カズマと名乗るのは恐れ多いのでカズヤと名乗ることにした 作:美味しいパンをクレメンス
なんで遅れたのか気になる方は活動報告見て「ふーん」とでも思ってください。
予告しておきますが次回も更新が遅れそう、つーか目処が立ってません。
許して、許して......!
「......ハッ、関係ねーだろそんなの。俺にとって翼は翼だ。風鳴家がどうとか、知ったこっちゃねーよ」
私が覚悟を決めて告げたことに対し、カズヤは軽く笑い飛ばすと、こちらを抱く腕の力をやや強くした。
この男ならそう言ってくれると信じていたが、やはり不安はそれなりにあったので、カズヤの胸板に顔を埋めたまま私は安堵の溜め息を零す。
時はルナアタック後に彼がバイクの免許を取り、初めて一緒にツーリングに出掛けた日。
場所は大阪府にあるそれなりに高級なホテルの一室。
互いに生まれたままの姿で、ベッドの上で仰向けに横になるカズヤの上に私がうつ伏せになった状態。
初のツーリングで疲れ果てたカズヤを本日の宿に連れ込み、たらふく食事を摂らせてから順にシャワーを浴びて、あれ以来すっかり病みつきになってしまった情事をこれでもかと堪能した後、互いに抱き締め合いながら私は私の出生や風鳴家について洗いざらい打ち明けた。
カズヤには知っていて欲しかった。その上で先の言葉を待ち望んでいた。だからこそ期待通りの言葉に安堵と嬉しさが胸に去来する。カズヤなら拒絶や拒否をすることなく、私の全てを受け入れてくれるに違いないという信頼はあっても、実際に声に出して聞かせてもらうまではなかなか安心できないものだ。
「翼、お前はもう俺の女だ」
「うん」
「それに俺はお前の生まれのこととか家のこととかでとやかく言うつもりはねー」
「うん、知ってた」
「......俺達は、ずっと一緒だ」
「うん......!」
顔を上げれば、優しい眼差しのカズヤがこちらの顔を覗き込んできて、視線が交わるとどちらかともなく笑い合う。
「ま、ピロートークにしちゃなかなかヘヴィな内容だったが」
「あう......すまない」
「じゃあさ、もっとピロートークらしいピロートークしようぜ」
「と言うと?」
「翼は俺の何処が好きになったのか、とかさ」
そう言って彼はこちらの頭に手を置き撫でてくれて、その心地良さに私は目を細めた。
「私がどうしてカズヤを好きになったのか、か」
「ああ。聞かせてくれるか?」
「上手く説明できるか分からないが......頑張る」
「ちなみに俺は、何事にも真面目に取り組もうとする翼のその姿勢が好きだぜ。融通利かねーとことかも可愛いしな」
「......カズヤはそうやってすぐ『好き』とか『可愛い』とか言うんだから」
面と向かって『好き』と『可愛い』を言われた嬉しさを隠せないまま、私は訥々と語り出す。
当時の私にとってカズヤという人間がどういう存在かと言えば、奏の命の恩人であると同時に、強さへの憧憬と羨望、そして嫉妬の対象だった。
あのライブ会場での惨劇以降、奏は暇があればカズヤのことばかり考え遠い目をしていたので、まるで奏を盗られたようで悔しい思いをしたものだ。
まあ奏がそうなるのは無理もない。あの時カズヤが見せた力は、光は、輝きはまさに圧倒的だった。私ですらあの瞬間はシェルブリットバーストを放つカズヤの姿に見惚れて、思わず呆けていたのだから。
しかし、嫉妬していたのは確かであるものの、人を守護する防人として彼を、彼の力と強さに敬意を抱いていたのは事実。彼が現れる先々でノイズを殲滅し人々を守る為に戦っていたことで、その思いに拍車が掛かった。
だから奏ほどではないけれど、私もカズヤとの再会を望んでいた。
やがて二年の月日が経過し、漸く再会を果たしたカズヤは、何というかこれまでの私の周りにはいなかったタイプの青年で、かなり驚いたし僅かに戸惑ったものである。強いて言えば豪放磊落な叔父様と少し似た空気を纏っていた、とでも言えばいいのか。
良い意味でも悪い意味でもカズヤは自由奔放で型破りにして破天荒。当初はその自分勝手で遠慮のない言動に振り回されっぱなしであったが、慣れるとそばにいるだけでとても楽しくて、いつの間にか彼と共にいることが当たり前になっていたことに気づく。
