世間で英雄と持て囃されている雄姿と大きく乖離した──酷い言い方をすればゴロツキやチンピラのような印象を受けた。
「そんなことより、響についてだが──」
「そんなことって何だよ!!」
突然怒鳴る洸に、カズヤは不思議そうな表情で目をパチクリさせる。
その顔は、何故洸が怒っているのか分からないと言わんばかりだ。
「キミは、マリア・カデンツァヴナ・イヴと付き合っているのに、響と未来ちゃんともそういう関係だって言うのか!?」
娘の好きな男性が女遊びをするとんだクソ野郎だった、という父親としては絶対に認めたくない事実に、洸は己の立場も忘れてカズヤに詰め寄っていく。
「さっきからそう言ってるだろ。あいつらは、全員俺の女だ」
間髪入れず返答され、洸のボルテージは更に上がる。
「ふざけるな! そんなこと、許されると思ってるのか!! 誰がそんなことを認めるんだ!!」
「当の女共がそれで満足、納得して、問題なく仲良くしてるからいいんじゃねーの? 俺を巡ってなぐ、喧嘩するより、平等に愛してもらって皆で幸せになろうってのがあいつらの考えだからな」
「そんなバカな!!」
「あんたが信じようが信じまいが事実だ。ついでに言っておくと、俺の女は三人だけじゃねー。マリアの妹に、ツヴァイウィングの天羽奏と風鳴翼、それから響や未来と同じようにリディアンに通いながらS.O.N.Gに所属してるのが一人、合計で七人いる。ちなみに、風鳴翼とは風鳴家公認の婚約者だったりするんだぜ」
「っ!?」
思わず絶句した。
娘とその親友や、有名な歌手などの複数の乙女達を弄んでいると思ったら、同じ立場の女性が響達以外に更に四人もいて、彼女らは何もかも納得済みだと目の前の男は宣う。
「ま、そのせいでS.O.N.G内じゃ俺はクズとか女の敵とか女っ誑し呼ばわりだ。ヒデー話だよ。今の関係になる以前の俺は、自分からあいつらに手ェ出したことなんて一度もねーのに」
肩を竦めて彼は語る。
「たぶん原因は、据え膳食わぬは男の恥とか、女に恥をかかせるつもりはないとか、随分前に雑談してた時に翼に言っちまったことだろうな。それ以降のあいつらの目付き、虎視眈々と獲物を狙う肉食獣みてーでヤバかったからな」
当時のことが懐かしくなったのかカズヤは目を細め、腹を抱えてくつくつと笑いを堪えていた。
「特に響は、普段は人懐っこい大型犬みてーなのに、いきなり餓えた狼になるからな、あん時はマジで驚いたぜ」
「......やめろ」
「あんたの娘、可愛い顔してスゲー肉食系──」
「やめろ!!」
洸の絶叫が積み重なったコンテナとコンテナの間で木霊する。
いつの間にか荒くなっていた呼吸を整えつつ冷静になろうと努めるが、上手くいかない。
「幻滅したか? これが世間で英雄って呼ばれてる"シェルブリットのカズヤ"の実態だ。俺は戦うこと以外はどうしようもねーダメ人間、クズの女っ誑しなんだよ」
まるで何も知らない世間を嘲笑するように、悪人面となるカズヤ。
「......知りたくなかったよ、こんな事実......」
俯き、歯を食い縛り、痛いほど拳を握り締め、洸は全身を怒りで震わせる。
まさかこんな事実を聞かされるなんて思ってなかった。
「あっ、このこと、マスコミに垂れ込みたいなら好きにしてくれてもいいぜ? 俺は何一つ困らねー。歌手の三人も、俺のそばにいられなくなるくらいなら歌手辞めるっつってるし。学生三人も何かあれば今の学校退学する覚悟があるみてーだし。あいつらの中で特に身の振り方を気にする必要がないのはセレナ、マリアの妹だけか」
「...こんなこと、誰にも言える訳ないだろ...!!」
自分の娘が"シェルブリットのカズヤ"の女だというのが事実なら、屍肉に群がるハイエナのように響や未来の親類縁者にマスコミが殺到するのは目に見えていた。
ノイズ被害の生存者家族として世間や職場から謂れのない迫害を受けた過去が、脳裏を過る。トラウマを刺激された。不特定多数の人間に色眼鏡で見られることの恐ろしさを身に染みていた洸にとって、娘が関わっている爆弾をマスコミに垂れ込みなどできる訳がない。
