カズマと名乗るのは恐れ多いのでカズヤと名乗ることにした   作:美味しいパンをクレメンス

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クァッ!




毎日同じことの繰り返しで、独房に引きこもってから何日経過したか分からない。

決まった時間に朝食、昼食、夕食が与えられるが、独房の中は簡易ベッドと個室のトイレ以外何も存在していないので、外の様子について分かることなど皆無だ。

さすがにシャワーを浴びないのは不衛生という理由で、黒服の怖い兄ちゃん達に見張られながら汗を流したりはするが、飯食ってシャワー浴びて寝る以外にやることはない。

こうして何もせずにいると、どうしても考えることは独房に引きこもる前とそう変わらなかった。

これから俺はどうすればいいのか?

結局寝泊まりする場所が仮眠室から独房に変わっただけの事実に我ながら呆れてしまう。

自分でもウジウジといつまでも情けない話ではあるが、一度ドツボに嵌まるとなかなか抜け出せない問題なだけに厄介なものである。

と、そんな時だ。独房唯一の出入口である重厚な扉が外から開けられ、緒川が顔を出す。

 

「こんにちわ、カズヤさん。気分はどうですか?」

「特に変わりはねーな。やることもねーし、外部からの刺激もねーし」

「では、そんなカズヤさんに朗報です。拘束期間が明朝に解かれます。それと同時にお仕事再開です」

 

 

 

二課の後ろ盾のお偉いさんが何者かに暗殺されたらしい。

その辺りの政治的な話はよく分からんが、なんでも二課本部の地下に保管されてる聖遺物が狙われているらしいから明日の早朝に移送するのでその護衛につけとのこと。

 

「俺の他に響達もか?」

「ええ。装者三名、カズヤさんと共に移送任務に就いてもらいます」

「......あいつらは、俺が独房入りになってからどうしてる?」

「気になりますか?」

「そりゃ、な」

 

自分からあいつらのことを遠ざけるようなことをして身勝手だと自覚してるが。

 

「三人共、カズヤさんに会いたがっていますし、心配もしています。でも、それだけではありません」

 

拘束期間が明日までで終わるからか、俺に情報提供をしてもいいという許可も下りているのだろう。緒川はこれまでの出来事を懇切丁寧に話してくれる。

弦十郎のおっさんの下で三人が訓練していること、ツヴァイウィングがその為に活動休止していること、もし俺がクリスに奪われても力ずくで奪い返すと豪語していることなど。

 

「そうか。元気そうで何よりだ...三人はそれでいいとして、クリスの方は?」

「雪音クリスについてはまだ捜索中ですが、結果は芳しくありません。やはりそちらも気になりますか?」

「ま、少なくとも俺はダチだと思ってるしな」

「...友達、ですか。カズヤさんから彼女を説得するというのは──」

「無理だろ。クリスの奴、見た目可愛い癖してかなり頑固だからな。次会った時に俺が勝つまで殴って大人しくさせるしかねーよ」

 

でしょうねぇ、と緒川は苦笑い。

クリスを説得するなんて器用なこと、俺には不可能だ。そもそも、負けた方が勝った方の言うことを聞くという勝負を始めたにも関わらず、中途半端になってしまった以上、次こそは決着(ケリ)をつける必要がある。

 

「...クリスのことは一旦置いといて、とりあえず今は目の前のことに集中だな」

 

完全聖遺物『デュランダル』の移送及び護衛任務。

一筋縄ではいかないという予感だけが胸の中で渦巻いていた。

そこで俺はふと、目の前の緒川に少し気になることがあって尋ねる。

 

「なあ」

「はい?」

「なんでお前この仕事選んだんだ?」

 

この質問が意外だったのか緒川は目を丸くした後、ふっと肩の力を抜いてから教えてくれた。

 

「あまり詳しくは言えないのですが、僕の家系は古来より政府の特務機関に仕えていまして」

「へー、忍者の末裔とか?」

「鋭いですね! どうして分かったんですか!?」

「??? は? 忍者?」

「はい。忍者の末裔です」

「ふぁっ?? マジかよっ!? え、マジで!? マジもんの忍者なのお前!? っていうか今の日本に忍者って現存してんのかよ!!」

 

テキトーな感じに言った言葉が正確に真実を射抜いていたらしく二人揃って驚愕する。

たぶん俺はこの世界に来て一番驚いていただろう。聖遺物とかノイズとかより、忍者が現存してることに衝撃を受けているのも変な話だが、ちょっと感動してる自分がいたのは事実だ。