もし私に年の近い兄や弟がいたら、もし私に異性の幼馴染みがいたら、こんな感じなのだろうか。そう思わせてくれる彼の態度と距離感が心地良かった。
カズヤは本当に不思議だ。知らない内に人の心の中に土足でズカズカ踏み込んできて、勝手に居場所を作ってそのまま居座ってしまうのだ。心の中を彼で占められて、厄介なことこの上ない。しかも本人は無自覚なのだから非常に質が悪い。なのにそれが全く不快じゃない。
けれど、私が私の気持ちを自覚するのは、奏達よりもずっと遅かった。
ルナアタックの最終局面にて、ギアを破壊されて戦う力を失った私達を守る為に、無抵抗のまま痛めつけられながらも一歩も退かず、何度倒れても折れることなく立ち上がったその後ろ姿に、私は真の防人とは何かを見た気がした。
彼の男の意地と信念をまざまざと見せつけられて、初めて気づく。嗚呼、そういうことだったのかと。
彼の強さに憧れ、羨望と嫉妬を抱いたのは彼のようになりたかったから。
彼の何物にも縛られない自由な性格に惹かれたのは、心の何処かで『風鳴家』という存在から自由になりたいと思っていたから。
そう。カズヤは、私にとって『もし私が男として生まれていたら』、『もし風鳴家とは全く関係のない家に生まれていたら』といういくつもの『もしも』を詰め込んだ理想の存在だったのだ。
私にとってあり得ない『もしも』を体現した、理想像。
あんな風に己の思うがままに振る舞えたら。
誰にも気兼ねすることなく、誰かに言われた訳でもなく、ただひたすらに自分が信じた道を真っ直ぐ突き進むカズヤの後ろ姿を見て、猛烈に焦がれた。
何よりも、防人として生きる私を、常に誰かを守る為に剣となり戦わなければならない私を守ってくれる。
本当はそんな存在を欲していたから。
その隣を共に歩いて
カズヤに守られ、そして私もカズヤを守れるようになりたい。
一度自覚してしまえば、私は自身を抑えることができなくなってしまった。
語り終えれば、カズヤは照れ臭くなったのか上擦った声で呟く。
「なんか、その、そんな風に想われてるって知ると恥ずいな......」
「私も自分で言ってて恥ずかしくなってきた」
私の視線から逃れるように横を向く様が、なんだか可愛らしくて愛しい。
この男は卑怯にもほどがあると思う。
戦かっている時は雄々しいのに、日常生活では子どもっぽい顔や仕草、態度を取る。そのギャップが妙に魅力的に映ってしまう。
「次はカズヤの番だよ。カズヤは私の、何処が好きなの?」
「よし......立場逆転してやるから覚悟しやがれ」
こちらに向き直り、ニヤリと唇を吊り上げるように笑みを浮かべてつらつらと語るカズヤ。
耳を傾けている内に私の体は熱く滾ってしまったので、結局途中で語り部たる彼の口を文字通り物理的に塞ぎ、朝まで激しく求めることとなってしまった。
【防人という家】
奏が肩を揺すりながら声を掛けてきたので、私の意識は夢から現実へと引き戻された。
「翼、起きなって。翼の実家に着いたってば。カズヤと緒川さんが先に行っちゃうよ」
「......すまない、ついうたた寝をしてしまって」
頭を二度三度と横に振って眠気を飛ばし、意識をはっきりさせて現状把握に努める。
場所は眠ってしまう前と同じ車の中。隣には奏。彼女の発言通り既に目的地に到着しており、助手席に座っていたカズヤと運転席に座っていた緒川さんは車外に出ているのが窓越しに確認できた。
「夢でも見てた?」
「うん」
「やっぱりね。だらしない顔で涎垂らしながら何度も寝言言ってたよ。『カズヤ、カズヤァァ』って。どうせスケベな夢でも見てたんでしょ」
「心外な。そういう決めつけはよくないと思う」
「だったら夢の内容を教えて」
「......ノーコメントで」
「図星じゃないか」
俯く私の反応に奏はカラカラと意地悪く笑う。
まさか任務とはいえ、十年ぶりに実家に帰省する破目になり、道中で居眠りしてカズヤに風鳴家について打ち明けた当時を夢で追体験するとは予想だにしていなかった。
私は奏にこれ以上からかわれまいと逃げるように車外に出る。
「デケーなー。こっから全部私有地だろ? 固定資産税っていくら払ってんの?」