「カズヤくん、キミは最低だよ」
せめてもの抵抗として目の前の若者を罵ることが精一杯。
だが、カズヤは何ら痛痒を覚えた風もなく、不敵に笑うのみ。
「そうだ。俺は最低のクズ、家族を捨てたあんたと同じだ。けど、同じ最低のクズでもあんたとは決定的に違う点があるぜ」
「何?」
カズヤはおもむろに洸に近寄ると、力任せに襟首を掴み引き寄せ、額と額がぶつかるほどの至近距離で睨んでくる。
「俺はあんたと違って、責任を放棄する気もなければ、あいつらを捨てるつもりもねぇってことだよ」
急に声の圧が強くなり、凄味が増し、カズヤからとてつもないプレッシャーが放たれた。
「以前未来に言われたことだ。一人の男としてじゃなく、"シェルブリットのカズヤ"として責任を取れ、ってな」
この時点で洸はカズヤに完全に気圧され、何も言えなくなってしまう。
強い力が秘められたオッドアイ──左の橙色に近い明るい茶色い瞳と、右の金の瞳から目を離せない。
「俺がそばにいないと生きてる意味がないって言った女がいる。俺に救われた命だから、俺の為に燃やし尽くしても構わないって言った女がいる。俺に身も心も捧げるって誓った女がいる。他にも、あいつらは色んなことを言ってくれた、こんな俺が必要だと、心から求めてくれた! 俺には、そんな女達に命を懸けて応える責任と義務がある!!」
「...責任と、義務...」
反芻した単語が、ズキリと胸を疼かせた。
「ああ、そうさ。あいつらが俺を好いてくれるから、迫られたから、求められたから背負うんじゃない。俺もあいつらのことが大好きで、あいつらの全てを受け入れると自分の意思で選んだ。誰かに押し付けられたものでもなければ勝手に圧し掛かってきたもんでもない、俺が望んで得た、俺だけの、俺の為の責任と義務」
いつだって、自分の意思で選択し行動してきたと彼は訴える。
「俺はな、何の証も立てられないまま朽ち果てるなんざ、死んでもご免だ。だから女を抱くなら孕ませるつもりで抱く! もし奇跡的に孕んでくれたら、その子が一人立ちするまで俺が命に代えても守る! たとえ世間や世界を敵に回そうと、誰が相手だろうと関係ねぇ!! 邪魔する奴は片っ端から叩き潰す!! 俺がこの世界に確かに存在したという証を、必ず残す!!!」
根拠などないが、それが彼の心からの願いなのだということが、何故か洸には理解できた。
「あいつら全員を必ず幸せにする、誰一人として後悔させねぇ! 命を、魂を、俺を俺として構成する全てをあいつらのこれからの人生に使う! それが、俺の考える『家族』になるってことだ! ただの男が、夫になって、父親になるってことだ!! 自分のことなんて二の次で、最優先は愛する家族、これに文句あるか!? ああ!?」
そこまで一気に言い切ると、カズヤは一度大きく仰け反ってから、呆然とする洸の額に頭突きをかます。
「ぐあっ!!」
悲鳴を上げ尻餅を着いてから仰向けに倒れ、大の字になる洸を見下ろしながら、彼は告げた。
「あんたが捨てちまったもんを、俺は絶対に、死んでも離さねぇ......たとえどんなに重くて、背負って進むのが辛くても、それが俺の存在理由である以上、手離してたまるか!!!」
最後に全力で叫ぶと、カズヤは洸の脇を通り抜け、足早に立ち去っていく。
洸と響に関して話をするつもりが、いつの間にか一方的に自分の覚悟を語っていたのは何故だろうか。
「......違う、そうじゃねーだろ......そうじゃねぇだろ俺のバカ!!」
自身を罵り駆け出すと、大きく跳躍し安全柵を飛び越え海へとダイブ。
数秒間、海水に全身を浸けてから、天を仰ぐようにして浮き上がる。
「あー、何やってんだろ、俺......」
海水に浸かりながら、彼にしては本当に珍しく自己嫌悪に陥っていた。
照りつける太陽の眩しさに目を細め、もう一度海中に沈もうかと思考したタイミングで、
「この埠頭での釣りは市から許可が出ているが、遊泳は禁止されているぞ、カズヤくん」
