(僕達は屋根から光が差し込まれているであろう駅に向かって、鉄道の線路の上を走っていた)
(別に追いかけられているとかそういう理由ではない、ただ目的地がやっと見え始めたのでやる気が急激に上がり、走っている)
(走り続け、とうとう目指していた駅の前まで来た。背負っているリュックをホームの上へと投げ、自分達もホームへと上がる。そして――)
「「着いたー!」」
駅のホームに足をつけるなり、僕と芽衣は盛大に叫んだ。
いつもなら隣町、もしくは隣の駅に移動する度にこんなこといちいち叫ばないのだが、今回は異常に遠かったので達成感が大きかった。(ここに来るのに数日間…)こんなに時間を要したのは初めてかもしれない。
なぜ今回は異常に遠かったのか。それは前までは木々に囲まれぽつぽつと建物が並んでいる、俗に言うところの田舎を巡っている最中だったのだが、芽衣が都会に行こうと言い出したためにこんな遠い所に足を運ぶことになったのだ。本当なら少しずつ移動してここに到着するはずだったのに…。
「やっほい! 都会だ都会!!」
はしゃぎ続けている芽衣を、僕は遠い目で眺めていた。脱力感を感じているはずだが、楽しみにしていた場所に来られて嬉しいという気持ちが強いのだろう。こういう明るいところは僕も頑張った甲斐があったと思わせてくれるので助かる。
(それにしても…ここもなんだな、と思いながら周囲を見渡す)
(数人の血を流している死体が転がっていた。椅子に座っている者と、倒れている者に分かれている。慣れているとはいえ、久しぶりだったからか少し堪えた)
……さて、と僕は眺めるのを止めてスマホの地図で確認することに切り替える。(電気は止まっているが、スマホはソーラー充電器で、地図はオフラインで使えるアプリをインストールした)
田舎では簡単に適当な場所でテントを張ることができたが、ここでは基本的に地面はコンクリートだらけ、キャンプ用の施設がないのであれば公園で我慢するしかないが…できれば避けたいな……
「っておい!」
芽衣がスマホを取り上げ、僕と同じ目線になるよう座り、笑顔で言う。
「こんなの後でも出来るじゃん。それより早く地上の空気吸おうよ! きっと美味しいよ」
芽衣の言うことは最もだ。長い間地下に居たから息苦しさが続いている。いつもなら真っ先に眠れる場所の立候補を挙げてから色々と取り掛かるのだが、こういう時は後先考えずに息抜きするのもアリか。
「それもそうだな」と僕も同調し、芽衣と(動かなくなっている)改札口を通り外に出る。
「眩しっ…!」
(太陽から直で浴びたため光が尋常じゃなく、最初の感想はこれだった)でも…体の中に入ってくる空気は、
「確かにうまいな…」
「うん…想像以上だね」
芽衣は息を吸いながら指を組んで頭の上にあげ、手のひらを返して真上に向けて腕を伸ばしている。僕は座りながらゆっくり空気を吸い込んでいた。
(血の匂い、腐った匂いは混じっていたが、僕にはうまいと感じた。それほどまでに地下の空気に嫌気があったのと、そういう匂いに慣れていたから)
(道路にはどの視界にも死体が横たわっていた。田舎より断然…それだけ多くの人がここを歩いていたのだろう。どの無機物にも、必ずと言っていいほど血しぶきが付着していた)
(早めに始めてしまいたいが、量が量だったので体を休めてからにしようと判断し、)五分ほど雑談しながら休憩して、僕は恒例の『アレ』について芽衣に声をかける。
「なぁ芽衣、そろそろ『アレ』を始めないか?」
「そうだね。ここの空気は慣れてくると前の方が良いなーって感じになりそうだし…何よりチラホラ目に付く」
「……よし、じゃあまずは周辺からやるとするか。ゴミ掃除」
(ゴミ掃除という名の、死体処理)
(死体だと口に出すのに抵抗があり、もう無くなっているであろう正気がこれ以上削れる気がして、言葉の上ではゴミと言って区別している)
(それでゴミ掃除の内容はというと、できるだけ死体を燃やすこと。厳密にやろうとすると時間がかかるので大雑把だ。血は洗っていない)