「風鳴家を前にして固定資産税をまず最初に気にするのはカズヤさんだけですよ、きっと」
「いや、だっていつか俺のもんになるらしいし?」
「僕はもっと気にすることがあると思うんですけど」
風鳴家の敷地を前にして、暢気なカズヤの物言いに緒川さんが苦笑している。
その緒川さんの調査により、敵は霊的防衛機能の支えを担っていた竜脈──レイラインの要所となる神社や祠といったものを片っ端から潰していると考えられた。
今回の任務は風鳴家の敷地内にある要石の防衛。
チーム編成はカズヤと私と奏の三名(プラスアルファで緒川さん)。要石の防衛と聞いたお父様がカズヤを指名し、私は実家ということで立候補し、私が行くならアタシもと奏がついてきて、叔父様が許可を出したのだ。
「......クリスさん達も、まもなく深淵の竜宮に到着するそうです」
緒川さんが通信機を片手に述べる。
雪音達は、こことは別にオートスコアラーが狙うと予測される深淵の竜宮と呼ばれる場所へと向かった。海底に建造された異端技術に関連する危険物や未解析品を収める管理特区である為、敵がそれらを求めて襲撃してくる可能性は大きい。要石の防衛同様、重要な任務だ。
私は大きな扉を前にして気合いを入れる。
「こちらも伏魔殿に呑まれないように気をつけたいものだ」
「お前ん家、伏魔殿だったのかよ。実家が伏魔殿で片付けできなくて部屋が汚くて歌が上手いボケるバラエティー芸人とか属性盛り過ぎだぜ、翼」
「それらの属性は全部カズヤが盛ってるんでしょうが!!」
大きくて年季の入った門の前で、私は余計な茶々を入れてくる隣を怒鳴り付ける。
カズヤは一度こちらにニシシとガキ大将のような笑みを見せてから門に向き直り両手を翳す。
「
「なんでそんな無駄に声がセクシーで発音良いの」
ゆっくり門を押し開けるカズヤに奏が突っ込む。
門を潜った瞬間、懐かしい空気に触れた気がする。
帰ってきたんだ、十年振りに。
そんな感慨に耽っていると、視界の先から姿を現したのは落ち着いた色合いの和服に身を包んだお父様──風鳴八紘だ。
「わざわざ呼びつけてすまなかった、カズヤくん。慎次もご苦労だったな」
「ちわっス」
片手を挙げて軽く挨拶するカズヤと、黙したまま会釈する緒川さん。
続いてお父様は奏に顔を向けた。
「君には娘がいつも世話になっている」
「え? こ、こちらこそ!」
自分に挨拶されるとは思ってなかった奏が、不意を突かれた形となり慌てて頭を下げる。
それからお父様は挨拶は終わったとばかりに踵を返し、背を向けて歩き出すので思わず口を開く。
「お父様!」
咄嗟に呼び止めたが、何も考えていなかったので何も言えないまま固まってしまう。
足は止めたもののお父様は振り向かない。無言の背中が『用があるなら早くしろ』と言われているようで、焦りながらもなんとか絞るように言葉を紡いだ。
「......沙汰もなく、申し訳ありませんでした」
すると、お父様は肩越しに振り返り、
「お前のことはカズヤくんや弦から聞いている......務めを果たせているならそれでいい」
ややぶっきらぼうな口調で返し、前を向いて歩き去る。
私にはただそれだけが無性に嬉しくて、目頭が熱くなっていく。
と、カズヤが私の頭にポンと手を置いた。
「親父さん、普段はあんな感じの鉄面皮だけど、酒の席ではいつも翼の話ばっかなんだよ」
「え?」
呆けた声を出す私の目の前で、お父様はピタリと動きを止めてから素早い動きで振り返り、こちらにツカツカ歩み寄ると、カズヤの襟首を乱暴に掴み、敷地内に鎮座している締め縄を巻かれた巨岩──今回の防衛対象たる要石のそばまで引き摺っていく。
「余計なことを言うんじゃない......!」
「いいじゃないスか。翼だって嬉しそうにしてるし」
「カズヤくん、君には分からんだろうが私達は──」
「もうちょい素直に、自分の気持ちに正直になりましょうって」
「誰も彼もが君のように振る舞えるなら苦労はしない!」
「俺は自分自身に嘘をつくのだけは死んでも嫌なだけっスよ?」
「それが他者からどれほど羨ましがられるか、少しは自覚を持った方がいい」
「ハァ~、親子揃って生き方ぶきっちょっスね」