豪快に笑い飛ばしながらこちらを見下ろす弦十郎の姿が見えた。
いつの間に、一瞬そう考えたがすぐにどうでもいいことだと切り捨てる。
「いつものことだが、なかなか盛大に啖呵を切ったな。シラフだというのに」
「我ながら感情的になると何口走るか分かんねーのが恐ろしい」
差し伸ばされた手を取り、カズヤは陸に上がることに。
洸との会話は、カズヤの通信機を介して響には勿論、他の装者達やオペレーター陣などにも丸聞こえだった。そういう仕込みだったのである。
「響の親父さんのやる気スイッチ押す為に呼び出したのに、ホント、何をしてんだか俺は......響に謝んねーと」
濡れネズミの状態でその場に蹲り、頭を抱えるカズヤに対し、弦十郎は意外そうに口を開く。
「自分の覚悟を語って、彼に覚悟を促す作戦ではなかったのか?」
「......そんなことよりさ、ただ一言、『響に謝りたい』とか『謝らせて欲しい』ってのが聞きたかったんだ」
立ち上がって踵を返し、弦十郎に背を向ける形で青い海に向き直る。
真夏の太陽に照らされた青い海は、目を細めたくなるほどに眩しい。
「響の親父さん、状況を考えれば同情の余地はあると思う。元々婿養子っつー家の中で微妙な立ち位置でさ、世間から白い目で見られるようになってからは職場でも家でも心休まる時がなくて、逃げ出したくなる気持ち、分からんでもねー」
「......」
「でも、それは響も同じはずだったんだ。しかもあの人は夫で父親だった。だから、どんなに辛くて苦しくても耐えなきゃいけなかった、家族のそばを離れるべきじゃなかったんだ。それだけは間違いねー」
弦十郎は厳かに頷き同意を示すが、その表情は沈痛そのもの。全ての悲劇の発端が旧二課の失態、及び櫻井了子の手による策謀を未然に防げなかったことによるからだ。
「だからこそ、どうやって響に謝るのか、そもそも謝る気があるのか聞きたかったんだけど、な」
「会話の始めに彼を煽るようなことを言ったのが、裏目に出たか」
「響との関係を仄めかして、親父さんの父親面を引き出そうとしたけど、俺の中であの人を許せない、って感情があったのか、気がつけば必要以上に煽ってて、そんで売り言葉に買い言葉になって......ガキかよ」
父親面をするならまず最初に響に謝らせる、そういう風に会話の流れに持っていくつもりだったのに。
落胆もあった。再構成の果てにギアと繋がった右目で見てしまった響の暗い過去。その一端を担っていたのが洸という事実に、正直言ってガッカリしたのだ。
イグナイトを発動させるあの瞬間まで、これまでずっと漠然と思い込んでいたのだから。いつも笑顔を絶やさない響の親なら、彼女を育てたというのなら、きっと良い親なんだろうな、と。
「しかし、あの啖呵は好評だったぞ。キミの想いと覚悟を聞いて、装者達の頬が弛みっぱなしだったからな」
「素直に喜べねーって」
後ろを振り返らず、手をヒラヒラさせて嘆息。
なお、相変わらずオブラートに包まない過激かつストレートな表現のせいで、まだまだ初心な切歌や調、あおいなどの女性オペレーターは顔を赤くし、弦十郎や緒川、朔也を含む男性陣は逆に清々しくて笑いを堪えるのに必死だったとか。
「結局俺がやったことって、お節介の余計なお世話だったのかね」
「どうだろうな。今後、どのような結果になるかは、響くんと彼次第だ。俺としては誰もが笑顔になる結果を望むが、万が一のことがあれば、響くんのことはカズヤくんや未来くんに任せる、というのが最適なのだろうな......だから、いつまでもそんな時化た面をするな! "シェルブリットのカズヤ"は迷わない、ただひたすら前だけを見て突き進む、やりたいことをやりたいようにやる、そうだろ!?」
「......ああ、分かってるさ」
背後から大きく力強い手で肩をバシバシ叩かれて、カズヤは漸く沈んでいた気分が持ち直すのを感じた。
ずぶ濡れのまま本部へと歩き出すその後ろ姿を眺めながら、弦十郎は疑問に思う。
(キミはその背中に、どれだけ背負うつもりなんだ?)
