──精神に、人格に異常をきたす程高ランクの『信仰の加護』
──彼自身が言及した『怪物』を示す単語としての『
──そして、言峰の趣向によって得られた戦闘情報こと相手の武器の名前、『
ここまで揃ってしまえばもう迷うことはない。
彼こそは吸血鬼伝説の大元。
人狼を起源とする怪物伝説ながらも、小説家ブラム・ストーカーによって
そんな怪物たちの代名詞、モデルとなった存在。
だが、だからこそ負けるはずがない。
彼は人間をやめた怪物であり、こちらはそんな怪物を退治して民に安寧をもたらす、ある意味では彼らの天敵となる英雄を駆るマスターなのだから。
その怪物性を確かめている今だからこそ、強くそう思う。
決戦場に足を踏み入れて、彼らの会話を眺めている今だからこそ。
「ふうん。あなたとは相容れそうにないわね」
「然り。獣の女、恋に全てを投げ打った女よ。我が神は貴様を許さぬ。我が槍をもって煉獄に落ちるがいい!」
珍しく、キャスターが相手に一言だけ漏らして。
それを合図に闘争が始まる。
「
「
初手はどちらも動くことはなく。
周囲の
そして、ランサーが飛び出す。
飛び出したランサーの血濡れた槍をキャスターの魔術によって生み出されたサーヴァントすら殺傷せしめる漆黒の影が受け止める。
美しい顔を少し歪めて少女が転移を行えば、その直後に彼女がいた場所が影を粉砕してランサーの槍によって薙ぎ払われた。
転移したキャスターはどこに、なんて考えるまでもない。
その姿は、薙ぎ払いを放ち槍を構え直そうとするランサーの懐に──!
「ぬぅっ!」
「固いわね」
長柄ゆえに懐にまで潜り込まれれば為す術はない。
特に、ランサーのクラスにありながらも槍に関わる逸話を持たないヴラド三世では。
そしてそれはゼロ距離での魔術の炸裂を彼が受けることを意味する。
その衝撃に踏鞴を踏んだランサーだが、鎧にはダメージはあれど本人にはダメージが通っているようには見えない。
彼の所有スキルである『信仰の加護』によるものだ。
精神と肉体の絶対性を保証するスキルは、だからこそ目に見えるような不調は表さない。
鎧ごと腹をぶち抜くなんてことができたならあるいは話は別かもしれないが、少なくとも今の一撃では何もわからない。
攻撃を叩き込んだ時点でキャスターは顔をしかめてすでに転移の術式を紡いでいた。
ランサーがその細身の体を突こうとしたが、それは虚空を貫くにとどまった。
「今まで戦った中で一番固いんじゃないかしら? あのホムンクルスのバーサーカーはこれよりも硬かったけれど、あれは凌げばいいだけだったし」
こちらに戻ってきたキャスターがそんなことを呟く。
そんなことを言いながらもその耐久には一切頓着していないようだ。
何か、貫く手段でもあるのだろうか。
「こういうタイプは多少の損傷だったら普通に攻め込んでくるから──」
とん、とつま先で地面を蹴った。
軽く、踊るように。
そしてそれと同時に──
「重たいのを連発したほうがいいのよ」
世界が揺れた。
キャスターが二つ目に手にしたスキル。
今の今まで一度たりとて解禁したことのないスキルをこの場で解禁して、これまでも散々披露した紅蓮の炎を放つ。
「この、程度でっ!」
地面をその手に持った槍で叩き、反動で飛び上がるランサー。
空間すらも揺らすキャスターのスキルで身動きがまともに取れない中、槍で払うことも難しい劫火への対処の方法としてはあまりにも正しい。
だが、それはキャスターの魔術がそれで終わりの場合。
白魚のように美しい指を踊らせて、少女は新たな
「どーん」
くすくすと笑って少女が完成させたのは三回戦の時の魔術の連撃を、より繊細に、より強靭に、より上位の魔術に仕立て上げたもの。
「ぬ、おおおおおおっ!」