「怒るぞ」
何やら小声で言い合う二人。
呆然とする私に、横から緒川さんが教えてくれた。
「カズヤさんとの邂逅は、お父上にも良い影響があったようです。誰が相手でもズケズケ言うのってカズヤさんだけですから」
「だね。翼のお父さん、話に聞いてたよりもずっと話し易そうじゃないか」
「そう......みたい」
奏の相槌に私は同意する。
ついにお父様は襟首を掴んでいた手を片手から両手にし、カズヤの頭を前後にガックンガックン激しく揺すり始めた。
「相変わらず君は人の話を聞かないな!」
「聞く必要がある言葉だけしか届かない耳をしてるんで」
「聞きたい言葉しか聞かない耳の間違いだろう......!」
「へへっ」
「得意気になるんじゃない! 少しは悪びれてもいいと思うんだが?」
「無理っス。全く、これっぽっちも悪いと思ってないんで」
「この......!」
お父様とカズヤが何処かで見たことがあるような光景を展開していたその刹那、
「「っ!」」
カズヤと緒川さんが何かに気づいたのか、同じタイミングで突然表情を引き締める。
次いで緒川さんが早撃ちのような速度で懐から拳銃を抜き、庭園の池の前に狙いを定めて引き金を引き、カズヤがお父様の両手を振り払いシェルブリット第二形態を発動。
何もないはずの虚空にて唐突に火花が散り、まるで金属に弾丸が着弾したかのような甲高い音が立つ。
「おおおおらああああっ!!」
緒川さんが銃撃した場所にカズヤが突撃する。
振り抜かれた拳は突如出現した翡翠色の障壁に叩きつけられ、閃光を生む。
秒も経たずに障壁は砕け散り、それに合わせて姿を現したのは体勢を崩され後方に吹き飛ばされるファラだった。
「オートスコアラー!?」
「うげ!? 全然気がつかなかった! 緒川さんとカズヤがいてくれて良かったぁ......」
泡を食ったように驚く私と奏を置いて、カズヤの右手首から拘束具が外れ、腕の装甲が展開し、開いた手の甲の穴に光が収束していき、右肩甲骨の回転翼を高速回転させつつエネルギーのチャージに入る。
「忍者の察知能力と獣並みの勘......侮っていたつもりはないのですが、流石にこの距離では気取られてしまいましたか」
「シェルブリットバーストォォッ......!!」
「聞く耳持たず、問答無用でいきなりの最大出力。実にあなたらしいですね、"シェルブリットのカズヤ"」
ファラの声など全く耳に入れない彼の全身から金色の光が迸り、ふわりと足が宙に浮き上がる。
「レイラインの解放、やらせてもらおうと思っていましたが、これでは無理ですね」
嘆息するように呟くと、オートスコアラーは高く跳躍しその身に風を纏うと凄まじいスピードで何処かへと飛び去っていく。
潔いくらいにあっさりとした撤退に、誰もが唖然となった。
「......この、逃げてんじゃねぇぇぇぇっ!!」
僅かに遅れてカズヤが怒号と共に金色の衝撃波を拳から撃ち出すが、逃げるファラを撃墜することは叶わず。易々と回避した後に空間転移で消えてしまう。渾身の一撃は遠くの射線上に存在していた巨大な入道雲を消し飛ばしただけで終わった。
やがて静寂が訪れて、彼は無言のまま能力を解除する。
カズヤがいることで要石の防衛は上手くいったが、逆を言えばカズヤがいることでオートスコアラーは逃げの一手に徹するつもりのようだ。これでは撃破が難しい。
それは本人が一番理解しているようで、苛ついた表情の彼が握る拳は、その内心を表すように固く握られワナワナと震えていた。
その後、要石については元々緒川さんの実家からお父様の護衛として配属された方々──その中で特に気配察知に鋭い手練れを数名──を一時的に配置し警戒にあたってもらい、私達はお父様の執務室に通された。
シンフォギアの開発にも関わりの深い独国政府の研究機関『アーネンエルベ』からもたらされた調査結果を聞かされる。
アルカ・ノイズによって分解された後に残る赤い塵のような物質は『プリマ・マテリア』と呼ばれ、万能の溶媒『アルカ・ヘスト』によって分解還元された物質の根源要素らしいとのこと。
「物質の根源?」
報告書を読み上げるお父様の言葉を聞き、頭の上に?を浮かべる奏。