確かにカズヤのお陰で、自分達大人が装者達に押し付けていた重荷は減った。その代わり、装者達の分まで彼が無理に背負っているように見える。
たまに心配になる時があるのだ。この若者が背負ったものの重さに耐えられず、潰れてしまうのではないか、と。
(欺瞞だな......俺達が頭を下げて頼み込んだのを忘れたのか)
瞼を閉じて
あの時、緒川の思惑に薄々感づきながらも黙認した。デメリットとメリットを計算して、大人の都合を取ったのだから。
改めて彼の背中を見つめる。
頼もしく、大きい背中だ。彼と同年代で彼のように振る舞えるような存在を知らないし、今のご時世いないに等しいだろう。何がなんでも背負ったものを捨てようとしない、覚悟を決めた男の背中がそこにはある。
彼については同じ男だからこそ共感できる部分が多々あるし、理解もできることも少なくない。
しかし、彼が装者達に向ける愛情は、はっきり言ってしまえば度を越している、いや、常軌を逸していると言っても過言ではない。とても二十歳になる前の青年が持ち得る心の在り方としては何処か歪つで、抱ける覚悟でもないはずだ。
アルター能力者はエゴイスト。己のエゴを具現化するが故に、エゴイストであればあるほど高い能力を持つと聞く。なので、カズヤだからこそ、と思えることではあるが、本当にそれだけで済まされる話なのだろうか。
(装者達が己の存在理由......キミがそれでいいと言うのなら、俺からは何も言えん)
自分はただ黙して彼を見守ろう。もし彼に何かあれば、直ぐ様手を貸すことを心に誓って。
「こちらをどうぞ」
車まで戻れば、待ち構えていた緒川から氷嚢を手渡され額に当てる。
熱を持ったように痛む額に氷嚢の冷たさが心地良い。
「用意がいいですね」
「ええ。カズヤさんが立花さんを殴るだろうと予想はしていましたので。実際は頭突きでしたが」
まるで一部始終その様子を眺めていたかのような対応に返す言葉も思い浮かばず、洸はノロノロと車に乗り込み、後部座席に座ってシートベルトを掛ける。
「ではガソリンスタンドに戻ります」
静かなエンジン音を響かせ車が発進した。
(結局、響のことをろくに話せなかったな)
彼との会話で得たものは、響と未来が彼の女ということと、彼は彼なりに響を含めた『自分の女達』を何よりも大切に想い、真摯に向き合っているということか。
(だからと言って、はいそうですかと認める訳にはなぁ......)
父親面をするなと怒りを買いそうだが、父親じゃなかったとして眉を顰める彼の女性関係に、頭突きを食らった痛みとは別の頭痛がしてきた。
「凄かったですね、カズヤさん」
不意にこれまで沈黙を守っていた緒川がテンション高めに声を掛けてくる。
「...そう、ですね。まさか彼が複数の女性と付き合ってて、しかも遊びじゃなく全員と真剣に、って言うんですから」
「ええ、期待以上ですよ。まさかあれほどの覚悟を決めていただいているとは、まさに嬉しい誤算です」
「......?」
妙な言い回しに違和感を覚えて洸は首を傾げる。
期待以上? 嬉しい誤算? 今、そう言ったのか?
何故?