息抜きはこれが終わってからだ。寝る場所は土壇場で何とかしよう。
僕達の旅の目的はゴミ掃除ではないのだが、必ずこれを行っている。新しい場所に来る度に、毎回。
理由としては単純に、町が綺麗になって欲しいから。それだけだ。
思ってた以上にゴミが多く、終わった時には夕方になっていた。
「……これで最後っと」
(一人の死体を火の中に入れ、二人で黙祷)
(一分間過ぎて目を開けると、横で立っている芽衣が静かな声を発する)
「結構時間かかったね。やっぱり都会だからかな」
「まぁ…多分な。ところでお前、ここでやりたいことがあるって言ってたよな。行きたい場所でもあるのか?」
「ああ…それはねぇ」
行ってからのお楽しみと、少しいたずら心のある笑みで言った。
芽衣がこんなことを言うということは、それだけ驚きと期待ができる場所…ここは具体的に聞かずに、黙って付いて行ったほうが面白そうだ。
(私服に着替えてリュックを持ち、)芽衣と歩くこと十五分、(死体はあまりないがまだら模様に血が染まっている)ショッピングモールに着いた。そして(エレベーターやエスカレーターは使えないので)階段で二階へと上り、とある店の前に立つ。
「あーなるほど、服か…」
「そ、このぐらい種類が豊富なら気に入るのが見つかると思って」
芽衣はあっちで生活している途中で、好きだった服を(大量の血で)汚してしまったり、破いてしまったりしたことがあるのだ。いくつか店は回ったが、デザインが酷すぎたりサイズが合わなかったりでどれもイマイチな物ばかり…確かにここなら見つかるかもしれない。
「あっ、和之見て見て。早速発見、すごく動きやすそうなズボン」
僕は芽衣の近くに駆け寄り、どれどれと手に持っている長ズボンを見て触る。
見た目は(少々血が付いているところ以外は)問題なく、生地はとても柔らかくて動き回ってもそこまで足に負担をかけないような感触だった。
「本当だ。さすが品揃えがいいだけある」
「私、しばらく店でうろついてる。和之は?」
「そうだなぁ……僕はこれといって欲しいのはないし…食品店にでも行って夕飯の献立考えてるよ」
こうして、三十分後に入口で集合することになり、僕達は別行動を取った。
芽衣は服屋までのルートに迷いがなかったところから、掃除中にここに入ったのだろう。しかし僕は連れて来られるまで存在すら知らなかった――まずはマップ探しから始めないと…。
今から戻って芽衣に伺ってもいいのだが、これだけ広いと聞いた説明だけじゃ食品店に辿り着けない気がする…というか説明下手にそれを求めるのは酷だ。
恐らくマップがあるとすれば…まぁ一階の入口付近が妥当か。
僕は入口付近に行き、予想通りマップはあった。(所々血で見えづらくなっていたが解読し、)確認して食品店へ――。
「おおー!」
第一声がそれだった。服に劣らず、いやそれ以上に品揃えがいい。缶詰めや菓子、野菜や魚(の干物)など種類も量も多い。こんな所だと知っていたらもっと早く来ていたというのに…。
「こりゃ当分の間はご馳走になりそうだな……ん?」
ま、まさか…あれは……
「乾パン…!」
一見硬くて味のないように思うが、かめばかむほどおいしくなるビスケットと、砂糖が凝縮されている甘くておいしい氷砂糖。
昔食べたっきりで、もう一度食べたいとずっと願っていた。あの食べた時の感激は未だに舌に残っている。こんな所で会えるとは…しかもこんなにも沢山…。
箱詰めしよう、確か店のどこかにあったはずだ。できるだけ入れよう…………もちろん缶詰めとかも忘れずに。
その後、僕は背中でリュックを背負い、手で二つの段ボールを抱え、足元に段ボールを一つ置いておき、芽衣を待っていた。集合時間から五分は過ぎているがまだ来ない。服でそんなに手間取ることなんてあるだろうか? 道に迷った――とは考えにくいし…。
「和之ー!」
「お、来た来た」
芽衣が走りながらこちらに近づいて来ている。シルエットにしか見えないが、僕みたいに大量に荷物があるわけではなさそうだ。ではなぜ……!?
