カズマと名乗るのは恐れ多いのでカズヤと名乗ることにした   作:美味しいパンをクレメンス

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都合

私がシンフォギア装者になってから一ヶ月が経過。

あの日以来、私の生活は一変し、学生生活を送る傍ら、ノイズと戦う日々が続いた。

学業と両立させるのは難しいけど、翼さんなんてそこに歌手としての活動が加わっているのだから私も頑張らないと。

それに、二年前のあの日に私の命を救ってくれた憧れの人達と一緒にいる、あの人達が私を助けてくれたように私の力が誰かの役に立っている、そう考えるだけでモチベーションが鰻登りだ。

目下最大の悩みが、未来に隠し事をしてるという心苦しい現実なのだけれど。

そんなある日。

 

「ねーねー、これから皆で駅前に新作スイーツ食べに行かない?」

 

放課後になり帰り仕度をしていると友人達の間でそんな話が持ち上がる。

提案したのは同じクラスの安藤創世さんだ。

 

「いいね! 行こ行こ!」

「ナイスな提案ですね」

 

板場弓美さん、寺島詩織さんも乗り気で同意を示す。

 

「ビッキーは? バイトで行けないかな?」

「今日はまだ呼び出しないから大丈夫だと思うよ。もしこれからあるとしても呼び出されるまでなら平気」

 

話を振られて、とりあえず今の時間は問題ない旨を伝えると、未来が微笑んだ。

 

「なら皆で新作スイーツ食べに行こ!」

 

教室を出て足早に進む。

時間は有限だ。またいつノイズが出現して呼び出されるか分からない。もし呼び出されるとしてもスイーツを堪能してからがいいので急ぎたい。

そんな私の時間を惜しむ心境を察してくれたのか皆も少し急いでくれたおかげで、スイーツのお店には思ったより早く着いたのだが──

 

「あれ? カズヤさん?」

 

お店の前で食品サンプルを吟味している青年の姿があった。

 

「響の彼氏だあああっ!!」

「「違います!!」」

 

突然板場さんが指差しながら叫ぶので私は思わず顔を赤くしながら否定する。何故か未来と声がハモったけど気にしないことにしよう。

 

「ん? 響とその友達か」

 

よっ、と軽く手を挙げて挨拶してくるカズヤさんに皆でこんにちわと挨拶を返す。

 

「カズヤさんはこんな所で何してるんですか?」

「いや、この近く歩いてたら良い匂いに釣られて」

 

どうやら私達と似たような目的だったらしい。

 

「なら私達と一緒に入りませんか? こういうお店って男性一人だと入りにくいと思いますし、もしよろしければ是非」

 

寺島さんがカズヤさんを誘う。

う~ん、カズヤさんはそんなことでお店に入るのを躊躇うようなタマじゃないと思う。きっと値段に対して量が少ないとかの理由で入るか入らないか悩んでいただけだと予想する。

 

「...せっかくの誘いだ。断る理由はねーな」

 

そのままカズヤさんを加えた六人でお店に入ることに。

 

 

 

「で、二人の出会いってどんな感じだったの?」

 

板場さんが席に着くなりそう質問してきたので、私はどのようにすっとぼけようか悩み、隣に座るカズヤさんに助けを求めるように視線を向ける。

 

「二年前のツヴァイウィングのライブの時」

「カズヤさん!?」

 

それ言っていいんですか!? と視線に込めながら声を上げるが、任せろと言わんばかりにウインクが返ってきた。

未来を除いた三人──恋バナを期待していた女の子達はあの惨劇を思い出し、ピタッと表情を固める。

 

「ノイズの騒ぎで怪我した響を抱えて逃げたのが出会いと言えば出会いだな」

 

なるほど。微妙に真実を織り混ぜた嘘。これなら信憑性もあるし、内容的に詮索されにくい。嘘つくの上手いですカズヤさん。

 

「そん時に奏と翼とも知り合った感じだな。響は意識が朦朧としてたみたいであんま覚えてないらしいが」

 

更に抜け目なく今の人間関係とバイト(ということになってる)を想像させ易くするとか、あなた詐欺師になれますよ。

 

