カズマと名乗るのは恐れ多いのでカズヤと名乗ることにした   作:美味しいパンをクレメンス

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奪え、全て、その手で

金属と金属が激しくぶつかり合うような甲高い音が夜空に木霊する。

シンフォギアを纏い槍型のアームドギアを手にした奏と、ネフシュタンの鎧を纏った少女との戦闘は、熾烈を極めた。

槍で突き、振り回し、時に投擲してくる奏の渾身の攻撃を、ネフシュタンの鎧の少女は嘲笑うように避け、肩部の鎖状の鞭でいなし、容易く防ぐ。

聖遺物の欠片から歌唱によって力を引き出すシンフォギアと、経年劣化や損傷がないに等しい完全聖遺物。両者の差が徐々に露となる結果として、奏の呼吸が少しずつ荒くなってきた。

(クソ、完全聖遺物ってのは伊達じゃないね!)

戦況は五分。しかし五分で勝ちはあり得ない。頭の冷静な部分が現実的な数字を叩き出す。

しかし感情がそれを納得しない。

何故なら、目の前の敵の先程の言葉。あれはカズヤの力を狙うものではない。カズヤ個人を欲する声だった。

だから──

(全部コイツのせいだ)

カズヤが最近様子がおかしいのは、全部この女のせいなんだ。

この女がカズヤに何か吹き込んだ。タイミング的にそうとしか思えない。

故に負ける訳にはいかない。こんな泥棒猫にカズヤを渡すなど断じて許さない。

何より()()()として負けられない。

胴を薙ぐように振るわれた鞭を跳躍で回避し、奏は空中から槍を投擲。

槍は少女に向かいながら数多の複製を生み出し、雨のように降り注ぐ。

対して少女は鞭を眼前で振り回すことで槍の雨を防御してみせる。

不発と終わるがこれこそが奏の狙い。着地と同時に前へ踏み出し少女の背後に回り込む。

手にした槍の穂先を高速回転させ、竜巻を発生させながら無防備な少女の後頭部に叩きつけるように振り下ろした。

(もらった!)

会心の一撃。少女は先の槍の雨を防いだ体勢のまま、こちらの動きに対応できていない。

しかし彼女は対応してみせた。

あり得ない、と思うほどの反応速度で振り向き、かつ両の手でピンと張った鞭で槍を受け止める。

そこで奏は悟る。誘われた、と。

少女の口がニヤリと歪み、奏の腹に蹴りが入り、吹っ飛ばされた。

 

「ごふっ!?」

 

呼吸が止まり、吐き気がせり上がってくるが無理矢理耐えた。

歯を食い縛り体勢を整え踏ん張り、地面を靴底で抉りながらブレーキをかけて踏み留まる。

顔を上げたそこへ、白く光るエネルギーの塊が飛来。

咄嗟に槍を盾にして防ぐが──

 

「持ってけダブルだっ!!」

 

振りかぶった鞭の先端から追加で飛ばされた白いエネルギーの球体。ダメ押しのもう一発が着弾し大爆発。

至近距離でエネルギーの炸裂に巻き込まれた奏は悲鳴も上げることすらできず、再度吹き飛んだ。

川に石を投げて水面を何度もバウンドさせる水切り遊びの石のように、奏の体は地面を三度四度と跳ね、生えていた樹木にめり込んで漸く止まった。

 

「奏さんっ!?」

 

ダメージで頭がグワングワンしている奏の耳に辛うじて響の声が聞こえる。どうやら戦っている間に響が任されていたエリアまで移動していたらしい。慌てた様子で駆け寄ってきた。

 

「...下がりな、響。コイツはヤバい...」

「え? 人? ノイズじゃ、ない...?」

 

奏をぶっ飛ばした張本人を目にし響が驚愕する。

戦うべき敵はノイズだと思っていた彼女にとっては衝撃的だろう。何せいきなり想定していない事態に遭遇したのだから。経験不足なら尚のこと。

 

「ちっ、また外れかよ。めんどくせぇな」

 