そこで俺は、ハッと気づく。

 

「おいまさか、弦十郎のおっさんとその姪の翼も実はってことないよな...?」

「カズヤさんには野生の勘でもあるんですか? 司令も、その血縁の翼さんも代々伝わる防人と呼ばれ護国の為に尽くしてきた一族なんですよ」

 

なんで分かったんですか? と首を傾げる緒川に俺は絶句した。

翼はまだギリギリ一般人な空気出してたから確信はなかったが、おっさんの方は明らかに纏う空気が他の連中と違っていたので、緒川が忍者ならおっさんは何なんだろ? というカマかけでもあったのだが、こうも斜め上な事実を知るとリアクションに困る。

 

「...普通そういうのって正直に答えず隠すもんじゃねーの?」

「いずれはバレることですし、我々はできるならカズヤさんとこれからも付き合っていきたい、そんな誠意の表れだと思ってください」

 

優男な忍者の末裔はイタズラっぽくウインクした後、真剣な表情に変え、真面目な口調になった。

 

「カズヤさんもご存知の通り、ノイズに対抗できるのはシンフォギアだけ。しかしシンフォギアを纏える装者は現在たったの三人。響さんがもし発見されなければ二人のまま、いえ、二年前のあの時にカズヤさんが現れなければ翼さんだけになっていたかもしれません。だからこそ、我々はカズヤさんの存在を重要視しています」

 

俺は黙って話を聞く。

 

「情けない話ですが、僕達ではノイズに立ち向かったところで炭になるだけです。未だにシンフォギア以外の有効な手段もありません。そんな時に現れたカズヤさんに、僕達はどれだけの希望を見たか」

 

...希望。

俺は心の中で緒川の言葉を反芻する。

 

「カズヤさん、あなたには力があります。僕達大人がずっと求めていながら手にすることができなかった力が、ノイズを倒せる力が、装者達と共に戦う力が」

 

視線を緒川から自身の右の手の平に移す。

 

「僕も司令も、家系が影響していないと言えば嘘になりますが、理不尽な惨劇から人々を守りたくてこの仕事を選びました」

 

彼の独白は続く。

 

「確かに死ぬような目に遭ったのは一度や二度ではありません。ですが、僕達が戦うことによって誰かに降りかかる不幸を払い除けることができているのなら、これ以上誇れるものはないんです」

 

だから、と彼は突然頭を下げた。

 

「お願いです。これからもカズヤさんの力をお貸しください。あなたは既に二課、そして装者達にとってなくてはならない存在です」

「俺からも改めてお願いする」

 

頭を下げた緒川の後ろ、独房のドアから弦十郎のおっさんが入室してくる。

 

「...おっさん」

 

すると緒川の隣に並び、同様に頭を下げた。

 

「本来異世界からやって来たカズヤくんに我々の事情に付き合う必要はない。我々が背負うべき責務をキミに押し付けているということは重々承知している。ただ戦う力を持つというだけの人間に無理な要請をしているのも分かっている。キミや装者達のような我々大人が守らなければならない若者達を戦場に出しているという不甲斐なさもある。だがその上でキミに頼む!!」

 

 

──俺達に、キミの力を貸してくれ!!!

 

 

その真摯に頭を下げる大人の姿が、とても格好良く見えた。

年取るならこんな格好良い大人になれたらいいなと、漠然と思う。

...俺の中で答えは未だ出ていない。

答えは出ていないが、前々からこの人達と一緒に働くのは悪くないと考えていたのは事実だ。

それに、ここまでされて応えないのは男が廃るというものだった。

 

 

 

早朝。

用意された護衛車、その数四台という少なさに驚きながらも駐車場で腕を組んで待機していると、

 

「カズヤさん!!」

 

背後からの喜色の声に振り向けば響が駆け寄ってきた。その後ろには奏と翼もいる。

 

「よっ、久しぶりだな」

「お久しぶりです! その、元気でしたか?」

「ま、ボチボチって感じかな」

「何だいそれ? そこは嘘でも元気だったくらい言いな」

 

俺の返答に奏が不満気に文句を垂れつつ、俺の肩をぐいぐいと強引に組む。半ばヘッドロックになっているが、緒川からは三人が俺のことをかなり心配していたと聞いていたので、これはその裏返しだなと甘んじて受けておく。

そんな奏の様子におろおろする響と安心したように微笑む翼。

三人の他に弦十郎のおっさんと了子、黒服の怖い兄ちゃん達がぞろぞろやってくると、移送任務についての指示が飛ぶ。

 

