──バーサーカーを彷彿とさせる怪物、ジャバウォック
──名前を喪失することになる固有結界、名無しの森
もしもあの怪物がサーヴァントであるならば、マスターが二人ということになる。
もしもあの怪物がサーヴァントであるならば、バーサーカーが固有結界を使用したということになる。
だが、それはあり得ない。
SE.RA.PHのルールは絶対だ。
二人がマスターになるなどとはあり得ないし、
そして、ジャバウォックと戦った時に警告が鳴り響かなかった事からも、あれがサーヴァントではないことは明白。
だから、サーヴァントは黒い方のアリス。
そして、そこにたどり着く上でまず思いつくべきは『ジャバウォックと名無しの森は両方とも宝具である』という考え方。
固有結界と怪物が両方同じ宝具となるのはなかなかにあり得ない事態なのだろうが、それでも今回に至ってはその二つが両方とも同じ作品群に出てくることから、その作品群そのものを宝具として持っている、そういうサーヴァント。
ならば作者であるルイス・キャロルがあの黒いアリスの正体なのかというとそれも違う気がする。
そもそも作者がサーヴァントになったからといって無制限に怪物や固有結界を使用できるのであれば、おそらく最強のサーヴァントは作家系サーヴァントだ。
それこそ、”自分と敵対している相手は絶対に倒せない魔獣”なんてものを書いてしまえばそれでおしまいとなってしまう。
多分、あの少女には正しい意味での真名は……少女を示す固有の言葉はない。
何と呼称されるべきかはわからないが、それでも名前をつけるとするのならそれは──
「キャスター……黒いアリスを、ナーサリーライムを倒してくれ」
“あわれで可愛いトミーサム、いろいろここまでご苦労さま。でも、ぼうけんはおしまいよ。”
“だってもうじき夢の中。夜のとばりは落ちきった。アナタの首も、ポトンと落ちる。”
“さあ──”
”嘘みたいに殺してあげる。ページを閉じて、さよならね!”
少女が告げた
それに対して応じるようにこちらもキャスターに指示を出す。
ともに
魔術師同士が戦う以上、そこに剣士たちの技巧を凝らした見応えある戦いは発生しない。
代わりに、魔術師たちが頼りとする色鮮やかな魔術が戦場を彩る。
ナーサリーライムが突き出したその手に氷晶の蒼を宿せば、キャスターが同じ動作をして炎獄の赫を宿す。
どことなく楽しそうにキャスターは相手に合わせた動きで魔術を放ち、ナーサリーはその炎に氷をぶつけて相殺する。
凍てつく氷は焼き尽くす炎に飲み込まれ蒸発し、されど炎もまた勢いを緩め消滅する。
「じゃあ、こんなのはどうかしら?」
魔術師同士の戦い、と言われれば旧態依然とした魔術師ならばきっと『自らが研究して作り上げた
そして、今この場で起きているのも、それに近い。
だが、決定的に違うのは、そもそも彼女たちにとって魔術はただ便利なだけの代物でしかないというところだろう。
魔術師同士の戦いにもなれば、魔術の詠唱速度、威力、回転率、魔力消費量、そして何より、それを操る本人の判断がモノを言う。
ならば、無詠唱で魔術を使用することができて、威力もアリーナ一つ程度ならば焼きつくせるほどの炎を出して、無詠唱ゆえに延々と魔術を連射することができて、
キャスターが踊った軌跡に、全てを焼き尽くす紅蓮の炎が舞い上がる。
ナーサリーライムが手を振れば、その軌道に沿ってキャスターの倍はあろうかという巨大な氷塊がキャスターを飲み込もうとする。
二つ、三つと増え続ける氷塊と、無限に広がり続ける獄炎。
それでも、どちらが勝つというわけでもなくただ対消滅を繰り返すだけ。
──そして、幾度目かの対消滅の直後、キャスターの胴体に穴を開けようと風の弾丸が飛び込んできた。
幼い少女の肉体を貫き、穿とうとするそれも、くるりくるりとステップを踏みながら踊る少女には届かない。
そして、ふっと少女の姿が消えて氷塊が虚空を押しつぶした。
転移魔術、キャスターがよく使う移動手段。
それはありとあらゆる空間へと一切の行動を抜きにして移動するための手段。
今回の出現場所は──
「……だめぇ!」
ナーサリーライムの上空。
そこに、ありすのコードキャストが迫る。
『火吹きトカゲのフライパン』
炎のコードキャストにナーサリーライムが風を送り、さらなる業火へと変貌するが、しかしキャスターの陰に阻まれ届かない。