舌打ちし、腰の後ろに隠し持っていた銃のような武装を取り出し撃つ。

緑の光が発射され、着弾した場所から鳥の置物を連想させるノイズが数体現れる。

 

「お前! それでノイズを操ってるのか!?」

「の、ノイズを!!」

 

激昂しながらもダメージでなかなか動けない奏、狼狽える響は、いい的でしかなかった。

ノイズから飛散した粘液が二人に降りかかる。トリモチのように粘着性の高いそれは、瞬く間に粘液まみれになった二人を拘束し動けなくした。

 

「別に殺すつもりはねぇから安心しな。腐ってもカズヤの仲間なんだ。あいつの怒りを買うような真似はしたくねぇ。そこで大人しくしてれば許してやるよ」

 

勝ち誇る少女に響は戸惑うばかり。奏は歯軋りしながら反撃の糸口を探す。

そこへ──

 

「...俺が、何だって?」

 

闇の中から拳を振りかぶったカズヤが飛び出し、奏と響を拘束していたノイズに突っ込んでいき、たった一撃でノイズ数体を塵と化す。

 

 

 

「やっと会えたなカズヤ。何日ぶりだ? 不調だって聞いて心配してたが、とりあえず元気そうで何よりだ」

「...クリス。お前、いつからそんなコスプレみてーな格好するようになったんだよ」

「カズヤこそ、右側だけ妙にかっちょいいじゃねぇか」

 

彼の姿を見た瞬間、あからさまに機嫌が良くなる少女──クリスの態度に奏と響は目を見開いた。豹変、というのはこういうのを言うのだろう。それほどまでに態度が違う。

 

「で、何の真似だ。まさか飯食いに行く誘いか?」

「いいねぇ、悪くねぇ。これからお前と二人っきりでディナーと洒落込むのも吝かじゃないが、今のあたしの目的は一つだ」

 

カズヤに向かって手を差し伸べて、クリスは告げる。

 

「カズヤ、あたしと一緒に来い。お前の居場所はそこじゃない」

 

この言葉に誰よりも反応したのは響だった。震えながらそばにいる奏に問う。

 

「奏さん、あの子は、一体何を...?」

「あの女の狙いはカズヤさ。カズヤを誘き寄せる為にノイズを操ってこんな騒ぎを起こしたんだ」

「そんな...!?」

 

返答を聞いて、理解できないとばかりに嘆く響に、奏はそうだろうと彼女に同感する。

ノイズというのは人類にとって共通の天敵であり、認定特異災害。それがまさか誰かに操られているなど考えたくもないだろう。

こんな奴の提案なんてカズヤが受ける訳がないに決まってる。そう確信しながら奏は事態の推移を見守った。

 

「...クリス、お前が俺の立場だったら、いくら顔見知りとはいえノイズ操って騒ぎ起こしてる人間についていくか?」

「おっと、こりゃ盲点だったな。確かにいくらなんでもそりゃねぇわ」

「だろ?」

 

そこで二人は同時にくつくつと笑い合う。

(何だよ、何なんだよこの二人...顔見知りってどういうことだよ!?)

戦場でありながら場違いな空気とやり取り、そして聞き捨てならない台詞に奏は困惑した。カズヤとクリスの口調は親しい友人に向けられるそれだ。敵同士という雰囲気など感じない。

いや、これは本当に互いを敵だと認知していない。

 

「それに俺はこう見えても結構義理堅くてな。これまで寝床や飯を用意してくれた連中に対して筋を通さずに自分の都合で『はい、さよなら』なんてできねーんだ」

「お前の性格ならまあそうだろうな」

「だからよ、そこまでして俺のことが欲しいってんなら、分かるだろ?」

 

シェルブリット──右腕を前に突き出し拳を握る。

 

「力ずくで奪えってか...カズヤらしいな」

 

クリスも応じるように腰を落とし、鞭を手にした。

 