「防衛大臣殺害犯を検挙する名目で、検問を配備。記憶の遺跡まで、一気に駆け抜ける。護衛車四台の内二台に奏とカズヤくんが一人ずつ乗ってもらう。デュランダルを積んだ了子くんの車を中央に、前方にカズヤくんが乗った車を、後方に奏が乗った車を、そして護衛車の後を翼がバイクで追従する。俺はヘリで上空から警戒に当たる」

「名付けて、天下の往来独り占め作戦!」

 

弦十郎の後に了子が作戦名を告げるのを横目に、隣の響に問う。

 

「お前はどれに乗んの?」

「私は了子さんが運転する車です」

 

了子の車にデュランダル積むんだもんな。人員の配置的にそりゃそうかと納得した。

それから割り振られた配置通り、俺は先頭を走ることになる黒塗りの高級車に乗り込む。

黒服の兄ちゃんがエンジンを点火。車が走り出した。

デュランダルを積んだ了子の車。それを前後左右から挟む形で並走する護衛車四台。更に少し遅れて翼のバイク。上空は弦十郎が搭乗するヘリ。これらは二課の敷地から順調に目的地まで進んでいたが、途中の橋──自動車専用道路のような長く大きな道路に差し掛かった所で嫌な予感がした。

橋の上って、逃げ場なくね?

俺が襲撃側だったらここで襲う。橋の途中で前後塞いで逃げられなくするな。

そんなこと考えていたら、それが即現実となり、前方のアスファルトにヒビが入り地面が割れて、

 

「あ」

 

一瞬の浮遊感の後、俺が乗った車は海に向かって落ちた。

数秒もせずに着水。どんどん沈んでいく車。窓の外は既に海の中。この車はもうダメだと判断しアルター能力を発動させ車一台丸々分解。

車が消えれば当然海水に全身を晒される。まだ季節的に初夏になる前だからか水温が低くかなり冷たい。

一緒に乗っていた黒服の兄ちゃん二人は、自分達が乗っていた車が突如消え失せたことに驚いたが、そばの俺のシェルブリットを見てすぐに落ち着きを取り戻す。

 

『カズヤさんが落ちたああああああっ!?』

 

響の絶叫が通信越しに届く。

 

「まだ死んでねーから心配するな!!」

 

それに対し俺は左耳に装着したインカムに自身の無事を知らせる声で応じる。

 

『カズヤくん、状況は!?』

「車はダメだが黒服の兄ちゃん共々無事だ」

 

言って、二人の黒服の兄ちゃんそれぞれの腕を掴み、右肩甲骨部分の回転翼を回転させ、海面から飛び上がった。

橋に戻るのは、さっき橋が崩されたから危険な気がするし、ノイズの出現も考えられる。一旦何処か安全な場所までこの二人を送り届けないと。

空中でホバリングしながら、本人達に直接聞いた方が早いと思い至る。

 

「おい黒服の兄ちゃん、何処か安全な場所あるか? 一旦そこまで飛んで送ってやる」

 

すると、俺の予想だにしない返答がきた。

 

「いや、我々に構う必要はない。足手まといは捨てて"シェルブリット"はすぐにデュランダルの護衛に戻ってくれ」

「捨てて、って海の上でか!? それともノイズがいるかもしんねー橋の上か!?」

「どちらでもいい、それより護衛に──」

「うるせぇっ! できるかそんなことっ!!」

 

はっきりと拒否し、俺は戻ることとなるが二課本部方面の陸地に向けて飛行を開始。

両手にガタイのいい黒服の兄ちゃんを二人ぶら下げて飛んでいる最中、俺は少し気になって二人に尋ねた。

 

「本来ノイズとの遭遇ってのは、都民が一生涯に通り魔事件に遭遇するよりも低い確率なんだろ? あんたらなんでその確率を上げるようなこの仕事してんだ?」

 

二人は俺がこんな質問をしてくるとは思っていなかったのか、お互いに顔を見合わせている。

 

「普通だったらもっと他の安全な職に就いたり、人口が密集してない地域に移ったりしないか?」

 

俺がこれまで抱いていた小さな疑問。

どうして二課に所属している者達は二課で働くことになったのか。

弦十郎のおっさんや緒川は家系に影響されたと言ってた。だが他の連中は? 皆が皆そうではないだろう。

だから俺は知りたくなった。どんな覚悟と想いがあってこの仕事を選んだのか。

黙って答えを待っていると、やがて片方が諦めたように呟く。

 