ランサーはそれを視認して、視認できない分に関しては直感で、英霊と呼ばれるヴラド三世の武人としての側面が故に持つ戦闘経験を元にして、危険度の高いもの……鎧を貫きうるものから順に槍で薙ぎ、払い、突き、粉砕していき、衝撃が中に伝わるだろうものに関してやブラフのそこまで威力のないものに関しては鎧で受けて無理矢理に耐える。
滞空時間はそこまで長くはないはずなのに、たった数秒程度の連続攻撃がもたらした破砕はあまりにも大きい。
それでもその数秒の嵐の脅威を思えば、あまりにも被害は小さかった。
「不義不徳の奴腹め。その罪、”粛清の儀”にて禊ぐがいい」
次の一手は、あまりにも衝撃だった。
ランサーがその損傷に見合わず、これまでの言動に比べてあまりにも静かな声で自らに槍を突き刺した。
自傷行為など、この月の聖杯戦争で無意味に行われるはずがない。
その一手は必ず何かの意味があるはずなのだと、それが何かを判断して対処するのが自分なのだと必死に目を凝らしていたから、気がついた。
「キャスター!」
「ええ、わかってるわ」
鎧が破損し、羽織った血濡れのマントもボロボロになったヴラド三世は、さらに己の体に槍を突き刺しても今もなお通常時と同じように動いている。
そして、腹部に突き刺さった槍に彼の流した血が纏わり付き、徐々に魔力を高めていく。
体液には魔力が多く含まれているために、サーヴァントの血を吸った武器がどれほどの神秘を吸収したのかなんて考えるまでもない。
ランサーは、そのさらなる力を手にした槍をキャスターに向ける。
けれど、槍という攻撃方法を考えれば突き刺すか薙ぎ払うか、どちらにせよ接触しなければならない。
転移魔術がある以上それは簡単ではないと思っていたのだが──
「え……?」
槍の穂先が向けられた瞬間、キャスターのいた座標が炸裂した。
土煙が上がり、少女の姿が掻き消される。
彼女が直撃したのかどうかがわからない。
転移魔術があるからこそ、当たったのかどうかわからない。
「ぬん!」
「あら、どうしてわかったのかしら?」
「穢らわしい獣の匂いがしているからな!」
だから、こうして彼女の声がランサーの背後から聞こえた瞬間にほっとして。
土煙が完全に晴れて少女の姿が見えた時、もう一度驚きの声が漏れた。
キャスターに対する迎撃として振るわれた槍を少女がどうにかする手段は二つ。
先ほどまでのように転移で避けるか、あるいは魔術で迎撃するかだ。
「それにしても、魔術師が俺に接近戦とはな」
ただ、自分の知る中には──
「最近の魔術師は魔術以外にも武術ができないとダメらしいわよ」
彼女がそれほどの──
彼女が普段使いする影の触手と同色の、影を固めたかのような剣。
彼女が握る一本に加えて周囲に浮かぶ八つの剣。
魔術で作ったらしき周囲の八本は別にいいのだが、槍を受け止めているキャスター自身が握った剣は話が別だ。
少なくとも、これまでの彼女の動きと敵対してきたサーヴァントの動きを見比べても『戦闘を生業とする者』らしき動きはなかったはず。
それなのになぜか少女は、武で名を残したわけではないとはいえ、英霊の攻撃を凌ぎ続けることができている。
八本の剣の援護を受けながら、ランサーの攻撃を凌ぎ続けていたその姿は、あまりにも異質だった。
──無論、そこにはちょっとしたペテンがある。
後で聞いた話だと、この戦いでキャスターが最初に使った『根源接続』というスキル。
あれはわかりやすく言えば『なんでもできる』ことが売りのスキルらしい。
彼女は生前、根源に常に接続していたらしいのだが、サーヴァントとして召喚されるにあたり、無条件に使えた場合『相手の真名を常に調べる必要もなくわかってしまう』『相手のサーヴァントに対してあらゆる特攻を用意できる』という事実から『聖杯戦争の根底を崩しかねない』という事実があり、制限がムーンセルによってかけられている、ということ。
けれど、それを潰してしまえば少女の戦闘能力はそのほとんどが使用できなくなる。
