二回掲示板で次の対戦相手を発表する。
そんな連絡が端末にやってきたのは遠坂とラニの激突の翌日だった。
四度目の通知。
それは、敵を倒すための七日間の始まりを告げる鐘。
この手はすでに三度、血に濡れている。
一度は自分がその手にかけたものではないが、死ななかったという事実そのものが自分が殺害しているのだということを示している。
──あんな、小さな子供の命まで奪って。
自分が生き残ってよかったのか?
その資格、その
慎二に関しては想像する他ない。
だが、そこまで的外れな想像ではないと思う。
彼はこの聖杯戦争をゲームだと思っていた。
そんな彼ならば、きっと死の間際に死ぬということが事実なのだと理解して思っていたことと現実の違いに叫んでいてもおかしくはない。
特に、自分のような最弱……彼のいうところの凡人と、戦いの場にすら上がることができずに死んだのだから。
ダン卿は、その真の思いがどこにあったにせよ、戦いに意義を見出し、覚悟を持ち、その結果を全て受け止めて果てていった。
ありすは──あの子は寂しかっただけだ。
寂しくて、遊び相手が欲しいだけの子供だった。
それらすべてを
ならば、この命には彼らの命に釣り合うだけの目的はあるのだろうか。
戦う目的すらも未だ見出せない自分にも、気がついていないだけでそれはあるのだろうか。
ただ──死にたくない、たったそれだけの願望で。
ダン卿は言った。
戦いに意味を見出して欲しい、と。
そんなものが自分に見つけられるのだろうか?
自分が誰なのかもわからない自分に。
そんなことを考えながら掲示板にたどり着く。
大きく書かれた自分の名前の横に書かれている次の対戦者の名前はランルー。
現れた次の対戦相手はハンバーガー店のチラシにいた陽気なマスコットのような姿で、されど陽気さとは程遠い 。
ぽっかりと開いた穴の奥から覗く双眸は蛇のようにぬらぬらと光り、じっとこちらを見つめていた。
「……オイシソウ」
次の対戦者はくぐもった声でそう呟くとその場を立ち去った。
未だレゾンデートルに悩む自分とは違って、あのどこか狂気的な瞳の持ち主ですらも理由は胸の内にあるのだろう。
その事実がひどく羨ましい。
自分は空っぽなのだ。
だから、自分の中を探してもその答えは見つからない。
──ああ、だからもしも、自分にも何か見つかるというのなら、それは。
自分の行動の結果たる、一人の少女の存在からだろうか。
そんな考えに至り、彼女の容体も気になったので保健室に向かうことにした。
「あんた、なんてことをしてくれたのよっ!」
開口一番怒られた。
唯一の救いは保健室の扉を閉めた後だったことか。
少なくとも、閉めた後ならば外に声が漏れることはないだろう。
「この聖杯戦争に参加している以上、私達は皆敵なのよ。なのに、なんで助けに来ちゃってるわけ?」
ご機嫌は斜めのようだが、どうやら怒り狂っている、というわけではなさそうだ。
これなら問答無用での殺害というのはありえないだろう。
ちょっとだけホッとした。
「私が死にそうだったから……なんて言わないでよね。十分に勝算はあったんだから。確かにラニの自爆は脅威だったけど、私のランサーならサーヴァントごとラニを止められたわ」
だいたい、と言って遠坂がこちらの左腕を掴んでくる。
そこには、確かに三画揃っていたはずの赤い紋様。
すでに一画分が光を失ったその輝きを目にして、遠坂はため息を吐いた。
「はあ……やっぱり使っちゃってる。まだ一画は残ってるみたいだけど、残りは二画。後一回しか使えないのよ。この後の戦い、どうするつもりよ!」
少し、笑ってしまいたくなる。
こんな状況で、文句を言いながらも、それでも彼女の口から出たのは自分に対する心配だ。
「何を笑ってるの。答えなさい。この後の戦いに残しておくべき令呪を使ってまで私を助けた理由を。あんたは私を蹴落としたんだから。せめて私が納得する程度の理由を答える義務があるわ」
だが、その笑いもすぐに消えることになる。
遠坂の本気の瞳がこちらを射抜く。
助けてほしい、などと一言も彼女は言わなかった以上、そしてキャスターが言ったあの真名が本当ならば、彼女には確かにあの状況をどうにかする手段はあったのだ。
ゆえに、彼女の今の状況は自分のエゴでしかない。
だからこそ、こちらは彼女が最低限納得できるだけの理由を上げなければならない。
「正直、あの時は何も考えてなかった」
「……でしょうね」
あの時、彼女を助けようと思ったその時の感情をしっかりと口にする他ない。