幾つもの魔術を動物のように跳ね回らせて、まるでここが
互いへの殺意が彩る夢幻の国。
一度見せてしまった以上、もうこれ以上隠しておく必要もない。
少女は転移を繰り返しながらナーサリーライムに向けて様々な魔術を放っていく。
炎、氷、風、雷、岩、影、様々な魔術が幼い少女の肉を抉り、砕き、壊死させ、存在そのものを否定するためにナーサリーの元へと殺到する。
もはや死の嵐に等しいそれをナーサリーは懸命に迎撃する、ありすが懸命に援護する。
けれど、焼け石に水、全くといっていいほど手数が足りていない。
前から迫る攻撃を防いだ段階で既に右から、左から、後ろから、上から別々の攻撃が迫っている。
身を翻してそれを避ければ、彼女の影からキャスターの影の鞭が出現して無理矢理に引き止めながら少女の肉を切り裂く。
そして、その殺戮のための動きは徐々に的確化していく。
ナーサリーライムはわらべ歌。
「物語」そのものがサーヴァントになった存在。
そして物語である以上は──
「どう頑張っても、物語の中身は変わらないものね」
物語が終わり、一ページ目を開いても、それは物語が続いているのではなく同じ行動を繰り返しているだけ。
ナーサリーライムが取れる行動は、どうしても決まりきっている。
それは宝具を使用したとしても同じこと。
だから、こちらの地力が足りている以上、勝負の決着は二種類しかありえない。
すなわち、こちらが倒し切るよりも先に魔力切れに陥って敗北するか、向こうが宝具を使用するまでにこちらがナーサリーを倒し切れるか。
そして、それは数度の宝具『
完全に相手の動きを封じる行動を取れるようになったキャスターの魔術が、ナーサリーライムの霊核を貫いたのだ。
その瞬間、自分たちとありすたちの間を電子の壁が封鎖する。
これにて生者と死者は分けられた。
ありすの世界はありすとアリスの二人だけで閉じている。
彼女の声は一度たりとてこちらにかけられることはなく、ただ二人だけで消滅していった。
後のことは覚えていない。
覚悟していたとはいえ、幼い少女を手にかけたこと。
それはあまりにも心に重たかった。
戻った時にはレオや遠坂がいたような気がしたが、彼らとの会話すらも思い出せない。
……自分には何もない。
彼らは彼らなりの理想を持ってこの聖杯戦争に挑んでいるというのに、自分には何もないまま人の命を奪い続ける。
それがこの
だから、自分も何かを見つけないといけない。
このまま、死んだ彼らが無価値な人間に殺されたなんてことを言わせるわけにはいかない。
無論、容易なことではないだろうし、それを行える時間だって限られている。
四回戦が始まれば、それをしている時間すらないだろう。
だが、これ以上自分をごまかすことはできない。
何もないまま一歩を踏み出すには、背負った命は重すぎる。
自分の方が価値がある。
自分の方が生き残るべき。
だから競争者の死も仕方がない。
そこまで言い切れる根拠がない。
だから、見つけなければならない。
立派ではなくとも、誰かに胸を張って言える、戦う理由として恥じない何かを。
そんなことを考えている横で──
『ふふ……』
霊体化したキャスターが、わずかに笑ったような気がした。
珍しいこともあるものだ、と三回戦の翌日に思うことになった。
三回戦の日付がずれていた。
一回の戦いを七日間かけて行う、それを七回休む間も無く続ける。
そういうものだと思っていたのだが、どうやらそういうわけではなかったようだ。
それを、廊下を通りかかった時に実感した。
緊張に支配されたその空間、その空気に覚えがある。
対戦相手の組み合わせが発表された時のものだ。
けれど、自分の呼び出しは未だに来ていない。
だから、そこにいた二つの見知った顔は、彼女たちが戦うのだということを如実に示していた。
赤い服の少女、遠坂凛。
白い制服を着た褐色の少女、ラニ=Ⅷ。
彼女たちは一瞬だけ互いを確認しあい、会話どころか殺気すら応酬することなく、ごく自然に視線を外し左右に分かれた。
静かに、けれど運命が定められたことだけは必定。
七日後にはどちらかは消滅しているのだ。
「……遠坂凛にラニ=Ⅷ。実力伯仲だな。このレベルの敵が潰しあってくれるとは都合がいい」
そして、それの目撃者は自分だけではなかったようだ。
ユリウス・ベルキスク・ハーウェイ。
あの不気味な
「勝者も手の内を隠せる戦いではないだろう。見ることができれば有益な情報になるな」