「じゃあカズヤ、こうしねぇか? 勝った方が相手を好きにできる。負けた方はそれに必ず従う」

「ああ、いいぜ。ごちゃごちゃ話し合うよりシンプルで分かり易いし、お互いから文句も出ねー」

「...あたしが勝ったら、お前はあたしのもんだ」

「勝てたら、な。もし勝てたらお前の下僕でも召し使いでもなんでもやってやるよ」

 

カズヤのこの言葉に、言質は取ったとばかりにニタリと喜悦の笑みを浮かべ、クリスは鞭を振りかぶる。

 

「実は前々からお前とやり合ってみたかったんだよ、カズヤァァァァァァッ!!」

 

鞭の先端から白球体のエネルギーを生み出し、カズヤに飛ばす。

 

「そいつは気づかなくて悪かったな、クリスゥゥゥゥゥゥッ!!」

 

自分に向かって飛んでくる破壊の力に、カズヤは逃げも隠れもせず、真っ正面から殴りかかった。

 

 

 

 

 

【奪え、全て、その手で】

 

 

 

 

 

「奏達は、状況はどうなっていますかっ!?」

『ネフシュタンの鎧を装備した少女により、奏と響くんは戦闘不能。現在、カズヤくんが応戦中だ』

 

現在カズヤ達から最も離れた場所でノイズを殲滅していた翼に謎の敵が現れたという情報は、彼女の心から冷静さを失わさせるに十分だった。

二年前の惨劇。あんなものはもう二度と繰り返させないと誓って研鑽してきたのだ。

おまけに下手人かそれに近しい存在まで出張ってきた。ここであの時の落とし前を着けてやる。

 

『翼さんのエリア、ノイズ殲滅完了を確認。これで全戦闘エリアのノイズ、完全に殲滅しました。翼さんはこのままカズヤくんの援護に向かってください!』

 

あおいから報告と指示が飛ぶ。

 

『翼! カズヤくんと協力して必ずネフシュタンの鎧と謎の少女を確保するんだ!!』

「了解!」

 

弦十郎の声に応じつつ、バイクに跨がり急いで移動する。

敵の少女はノイズを操る術を持っているらしい。ほぼ間違いなく最近のリディアン周辺のノイズ出現には少女──ノイズを出現させ操る武装が原因だろう。

しかも司令部が聞き取れた音声によれば、少女の目的はカズヤの拉致。

("シェルブリットのカズヤ"の情報はシンフォギアと同様に国内で機密として秘匿されているはずなのに...何処かで情報が漏れたの? それとも考えたくないけど内通者が?)

案外、良からぬことを企む組織の人間がノイズとの戦闘を偶然目撃して、という線も大いにあり得た。市街地での戦闘はとにかく目立つ。装者は歌うしカズヤは輝くし、どちらも大技を使えばド派手な爆発や光、音などが嫌でも発生する。

(戦闘力においてカズヤは信頼できる。でも、今の彼は...)

一つ懸念事項があった。最近の彼は様子がおかしい。それについて敵の少女が関わっている可能性があるというのなら、今回の件については敵に分があるのではないか?

(すぐに私が向かう。それまでなんとか持ちこたえて)

彼には恩がある。返しきれない恩が。

二年前のあの時、彼が現れなかったら奏は確実に絶唱を歌うつもりだった。

(だからこそ今度は私が、私達がカズヤの力になる!)

 

 

 

飛来する白球体のエネルギーをぶん殴る。

 

「うおおおりゃああああっ!!」

 

数秒の拮抗の後、衝突した力と力が爆裂した。

 

「ちぃっ!」

 

舌打ちし後方に跳び下がり、右拳を地面に突き刺しブレーキをかけながらそれを軸に独楽のように二回転、慣性を殺しつつ止まる。

そこに振り下ろされるは上段からの鞭。

右のアッパーで鞭を弾き、前に踏み込む。真っ正面のクリスに向かって真っ直ぐに。

クリスは鞭を一旦引き寄せ、今度は右から左へ薙ぎ払う。

拳で地面を叩き跳躍しつつ鞭の薙ぎ払いを避け、彼女を斜め下に見下ろせる高さまで跳んだら、

 