よって、基本的には『
このスキルは一時的にその制限を一部取っ払うらしい。
さすがになんでもできるように、とまではいかないが。
それでも、他の英霊と打ち合えるほどの剣技をその身に
技術だけがあっても体がついてこないのでは意味がないので、それを使用する場合は常に体を強化しておく必要があるらしいが。
未来視や、あるいは因果の改変などの力は許されなくとも、その力はあまりにも強大で。
少なくとも、ランサーの意表をつくということには成功していた。
「ぬうっ……猪口才な!」
槍を向けながら”粛清の儀”とやらが空間に炸裂していく。
薙ぎ払えばその軌道に沿って魔力による空間侵食が起こり、ねじれ、空間そのものにダメージを与えていく。
されどキャスターは転移魔術を駆使した上で、宙に浮いた八本の剣と手に持った一本の剣でその槍の向きを反らしながら炸裂する攻撃を全てかわしている。
ランサーの血を浴びてその攻撃を放っている以上、その血の魔力が途切れた瞬間に”粛清の儀”の再度の発動にはもう一度突き刺す必要があるのだろうが、それでも先ほど浴びた血の量は半端なものではない。
それでも動きが鈍らないのは、あのスキルの発動にもおそらくは使われているのだろう『信仰の加護』。
確実に霊核を穿たぬ限り、彼は止まることはないだろう。
「やっぱり、私にはこっちの方が合ってるわね」
そんなことを呟きながら、キャスターは八本の剣を構成する影を解き、普段使いの影の触手に変えてランサーに向けて襲い掛からせる。
そこにはよくよく見てみれば影にわずかに凹んでいる部分があって。
普段のそれとは違う、紋様のようなそれを刻まれた触手群は常のそれとはどこか違う様子を見せてランサーの肉体を貫こうとする。
それと同時にキャスターがその翠のフリルドレスのスカートをふわりと揺らして、手に持っていた剣を、柄の部分を腰のひねりも加えて殴ることで、その部分で爆発を起こして打ち出した。
それは、先ほどまでの動きとはまるで違う。
魔術そのものを攻撃方法に最初から組み込んでいる英雄の一撃を再現している。
とはいえ、模倣は模倣。
相手の虚をつくことには成功してもそこまでのダメージを望むことはできない。
「この、程度!」
ランサーの血濡れの槍がその影の剣を粉砕して、ついにキャスターの手元から武器が消える。
代わりに、左手に劫火を、右手に吹雪を携えて少女は背後に転移した。
槍が少女の肉を貫くにはわずかに時間が足りない。
少女の美しい体が血に彩られるよりも先に、必ず二つの破壊はランサーの血肉を消滅させる。
そのはずだったのだが──
「粛清は未だ終わっていない!」
「きゃ……!?」
触れるよりも先に炸裂する魔力。
意表を突かれたという様子で、キャスターが転移するよりも先に彼女の体を傷つける。
わずかに覗いた肌には深い裂傷が刻まれ、次の行動が行われるよりも先に転移したキャスターに
そうして、わずかに距離が開いたタイミングでランサーに視線を戻せば、魔力の猛りを感じた。
──宝具。
「妻よ! これなる生贄の血潮をもってその喉を潤したまえ!」
思った時にはもう遅い。
ランサーの槍が重力に逆らって空中に浮かんで行く。
周囲にも魔力は充溢し、地面が励起する。
転移を行い空中に飛び、飛行魔術でその位置を維持するキャスター。
「”
その励起した魔力から生まれたのは、全て彼が成した串刺し刑。
大小様々な刃が本来ならば敵の動きを封じるのだろうが、今この時に至ってはそれは成されなかった。
地面から屹立する巨大な刃がヴラド三世の代名詞である串刺し刑を実行しようとするが、キャスターは転移を繰り返しながらその刃をかわし続ける。
「これで終わりね。久しぶりに痛かったもの。ちゃんとお礼はさせてもらうわ」
そして、徐々に刃が追いつかなくなる中でキャスターは背後に出現する。