今の発言はまるで、カズヤと響達が
「どういう、ことですか? 意味がよく分からないんですけど」
「え? そのままの意味ですけど」
「その意味を答えろと言ってるんです!」
震えた声で洸は緒川に問えば、はぐらかすような応対をされて、つい語気を荒げた。
すると、「ああ、僕としたことが説明を省いてしまいました」とバックミラー越しに朗らかな笑みを見せる。
何を言うつもりなのか予測がつかず、洸はただ黙って耳を傾けた。
「今のカズヤさんなら、たとえどんなことがあっても響さん達のそばを離れることはない、そう思うと安心してしまって」
「その『響達のそば』というのは、S.O.N.Gのことですか?」
「......ええ。一般の方でもなんとなく想像がつくと思いますが、カズヤさんという人材を求める組織や団体は、それこそ星の数ほどあります。合法、非合法を問わず」
それはそうだろう。ノイズに対抗できる、というだけで引く手数多に違いない。
「僕達は本当に運が良かった。一番最初に彼に組織として接触し、協力を取り付けられました。最初は純粋なギブアンドテイク、それから少しずつ信頼関係を築き、仲間として共に働くようになったのです」
「......」
「でも、彼は義理堅い性格でありながら、同時にとても自由奔放、かなり悪い言い方をすれば自分勝手です。本来は組織に属するような気質ではなく、何より己の信念のみに従う方です。筋が通らないこと、気に食わないことには頑として首を縦に振りません。当初カズヤさんが僕達の上司の命令をすんなり聞いていたのは、そもそも僕達と利害が一致していたのと、単純に上司と馬が合った、というだけなんですよ。そうでなければ、カズヤさんはとっくに僕達の前から姿を消していたでしょう」
車が赤信号により停止し、首を巡らし、そう思わないですか? と言わんばかりの目配せを受け、洸は首肯。
「自由奔放で、己の信念のみに従い、富も名声も興味がない。そんな人物を一つの組織に縛り付ける、そんな方法があるとしたら、何だと思いますか?」
青信号になり、車が発進する。
前へ向き直った緒川の顔は、数秒前に朗らかな笑顔を浮かべていた人物とは思えないほど、冷たく能面のような感情を一切出さない表情をしていた。
「まさか!」
「お察しの通り、女ですよ。富や名声に興味はなくてもカズヤさんは健全な男性であり、女性に一定の興味をお持ちでした。しかしながらただの女性ではダメです。彼に愛情をこれでもかと注ぐことができるとびっきりの女性、そして何よりも彼が心から守りたいと思った女性でなければなりません」
底冷えするかのようなトーンの低い声に怯みながらも、洸は必死に口を開く。
「そんなことの為に、響と未来ちゃんは──」
「親御様の立場からしたら当然抱くお怒りでしょう。ですが、予めお伝えしておきますが、その為に彼女達を彼に宛がった訳ではありません。彼女達が自らの意思でカズヤさんの女になることを望み、カズヤさんがそれに応えた。そこを勘違いしないでいただきたい」
怒声を上げようとしたところを冷徹な声が遮る。
「僕達が何もしなくてもカズヤさんと響さん達は
若者達を放置してたらそうなった、と言われてしまえば洸としてはそれ以上何か言うこともできず、苦々しく睨むことしかできない。
洸も緒川もそれっきり口を閉ざしたので会話が途切れる。
やがてガソリンスタンドに到着し、洸は車から降りた。
時間的には丁度休憩が終わるタイミングとなり、昼食を摂っていないことを除けば時間的な問題は何一つないが、そもそも今日は緊張であまり食欲がなかったので暫くは持つだろうと高を括った。
「本日はお忙しい中お時間いただき、誠にありがとうございました」
「周りから変な目で見られてるから頭を上げてください!」
運転席から降りて深々と頭を下げる緒川に慌ててやめさせると、彼は優しげな笑みで「では失礼します」と再度頭を下げてから車に乗り込み走り去っていく。
「やれやれ......」
洸はこの休憩時間中に得た情報を脳内で整理しながら、興味津々で何があったのか聞きたそうにしている職場の方々にどう言い訳しようか考え、しかし良い案が全く思い浮かばず大きく溜め息を吐いた。
本部に向かう車の中で、緒川は自嘲気味に一人言を呟く。
「何が、気がついたら結果的にそうなっていた、だ......そういう風に仕組んだのは、紛れもなく僕なのに......臆病者の僕なのに」
緒川にとってカズヤという存在は、まさに新星の如く現れた希望の光であり、理想の体現者だった。
シンフォギア装者にばかり負担を掛けてしまうという、大人達にとって歯痒く厳しい現実を、横合いから思いっ切り殴り付けてぶっ飛ばしてくれたのだ。