「それは消防士に火災現場は危険だから行くなと言っているようなものだぞ」

「確かにノイズは災害扱いされてるのは知ってるよ。だがそれが人為的に起こされたもんだってこの前分かっただろうが」

 

クリスが使っていたあの武装。ノイズを操る力が存在しているのなら、そもそもノイズは災害ではなく兵器として生み出された可能性がある。

 

「だがそれが全てとは限らないだろう。それこそノイズによる被害は世界各地で起きている。人為的なものの方が少ないさ」

 

これを言われると俺は黙るしかなかったが、もう片方の黒服の兄ちゃんが静かに告げた。

 

「...昔、ノイズに家族を殺された知人の話を聞いたことがあった」

「それで?」

「ノイズは人を炭に変える。つまり遺体が残らない。しかも風で飛ばされる前にその炭を回収しなければ、もしくは()()()()()()()()()()()()()()()()、かつて()()()()()()すら遺族に届かない」

「...」

「葬式の際、棺桶に入れるものは遺品と花だけ。酷い話だ、でもそんな話は日本だけでなく世界中で転がっている」

 

改めてノイズの恐ろしさを知らしめる話だ。この世界の人々は遥か昔からそんな脅威に怯えて暮らしていたのだ。

 

「出掛けた家族がノイズに殺された。しかも遺体の炭も回収できなかった。そんな知らせを受けて、空っぽの棺桶で葬儀を行い、手元に残ったのは喪失感だけ。その知人は家族が死んで十年以上経過しているのに家族の死を今でも受け入れられないでいる」

 

ぞくりと背筋が寒くなる。

ノイズ被害の遺族というのは、まさにこのことを示す。

 

「だから俺は危険を承知でこの仕事を選んだ。ノイズによる犠牲者を、知人のような悲しむ人を少しでも減らせれば、と」

「二課に所属してる連中は皆こんな感じさ」

「幸い俺達にはシンフォギア装者がいてくれる。彼女達に直接ノイズとの戦いを押し付けるのは大人として心苦しいが、それは彼女達にしかできない。だったら俺達は俺達にしかできないことを全うする。たとえ、それが自分の命と引き換えになったとしてもだ」

 

やがて陸地に辿り着き、二人を降ろす。

 

「あんたらは、死ぬのが怖くないのか?」

 

俺の問いに二人は当然だとばかりに答えた。

 

「怖いさ。怖いけど、自分より年下の女学生だけを戦わせて何もしないのは、そんなのは嫌なんだ。俺達は大人だからな」

「誰もが嫌がる仕事でも、誰かがこなさなきゃいけない。俺達の仕事というのはそういうものだ。感謝されても、されなくても」

 

...凄いなこの人達は。

俺は心の奥底から尊敬した。

 

「そんなことより行け、"シェルブリット"。お前にはお前にしかできないことがある。それは間違いなく俺達ができることよりも大きく、重いもののはずだ!!」

「頼むぜ"シェルブリット"。装者とお前は俺達にとってノイズという絶望を打ち砕く希望そのものなんだ。お前達が頑張ってくれればその分泣く人が減る、それだけで俺達は報われる」

 

希望。緒川も俺にそう言った。

嗚呼、そうか。だから緒川と弦十郎のおっさんはあんなに必死になって頭を下げたのか。

 

「...サンキューな、黒服の兄ちゃん達。目が覚めた気分だぜ」

 

感謝を述べるとくるりと反転し、響達が向かったであろう場所を目指す。

どうして二課に所属してる大人はこうも格好良いのだろうか。

先程の彼らの言葉を、緒川と弦十郎のおっさんの言葉を思い出し、胸が熱くなる。

そうだ。

この世界がどんなものなのかとか、

自分がどういう存在なのかとか、

そんなことはもうこの際どうでもいい!

俺も、あの人達みたいな格好良い大人になりたい。

たとえこの世界にとって俺という存在が異物だとしても、

俺が関わった人間にとって都合が良い存在だったとしても、

()()()()()()生きることになんの不都合がある?

俺は"スクライド"のカズマじゃない、カズマにはなれない。

()()()()()()()()()!!

今の俺の知識と人格が俺の元になった人物の搾りカスだとして、それが何だってんだ!?

こんな俺でも必要としてくれる人達がいる。

響が、奏が、翼が、クリスが、緒川が、弦十郎のおっさんが、他にもたくさんの人達が、誰も彼もが()()()()()()見てくれる。

これ以上に何を望む? どう考えても十分だろうが!