「んで、響とはそれっきりだったが、以前翼が学校で響見つけて、最初は忘れてたみたいだったが思い出して、丁度人手が欲しい時期でもあったから、ならこれは何かの縁だからって感じだな」

 

凄い、完璧、パーフェクトですよカズヤさん! いつもの自分が面白ければなんでもいいや、って言動とは大違いです。できれば今後も常にそんな感じでお願いします。

 

「だから別に彼氏彼女の仲じゃねーんだ。命助けた助けられたに始まって、今は仕事仲間だ」

「そうそう! そういうことなの! やましいことなんて何一つないの!!」

 

ここで誤解を解いておかないと色々な面で今後不都合が出る。便乗するように言い募ると、少なくとも板場さん達三人は納得してくれたようだ。

よしっ! このまま話の流れを変える!

と思ったら先に板場さんが一言、感心したようにこう言った。

 

「それにしてもあの事件が切っ掛けになって関係が始まるなんてまるでアニメね!!」

 

そうだねー、と皆が板場さんの言葉に笑う中、カズヤさんの目が大きく見開く。

 

まるで何か見てはいけないものを見てしまったかのような、驚愕の表情。

 

「カズヤさん?」

「...え、ああ、いや、なんでもねー」

「??」

 

声をかけるとすぐに取り繕うように、誤魔化すように笑う。

 

この時は気にすることはないことだと思っていた。

特に大したことではなかったのだろう、と。

しかし、それは間違いだった。

 

 

この日以来、私は、カズヤさんと同調することができなくなった。

 

 

 

 

 

【都合】

 

 

 

 

 

「...まるでアニメみたい、ね...確かにそうだよ、そうだったよ」

 

響達と別れた後、俺は一人で小さな公園のベンチに座り、頭を抱えていた。

ノイズという化け物の存在。

唯一ノイズを倒すことができるシンフォギア装者。

まるで()()()()()()()()()()みたいだ。

 

「なんで緒川の声聞いて気がつかなかったんだろ...カズマと同じ声なのはきっと同じ声優だからだ...だってのにどいつもこいつも()()()()()()()()で済ましやがって」

 

緒川だけじゃない。響、奏、翼、未来、その他に何人もが以前に聞いたことがある気がする声だ。

しかし、誰一人として声優の名前を思い出せない。()()()()()()()()()()()とばかりに記憶そのものがないのだ。

どうして今まで当然のように疑問を抱かず受け入れていたのだろう?

もしこの世界が"スクライド"と同じ()()()の世界なら、俺という存在は完全に言い訳のしようがないほどに異物だ。

なのに──

 

「アルター能力、いや、アルター能力に似た別の何かがシンフォギアと()()()()()()()

 

何か作為的なものを感じる。

シェルブリットが吸収したフォニックゲインを別のエネルギーに変換してからフォニックゲインに還元する?

この解説をされたあの時、どうして違和感を覚えなかった?

そんな能力はシェルブリットにはない。あれはただひたすらに殴る為の力を生み出すものであって、誰かに力を分け与えるようなものでは断じてない。そんな都合が良い話がそうそうあって──

 

「...違う。俺の存在そのものが、この世界にとって、関わった人間にとって()()()()()存在でしかないんだ」

 

この世界に俺の存在は異物でしかない。それなのにこうも都合良くいくのは何故だ?

ただの偶然か?

それとも誰かが俺を利用しているのか?

俺が存在していなければ、本来の響達はどんな風になるんだ? 本当はいてもいなくても大して変わらないんじゃないか?

そもそも俺はこの世界にこのまま存在し続けていいのか?

何の為に何度も"向こう側"とこっちを行き来して化け物退治に明け暮れてたんだ?

俺は何の為に存在している?

そもそも異物である俺に、この世界で存在意義などあるのか?

