頑張ります。
フィオナ視点
「それでは、特別ゲストの―――リンクス、『ゼン』君!!お入り下さい!」
やはりと言うべきか、フィオナの嫌な予感は的中した。そして疑問に思う。
どうやってこの男の居場所を、それこそ名前まで突き止めたのか、と。
そう。フィオナがマーシュに教えたのはゼンの機体がある場所のみなのだ。本人については居場所はおろか、名前などの情報は一片たりとも与えていない……
が、そこまで考えたところで彼女は思考を放棄した。
何故ならこのアブ・マーシュと言う男は本当に何の前触れもなく、突如行動を起こすのだ。
ラインアークを訪れて暫くしない頃、初めてフィオナと「彼」がマーシュに会った時もそうであった。フィオナ達に対面するなり、開口一番にマーシュはこう言ったのだ。
『僕の作るネクスト機に乗ってみないかい!?』
まさか「初めまして」の挨拶や自己紹介の前にそんな事を言われるとは……その時の衝撃をフィオナは一生忘れる事は無いだろう。そして聞くところによると、なんとこの男はアスピナ機関所属のアブ・マーシュだと言うのだ。
仕事はどうした。それに、そんなにホイホイ所属先から抜け出して来ても良いのか。その様な主旨をなるたけオブラートに包んでマーシュに聞いたところ
『僕の担当の仕事はとっくに終わって暇だったんだよね。で、最近ラインアークにジョシュア君の戦友が訪れたらしいって話を思い出したんだ。…以前から、会って色々話しをしてみたいとも思っていたしねぇ。思い立ったが吉日!という訳でちょっとイキナリだけど訪問する事にしたんだ』
こう返された。そして。
『あ、ちなみに外出許可とかはとってないけど多分大丈夫!』
とも。フィオナの聞く限りだと大丈夫な要素が見当たらないのだが。
初代ホワイト・グリントの機体構成を考えた人物であり、天才アーキテクトと呼ばれる男。そんな人物がまさかこの様な変わり者だとは、夢にも思ってみなかった。
――――ガチャリ。
フィオナが思い出にすらあきれ返っていたその時、会議室の扉がついに開いた。
どうやら、問題の人物が来てしまったらしい。しかしこうなってしまった以上、成るようにしか成らない訳であるし……後は、アブ・マーシュが何もしでかさない様に祈るしかない。
「……」
かくしてそこから入ってきた男はと言うと……この辺りではあまり見ない黒髪・黒目で中肉中背。顔はそれなりに整っている方だろうか?見てくれはいたって普通の東洋系の若者……それこそ20代前半という感じだろう。しかし。
違和感。
形容し難い〝違和感〟があった。なんだろか、ここに居るべきでは無い……とでも言うのか。この男の落ち着きぶりもその違和感に拍車をかけている様に感じる。
普通はいきなりこんな所に連れてこられたのなら、何らかのリアクションの1つや2つ見せるものだろう。だが、この男は入ってきた時から何一つ表情を変えないのだ。
見た目の若さと反応のつり合いが取れていない。これではまるで経験豊富な熟年者そのものだ。
「やあ!ゼン君。いきなりで申し訳ない」
そんな異様な雰囲気な男に何ともフレンドリーに話しかけるマーシュ。
「俺に何の用だ?」
「いやあ、君に聞きたい事があってね」
「単刀直入に聞こう!君がここに来た理由を話してくれないかい?」
フィオナは驚愕した。
「マーシュさん、一体何を……」
いきなり会議室に例のリンクスを呼び出したと思ったら、今度は最大の疑問点を探りを入れる訳でもなく直球ストレートで投げかけたのだ。やはりこの男に対し、「何もしでかさないで」と願うなど虫が良すぎたか。
さて、どんな答えが返ってきたものか。皆の注目がゼンに集まる。そして言葉を発する前に―――
―――その視線がチラリとフィオナに向けられた。
向けられた視線は鋭い。それこそ自分の事など何もかも見透かされているのでは、と感じる程に。
が、しかしそれは一瞬。口角を僅かに上へとあげ、その無表情を崩した。それはまるで、ここに居る者達を嘲笑っているかの……いや、そうでは無い。その笑みを向けられているのは「自分」だ。