「ごめん、遅刻しちゃ」
「そんなことよりお前! その服…」
芽衣は…文字通り真っ白いワンピースを来ていた。白以外混じってない、純白のワンピース…。(僕達以外の人類が滅んでからは、)二次元でしか存在しないと思っていたのに…。
「たまたま見つけたの。もしかしたらあるかもしれないって念入りに探したら…ね。……ねぇ和之、どう思う?」
芽衣の表情は、いつもの天真爛漫な笑顔ではなく、微笑みかけるような優しい笑顔だった。
「……」
どう、か……。最初はとにかく驚いた、これに尽きていた。
でも改めて見てみると…そういうことを関係なしに見てみると。
「凄く綺麗だ。似合ってるよ」
これはとてもありきたりで、大袈裟に聞こえるような比喩になるのだが――天使に見えた。
この世ではない何処からか舞い降りてきた天使。
その姿は可憐で、繊細で…居るだけで周りの空気がしなやかになり――幻想世界へと変わってしまったのではないかと思わせてくれた。(血みどろとなったこの世界が、平和だったあの頃の世界へと…)
それと、普段のギャップの差があったからか、僕は芽衣に対しての印象が一瞬変わった。
大人しくしとやか…という印象に。
新しい一面である外見だけでも反則的に良いので、これだけでも十分彼女のことを好きになったのだが…彼女はそれに飽き足らず、
「ありがとう」
可愛すぎるその表情と一言で、僕の好感度をより一層上げた。
あれからショッピングモールを出てスマホの地図アプリで調べると、運良く遠めだがキャンプ場があることが分かり、そこに泊まろうという話になった。
少し迷いそうになったが無事に着くことができ、テントを張って、今は夕飯の支度をしているところだ。支度といっても焚火の近くにある魚(の缶詰め)が焼きあがるのを待つだけだが。(火を通す理由はまぁ…多分大丈夫だと思うが、念には念をと)
「さきいか分けるの終わったよー」
暗めで分かりにくいが、芽衣が皿を二つ手に持ち僕の方へ歩いてきている。
「サンキュ、こっちはあと三分くらいで終わりそうだ」
僕は軍手で魚(の缶詰め)を調節した後、隣にいる芽衣をチラ見する。
「……あれ…芽衣、その服…」
「うん? 着替えたよ。また汚れると嫌だし」
……道理でテントの方向から来たわけだ。
もうちょっと拝みたかったというがっかり感はあるけど…夕焼けの海とかを背景にと想像したら期待が膨らみ、その時までに大切に保管しなくてはと僕の中に使命感が宿った。
「絶対死守しよう! あのワンピース」
「おうよ! 現在は紙袋を何重にしてあるから大丈夫だぜ」
芽衣は親指を立て、はつらつと僕のノリに乗ってくれた。
「ところで和之、それって…」
芽衣は魚(の缶詰め)に指を指しながら問う。(そのまま魚の形をしていたらまだ判別できたのだろうが、缶詰めだったので分からなかったのだろう)
「サバとイワシだよ」
「サバ! イワシ!」
「そしてデザートは乾パン!」
「かんぱ…乾パンか……和之、今日は都会に来た記念日だから食事が豪華という解釈でいいんだよね」
「そういうつもりじゃないが…あ、ポテチがいいならそれでもいいぞ」
「私そっちにする。取ってくるね」
芽衣はテントへ走り去った。
曰く、乾パンに入っているビスケットは硬くて好ましいが、甘すぎる氷砂糖が苦手らしい。
好き嫌いで食事を変えるのは悪いことだ。しかし言われて気付いたが一応今日は記念日、僕だけ得するのは不公平だろう。芽衣も自分の好きなものを食べるべきだ。
そうこうしているうちに三分が経った。魚(の缶詰め)は見たところ黒焦げにはなってない…(開けて中身を確認したが)失敗はしてないみたいだ。
箸でさきいかを片側半分に寄せて、もう片側に魚を盛り付ける。
「わぁー! おいしそー!」
塩味のポテチを片手に芽衣が再び隣に座る。
僕達の目の前には二つの皿。傍には乾パンとポテチが一つずつで、箸は二人分。夕飯を作る前だが手は洗って――
「芽衣も来た――じゃあ、食べよっか」
「うん」
僕達は手を合わし、感謝を込め、息を合わせて言った。
「「いただきます」」
料理を全て完食し、後片付けを済ませ、流れるように寝る準備をした。一変した環境だったからか特段と疲労が溜まっていたので、早めに寝ることにしたのだ。
テントの中で寝袋を用意していた時、芽衣は何回か自分の目をこすって眠たそうにしていた。何とか自分で寝袋に入ることはできたが、おやすみの返事はできずに熟睡…相当疲れていたのだろう。
僕はというと、なかなか寝付けずにいた。(久しぶりに死体を大量に見て、いつの間にかストレスが溜まっていたのだろうか)
リラックスできない…落ち着かない…眠れない……やっぱり、旅というものは大変だ。
こんな感覚になるのは、こんな事を思うのは何度目だろう。
挫折しそうになる。もう投げ出して、やめたいと思う。(死にたくなる)
でも…そう思うだけでとどめてられるのは、やはり君のおかげなんだろうな。
君と一緒に居たいから…だから僕は前に進める。(まだ生きようと思える)
……前向きになろう。明日は何か面白いものを見つけられるか、とか。新鮮味のあるものはあるか、とか。今日食べたものより美味しいものを食べられるか、とか。
日本を一周、回れるか…とか。
物語はここまでです。続きはありません。