「錬金術とは、分解と解析、そこからの構築によって成り立つ異端技術の理論体系とありますが......」
緒川さんがそこまで言ってから、この場にいる全員がカズヤに視線を注ぐ。
似ていたのだ。かつてカズヤが二課に加わった際に聞かされた話に。
つまり錬金術は、アルター能力と似て非なる力。アルター能力が個人の生まれつき持ち得る純然たる才能ならば、錬金術は理論体系化によって生み出された歴とした技術。
「なるほどな。アルカ・ノイズの分解能力に、プリマ・マテリアっつー分解後の赤い塵。アルターの物質分解とアルター粒子にそれぞれ置き換えて考えることができる。前にエルフナインがキャロルは俺の能力を参考にしたとか言ってたが、そもそも錬金術とアルター能力は根本的な部分が似てるんだ」
顎に手を当てて考える仕草と共に呟く彼に皆が頷く。
「大きく違うのは分解した後の話。アルターは能力者のエゴを具現化することと分解したものを元に戻すくらいのことしかできねーし、何より生物を分解対象にはできねー、つーかムズい。そいつに比べて錬金術ってのはかなり汎用性が高そうだな。無機物有機物問わず分解して、火やら水やら操ったり、便利アイテム作成したり、まるで創作物の魔法だ」
皮肉げでありながら軽口のような口調に私達は苦笑するしかない。
「だけどよ、分かんねーのはそっからだ。あのクソガキ、世界を分解するのが目的みてーだが、その後はどうするつもりなんだ?」
この問い掛けに答えられる者はこの場に存在する訳がなく、結局話し合いはこれでお開きとなり一旦私の部屋で待機することとなった。
「クッソきっっったねぇ部屋だな!!」
「言われるとは分かっていたがあえてこう返す、喧しい!!」
奏とカズヤをかつての私の部屋に案内したところ、開口一番でカズヤが案の定なセリフを吐くので、私は彼に飛び掛かった。
「少しはオブラートに包め! 一応これでも十年前の、まだ幼い少女だった頃の私の部屋だぞ!!」
「控えめに言って掃き溜めだな」
「その発言の何処に控えめの要素がある!?」
「片付け苦手とかそういうレベルじゃねぇもん! これ病気だよ病気、お前きっとなんか患ってんだよ」
「人を勝手に病人扱いするな!!」
そのまま廊下で押し倒して取っ組み合いとなり、上になったり下になったりでマウントポジションを奪い合い、寝技や関節技やプロレス技をかけたりかけられたりする破目に。
実家に帰ってきて一体何をやっているのだろう、という思いが頭を一瞬過るが、実家に連れてきた愛する男とじゃれ合っているだけ、と考えれば悪くない気がしてくるのが不思議だ。
「......やれやれ」
その横をすり抜けて奏が部屋に入り、仕方がないとばかりに片付けを開始。
横目でそれを見てしまったら、流石にいつまでもカズヤと取っ組み合いをしている場合ではない。
「ごめん奏、私も片付け──」
「奏母ちゃんに任せてお前はすっ込んでろ。片付くもんも片付かなくなるから、余計な真似すんな」
しかしカズヤが失礼にもほどがあることをまだ言うので、結局私は彼の首筋に思いっ切り、血が出るまで噛み付いた。
奏のお陰で部屋が綺麗に片付くや否や、カズヤが「わーい! 畳の部屋だあー!」と子どものようにはしゃいで勝手に部屋のど真ん中に大の字の仰向けになり、ぐーぐーと寝息を立てる。
「何処かで見た光景......」
「アタシの部屋に初めて来た時だね。そういやコイツ、リビングに入った瞬間勝手にソファーに寝っ転がってたっけ」
カズヤが遠慮も自重も緊張もしないのは、奏の部屋でも私の実家でも同じらしい。
「まあいいさ。アタシもカズヤに倣って......」
いそいそと奏は眠るカズヤに寄り添うように横になり、彼の左腕を枕にすると、
「ほら翼も。反対側空いてるから」
「う、うん」
促してくる。なので私は奏の反対側に回りカズヤの右腕を枕にした。
「......あー、ヤバい。こうしてると眠くなってきちゃった」
「私も」
三人仲良く川の字になっていると、任務中だというのに眠気が襲ってきて私と奏は揃って欠伸を噛み殺す。
そのままウトウトしていたら、躊躇いがちに奏から質問される。
「......翼はさ、実家のこと、まだ嫌いなの?」