 

「クソッ!」

 

浮かれてなかったと言えば嘘になる。

大好きなアニメ"スクライド"、その主人公"カズマ"の姿と力。それを自由に、しかも劇中の負荷をなしに使えること。

目の前に映る化け物をひたすら叩き潰す時間。

胸が踊った。楽しかった。爽快で最高の気分だった。

だが、スクライドが大好きという感情は()()()()()()()()

きっと俺は何処かの誰かの残滓。

この想いも、知識も、何もかもが()()()()()()()()()の劣化コピーよりも下らない搾りカスだ。

俺はカズマになれない。そんなことは分かっていた。

そもそも自分の名前すら分からない。

だからこそせめてカズマみたいになれたらと願って()()()と名乗ったのに。

所詮借り物の力と姿で、いい気になっていた。そんな自分自身が酷くちっぽけで薄っぺらく感じる。

でも縋るものがそれ以外に何も持っていなくて。

今更になって()()()()()存在だと思い知らされて、本当は世界にとっての異物だと理解させられて、このまま流されるように生きていていいのだろうか?

 

「...こんな時にノイズかよ」

 

通信機が耳障りな音を立てる。

苛立たしいのに口元が歪む。暴れられることに喜悦を覚えていた。

 

 

 

 

 

ノイズの殲滅を終え本部に戻り、私と奏さんと翼さんの三人は、シャワールームで熱いシャワーを浴びていた。

 

「最近、カズヤの様子がおかしい」

 

長い髪を洗いながら奏さんが告げる内容は、私や翼さんだけでなく、二課の皆も気づいてはいるがなるべく口にしないようにしていたことだ。

 

「奏の言う通り、ここ数日のカズヤは元気がない。それでいて、ノイズとの戦闘中は以前よりも苛烈だ。何か生き急いでいるようにも感じる」

 

同意を示す翼さんの言葉に私も髪を洗いながら口を開く。

 

「何か悩みでもあるんでしょうか?」

「聞いてみたけど気にするなってはぐらかされた。態度があからさまなのにさ」

 

少し憮然とした感じで返答されてしまう。

 

「っていうかアイツ、最近アタシらのこと避けてない?」

「それは...」

「私も思った。私達、最近彼とあまり話してない」

 

そう。避けられている。いつもは打てば響くような感覚でお喋りしていたのに、急に彼は無口になってしまった。

 

「カズヤさんが元気ないのって、私達と同調できなくなった日からですよね」

「今まではテストでも実戦でも問題なかったのに」

「響は何か知らない?」

「残念ながら...」

 

カズヤさんに何があったのだろう?

私は言い知れぬ不安が胸の中で渦巻くのを感じた。

 

 

 

二課本部施設内のミーティングルームにて弦十郎は苦々しく呻いた。

 

「ここ数日のカズヤくんについて何か知っている者はいないか?」

 

この質問に答えられる者はいない。

 

「...本当にどうしたのかしらね。スランプかしら?」

「スランプというより、何かに悩んでいる感じですけど」

 

了子の疑問の声にあおいが心配するように応じる。

 

「確か外出も控えているんでしたよね。寝泊まりしてる仮眠室からあまり出てこないとか」

「ええ。外出を控えている関係で通信機内のお金も全く使っていないようです。以前は商店街などの近所の飲食店でよく利用されていたみたいですけど」

 

コーヒーカップ片手に確認を取る朔也に、彼の行動をある程度把握している緒川が答えた。

 

「緒川。数日前の外出中の彼に何者かが接触してきた可能性は?」

「あり得ますが、カズヤさんにはご存じの通り監視をつけていないので何とも言えません。監視をつけたことで彼の不興を買う可能性を避けていたのが裏目にでましたかね」

「...そうか」

 

弦十郎はどうしたものかなと困った様子で頭を掻いた。

 

「彼は既に装者達にとって中心的存在だ。そんな彼があのような元気のない姿では、装者達のモチベーションに関わってくる」

「今までが凄く賑やかでしたからね。あんなに和気藹々としてたのに」

 

大人達の誰もが、自分には彼の相談に乗ることはできないと心の何処かで理解しているからこそ、歯痒かった。

 

「最近ではデュランダルが狙われてる可能性もあるのに」

「問題は山積みだな」

 

朔也の嘆きに弦十郎はうんざりした。

 

 

 

某所。

ここ数日、街に姿を現すことのないカズヤを心配していたクリスにフィーネからもたらされた情報は、彼女を激怒させるに十分値した。

 