「おおおおおおおおっ!!」

 

右肩甲骨の回転翼が高速回転。軸から噴出した銀色のエネルギーと合わせた推進力に背中を押され、爆発的な突進力でクリス目掛けて急降下。

突っ込んでくるカズヤに対し、これは受け止めきれないと判断したクリスはすぐにカズヤの着弾地点──今自分が立つ場所から後ろに退く。

振り下ろされた拳が地面に着弾、そして閃光と衝撃と爆音を伴う大爆発。

できあがったクレーターの中心に立つカズヤを見ながら、クリスはひゅ~っと口笛を吹く。

 

「間近で見たの初めてだけどすげぇパワーだな。こりゃノイズの群れなんかけしかけても無駄か」

「これは俺とお前の一対一(サシ)の勝負だろ? そんな無粋なもん使うなよ」

「それもそうだ、な!!」

 

鞭を振るいクリスは白いエネルギーの塊を飛ばしてくる。

横に一度回転してギリギリ射線から体を外しつつ走り出す。

白球体とすれ違い、すぐ背後で爆発するが気にしない。

次に鞭が袈裟懸けに迫る。これは速度を緩めず姿勢を低くし、鞭を掻い潜る瞬間にタイミングを合わせて右拳を地面に突き刺し横に一回転。

すぐ隣の地面を鞭が叩き土埃が舞うが気にせず勢いを減衰せぬまま走りを再開。そのまま返す刀で地面から斜めに振り上げられた鞭はハードルを跳び越すように避ける。

着地の瞬間を狙って、二本ある内のもう片方の鞭──その先端が一直線に槍みたいに突き出された。狙いはこちらの胴体。これは躱すのは難しいので、回転翼を高速回転させ前へ飛行する為の推進力を得て、地面に足を着けないまま拳を突き出す。

 

「おらあっ!!」

 

鞭の先端を拳で迎撃。殴られた鞭は大きく弾かれクリスの背後に流れていく。

体勢は一度殴った動作を次の殴りに繋げる為に横に一回転させ、ここで一気に加速。クリスの目の前、拳の届く距離まで肉薄する。

そしてもう一度殴りかかった。

 

「ぐっ!」

 

引き戻した鞭を両手の間で張り拳を防ぐクリスから苦悶の声。

衝突した力が稲妻のような姿で迸り視界を明滅させる。

一瞬カズヤの拳とクリスの鞭がせめぎ合い、カズヤの拳に軍配が上がった。

後方に吹き飛ばされながらも、空中でくるりと猫のような身のこなしで体勢を整え綺麗に着地するクリスに今度はカズヤが感心したように口笛を吹く。今のは直撃しなくてもガードごと殴り倒すつもりだった。どうやら咄嗟の判断で自分から後ろに跳んで衝撃を緩和していたらしい。

間合いが離れ仕切り直しとなる中、唐突にクリスが声を押し殺して笑い出す。

 

「く、くくく」

「?? 何がおかしい? それとも遅効性の笑い茸でも食ったか?」

 

訝しむカズヤにクリスは嬉しそうに答えた。

 

「いやぁ、これでもあたしは結構お前のこと心配してたんだけどな、今のお前の顔見てちょいと安心したんだよ」

「何の話だ」

「カズヤ、お前今、楽しそうに笑ってるぞ」

 

指摘されてカズヤは左手で自身の顔をペタペタ触る。

 

「お前が街に出てこない時の顔は、そりゃぁ酷いもんだった。まるで死人だ。けど、今のお前はあたしとこうしてると本当に嬉しそうだ。まさに"生きてる"って表情でよ...」

「...」

「どんな形であれ、お前が笑顔でいてくれるのは嬉しくてな」

 

そう言ってバイザー越しに優しく微笑んだような空気を醸し出すクリスにカズヤは困ったように眉根を寄せて苦笑した。

 

「お前、これから殴るってのに殴りにくくなること言うなよ」

「なら負けを認めてあたしのものになるか?」

「ハッ! ダウンしてねーのに誰が降参するかよ! 確かにお前と戦ってると頭空っぽにできたが、それとこれとは別問題だ!!」

 