『俺にそれを言わせるのか?分かっているのだろう、お前なら』
フィオナはそう言われた様に感じた。彼女は薄々気づいていたのだ。ゼンがここに訪れた理由を。
「ウフフ、楽しそうだねぇ」
何とも軽い調子のマーシュも今は気にならない。
「ああ、理由、か。帰れない……俺には、(平穏無事なアパート生活を)守れなかった。この世界にはもう、俺の帰れる場所は無いんだ。これでは、不足か?」
そしてここでは無い遠い何処かを思い起こすかの様に目を細めるゼン。
やはりそうか、と、フィオナは自分の予想が正しい事を確信した。
この男は、昔の自分達と同じで〝守るべきもの〟を……故郷を守れなかった。だからどんな者も受け入れるここ、ラインアークに身を寄せたがっているのだ、と。
「……」
フィオナは思う。きっと今、彼は自らの故郷に想いを馳せているはずだ。
仮初の安息では無く、そこに居れば本当の意味での休息がとれる……そんな場所を求めていると。
フィオナの考えあながち間違っているとは言えない。いや、むしろ95%ほどは正解である。しかし悲しいかな……彼が今現在、恋焦がれているのはコロニーや組織ではなく築30年、住んで5年の一人暮らしアパートの狭い一室なのである。
「……なるほどねぇ」
マーシュの質問でそれを確信したフィオナは最終確認を取るべく自身もゼンに質問する。
「私からも質問を」
「何だ」
「ゼン、あなたがラインアークに移住する事になった場合ですが……今後、その身はラインアークの為に費やしてもらう事になります。よろしいので?」
「構わん」
即答だった。
「受けた恩は返す。それは最低限の礼儀だろう」
「なるほど、やはりあなたは……」
フィオナは思う。この男は、「彼」に似ていると。
あの、自身の出来うる限りの全ての力を使いアナトリアに恩を返した〝鴉〟に。いや、「彼」はラインアークに来てからも闘う事を選んだのだ……きっと今でも返し続けているのだろう。
「失礼しました。何でもありません」
「と、言う事らしいねぇ。じゃあ、僕とゼンはここいらで失礼するよ」
「もう良いのか」
「ん、ああ。良いんじゃないかな?ここに居る人達なら、きっと君の受け答えで君がどういう人物かが理解できただろうしねぇ。後はラインアーク側の判断だよ」
会議室の面々がゼンの言葉をどう受け取ったのかは分からない。だが少なくともフィオナには、今のゼンにラインアークを傷つける様な敵意が見られるとはとても思えなかった。
「ああ、そうだ。一つ個人的に聞きたいんだけど」
出て行こうとするマーシュが突然思い出したかのようにゼンに訊ねた。
「君、ネクストに搭乗しての〝総戦闘時間〟はどれ位だい?」
確かに気になるところではある。しかしまだ20代と言ったところだろうし、そこまでの時間では。
「8000時間程だ」
……。〝搭乗時間〟では無く〝戦闘時間〟が。8000時間……
「……アッハッハ!!」
そして大笑いするマーシュ。
「君もなかなか面白い冗談を言うねぇ」
「まぁ、な。ただ、それなりの時間とだけ言っておこうか」
「それなりの、ねぇ……まあ、また今度詳しく聞かせて貰おうかな」
そうだ。そのはずだ。彼女たちの常識から考えても、幾らなんでもあり得なさすぎる数値だった。しかしこの男の言うそれなりとは……その年齢から考えられる以上の戦闘経験を積んでいるのは間違い無さそうである。
「じゃ、出ようか」
そうマーシュが言い、ゼンと出て行く……
……。
……二人が出て行き、再び静かになった会議室でフィオナは言葉を紡いだ。
「……少しばかり予想外の出来事が起こりましたが、気を取り直し会議を再開しましょう。リンクス本人の言葉も多少ながら受け取った訳です。その点を踏まえ、皆様の意見を―――」
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マーシュ視点
ラインアークは彼を受け入れるはず。マーシュはある種確信に近い予想と共に会議室を後にした。しかし、それにしても……おもしろい。マーシュは、例のリンクスのが見た目が『若い』から最後の質問を飛ばしたわけであるが。