「つまり"とっきぶつ"の連中のせいで、今あいつがこんな湿気た面してんだな!?」

 

彼女が手にした顔写真、映るカズヤの横顔は覇気のない酷く疲れた表情である。

 

「そうよクリス。どうやら体調も悪くて装者との同調もできなくなってね。今の彼はとても不安定な状態なの...そういう時こそ誰かが彼を支えてあげなくちゃいけないのだけど、そんな人間、あそこにはいないのよ」

 

ギリッとクリスは歯を食い縛り、睨むように目を細めた。

 

「クリス、あなたになら彼を支えてあげることができるでしょ? 本当の孤独を知っているあなたなら。異世界から記憶喪失の状態でやって来た独りぼっちの彼を」

「...」

「彼をこちらに引き込んだ後、彼をどう扱うかはあなたの好きにしなさい」

 

それはまさに甘い毒のような響きとなってクリスの鼓膜を叩く。

 

「...あいつを、あたしの好きにしていい...あいつを、あたしの、あたしだけのものに...」

 

 

 

 

 

「響」

「何? 未来」

「カズヤさんと喧嘩でもした?」

 

寮の部屋で寝巻きに着替えた後、唐突に問われた内容に跳び跳ねるほど大袈裟な反応を示してしまう響。

 

「っ!? し、してないけど!!」

「嘘。今のリアクションが何よりの証拠」

 

こう言われてしまえば幼馴染みを誤魔化すことを諦めるしない。

 

「...全く未来には敵わないなぁ」

「何年響と一緒にいると思ってるのよ」

 

カズヤと最近上手くいってないことを悟られてしまえばもう白状するしかない。

ポツポツと語り出す。

 

「本当に喧嘩した訳じゃないんだ。それは心配しないで。ただ、カズヤさん、最近何かに悩んでいるようで、元気がないの」

 

思い出すのは疲れた横顔だ。

 

「話しかけても生返事ばっかりで、心ここに在らずって感じで会話が続かなくて...少し前まではそんなんじゃなかったのに」

 

言ってる内に辛くなってきたのか響の声には嗚咽が混じってくる。

 

「何か悩んでるんですか、って聞いてもはぐらかされて、なんにも言ってくれない! 私だけならいいの、でも奏さんや翼さんに対してもそうなの! まるで私達を避けてるみたいな...」

 

ついに響は我慢できず未来に縋りついた。

 

「私、いつもカズヤさんに助けてもらってばっかりで、自分が頼りないダメダメだって分かってる。でも、愚痴すら聞かせてくれない......辛そうなカズヤさんを見てるだけは嫌なの! なのになんにもしてあげられない自分はもっと嫌なの!!」

 

大粒の涙を零し泣きじゃくる響を抱き締めるようにあやしながら、未来は思う。

悔しいという感情。親友を盗られたという嫉妬。よくも親友を泣かせたなという怒り。

しかしそれよりも──

 

「そっか...響、大好きなんだね、カズヤさんのこと」

 

──美しかった。

こんなにもひた向きに誰かを想う親友の姿は、とてつもなく美しかった。

幼い頃からそばで見ていた親友は、いつの間にか"少女"から"女"へと成長していたのだ。

響自身はきっと自覚していないだろう。だが以前の響ではあり得ないであろう艶を持っている。

要するに色っぽいのだ。ご飯&ご飯を公言し人の三倍は平らげる色気より食い気のあの響が、一人の男を想って涙で頬を濡らす。

こんなにも綺麗な響の姿を見たのは初めてだ。

最早悔しいが認めるしかない。これまで響が見せてこなかった一面を、あの男はたった一ヶ月で引き出した。

(...そもそも私って、本当は何に嫉妬してたのかな)

親友と仲の良い男に嫉妬を向けていたのか、男と関わる度に女性としてどんどん成長していく親友に嫉妬を向けていたのか、もう何がなんだか分からない。

とりあえず、今は泣き崩れる親友を落ち着かせるのが先決だった。

 

 

 

漸く泣き止んだ響に未来は問いかける。

 

「落ち着いた?」

「ありがと未来。思いっきり泣いたらなんかスッキリした」

「そ。なら良かった」

 