装者を真に理解し、隣に立つことができる人物がついに現れてくれたと、当時の緒川はカズヤのことをそう捉えた。
しかもカズヤは本能的に戦いを求める気質であり、喜び勇んで戦う姿を見て、これで装者の負担も減らせると期待した。
更に、同調現象によりシンフォギアからのバックファイアが激減する事実に、その思いに拍車が掛かる。
──どんな手段を使ってでも彼を手放してはならない。
カズヤが装者にとっては勿論、当時の二課にとってもなくてはならない存在になるのは自然の流れだった。
だからこそ、緒川は万が一カズヤが離反することを何よりも、誰よりも恐れた。
もしそんなことが起きてしまえば、精神的支柱として依存し始めていた装者達は瓦解し、二課はまともに機能しなくなる。
故に、
その為に、カズヤの責任感と装者達の気持ちを利用した。
ルナアタック解決後の三週間の軟禁生活。五人を一つの部屋に押し込んだのは緒川の提案である。
年若い男女を一つの屋根の下で過ごさせるのは如何なものか、と女性オペレーターのあおいが当然進言したが、そもそもカズヤは奏とクリスと三人暮らし、そこに翼と響が加わって今更何になるのか、もしそれぞれに個室を用意してもどうせ皆カズヤの部屋に集まってくるだけ、と反論すればあおいはそれもそうですねと納得し容易く引き下がってくれた。
個室を用意するなど以ての外だ。各々に個室を用意してしまえば、
そして、窮屈で退屈な日々に飽きて脱走を図るカズヤを取り押さえる、その名目で筋弛緩剤とアルコール注射を行い、装者の前に放り捨てた。
カズヤの性格と能力を考慮すればやり過ぎにはならず、弦十郎も緒川の思惑を知ってか知らずか、何も言わない。
どう転ぶかは装者次第。もしかしたら牽制合戦になって何も起こらない可能性もある。そうなったらこれ以上自分ができることは最早何もない。悪巧みはこれで最初で最後にしよう、そう思考して外から部屋の施錠を行いその場を後にした。
結果は語るべくもなく、怖いくらいに思惑通りになった。なってしまったのである。
一つ誤算だったのは、フロンティア事変における未来の存在だったが、それすらカズヤは遺恨を残さないように解決してくれた。
「......カズヤさん、僕は卑怯者です......装者の皆さんの為にも、当時の二課の為にも、あなたを失う訳にはいかなかった...何かに縛られるのを極端に嫌うあなたが、いつの日か僕達の前からフラッといなくなってしまうことが怖かったんです......でも、きっとあなたは僕がしたことも『俺が選んだことだから』と言って、責めようとはしないのでしょうね......」
彼は、緒川慎次は、シンフォギア装者とは異なる形でカズヤの輝きに魅入られた人間の一人であり、一度手にした光を失うものかと足掻く者でもあった。
・緒川慎次
装者とは異なる視点、立場からカズヤを自分達の組織に縛り付けたかった人物その1。
カズヤの責任感や覚悟、装者達への想い、装者の気持ちを利用するような形になってしまったことに罪悪感を覚えている。
また、装者としてではなく、翼を一人の女性として風鳴家の呪縛から解き放ってくれるはずと多大な期待を寄せている。
・風鳴弦十郎
カズヤを自分達の組織に縛り付けたかった人物その2。
緒川とほぼ同じ考えだった為に、彼の思惑を黙認。
大人の勝手な都合に付き合わせたことに申し訳なさがある。
なお、フロンティア事変における未来については、彼女を泣かせたことについて一発殴ろうとしたが、当の本人に防がれてしまった。
やはり翼に関しては緒川同様、風鳴家の呪縛から解き放ってくれることを期待している。
・藤尭朔也
自分もあんな風にモテたいと思ったことあるけど、やっぱいいです。無理です、子どもとかまだいいです、そんな覚悟ないです、独身貴族最高!!
・友里あおい
カズヤは残念ながらタイプではない。好みじゃない。好ましい人物だとは思ってるし、実際凄く良い奴。でも趣味じゃないので恋愛感情を抱けないし恋愛対象にならない。
しかしながら、あの一度思ったら一直線な所は合コン先の男共に分けて欲しい。
・フィーネ
私もあの御方に「子どもを生んでくれ」発言して欲しかったわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! 羨Cィィィィィィィ!!!
・響、未来、奏、翼、クリス、マリア、セレナ
ぐへへ...!!
・調
体に宿ったフィーネがうるさい。でもなんとなく気持ちは分かる。
とりあえずだらしない顔してるマリア達を何故か一回引っ叩きたい。
・切歌
もしかして今まで妹ポジだったのがお姉ちゃんになるデスか!?
でも幸せそうなマリア達が少し羨ましい、というか、何故かほんのちょっとだけ腹立つ。