何もない自分が、あの瞬間だけは何も迷うことなく行動に移すことができたのだ。
後のことを考えていたなら、きっとためらっていたはずだ。
ならば、今考える時間を得て、あの行動をしたことは後悔に値する行為かと考えるとそういうわけでもない。
ただ、結局のところそれ以上にはならない。
答えを出せたのは六日目になってからだ。
何もない自分は、だからこそこの月の聖杯戦争で得たものが全てである。
自分のことを形作ったのは、この三回の戦いを行なった七日間と遠坂たちが戦いを行うまでの七日間だけだ。
それはつまり、普通ならきっと小さいだろう出来事も自分にとっては大きな意味を持つということで。
今の自分を形作るのは遠坂もきっと大きなピースなのだ、と。
だから、結局のところ自分にとって大事だから助けようと思った。
たったそれだけのこと。
だから後悔なんてするはずもないし、そして、それに気がつくまでにあまりにも時間がかかりすぎたとも思う。
そして同時に、これが自分なのだと誇れるものが得られた。
明確に、この命が自分だけのものではないのだという思いが、勝利への意思を高めてくれた。
だが、それは少し未来のこと。
一日目の時点では一切そんな答えは出せなかった。
だから彼女にも追い出されてしまった。
一日目、追い出されてしまった以上はいつも通りに携帯端末に通達が来てからアリーナで暗号鍵を探すしかない。
そのため、購買で魔術礼装を買ったり、アイテムを買ったり、あとはマイルームに戻って来たりなんかもしていた。
そして、その最中にラニと出会った。
あの一件のもう一人の張本人。
彼女にも何か言われたとしてもしょうがないことをしたと理解している。
だから、彼女の言葉を待っていたのだが──
「あなたは、何者ですか」
そんな、自分にも答えに困る、今の自分が探していることを尋ねられた。
無論、答えられるはずもない。
結果、彼女からは自分を知る手がかりになるかもしれない礼装をもらうことができた。
アリーナの”揺らぎ”から
「あら、今日はあのピエロがいるみたいね。これまでのサーヴァントとはちょっと違う気配もするし、気をつけたほうがいいかもしれないわ」
アリーナに入った直後、出現したキャスターがそんな言葉を呟いた。
ただ、どこか怒っているようにも見える。
「怒らないとでも思っていたの?」
すみません。
すぐに謝ってしまった。
残留魔力を探しに行ったら、すぐに帰って今日はキャスターのご機嫌とりに従事したほうがいいかもしれない。
……ただ、今のまま帰るのは危険かもしれない。
せめて相手が帰ったのを確認してからじゃないと、彼女が気をつけたほうがいいというのだから気をつけないといけないのだろう。
そう思ったのだが、世の中はそんなに甘くはない。
残留魔力を取得している間に、向こうから接触されることになってしまったのだ。
だが、運がいいのか悪いのか向こうはどうやら今日はこちらと戦うつもりはなかったようで、どうにか一日目は終えることができた。
そして、その残留魔力が一体何だったのか、それは翌日に知ることになった。
「え……」
ラニに持って行ったら、言われた言葉に呆然としてしまう。
使用者の脳に大きな負担をかける。
生身ならばフィードバックによって使用者の命にすら危険があるほどの。
そして、その事実が自分は普通の人間ではないのだということを示しているのだ、と。
二日目も遠坂に会いに行って、それからアリーナに行ったが、遠坂との会話で少しだけホッとした。
──あなたが私を満足させる答えを返す時を待ってあげるわ
その言葉で、許されたわけではなくとも焦る必要はないとわかったから。
何が一番ダメなのかと言われれば無論、彼女を助けた責任を果たせないこと。
ゆえに、すぐにでも返さなければと焦っていたのだが、答えを出さねばならないとはわかっていても、少しだけ猶予ができたのだ。
それに、少しだけホッとした。
だからだろうか。
二日目の探索は順調に進み、暗号鍵も取得には成功した。
敵とも会うことはなく、かなり順調な進み方だったと言える。
だが、順調なのはそこまでだった。
遠坂を待たせるわけにもいかないので、翌日には自分が持つ唯一の手がかり……『聖杯戦争の参加者』という立ち位置だけを頼りにして、これまでの戦いを思い出す。
思い出したのは慎二のこと。
その最期を看取ってやることすらできなかった”友人”のこと。
……自分は、そんな彼の友人を名乗るにふさわしいのだろうか?