漸くであるが少しずつ調子が戻ってきた、という感じがあるのは否定できない。言った通り戦闘中は余計なことは何も考えなくなるので、随分と気が楽だ。

まさか敵対することになってしまったクリスから『元気出てきて良かった』というような内容の発言をもらってしまうとは、思ってもみなかった。

クリスに感謝の念を抱きつつ、左の手の平を前に突き出し右の拳を腰溜めに構える。

さぁて続きをしようか、と思っていたらバイクのエンジン音が響いてきた。

何だ? と疑問を頭に浮かべる前に藪の中からバイクに跨がった翼が飛び出し、歌い始めながらクリスに突撃していく。

しかもバイクには彼女のアームドギアの象徴たる剣や刃が触れたものを八つ裂きにしてやるとばかりにこれでもかと展開していた。あんなものに轢かれたらスーパーの鮮魚コーナーで販売してる鯵のタタキみたいになるとカズヤは本気で思った。

だがクリスは自身に迫る突撃兵器を前に臆するどころか回避することもせず、激昂しながら鞭を振り上げる。

 

「このアバズレがぁ! あたしとカズヤの間に割って入ってくんじゃねぇぇぇっ!!!」

 

鞭の先端からエネルギーの塊がバイクに向かって放射される。

回避できないと判断したのか回避させる気などないのか不明だが、翼はクリスの攻撃に直撃コースなのにそのまま突っ込ませながらバイクから跳躍、あっさりバイクを乗り捨て、空中で剣を上段に構えた。

哀れ、白いエネルギーの球体が正面から直撃し爆発四散するバイク。

 

「はああああっ!!」

 

そしてバイクのことなど一切気にしていない翼は剣を振り下ろし蒼い斬撃を放つ。

飛んできたそれに対し鞭でかき消すクリスは、着地した翼に接近戦を仕掛けた。

収まらぬ怒りをぶつけるように攻撃を繰り出すクリスと剣を振り回す翼の一進一退の激しい攻防。

乱入してきた翼により最早完全に蚊帳の外になってしまったカズヤは、どうしたもんだろと二人の攻防を見守っていると、一瞬の隙をついたクリスが翼の腹に蹴りを入れ、翼がカズヤの足元まで転がってきた。

 

「おい翼。今結構良いの入ったが大丈夫か?」

「この程度...」

 

歌うのを止められた彼女は剣を杖代わりにして立ち上がる。

 

「クソッ、カズヤ! 邪魔が入った以上、勝負はおあずけだ!」

 

苛立たしげにそんなことを一方的に告げると、クリスはこちらに背を向け飛び去ってしまった。

 

 

 

 

 

戦闘を終え二課本部に戻ってきた装者三人は、ミーティングルームにて押し黙ったまま誰一人口を開こうとしなかった。

原因はカズヤの拘束。敵と目されるクリスと呼んでいた少女と通じていた(と見られてしまう)ことから、情報漏洩及び内通者として嫌疑をかけられてしまったのだ。

勿論、弦十郎や緒川をはじめとしたオペレーター陣や装者達はカズヤのことを疑いもしないが、疑いがかけられてしまった以上、一度カズヤを拘束しておかないと、今後のカズヤのみならず二課そのものさえ危うくなってしまう。その辺りの大人の事情を理解していたカズヤは何一つ文句言わず抵抗もせず手錠を填められ、現在は弦十郎と緒川の二人と事情聴取中だ。

 

「私...なんにもできなかった」

 

ポツリと響が呟く。

 

「なんにも、なんにも...う、うう、うああ」

 

自身の無力に打ちひしがれ涙を流す響を奏は抱き締める。

 

「響は何も悪くない。あの場でアタシがあの女を倒しておけば、カズヤは拘束されることはなかったかもしれない。アタシが弱かったせいだよ」

「奏がそれを言い出したら私だって、私だってさっきは知らずにカズヤの邪魔をしてしまった! 私が割って入らなければカズヤが敵を倒して確保できていたはずだ! そうなっていたら今頃事情聴取を受けているのカズヤではなくあの少女だった!」