私はそれにどう答えようか迷う。
確かに私は十年前にこの家を飛び出した。
しがらみだらけで自由が許されない風鳴家。
何もかもが一般的とは異なる特殊なこの家が嫌で、叔父様を頼る形で出て行った。
しかし、結局私は今も風鳴家に囚われたまま。
心底嫌なら防人など辞めてしまえばいい。剣であることを捨てればいい。そう思いつつも握った刀を手放せないのは、出て行った身でありながら未練があるからか。
いつまでも答えない私の態度に奏は仕方ないと溜め息を吐く。
「さっきのカズヤと翼のお父さんさ、まるでいつもの翼とカズヤのやり取りみたいだったね」
「うん......」
それは私も思った。傍から見ても仲が良さそうで、私はカズヤに少し嫉妬した。彼はいつだって、誰が相手でもそうだ。本気で、本音でぶつかり合える。そういうことを自然とできる男なのだ。
故に嫉妬してしまう。私もお父様相手にあれだけ言い合うことができれば、本音で話し合うことができれば、と。
「......きっとお父様は、本当は私のような鬼子ではなく、血の繋がった男児が、カズヤのような男児が実の息子として欲しかったんだと思う」
「っ!? 翼! それ本気で言ってるの!」
ガバッと飛び起きた奏が驚き半分、怒り半分でこちらを見下ろしてくる。
「だって、私ではお父様とあんな風なやり取りはできない」
奏と視線を合わせるのが気まずくて、私は逃げるように枕にしているカズヤの腕に顔を埋める。
「したいならすればいいじゃないか。何を遠慮してんだか。さっきカズヤが言ってたでしょ。翼のお父さん、カズヤとお酒飲んでる時は翼の話ばっかするって」
呆れた、と言わんばかりの声が降ってくる。
「それにこの部屋、片付いてはなかったけど塵も埃もなかった。十年前に出てった状態をそのまま保ってるってことは、『いつでも帰ってきて構わない』っていうメッセージだと思うけど?」
「......」
「確かにカズヤは翼のお父さんに気に入られてるよ。もしかしたら翼の言う通り、カズヤみたいな男の子が実の息子として欲しかったのかもしれない。でもさ、あの人の第一優先は間違いなく翼だって」
優しい口調で告げられた言葉は、いくら奏のものであっても未だに半信半疑だった。
「翼。これはアタシの勘だけど、翼のお父さんはきっとカズヤと逆の人間だよ」
「逆? どういう意味で?」
顔を上げて問えば、奏は眠るカズヤの頭を撫でながら告げる。
「カズヤは自分にとって大切なものを身近に置く、というか絶対に手放さないタイプ。翼のお父さんはその逆で、大切なものを遠くに置く、自分から遠ざけるタイプ。この二つの違いは、カズヤタイプは対象への言動がもろに出るからどう思ってるか分かり易いけど、翼のお父さんタイプは遠ざけてしまうから対象にはその真意が伝わらない」
「大切なものを身近に置くタイプと、遠くに置くタイプ......」
反芻した言葉と共に、カズヤとお父様の顔をそれぞれ思い浮かべた。
「遠くに置くっていうのは、自分から離れてる方がその人の為になるって考えてるから」
心に染み入るように奏の言葉が胸に響いてくる。
半信半疑だった思いが、頑なに閉ざしていた心が徐々に開いていく。
「思い返してみなって。翼が実家を十年前に出てって以来、跡取りだからって無理矢理連れ戻されたことが一度でもあったかい? きっとあの人はあの人なりに翼のことを考えて、あえて自分から、風鳴家から遠ざけてたんじゃないの?」
「あっ......」
「ルナアタックの時、カズヤが了子さんに言ってたこと覚えてる? 男に特別な事情ある場合、その事情を理解できれば男の答えがある、みたいなこと言ってたでしょ。たぶん男って生き物は、いざって時は女には何も言わずに行動する生き物なんだよ。相手からどう思われようと関係なく、相手のことを想って勝手にさ」
カズヤの頭を撫でていた手を私の頭の上にポンッと載せ、奏は朗らかに微笑んだ。
「だから翼もカズヤを見習って、お父さん相手にもっと遠慮せずに言いたいことははっきり言いな。そんで向こうからも言ってもらうんだよ......アタシみたいに、もう二度と会えなくなってからじゃ遅いんだからさ」