「そんなことを悩む必要はないわ」
キャスターの声が聞こえた。
ああ、そうだ。
そんなことを考える必要はない。
……?
今、何を考えていたのだったか。
「思い出せないなら、大したことではないのでしょう」
そうかもしれない。
キャスターの言葉に頷いて、思考を戻す。
……確か、今日も遠坂に会いに行く予定だった気がする。
自分の心配なんて余計なことなのかもしれないのだが、彼女と会話をすれば、あるいは何か見つかるかもしれない。
そう思って会いに行けば──
「
キャスターが少し怖い笑顔でそんなことを呟いた。
本当に、そのレベルのツンデレだったのだと、少ししてから気がついた。
彼女が協力してくれることになった時の会話は、どう考えてもツンデレ特有のものだったのだと。
少しだけ気が楽になった状態でアリーナに向かえば、探索を終えたタイミングの敵主従と出会うことになった。
あわや、戦闘か──
そう身構えたが、相手には戦意はない様子。
そして──
「あのサーヴァント、あんな狂人っぽいことをしておいてどこかの神様を信仰しているみたいね。それも重度の」
そう、会話の中で確かに『信仰の加護』といったのだ。
はっきりとした証拠ではなくとも、相手の来歴にまつわる可能性はある。
もしかしたら、という程度の淡いものではあるが、あのサーヴァントはどこかの宗教に帰依した人物なのかもしれない。
少しだけ、記憶と同時に相手のサーヴァントの正体に近づいていっている。
そんな確信を得られた。
そして、その翌日。
遠坂からはこちらの対戦相手のサーヴァントについて調べることを提案された。
「あれは提案っていうよりも意見を強引に押し通そうとしているだけに見えたけれど……」
以前のような怖い笑みを浮かべて、キャスターはそんなことを呟いた。
今度は、一体どういう理由なのだろうか。
「ここにいたか、128人目のマスターよ」
ただ、アリーナに向かわないわけにはいかない。
ちょうど第二暗号鍵を生成したという連絡も来たので、そちらに足を向けようとしたところで言峰神父から声をかけられた。
「……何か?」
この人のことは少し苦手だ。
なんというか雰囲気が。
だが、監督役である以上、彼の言葉を無視するわけにもいかない。
そして、今回のそれも無視してはいけないものだった。
「趣向……?」
「ああ」
特別ルール。
猶予期間の四日目と五日目、対戦相手と
そして、何よりも無視してはいけない理由は、その報酬。
「この追加ルールだが、六日目、その勝者には対戦相手の戦闘データを一つ開示しようと思う」
つまり、相手の情報を手に入れられるチャンスだというわけだ。
それも、対戦相手との接触もなしに。
相手には、自分がどんな情報を手にしたのかまるでわからない。
その優位は、考えるまでもなかった。
「あの神父さん、結構面倒なことをするわね。賞品が戦闘データってなると参加しざるを得ないもの。……これは倒したエネミーの数を競うものだから、敵のマスターに関しては放置したほうがいいかもしれないわよ?」
キャスターの言葉通り。
ここで無駄にロスをするべきではない。
敵の場所に関してはアリーナのマップを見れば大体はわかる。
問題は、そこにたどり着くまでの通路に関してはそこまでわかっていないことなのだが。
それでもできる限りはランルーくんに会わないような通路を通って、こちらが四体倒したところで今日のハンティングは終了した。
「あら、このエリアの目的のエネミーは全部倒れちゃったみたいね。向こうも撤退したみたいだけど、今日はどうする?」
もちろん、まだ探索を続ける。
暗号鍵を取得しておかなければ、たとえハンティングで勝利したとしても何も意味をなさないのだから。
ただ、もしかしたら明後日に得られる情報が何か、相手のサーヴァントの正体に繋がるヒントになるかもしれない。
今日、相手のサーヴァントについて調べてくれている遠坂にもハンティングのことは伝えておかなければ。
──そう、思ったのだが。
「ミツケタ」
「お前は──!」
保健室にランルーくんがやって来た。
別にここに彼……彼女? がやってくるのは、ここがマイルームではないのだからおかしなことではない。
ただし、その瞳にわかりづらいながらも確かな戦意がなかったならば、という条件はつくのだが。
ペナルティを辞さないというわけではない。
ただ、この相手は何も考えていないだけだ。
「何をバカなことを言っているのかしら。ここは戦いの場ではないわ。どこもかしこも戦場だというならばともかく、今回はちゃんと戦う場を与えられているのだから、そっちでやりましょう」