 

奏の言い分に責任があるのは自分だと翼が言う。

彼女達は自分を責めた。あの場でまともなことができなかったのは、弱い自分のせいだと。弱かったせいで、手助けするどころから余計な足を引っ張ってしまった。

 

「そこまでにしておけ」

 

三人はミーティングルームに入室してきた弦十郎の声に顔を上げ、詰め寄った。

 

「カズヤさんは!?」

「弦十郎の旦那、カズヤはどうなるんだい?」

「事情聴取は終わったのでしょうか?」

 

詰め寄る三人をとりあえず落ち着かせてソファーに座らせる。

弦十郎の後ろに控えていた緒川が一歩前に出て告げた。

 

「一応、簡易な事情聴取が終わったので皆さんにご報告を」

「それよりカズヤは!?」

 

事情聴取よりもこの場にカズヤがいないことを気にした奏に弦十郎が厳かな口調で返す。

 

「独房だ」

「独房だって!!」

「カズヤくんからの頼みでな、一時的な処置ではあるが、彼を外部から見た場合行動を著しく制限されているようにして欲しいとのことだ。アルター能力者の彼に物理的な拘束など本来無意味なんだが、大人の事情を加味した上でそれが二課にとって少しでも有利になるなら、と」

「...あの、バカ」

 

今度こそ奏はソファーに座り聞く姿勢になったので、弦十郎に促された緒川が喋り出す。

 

「結論から言って、カズヤさんはネフシュタンの鎧の少女、雪音クリスと顔見知りではありましたが、彼女の名前以外はあまり知らないようです。また、ここ最近の悩みについて雪音クリスは一切関わっていないとのことです」

 

どういうこと? と誰もが思う中、緒川は続ける。

 

「まずは時系列順に。彼女と知り合ったのは今から一ヶ月と少し前、正確にはカズヤさんがこの世界に来た翌日、街でたまたま出会ったのが始まりとのことです」

「この世界に来た翌日? もし雪音クリスがカズヤを"シェルブリットのカズヤ"と知った上で近づいたというのなら、その時点で情報漏洩、内通者の可能性が...」

 

事態の重さに翼が戦慄した。

 

「その日以来、カズヤさんはかなりの頻度で彼女と街で一緒に食事をしたり散策をしたりを繰り返していたそうです。しかし、彼女がノイズを操っていたことや我々二課に敵対する存在だとは思っておらず、暇人同士の暇潰しの付き合いでしかなかったと聞きました」

「暇人同士の暇潰しって、それ完全に逢い引きじゃないかっ!!」

 

口角泡を飛ばす奏。

 

「カズヤにそんな気がなくても相手が......ああ! あの女! だからあんなにカズヤに執着してたのか!!」

 

"シェルブリットのカズヤ"を引き込むつもりで近づいたというのに、何故一ヶ月も雪音クリスが逢い引き紛いことを続けていたのか、今回の騒ぎを起こしたのか、その理由に思い至り大声を上げた。

これはあくまで奏の勘だが、カズヤ個人に好意を抱いた雪音クリスは、具体的な動きをしなかったのではない。したくなかったのだ。カズヤとの逢い引きを楽しみながら、ずっとこのままでいられたらと思っていたのだろう。

しかし、理由は不明だが最近のカズヤは外出しなくなった。当然、カズヤに会えない彼女は不満が溜まる。彼に何かあったのではないかと心配もする。その不満と心配などの感情は最終的に何処に行く? そしてどうやったら"シェルブリットのカズヤ"を引きずり出せる?