そう言った奏の笑顔は普段の元気溌剌としたものとは対照的に、見ているこちらが切なくなるほど儚かった。
三人で川の字になって微睡んでいたら、目を覚ましたカズヤがむくりと起き上がり、
「......なんか嫌な予感がする」
口を開いたかと思えば不穏なことを言い放ち、慌てたように私の部屋を飛び出していく。
「......奏!」
「ああ、カズヤの勘は未来予知かってくらいによく当たる!」
一瞬呆けていた私と奏は、顔を見合わせてからすぐに弾かれたように飛び起きて彼の後を追う。
靴を履いて玄関を潜れば、ドロンという音と白い煙と共に緒川さんが現れ、焦った様子でカズヤに向かって叫ぶ。
「大変です! 近隣の繁華街にアルカ・ノイズが!!」
「またかあのクソ人形がああああああ!!」
敷地内に響き渡るほど大きな怒りの声と共に、カズヤは握った拳を高く掲げてアルターを発動。
「シェルブリットォォォォォッ!!!」
激情を表すかのように全身から金の光を迸らせ周囲を眩く照らすと同時に、背後からお父様が駆け足で近寄ってきた。
「これまでのことを鑑みるに明らかに陽動だが、行くのか、カズヤくん?」
「当然だろ。アルカ・ノイズの殲滅ならこん中で俺が一番向いてるし、そもそも陽動だろうがそうでなかろうがノイズの類いを野放しにできるか! 要石は二人に任せたぜ! 慎次、どっちの方向だ!?」
「十時の方向です!」
お父様の言う通りだがカズヤは敵の挑発に当然の如く乗るつもりだ。
ヒュンヒュンと右肩甲骨の回転翼を高速回転させ、地面を殴った反動で高く跳躍し、こちらを見下ろしながら告げる。
「奏、翼。俺がいなくなったすぐ後にファラが来るはずだ。気をつけろよ」
「分かってるって」
「この場は任せて」
二人で頷く。
続いてカズヤはホバリングの状態でお父様を見た。
「それと親父さん!」
「何だ?」
「いい加減あの話、翼にしてやれ!」
「っ!?」
この一言であからさまにお父様の顔色が変わる。酷く動揺したような表情。
あの話とは、一体何のことなのだろうか? お父様がまた酒の席で私について何か語ったのだろうか? とても気になる内容だ。
「それは......」
「いつか俺から伝えてもよかったが、折角だ。今の内に全部ゲロッとけよ。これは受け売りだがな、女ってのは自分が相手からどう思われてるか気になってしょうがなくて、言葉や態度で示してもらいたい生き物なんだとよ」
かつて櫻井女史が彼に教えたことをそのまま言うと、回転翼の軸部分から銀色のエネルギーを噴出させて飛び去っていく。
小さくなっていくカズヤからお父様へ視線を注げば、
「......っ!」
苦虫を大量に噛み潰したような渋面の後に、プイッと明後日の方へそっぽを向いてしまった。
その子どものような態度に少なからず驚いていると、
「......とりあえずギア纏って敵の襲撃に備えよう、翼」
「へ? あ、うん」
奏の声に我に返る。それから二人でギアを纏い周囲を警戒する。
「......」
「......」
「......」
「......」
要石のそばでアームドギアを構える私と奏。瞼を閉じて意識を集中させ、顔の前で印を結び周囲の気配を探る緒川さん。そして母屋のそばで佇むお父様。
誰も口を開かずファラの襲撃を待つのみ。額に滲む汗を拭うことすらしない。
皆が緊張感を帯びる中、徐々に日が陰ってきた。視界が茜色に染まり、遠くでうるさいくらいに鳴いていた蝉の声が少しずつ聞こえなくなる。
逢魔が時。
沈黙が耳に痛い。
やがて太陽が完全に没し、辺りが一気に暗くなった瞬間、緒川さんがこれまで閉ざしていた瞼をカッと見開いた。
「そこです!」
「でええええりゃあああああ!!」
「はああああああ!!」
ファラの気配を捉えた緒川さんの銃撃を合図とし、奏は槍の穂先を高速回転させ竜巻を生み、私は刀を全力で振り下ろす。
銃弾、一拍遅れて竜巻と蒼ノ一閃が狙ったそこに、剣を構えながら錬金術特有の防御壁でこちらの攻撃を凌ぐオートスコアラーが現れた。
「ふふ。やはり"シェルブリットのカズヤ"はアルカ・ノイズの殲滅に動き、残されたのは歌女のみとなりましたね」
人形でありながら、自身の作戦通りに事態が動いていることに対し機嫌良さげに微笑むファラ。