そうだ。
ここはキャスターの言う通りアリーナへと移動しよう。
ユリウスや二回戦のアーチャーと言った例はあったが、さすがに三人も
ハンティングのこともあったので、相手を迎え撃つにふさわしい広い空間を探す中で狩りの対象となるエネミーたちを狩っていく。
キャスターだけならば転移魔術を連続すれば倒した数で負けることはないのだろうが、自分がここに来て足手まといとなってしまっている。
キャスターが別行動をしている隙にエネミーに襲われたらひとたまりもない。
そうしてたどり着いた場所で、また新しい情報を手に入れることに成功した。
──時空を超えてすら、我らを
ドラキュラ。
それは、とある英雄が愛用した通称のこと。
そして、それは怪物を示す場合の言葉として使った場合、高確率で
このサーヴァントが本当に吸血鬼ならばともかく、本当にただの英霊だったとするならばその真名は──
その考えがあっていたことは六日目に確定した。
五日目、相手と接触して遭遇戦を行なった後、相手は帰ってくれたのだが、相手がどれだけのエネミーを狩ったのかがわからなかったので、残ったエネミーを全て狩ることになったのだ。
それでもまだ不安は消えず、言峰神父と出会った時には緊張してしまった。
こちらの勝利を聞いてようやくほっとしたところで、彼から与えられた戦闘データは彼の槍の名前。
その名は
だからこそ、その真名についても理解できた。
「それで、明日の決戦はどうするつもり?」
その日の夜。
得られた戦闘データを確認する最中、そんな言葉をキャスターからかけられた。
相手の宝具について調べていることを彼女に説明している最中のことだった。
「あのランサーの宝具。基本的には戦いを生業としている英霊の天敵よね」
そして、彼の持つ中で宝具と呼ぶにふさわしいものは串刺し刑の具現だろう。
それは、おそらくはその由来から相手が持つ不義、堕落の罪に応じて痛みを増すという特性を持つと考えたほうがいい。
特に粛正の対象、『逃走』『不道徳』『暴力』を犯している相手ほど破壊力が増加するだろう。
それを前提とした場合、殺し合いによって英霊となった存在には破壊力が必ず上昇した状態で放たれるということ。
そして何より、ここでそんなことを口にしたということは、彼女もそれらの対象に当てはまるということなのだろうか。
魔術師、というクラスはどちらかといえば直接的に相手を傷つけるような存在ではないと思うのだが。
特に彼女のような、おそらくは神代の魔術師と思わしき存在ほど、特別『誰かを害した』という逸話は少なく思う。
どちらかといえば、魔術の成果によって名を残しているような、そんな存在だと思っていたのだが、違うのだろうか?
「ええ、そうね」
私自身、自覚はないのだけれど、と前置きをして。
「ムーンセル曰く、私は反英霊らしいわ。恋のために全力を尽くしただけだっていうのにね」
……それはつまり、恋は盲目ということなのだろうか。
少女がどこかずれているのは感じていたが、それでも日常生活すらも崩れるレベルのものではないのだと思っていたのだが。
反英霊になれるレベルのやらかし、と考えると結構酷いものだったのかもしれない。
「さあ、その辺りは私にはよくわからないわ。あれぐらいの犠牲なら……いいえ、多分国を一つ潰してでも、好きな人のために尽くせるって嬉しいものではないかしら」
……どうなのだろうか。
そこまで人を好きになったことがないから、よくわからない。
あるいは、記憶を失う前の自分ならば、とも思うのだが、今記憶はないのだ。
それは嬉しいことなのだ、などと答えられるはずもない。
ただ、一つだけ答えられることがあるのなら──
「普通の感性を持つ人だったら、そこまでされたら何か思うんじゃないかとは思うよ。もしかしたらそこまでしてもらえるほどに愛してもらっているのを嬉しく思うのかもしれないし、逆に自分のせいでやらなくていい犯罪をさせてしまったって悩むかもしれない」
「……そう」
ただ、彼女の想い人が一体どういう人物だったのかはわからないからなんともいえないが。
そこまで口にしたところで彼女は沈黙して、マイルームの中を居心地の悪い空気が満たす。
けれど翌朝には普通に戻っていて。
そして、決戦の時がやってきた。
別に愛歌ちゃん様にあの時のプーサーの気持ちがわかったりしません。「あの時何を考えてたのかしら」とか思っても、答えにたどり着くことはないです。たどり着いたら……