こちらには一瞥もせずに去っていくその姿。
呟いた言葉の意味はよくわからないままではあるが、その姿には何故か不穏なものを感じさせた。
そして七日後。
遠坂凛を見かけた瞬間に、その時が来たのだと実感した。
特別なそぶりなんて一切ない。
けれど、その冷淡なまでの目つきで伝わってくる。
どちらか一方が死ぬ戦いへと赴くのだと。
だが、一つだけ気になることがある。
ユリウスの姿がないということ。
それそのものは普通のことだ。
だが、対戦の組み合わせが発覚した時の彼の振る舞いが気にかかっている。
……少し、探してみたほうがいいだろうか。
そう思って歩き出せば、怪しいところはすぐに見つかった。
あの時の彼が呟いた、『見ることができたなら』という言葉。
それを思えば、『何かを見る』場所である視聴覚室に思考が及ぶのは当然だった。
そして、その思考の正当性を裏付けるように、中からユリウスが出て来た。
ユリウスはこちらに一瞥をくれることもなく、去っていく。
中に何かあるのだろうか?
それは入って確かめるしかない。
とはいえ、一度は自分を殺そうとした相手。
少しだけ迷ってから一度も入ったことのない視聴覚室の中に入ってみれば、そこは普通の教室よりも幾分か大きい。
教室前方には黒板を覆い隠すようなスクリーンが配置されている。
こんな仕掛けがあるのなら、本来は天井にプロジェクターがありそうなものなのだが、その代わりに中央に置かれたのは、電脳世界であるにもかかわらず旧式の映写機。
訪れるような機会も特に存在しないので普段の状態に関してはよくわからないが、見た感じは特に変わったところは──
「あるわよ。あの機械、ちょっとおかしくないかしら?」
キャスターが指差したのは部屋の中央に陣取る映写機。
その周囲の
おそらくはユリウスの手によって、何某かの細工がされたのだ。
何が目的なのか、それについては大体わかっているが、それでもあっているとは限らない。
つい調べようと手を出してしまって──
瞬間、バチンと弾かれた。
おそらくは、この映写機のセキリュティ。
攻撃的な
だが、突然に抜けていった。
後は静かなもので、多少はくらくらとしたがダメージに関しては全くない。
ユリウスが残した罠、というような様子ではない。
そんなことをするぐらいなら、こちらを普通に殺しに来たほうが早い。
だが、それ以上を考えている暇はなかった。
そんな思索から強制的に戻したのは、刃が交わる剣戟の音。
空を裂き、地を割る勢いには必殺の意思がある。
網膜越しではなく、直接的に電脳に写っている映像は、ラニとそのサーヴァント。
ならば、それと相対するように、刃をぶつけ合いながら戦っている人物こそは──
「遠坂……」
それは当然のこと。
だが、この二人が写っているということは、これは決戦場の戦いということで。
これは敵の情報無しで戦わされることになる聖杯戦争においては圧倒的優位に立てる。
だが、だからこそまず間違いなく違法。
こんなことをするのは闇討ちなどの反則を一切辞さないユリウスだからこその企みと言えるだろう。
しかし、それならどうしてユリウスは半ばで立ち去ってしまったのか。
何か意図があるというのか、それとも
「考えるのは後にしましょう? あなたからしたらあの戦いはとっても見応えがあるものではないかしら」
キャスターの言葉にハッとして画面に意識を戻す。
対峙する二人とそのサーヴァント。
マスターの姿はともかくとして、サーヴァントの姿は判然としない。
かろうじて武器が長柄であることがわかる程度だろうか。
それで突き、弾き、薙ぎ払い、受ける。
軌跡を目で追うこともできず、飛び散る火花が戦いの存在を示す中、まるで互角に見える戦いを見て、キャスターはぽつりと呟いた。
「中華の大英雄と、アイルランドの光の御子。勝敗はマスターの差ね」
あまりにも突然の、彼らの真名の暴露。
思わず目を見開く。
なぜ、どうして、そんな言葉が頭の中を渦巻く。
どちらかだけならば同郷ということで納得もいくが、その二人は同時に知り合うことはありえない英雄──
「あら」
だが、その言葉を問いかけることは叶わない。
ラニが馬鹿げた行為に、見ているだけでもわかるほどに強烈なエネルギーを集め始めたのだ。
あれでは、本人も含めた決戦場の全てが融解してしまうのではないか……!?
