月の聖杯戦争RTA   作:ぴんころ

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なんかいつもよりも短くなったので初投稿です


裏話その5

 第二回戦を終えた翌日、携帯端末にまた次の戦いのゴングが鳴り響いた。

 無機質に次の殺し合いを求める電子音に重たくなる体を動かして掲示板の元にまで向かう。

 そのために一歩、二階の廊下に足を踏み出した時のことだった。

 

 ──突然、背筋が総毛立った。

 

 奇妙な悪寒。

 正体はわからずとも、これが良くないものだというのは考えるまでもなく明らか。

 サーヴァントを呼ぶ間も、自ら構える暇も与えられることはなく、正体不明ながらも圧倒的な力によって勢いよく後方へと──校舎の壁へと向けて跳ね飛ばされる。

 ぶつかる、そう思って痛みをこらえようとしたが、いつまで経っても壁にぶつかった感覚はなく、その代わりに周囲の風景が見覚えのない場所へと変わっていた。

 

 

「ここは……決戦場……?」

 

 

 事態が急変しすぎて思考が追いつかない。

 けれど、見覚えがないはずの場所はよく見てみればどこか決戦場に似た要素を持っている。

 海の底のような空気、何処と無く暗く沈んだ雰囲気は、人がいない決戦場に、細部(ディティール)は違えど似ている。

 おそらくはキャスターが普段から使用する転移魔術と同質のそれ、けれどこれは不正規(イレギュラー)な手段を以って運ばれたのだと、そう理解した。

 

 ここの構造(システム)がもしも闘技場のそれなのだとしたら、ここには敵がいるはずだ。

 

 そのことに思い至った瞬間、意識が凍りついた。

 緊張で息が詰まる。

 感じる殺気はまるで人間のものとは思えない代物で、これは怪物なのだと言われた方が納得できるような殺意の塊だった。

 息がつまるほどの緊張をもたらすその殺意の根源に、視線を向ける。

 

 

「脆弱にも程がある。魔術師とはいえ、ここまで非力では木偶にも劣ろう。鵜をくびりころすのも飽きた。多少の手ごたえが欲しいところだが……」

 

 

 そこに立っていたのは、一人の男だった。

 濃密な殺意の量に似合わず、形は人間のもの。

 されど疑う余地などどこにもありはしない。

 彼はサーヴァントであり、その五体こそがただの一度で自分を十度は殺して余りある凶器なのだと──!

 

 燃えるような衣装に身を包んだ鋭い目つきをした偉丈夫は、まさしく”死”そのもの。

 伝え聞いていただけの単語でしかない暗殺者(アサシン)というクラスが頭をよぎる。

 一瞬でも目を離せばそこでやられる、そう確信したところで──

 

 

「小僧、お主はどうかな?」

 

 

 来る──そう確信した時にはもう遅かった。

 キャスターが放つ無数の影はその肉体を捉えること能わず、ただ魔拳を前に砕け散る。

 ここはセラフが未だ感知していない戦いの場、マスターという枷があってはキャスターの全力の破壊をもたらすことができない。

 

 

 ──だから、キャスターはそもそも戦うことを放棄した。

 

 

 軽い浮遊感の後、気がつけば、先ほどまでいた場所に戻っていた。

 初めて経験したが、おそらくはキャスターがよく使う転移魔術だろう。

 彼女が普段使っているそれは、光の速度である擬似霊子で万物が構成される電脳空間においてであれば光速行動が可能となるので転移のようなことも可能となる魔術師(ウィザード)とは違って、世界に神秘が満ちていた頃の転移魔術。

 それを難なく扱える時点で、他人に対してかけられないなんて考える方が間違っている。

 

 あの達人を相手に今の状況で戦うのは間違いなのだと自分の全てが叫んでいたから、それは何も間違いなどではない。

 