今ここにいるのは、この世界で生きているのは()だ。カズマや元になった人物じゃない。()()()だ!

俺はカズヤ。"シェルブリットのカズヤ"だ。

そしてこの世界で、カズヤ()にしかできないことがある。

だったらとことんやってやるさ。

カズヤの、カズヤだけの生き方を、

この世界に、俺に関わった全員に刻んでやる。

もう迷わない。迷う必要なんてない。

俺はただ道を真っ直ぐ進むだけでいい。もし障害物があったら真ん前から力ずくでぶち抜けばいい。

存在意義も、生きる意味も、戦う理由も、居場所も、ダチも仲間も、心の底から本当に欲しいもんは全部この手で奪い取る!

胸を張れ!

前を見ろ!!

握った拳に力を込めろ!!

 

「さあ、進むぜ! 俺が選んだ俺だけの道を! 行けるってんなら何処までもなっ!」

 

輝け!

もっとだ、もっと!!

もっと輝けぇぇぇぇぇっ!!!

 

「シェェェェルブリットォォォォォォォッ!!」

 

 

 

 

 

【道】

 

 

 

 

 

弦十郎の指示で薬品工場という危険地帯にあえて逃げ込み敵の攻め手を封じる。敵の目的がデュランダルの確保ならそれの損壊を恐れるはず。この読みは功を奏しノイズによる攻撃頻度は減った。

しかし、三人の装者の前に現れたのはネフシュタンの鎧を纏った雪音クリスの姿。

 

「残念ながら今はカズヤはいないよ。アイツ海に落っこちたからね、当分ここに来れないよ」

 

シンフォギアを身に纏い槍を構える奏。

 

「そりゃ都合が良い。今日の目的はカズヤじゃなくてデュランダルの確保だからなぁ!!」

「何!?」

 

てっきりカズヤが最優先目的でデュランダルは二の次だと思っていた響達は戸惑いながらも戦闘を開始した。

了子の眼前で行われる激しい戦闘は、三対一という数的に不利なクリスが押され気味であったが、痺れを切らした彼女は、ここが薬品工場だというのも忘れてノイズを大量に召喚させ、状況を覆そうとする。

対抗する響達もノイズの召喚に出し惜しみする気が失せたのか、揃いも揃って大技を繰り出しまくり、既に周囲は火の海。爆音や爆発が止むことはない戦場は地獄の釜へと変貌しつつあった。

そんな時に背後から電子音が響いてくる。デュランダルを入れていたケースだ。ランプが赤く点滅し始める。

 

「この反応...デュランダルが三人のフォニックゲインに反応している?」

 

歌いながら戦う装者の姿を注視すると、うっすらと金色の光を纏っているように見えなくもない。

...金色の、光?

それが何か思い出す前に、ケースをぶち破ってデュランダルがその姿を現し、空中で静止する。

 

「...確保!」

 

位置的に一番近くにいた翼がデュランダルに向かって跳躍するが、

 

「させるか!」

 

ネフシュタンの鎧の鞭が足に絡みつき、地面に叩きつけられる。

しかし翼にかまけていたことで奏の接近に反応が遅れたクリスは、真横から脇腹に飛び蹴りを食らって吹っ飛んでいく。

 

「響!」

「はい!」

 

奏の声に応じた響がデュランダルに手を伸ばし、ついにその柄を握る。

瞬間、この場にいる全員が強大な力の波動を肌で感じ、瞠目した。

デュランダルを手にしたまま着地した響の様子がおかしい。瞳孔が開き、歯を食い縛り、何かに耐えるように全身が震え出す。

そして響が握り締めるデュランダルは全体から黄金の輝きを放つと、直後に目を覆いたくなるほどの閃光を生み出し天を貫いた。

響は何かに操られるように剣を高く掲げる。

刀身から放たれる光が一際強くなると、全体が錆びた茶色のような色合いだったデュランダルはまるで生まれ変わったかのように磨かれた金属の光沢を宿す。

先端から光が迸り切っ先が再生したかのように伸びる。柄から切っ先まで黄金の剣。完全聖遺物としての真の姿。

誰もが予想していなかった完全聖遺物の起動。

 

「ヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴァァァァ!!」

「...こいつ、何しやがった!?」

 