「令呪を使ったみたいね」
キャスターの言う通りだ。
だが、それだけではありえない。
あれは、元からそう言う機能があった以外の答えはありえない。
画面の中で遠坂とランサーも構えを取る。
高まる力と力のぶつかり合い。
「次で決着がつくわね。あれだけの魔力なんだから、令呪の剥奪なんて待つまでもなく消滅するでしょう。勝者も、絶対に無事で済まないことを考えれば、これからの戦いがちょっと楽になりそうね」
そこまで言って、キャスターはこちらを向いた。
それはどこかつまらなさそうな、されどどこか期待をしているような、そんな如何とも形容し難い顔だった。
「まさかとは思うけど、あなたはあの二人を助けたいなんて言うの?」
いつの間にか、そんな表情をしていたのか。
しかし、今はそれよりも気になることがある。
キャスターの言葉の微妙なニュアンス。
救う手段なんてない。
そういう言い方ではなかった。
……何かあるのだろうか。
「……ええ、あるわよ。その左手に」
左手。
予選が終わって以来、今の今まで一度たりとて意識しなかったそれの名前は、令呪。
「あの場所が写っているってことは、この空間とあの決戦場はその
そう、それはそもそも不可能な話。
だが、令呪は不可能なことすらも可能にする三度限りの絶対命令権。
「もちろん、行って終わりじゃないわ。巻き込まれたらおしまいだもの。ここに戻るために令呪を使わなければならない可能性だってあるの」
それは令呪を……キャスターとの間の繋がりを示すものを不完全にするということ。
ただ、それでも……
「はあ……助けたいっていうのね。いいわ、それなら使いなさい。……全く、どうしていつも、私の王子様になれそうな人間っていうのは……」
融解の時は近い。
熟考しているような時間はない。
令呪を失ってでも、彼女を救う。
自分の意思を言葉にして命令を下すとキャスターは、不満の声も表情も見せることもなく、即座に動く。
ラニの心臓が爆弾としての機能を果たすまでの時間には一刻の猶予もないのだ。
全ての力は両足に。
繋がったことで、爆発しそうな滾りがこちらにまで伝わり、床がその熱にたわむ。
空間が歪み始める。
歪みが広がり、スクリーンを道へと変化させる。
瞬間、キャスターがその道を固定して跳ねた。
全ての世界が後方に流れ去り、急激な加速が視界を暗闇に染め上げ、失った令呪の熱だけが手のひらで疼く。
目を開ければそこは決戦場。
フライパンの上のような熱さを、ラニを中心として融解しだしたアリーナの大気中に放電する魔力の火花が作り出している。
「……!」
こちらの意図は伝わっていない。
それよりも自分がこの決戦場に現れたことへの驚愕の方が大きいのだろうか。
「頼む、キャスター!」
だから、誰かが何かを口にする前に、自分が口を開いた。
そしてキャスターは、新たなサーヴァントとマスターの出現に襲い来るラニのサーヴァント、バーサーカーの迎撃に移った。