 だが、先ほどの魔の闘技場を抜け出したからと言って安堵などしていられない。

 今もまだ異常は続いている。

 校舎に変わりはなくとも、廊下に漂う異常は明確に、先ほどのいろんなマスターを殺していたサーヴァントとは違う、自分だけを狙う鋭い殺気がそこにはあった。

 日常の中に潜む異常、これを危険と言わずに何を危険というのか。

 視線を移した廊下の先、そこには幽鬼と呼ぶ他ない男が立っていた。

 

 

「……その実力で、どうやって生き延びた?」

 

 

 音もなく数メートル先に現れたのは、予選の時に異彩を放っていた教師。

 烏のごとき漆黒のコートを羽織り、顔にかかる長い髪の下から、刺し貫くような視線をこちらに向けている。

 葛木と呼ばれていた男の凍てつくような気配は予選の時から何一つとして変わることはない。

 ここに至って疑う余地など存在しない。

 ──彼は、マスターだ。

 

 

「ただの雑魚かと思ったが、上級のサーヴァントを引き当てたか、それとも爪を隠した腕利きか。どちらにせよ、あの魔拳から生き延びたのだ」

 

 

 男の纏う気配が変わる。

 辺りに放たれていた強烈な殺気が怜悧な刃物のように研ぎ澄まされて、一点に向けられる。

 

 

「ここで始末するに越したことはない」

 

 

 向いた先は、こちらの首。

 汗が頬を伝って床に落ちる。

 逃げなければならないとわかっているのに、体がまるで動かない。

 男が一歩足を踏み出したその時──

 

 

「ふうん。やっぱりあなたがマスターを殺して回っている”放課後の殺人鬼”だったのね」

 

 

 その足を静止させたのは、一人の少女の声。

 このような状況に誘い込むことを考えれば、まず間違いなく標的以外からの邪魔が入らないようにしているだろうにもかかわらず、教室から現れたのは赤い服の少女。

 

 

「……遠坂凛か」

 

「あら、私のことはご存知なのね。さすが世界に誇るハーウェイ財閥の情報網。それとも、あなたの耳に入るぐらい派手にやりすぎたかしら。ねえ? 西欧財閥における叛乱分子対策の大元──ユリウス・ベルキスク・ハーウェイさん?」

 

 

 ユリウスと呼ばれた葛木は、薄い唇を歪めてかすかに笑う。

 その姿に見覚えがあったのはユリウスだけではない。

 この聖杯戦争における優勝候補筆頭はレオではあるが、それは別にレオ以外に優勝候補がいないというわけではない。

 そんな、優勝候補にのし上がれるほどに優秀な、赤い服が印象的な魔術師の名前は遠坂凛。

 

 

「……敵を助けるとは、随分と気が多いな。この男を味方に引き入れるつもりか?」

 

「まさか。そいつは私の仕事とは無関係よ。殺したいなら勝手にしたら?」

 

 

 叛乱分子対策の大元という遠坂の言葉が本当であれば、彼女とユリウスは因縁浅からぬ仲ということ。

 敵の敵は味方という理論でユリウスを撃退することも可能かもしれない。

 静かな敵意と、確かな殺意がこの廊下に満ち満ちて──

 

 

「……テロ屋め。その隙に後ろから刺されるのではたまらんな」

 

 

 ──ユリウスが、戦闘態勢を解除した。

 

 唇の端に皮肉な笑みを浮かべたまま、ユリウスはゆっくりと廊下の壁に向かって後ずさる。

 遠坂に向けられていた凍てつくような視線が、こちらに向き直る。

 

 

「……確か、岸波と言ったな」

 

 

 ただし、それはあまりにも最悪な宣言。

 貴様を標的として認識したぞ、という宣告。

 ただの有象無象として殺戮する相手のことなど気にも留めていなかった自分を、注意すべき相手として認識したということ。

 元からなかった油断に、彼はこちらを固有の人間として判断したことで慢心すら消えた。

 遠坂やラニと同じように、叩き潰すべきものとして見据えている。

 