涙を含んだタオルを受け取り、困ったもんだと溜め息を吐く。

 

「流れ星一緒に見に行こうって話、響がこんな状態じゃダメそうね」

「ごめんね。たぶん私それどころじゃないだろうし」

 

前々から約束していたことだったが、これはもう諦めるしかない。

 

「もう謝らないで。それよりも今はカズヤさんのこと」

 

どうにかしなければならない。

親友の響を元気にするにはカズヤをどうにかする必要があるのだが、そもそも自分はカズヤの苗字すら知らない。

(というかあの人のこと、私本当に何も知らない)

カズヤに関しては響やツヴァイウィングの二人の方が詳しいだろう。しかしその三人ですら悩みを聞き出せていないとのこと。

周囲の大人達もお手上げな状況らしい。

(あれ? これもしかして相当難しいのでは?)

答えの出ない難題に未来は閉口した。

 

 

 

 

 

後日。

 

「ノイズの反応を確認! これはっ!? 何だこの量は!!」

 

市街にて大量に発生したノイズの存在に朔也が慌てるのを見て、今まで気怠げにソファーに座っていたカズヤが口元を歪め立ち上がる。

そのまま無言で現場に向かおうとする後ろ姿に弦十郎は待ったを掛けた。

 

「カズヤくん!」

「...ん?」

「俺達は一体何がカズヤくんをそこまで追い詰めているか分からない。だが、キミは一人じゃない」

「...」

「だから無理はするな」

「...ご心配どうも」

 

手短なやり取りを終え、今度こそ現場に向かう後ろ姿を見送り、オペレーターに指示を飛ばす。

 

「装者に緊急召集! 今回は数がいつもと比較にならん! 周辺住民の避難を急がせろ!」

 

司令部は一気に慌ただしくなる。

 

 

 

地下鉄内に蔓延っているノイズの殲滅を任せられた奏は、槍を振るいノイズを塵へ変えながらどんどん奥へと進む。

今夜のノイズ発生数はやたらと多い。範囲も広いというおまけ付きだ。装者三名とカズヤ、計四人で手分けして片付けているが、被害をどのくらい減らせるかは時間との勝負となっていた。

 

「全く、今夜は大盤振る舞いだね!!」

 

文句を言いながら槍を突き出し三体纏めて消し飛ばす。

続いて大きく踏み込み横に薙ぎ払い、斬り上げ、振り下ろした。

狭い地下鉄内での戦闘は、槍を得物とする奏としてはなるべく勘弁願いたいところ。戦い方としては未だに徒手空拳の響か拳をぶん回すカズヤが向いているだろう。

 

「...まあ、カズヤはやり過ぎて地下鉄そのものを吹っ飛ばしそうだけど」

 

仲間内で瞬間火力が最も高い男の姿を思い出し、内心で毒づいた。

(大丈夫かよ、アイツ)

ここ最近、元気がないのか覇気がないのか、戦う時以外は無気力に暮らすカズヤに若干腹を立てていた。

悩み、もしくは不満などがあれば言ってくれればいいのに。

たとえ彼が抱えた問題を解決できなかったとしても、愚痴ならいくらでも聞くのに。

少しは頼れ、バカ。

八つ当たり気味に槍で目の前のノイズを斬り裂く。

敵の数をガンガン減らしながら進み続けると、やがて一体のノイズ──まるで色も姿も熟れたブドウの房のような奴が現れる。

そいつは奏の接近に気づくとブドウの実としか見えない体の一部を大量に飛ばしてきた。

これまでの経験からなんとなく危険な攻撃だと察し、後方へ退くと、案の定ブドウの実をしたノイズの一部は一つ一つが爆弾だったようで、狭い地下鉄内で盛大に爆発した。

更にノイズは奏から逃げるように背を向けて走る。

 

「待てこの野郎! なんてことしやがる!」

 

怒号を上げて追う奏。

ノイズは一旦足を止めると今度は地下鉄の天井に大量の爆弾を投げ飛ばし、地上まで続く大きな風穴を開けてしまう。

そしてそのまま外──地上へと逃げてしまった。

 