何かにとり憑かれたように唸り声を上げる響にクリスが戦慄した。

その背後では了子が恍惚とした表情で響とデュランダルに熱い視線を注いでいる。

了子の様子に気づいたクリスにとって、そんな彼女の態度は酷く苛立ちを覚えた。舌打ちしてから響に向き直る。

 

「そんな力を見せびらかすなぁぁぁ!」

 

ノイズの召喚を行い響を襲わせようとしたその時、響がクリスに反応を示す。

理性のない、敵意と破壊衝動に支配された眼差しがこちらを射抜く。

怖気が全身を駆け巡る。恐怖が体を塗り潰す。このままでは殺されると理解した。この場から逃げなければと本能が叫ぶ。

響がクリスに向かってデュランダルを振り下ろそうとした刹那、

 

「おおおおおおおおおおおおっ!!!」

 

猛スピードで突っ込んでくる男がいた。

デュランダルを遥かに凌駕する黄金の光を全身から放ち、真夏の太陽にすら勝る輝きを迸らせながら、カズヤが響とクリスの間に割って入る。

振り下ろされるその前に、シェルブリットの手の平でデュランダルの刀身を受け止め、掴む。

残った左手で柄を握る響の手も握り締める。

 

「クリス! 死にたくなかったら早く逃げろ!」

 

肩越しに振り返り怒鳴ると、クリスが弾かれたように飛び去り逃げていく。

 

「奏! 翼! いつまでも呆けてんじゃねぇ! 響は俺がなんとかするからまだ残ってるノイズなんとかしろ!」

 

更に奏と翼を怒鳴りつける。二人が慌てて動くのを視界の隅で確認してから、響の顔を至近距離で正面から見据えた。

 

「響、お前にそんな形相は似合わねーよ」

 

カズヤから放たれる光がより強くなる。

その光は、デュランダルの光を押し退けるように、カズヤから響の腕を伝い、徐々に彼女の体を包み込む。

 

「お前は笑顔でいるのが一番魅力的だ」

 

右手に力を込め、響からデュランダルを奪い取り、背後に放り捨てた。

 

「だから帰ってこい。お前にこんなもんは必要ねぇ」

 

 

 

 

 

暗い闇の中、響の意識は懐かしい光を感じた。

その輝きは荒々しく、とても苛烈でありながら、優しくて暖かく、胸の奥を熱い想いで満たしてくれるのを知っている。

響はずっとその光に憧れていた。その光と一つになれた時はとてつもなく嬉しかったのを今でも鮮明に思い出す。

(...カズヤ、さん)

今、その光に呼ばれた気がした。

(カズヤさん!)

いや、確実に呼んでいる。光はどんどん強くなる。

既に闇の中ではない。溢れんばかりの輝きに包まれ、心が熱く滾るのを自覚した。

 

「カズヤさん!!」

 

求め伸ばした響の手を、光輝く力強い手が握り締める。

 

 

 

 

 

「お帰り、響」

 

目の前にほっとしたような表情のカズヤがいた。

それだけで何故か涙が出るほど嬉しくて、溢れ出る涙を抑えることも忘れて響はカズヤの胸に飛び込んだ。

 

「カズヤさんカズヤさんカズヤさぁぁぁんっ!」

 

泣き声を上げながら何度も何度も名前を呼ぶ。

彼の背中に手を回し、放すもんか、離れるもんかと強く強く抱き締める。

今目の前にいる彼は、何かに悩み苦しんでいたカズヤではないことを先程心で感じた。本来の彼、いや、むしろ以前よりも遥かに強固な意志を携えている気配すらあった。

 

「随分心配かけたみてーだな、すまなかった。けど、もう大丈夫だ。安心しろ。もう二度とあんなことにはならねぇ」

 

こちらを安心させる穏やかな声音でそう言いながらギュッと抱き締め返してくれる。

全身が包まれているような暖かさ。

彼と心が繋がっているという一体感と昂揚感。

不思議な心地良さを生み出す胸の熱が、全身を駆け巡り力が漲る感覚。

久しぶりに味わう同調の感覚に響は酔いしれる。

結局カズヤが何に悩んでいたのか分からなかった。でもそんなのはもうどうでもいい。

いつものカズヤが戻ってきた。それだけで響には十分だった。

 




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皆様、いつもありがとうございます。
感想も全て読ませていただいております。(諸事情により感想返しは控えさせていただいておりますので何卒ご容赦を)
評価や感想をいただくと、作品作りの際にとても励みになるので感謝してます。
今後とも頑張りますのでお付き合いいただけば幸いです。

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