 

「……覚えておこう」

 

 

 殺意のこもった瞳をこちらに見据えたまま、ユリウスは壁に溶け込むようにして消えていった。

 

 管理者側(システム)のキャラクタープロフィールをハッキングしていた。

 そんな反則(ルールブレイク)を平気でやってくるような相手。

 ここからの聖杯戦争はさらに過酷になる。

 彼自身にも個人としての聖杯戦争があるにも関わらず、こんなことをしている余裕があるということは、これからの戦いでは対戦相手ではないからといって、ユリウスが殺しに来ないと思わないほうがいいだろう。

 

 気がつけば、遠坂もいなくなっていた。

 礼すらも言えなかったのが残念だが、今は三回戦の対戦相手を確かめに行かなければ……。

 

 

 

 

 

 

3.disillusion/coma baby

 

 

死を悼め。

 

 

失ったものへの追悼は恥ずべきものではない。

 

 

死は不可避であり、

 

 

争いがそれを助長するのなら、

 

 

死を悼み、戦いを憎み。

 

 

死を認め、戦いを治めるがいい。

 

 

64人→32人

 

 

 

 

 

 三回戦の対戦相手、掲示板に書かれていたのは少女の名前。

 ありすという少女。

 もはや幼女と呼んだほうが正しいような見た目であるにも関わらずこの三回戦まで勝ち残ってきたこと。

 その才能を今日、確かに味わった。

 ありすの鬼ごっこに付き合う形で行われたアリーナ探索。

 そこで二人に増えたありす(マスター)と、バーサーカーと呼ぶにふさわしい化け物(サーヴァント)

 ……あのサーヴァントをどうにかしないことには、暗号鍵を取得することができない。

 ならばどうするべきかというと……

 

 

「やっぱり、明日も”遊んで”あげるというのが一番の近道なんでしょうね」

 

 

 キャスターの言う通りだろう。

 サーヴァントとはすなわち英霊……つまり必ずその人生に終わりを迎えているのだ。

 ”無敵”の英雄なんて存在しない。

 必ず、最後には弱点を突かれるか、それとも自分よりも強大な英雄に殺されて幕を閉じる。

 アキレウスの踵のように、あるいはジークフリートの背中のように。

 無敵性の裏には、それを裏付けるための弱点が存在する。

 

 ならば、あの幼い少女からその弱点を聞き出すと言うのが一番の近道。

 

 

「ただ、あれはサーヴァントではないわ」

 

「え……?」

 

 

 あれほどの規格外の力を持つ化け物が?

 キャスターの言葉に、思わず言葉を失う。

 アリーナすらも耐えられないというように鳴動させる化け物。

 ムーンセルが作り出した、サーヴァントが暴れることを前提とした空間ですら耐えきれないような代物。

 なるほど、確かにムーンセルによって召喚される”サーヴァント”という規格には収まりきらないそれは、確かにサーヴァントではないのかもしれない。

 ただ、それでもなぜ言い切れるのだろうか。

 

 

「逃げるためにちょっとだけ戦ったじゃない。あの時、警告は鳴り響いていなかったんだから、サーヴァントではないわよ」

 

「……なるほど」

 

 

 だが、そうなると──

 

 

「なら何かって? そんなの決まってるじゃない。あれは『サーヴァントによって呼び出された存在』よ。伝承の中の怪物を呼び出すというのは、そこまで難しいことではないわ。他のクラスなら自分に密接に結びついた存在を宝具として持ち込むのが限度かもしれないけれど──」

 

魔術師(キャスター)なら、話は別」

 

「よくできました」

 

 

 柔らかい笑みを浮かべてこちらの頭を撫でるキャスター。

 自分よりも年下に見える少女に頭を撫でられるのはちょっと気恥ずかしい。

 

 だが、彼女の言っていることは基本的には全て間違っていない。

 今回の対戦相手は慎二とは違う意味で情報の大事さをわかっていないだろうから、多分遊んでいれば教えてくれるだろう。

 