その手には先ほどの焼き直しのように吹雪と劫火が。
それを叩き付けようとした瞬間──
「もう、それは見切っている」
武人としての戦闘経験。
先ほどまでのキャスターの動き。
そして直感。
それらによって彼女が背後に出現することを読んでいたランサーの槍が、空中からキャスターに向けて飛んできて突き刺さり──
「ええ、そろそろ見切ると思っていたわ」
ランサーの目の前に、無傷のキャスターが出現した。
手には二つ、背後のキャスターと同じ魔術を顕現させていて。
目を見開いたランサーは背後の、槍が突き刺さったキャスターに視線を向ければ、それはポロポロと崩れ落ちて行く偽物。
そして。
「これで終わりよ」
キャスターの魔術がランサーの肉を抉り、その霊核を撃ち抜いていた。
そのままの体勢でしばらくの間ランサーは固まり、そしてぐらりと傾いた。
鋭さを失った双眸からは、血の色をした涙が滴り落ちている。
「……不覚。獣をその身に飼う女よ。眼前にしながらもその首を貫くことができぬとは。だが、これも良しか。我が最愛の妻に、貴様の狂気の血を飲ませるほど、俺も悪魔にはなりきれぬ」
そして、その言葉を残したランサーは、敗北を認めたことで近くにいたキャスターとの間に絶対に超えることを許されない炎の壁の存在を視認している。
「
身体中からの流血によって生まれた血だまりに崩れ落ちた狂気のサーヴァントは、それでも不敵な笑みさえも浮かべながら囁く。
「アレ? ランサー、シンジャウ、ノ?」
そこに近づけるのは彼のマスターであるランルーくんのみ。
勝者である自分に、敗者である彼らに近づくことは許されない。
「ナラ、タベナイト。哀シイケド。トッテモ哀シイケド、食べナイ、ト──」
彼女の言葉は狂気に満ちている。
けれど、ランサーの『俺にのみ』という言葉が真実ならば、彼女はきっと──
「いえ、それには及びません。この身は貴女に愛される資格などない。怪物はこのまま地の底へ」
そして、それを裏付けるようにランサーの言葉が紡がれる。
「……ふふ、食べる食べると望みながら、その実、倒した相手を一口も口にしなかった哀しい女よ」
ランルーくんは、あの狂気の中にありながらそれでもまだ人間だった。
自らの生命より守るべきもの。
愛するものを侵す、という行為を、今際の際であるこの瞬間もなお行なっていない。
「その魂には未だ救いの余地があるのです。はは……故に、あなたは煉獄へ。我が体は地獄に落ちるが定め」
それではしばしのお暇をいただこう。
そう言って、血に溶けていくようにしてランサーは消え去った。
マスターであるピエロはそれをぼんやりと見つめた後、ぽっかりと開いた大きな瞳でこちらに視線を戻した。
獲物に注ぐ視線なのか、愛しい者を見つめる眼差しなのか──
それは付き合いが短い自分には判断などできるはずもない。
もしかしたら彼女にとってはその二つは同じことなのかもしれないけれど。
仮面に覆われたその真意は分かりはしない。
サーヴァントの残した血だまりの中、ピエロは手足をばたつかせる。
それは苦しみにもがいているというよりは、駄々っ子のようで──
壊れたおもちゃのように手足を振り回し、言葉を吐き続けているランルーくん。
ランルーくんはこれまでのように狂気に満ちた、けれどランサーの言葉を聞いた後ならばわずかに狂人とは思い難い『愛してあげられるのに』なんて言葉を吐いて。
唐突にその姿を消した。
敗者の定めとして消失したのだ。
まるで誰かがテレビの
それは狂ったピエロにはよく似合う、けれど正気を残している人間ならば惨さすら感じる最期だった。
そして、四回戦は終わる。
ファニーヴァンプなアルクェイドと行く聖杯戦争はどこ……ここ……?
実はフランシスコなザビエルに気がつかなかったのは「白野がそれを書いた」というのを根源から見れていなかったからだったり。