「クッソ! これならここでカズヤが暴れた方がまだ被害が少ないじゃないか!?」

 

追いかける奏も地上に出る。

その際、高く跳び上がりノイズを見下ろせる空中で槍を構え、狙いを定めた。

 

「くたばれ!!」

 

渾身の力で手にした槍を逃げるノイズの背に向けぶん投げる。

威力と速度と勢いが十分に乗った槍は、射出された弾丸のような速度で真っ直ぐ飛び、ノイズに吸い込まれるように突き刺さり、貫き、穂先が地面を抉って止まった。

僅かに遅れて塵と化すノイズ。

それを確認し一息つくと、奏は周囲に他のノイズの気配がないか探る。

 

「ちっ、なんだよ、外れ引いちまった」

 

その時、声が聞こえた。

忌々しいと言わんばかりの口調、嘲りが込められた若い女の声。

声がした方に振り向くと、丁度月が雲から顔を出し月明かりに照らされ声の主の姿が露になる。

その姿を見た瞬間、奏は驚愕で目を見開く。

 

「...ネフシュタンの鎧...!!」

 

二年前、ツヴァイウィングのライブと並行して行われた聖遺物起動実験にて暴走を起こし、同時に出現した大量のノイズが起こした惨劇の裏で失われたそれを、目の前の人物が身に纏っていた。

バイザーを装着して目元は見えないように隠しているが、背格好は響と同程度、年もそのくらいかもしれない。

 

「お前、何者だ!?」

「てめぇの質問にあたしが素直に答えると思ってんのか?」

 

少女は奏を心底バカにしたように一蹴すると、逆に問い詰めてきた。

 

「カズヤは何処だ?」

「何!?」

「寝ぼけてんじゃねぇ。"シェルブリットのカズヤ"のことだ。今あたしが用があんのはあいつだけ。てめぇも含めた他の連中なんて最初(ハナ)っから眼中にねぇんだよ」

 

この言葉が奏の中で、点と点が線で結ばれていく。

最近様子がおかしいカズヤ。カズヤに用があると言うネフシュタンの鎧を纏った敵と思わしき存在。

 

「...そうか、お前が、カズヤを...」

 

槍を握る手に力が籠る。沸々と浮かぶ怒りが目の前の敵を叩き潰せと猛り狂う。

 

「お前がカズヤを惑わせてんだな!!」

「ああん!?」

 

これに対し少女は容易くブチ切れた。

 

「てめぇらこそ出来損ないの分際でカズヤの隣にいる資格はねぇんだよっ!!」

 

吐き捨てると、淡く紫に光る鎖状の鞭を一度しならせてから奏に向かって振り下ろす。

轟音と共に地面が大きく抉れるが、奏は既に横に跳んで避けていた。

お返しとばかりに少女に槍の穂先を向け、回転させる。槍から生み出された竜巻が少女を貫かんと迫るが、彼女は奏の頭上を跳び越し背後に回るように大きく移動しながら回避。

振り向き、槍を構え直す。

 

「こんな騒ぎを起こして、ノイズを操って、カズヤに用があるって一体何を企んでる!?」

 

家族がノイズに殺されたことから装者として戦うことを決めた奏にとって、目の前の存在を許容する訳にはいかない。ましてや、己にとって命の恩人であり大切な仲間を狙う敵を思うがままにのさばらせるつもりは毛頭ない。

 

「だからよぅ、答える気はねぇっつってんだよ! のぼせ上がるな人気者! 誰も彼もがてめぇらに構うと思ったら大間違いだ!!」

 

先の言う通り、答える気もなければ奏のことを眼中に入れるつもりもないようだ。

少しでも情報を引き出せればと思っていたが、こうなったなら最早問答は不要。

全力で叩き潰して鎧を剥ぎ取ってからゆっくり尋問にかければいい。

 

「そうかい。だったらもう容赦しない。アタシの仲間に手ぇ出すってことがどういうことか、その身に刻んでやる...!!」

「すっ込んでろよクソッタレ!! カズヤ以外は要らねぇっつってんだろが!!」

 

そして二人は激突した。

 

 


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