 そして、実際その通りだった。

 翌日、かくれんぼと称して学校中を探し回った結果、ありすは『ヴォーパルの剣』があの怪物を打倒するには必要なのだと、そう言った。

 

 

「なら、答えは簡単ね」

 

 

 キャスターの言葉に頷く。

 『ヴォーパルの剣』が一体何に出現するかは、考えるまでもない。

 あの怪物の真名はジャバウォック。

 

 ただ、ここでもう一つ問題が。

 ヴォーパルの剣をどうやって手に入れるのか。

 それに関しても、解決策はキャスターからもたらされた。

 

 

「必要なのはこれね」

 

 

 キャスターが、気がつけば作り上げていた。

 普段とは違う錬金術の分野にまで精通しているとなると、この少女は一体どういう英霊なのか余計にわからなくなる。

 気にならないはずがない。

 けれど、聞いてはいけないとも思う。

 彼女が教えるつもりがないのなら、こちらが勝手に調べるのはともかくとして、向こうに聞こうとするのは間違っていると思うのだ。

 

 彼女の錬金術の腕前が天才の域にまで達していることはその日のうちにわかった。

 ヴォーパルの剣が、自分が思っていた以上の効果を発揮したからだ。

 影の一撃で殺傷せしめるレベルにまで弱体化したという事実が、少女の錬金術の腕前をはっきりと表していた。

 

 ただ、相手もさるもの。

 三回戦まで勝ち残ったのは伊達ではないということは、その翌日に理解させられた。

 

 

 ──固有結界。

 

 

 魔術の秘奥。

 最も魔法に近いとされる魔術の一種。

 それを、アリーナ全体に長時間にわたって展開された。

 その固有結界の真名を”名無しの森”。

 ただそこに存在するだけで名前を忘れ、自己を定義するものを失い、最後には自らの存在そのものが消えてしまうという恐ろしい代物。

 けれどそんな固有結界にも弱点は存在した。

 三日目の時点でアリーナ第二層に配置されていた、おそらくは固有結界に関わる断片。

 

 

 ──あなたの名前はなあに?

 

 

 そんな、固有結界の外では普通に答えられる、けれど固有結界の中では非常に困難となる質問。

 それに対しての対策をくれたのは遠坂凛。

 『手のひらに自分の名前を書いておく』なんていうわかりやすい対策とともにアリーナに向かって──

 

 

「さあ、マスター。あなたの手のひらに書いてある文字はなんて読むの?」

 

「フランシスコ……ザビ──」

 

「ちょっと待ちなさい。一体何を書いているの!? なんで全く関係ないそんなものを書いたの!」

 

 

 ──読み上げようとしたら怒られた。

 

 ただ、その時の自分でもこのフランシスコな方の文字列ではないだろう、とはわかった。

 書いた時の自分の心境はわからなかったが。

 とりあえず、このフランシスコな言葉の下に書いてあるもっと控えめな単語を口にしてみよう。

 

 

「……岸波、白野……」

 

 

 瞬間、世界が崩壊した。

 通常のアリーナが戻ってきた。

 そしてそれに伴い、自分の状況を思い出す。

 だが、今回の戦いにおいては得られた情報はここまでだった。

 ここまでに得られた情報だけで、その真名を推理する必要がある。

 六日目はありすを見つけることができずに、アリーナでただ魔力リソースを稼ぐだけになってしまった。

 

 だから、情報が完全には集まっていない状態で戦いに赴く必要があった。

 相手の実力はおそらく自分よりも上。

 あれほどの大魔術を息をするようにポンポンと使用することができるその豊富な魔力についての疑問も結局解けずじまいなままだが、どうにかして活路を切り開くしかない。

 

 

「行こう、キャスター」

 

 

 キャスターに声をかけて七日目の決戦場へと足を運んだ。


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