 

『てめぇらこそ出来損ないの分際でカズヤの隣にいる資格はねぇんだよっ!!』

『すっ込んでろよクソッタレ!! カズヤ以外は要らねぇっつってんだろが!!』

『...あたしが勝ったら、お前はあたしのもんだ』

『どんな形であれ、お前が笑顔でいてくれるのは嬉しくてな』

『このアバズレがぁ! あたしとカズヤの間に割って入ってくんじゃねぇぇぇっ!!!』

 

敵でありながら、雪音クリスの言動の根底にあるものが何なのか、奏には理解できてしまった。ストンッと胸に落ちてきた。()()()だからこそ余計に。

きっと純粋にカズヤに会いたかったのだ。理由も分からず急に会えなくなって寂しかったのだ。カズヤと再会するまでの自分が彼を追い求めていたのと同じように。

 

それっきり黙り込んだ奏を置いて話は進む。

 

「ほぼ確実にカズヤさんはシロ。彼の拘束期間については暫く続くでしょうが、大事には至らないのでご安心ください。次に雪音クリスについてなのですが──」

 

カズヤに対し名乗っていた名前が本名であると仮定した場合、そこから芋づる式に様々なことが判明する。

彼女は二年前に行方不明となっていたこと。

過去に選抜されたギア装着候補の一人であったこと。

両親が既に故人となっており天涯孤独の身であることなど。

やがて情報共有が一段落し、弦十郎が疲れたように溜め息を吐く。

 

「とりあえず今日のところはこれまでだ。明日に備えて休むように」

 

そこへ響は待ったをかける。

 

「あの、カズヤさんには会えないんですか?」

「残念ですが、拘束期間が終了するまでは...」

「...一目見るだけでもダメなんですか?」

 

返答した緒川がそれ以上言わず、黙って首を振った。

 

「そんな! それではまるで犯罪者扱いではないですか!」

 

翼の抗議に弦十郎が渋面を作りつつも、有無を言わせぬ口調で叱りつける。

 

「俺達だって好きで彼を拘束し、お前達と会えないようにしている訳ではない。ここでお前達が無理にでも彼に会おうとすれば、立場が悪くなるのは彼の方なんだ。そもそもさっき言ったはずだ。彼は我々の為に全ての事情を理解した上で拘束されることをよしとしてくれた。そんな彼の想いを、裏切る訳にはいかないだろう」

 

ここまで言われてしまえばさすがに誰もが口を閉ざすしかなかった。

 

 

 

帰り際、響が奏と翼に言った。

 

「私、強くなりたいです」

 

彼女の瞳にはこれまで見たことない決意が宿っているのに二人は気づく。

 

「今のままじゃダメなんです。今のままじゃ、あの女の子に、クリスちゃんに勝てません。万が一勝てたとしても、カズヤさんには絶対敵いません」

 

二人は口を挟まず続きを促す。

 

「カズヤさん、あの時、欲しければ力ずくで奪えって感じでクリスちゃんと戦い始めました。だったら私も、カズヤさんに遠くに行って欲しくなければ、そばにいて欲しかったら、力ずくで奪わなければいけない、だから!!」

 

ここまで聞いて奏が皆まで言うなとばかりに響の肩に手を置く。

 

「気が合うね響。丁度アタシも同じことを考えてた」

 

うんうんと頷くと翼に振り返り、

 

「悪いね翼、暫くツヴァイウィングは活動休止だ」

 

そう謝るのであったが、翼はむしろ奏がそう言い出すのを予め分かっていたようで、嬉しそうに笑った。

 

「奏ならそう言うと思ってた。というか、奏が言わなければ私から言うつもりだった」

「ということは」

「後で緒川さんに謝っておかないと」

 

それから翼は二人に手を差し伸べる。

 

「今回の失態は私達三人の失態。だからこそ次こそは必ず汚名を雪ぐ。その為には、私達三人は今よりもっと強くならなければならない」

 

響と奏はそれぞれ伸ばされた手を繋ぐ。

 

「奏、立花。私と一緒に叔父様の下で修行しよう。叔父様なら、快く力を貸してくださるはずだから」

 

そして翌日。

三人は早朝から弦十郎宅を訪問し、その日から弟子入り及び猛特訓を開始するのであった。

全ては勝つ為に。

大切なものを守る為に。

そして何より、欲しいものを力ずくで奪う為に。




スクライドのOP曲が超好きです。

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