「カズヤがいないからって調子に乗ってんじゃねぇぞ。お前なんかアタシと翼で十分だっての......!」
「これ以上、貴様の思い通りにはさせん!」
油断なくアームドギアの切っ先をファラに向け、いつでも迎撃できるように身構える。
カカッ、とフラメンコを踊るような動作で踵を地面に打ち付けてから、ファラがこちらに踏み込んできた。
「レイラインの解放、今度こそやらせていただきます。しかしながら、個人的にはお二人の必死の抵抗を期待していますわ!!」
"向こう側"の力──金の光を全身に纏わせ、こちらに突っ込んでくる敵に対し、
「ロンドンでの借り、マリアの分も含めてこの場で返してやるよ! 翼ぁっ!!」
「分かってる! あの時の雪辱を果たす! 勝負だ、オートスコアラー!!」
私と奏は応じるように駆け出し、戦いの火蓋を切る。
繁華街を蹂躙していたアルカ・ノイズの群れは、現場に到着したと同時に一体残らず分解した。
念の為周囲を警戒し、人気がなくなった繁華街をぐるりと見回す。
一ヶ所に纏めて召喚された上でバラバラに分散しなかったのか、他にそれらしい影は見当たらない。
先んじて緒川の同郷や諜報部の者達が動いてくれたお陰で、民間人への被害は最少限に抑えられたらしい。
「よし、これで──」
一安心、と思ったのも束の間、カズヤを囲むようにした赤い光が──アルカ・ノイズ召喚に伴う錬成陣が浮かび上がり、お代わりですとばかりにアルカ・ノイズが現れた。
「ちっ!」
舌打ち一つしてから直ぐ様分解、虹の粒子に変えてやるが、またしても赤い光が発生。瞬く間にアルカ・ノイズの数が元通りになった。
「どういうこった? どうやって沸いてきやがる? これまでとは召喚方法が違うのか!?」
疑問を口にしても答えは出ないし考える時間もない。とにかくアルカ・ノイズを放って置くことなどできはしない。
敵側が在庫切れになるまで分解し続けるしか他にない。
そう決意したその時だ。
「手を貸そう、"シェルブリットのカズヤ"」
背後から大量の光弾が機関銃の如き勢いで飛来し、カズヤを取り囲んでいたアルカ・ノイズのみを穿ち、赤い塵へと返す。
思わず振り返ったそこに、三人の人物がいた。
三人共に女性で、明らかに日本人ではなく欧州系の血を引いていると考えられる彫りの深い顔立ち。
その内の一人、この暑さの中にも関わらずきっかりとした男装を身に付けた、銀髪碧眼の女性が更に言い募る。
「基点となる術式を破壊しない限り、このアルカ・ノイズの召喚は止まらない」
「何だと?」
突然の第三者の介入に驚く間もなく告げられた言葉に、苛立ちつつも眉を顰めてしまうが、男装の女性は構わず続けた。
「この場に召喚されるアルカ・ノイズは私の友が引き受ける。だから"シェルブリットのカズヤ"は私についてこい。あなたと私で召喚術式を見つけ出し、破壊する」
一方的にそう告げて踵を返し、友とやら二人を置いて走り出す男装の麗人。
いきなり出てきて勝手なことを抜かすが、協力的である内容と敵意が感じられないことから、とりあえず敵ではないと判断。
「早く彼女についていくワケダ」
「ここはあーし達に任せて」
気怠げに睨んでくる女性とウインクを飛ばしてくる女性に促され、カズヤは考えるのは後にして男装の麗人の背を追う。
現状を打破するのに一人では限界を感じていただけに、ぶっちゃけ藁にすがる思いだった。よく分からないが、協力してくれるならその手を無理にはね除ける必要はない。
女性に追いつき、並走しながら横顔を窺いつつ質問。
「アンタら、一体何者だ?」
対して彼女はこちらを真剣な眼差しで見つめつつ答えた。
「私はサン......友とたまたま日本に観光に来ていた、しがない錬金術師だ」
ファラ
「うふふふ。この仕掛けなら"シェルブリットのカズヤ"に邪魔されないでしょう。歌女達の歌をしっかり聴かせてもらいますわ!」
サンジェルマン
「協力関係は既に切れたので、少しキャロルの邪魔に入ろうと思う。そもそも奴の計画が成就したら私達も困る」
プレラーティ
「ついでにあの男に恩を売れるワケダ」
カリオストロ
「でもマッチポンプ感が凄い、っていう突っ込みはしちゃいけないわよね」