『8000時間ほどだ』
彼の言ったネクスト機での総戦闘時間は、この世界においてしょうも無いどころかその逆。あり得ない数字である。何故ならマーシュが彼に聞いたのは『総戦闘時間』であり『総搭乗時間』では無いのだから。
実のところネクスト機というのは、『歩行』や『通常ブーストのみ』での移動などの様に動かすだけならば別にAMSを接続する必要は無い。接続する必要があるのはクイックブーストやオーバードブースト、武器の使用などの高度な機体制御を必要とする場面……要するに戦闘時のみなのである。なので戦闘を行わない、待機している状態や戦闘終了後は脳への負担を減らす為にAMSを切っているのだ。
だからこそマーシュは『AMSを接続した時間』だけを知る為に総〝戦闘〟時間を聞いたのだが、返ってきたのは予想外の言葉だった。
「搭乗時間だとしても、その年齢では考えられないけどねぇ」
リンクスの戦闘時間は20分にも満たない場合が多い……普通はかなり短いと感じるかもしれない。が、それは仕方のない事なのである。長時間AMSを接続し、機体を操っているリンクスの負担は計り知れない。貴重なリンクスを壊してしまわない為に必然的に戦闘時間は短くなるのである。
ネクスト機の運用に電撃的な「襲撃」や時間を制限しての「殲滅・護衛」が多いのもそれが理由の1つでもある。
「それこそ、平均20分『毎日』戦闘をしたとして半世紀は軽く過ぎる」
そう、それに加えリンクスは毎日ネクスト機に搭乗、出撃する訳では無い。もしそんな事になったら並のリンクスでは身体的・精神的疲労からすぐにダメになってしまうだろう。
だが、ゼンがそう言った時……彼の立ち振る舞いを一挙一動見逃さず観察していたマーシュはある事を確信していた。誰も気づいては無いだろうがあの言葉は、間違いなく本気で言ってた。
信じられない気持ちではあるが、リンクスの態度と。
「『こんな娘』見た後じゃあね」
そう、手元にあるゼンの機体【ネームレス】についての資料をめくりながら呟く。
実はマーシュはあの会議の場では言ってなかった事があった。この機体、フレームや内装・武器、要するに……全てのパーツに経年劣化や細かなキズすら見られない。つまりは『新品同然』なのだ。これでは、たった今製造されましたと言われても不思議ではない。
「うーん、『どうやって手に入れた』というより『どうやって作った』って感じがしっくり来る気がするけど」
そして、これから先に起こるであろう様々な事態を思案する。
彼……ゼンの存在は今のところはラインアーク、後は彼に相対したというリンクスにしか知られていないみたいだが、恐らくかなり早い段階、ともすれば明日にでも彼の存在が明るみに出る可能性も否定出来ない。
とは言え、そういうことはは〝どこから〟か必ず外部に漏れるであろうし、必死になって隠す必要性も無いだろうが。
「……」
それにリンクスと言えど「たかが一人」だ。
AF(巨大兵器)が闊歩している今、そこまで大きな問題になる事も無いだろう。『普通』は。ただ、問題なのはあのリンクスが確実に普通では無いと言う事だ。
さて……そんな普通でないモノを目の当たりにした企業連はどう対応してくるか。
「ふむ……」
人は異端なモノに恐怖を抱く。そしてそれに対する対応は大きく分けて2通り。
一つは、〝関わらない〟そして、もう一つは……〝排除〟。
不安要素を根源から消してしまうのである。さて、「この世界」においては、それに対する行動はどちらが多いだろうか?まぁ、考えるまでもなく、後者であろう。
しかしながら……マーシュ自身としては必ずしもそうなる、とは結論付けてはいなかった。
ゼンがこの世界において良い結果をもたらしてくれると言うのなら、話しは変わって来るはずだ。
「……」
そしてマーシュはあの言葉を思い出す。『俺には、守れなかった』という言葉を。
自身の問いにそう答えたゼンは、どこか悲しげで……だが直後、何かを決意する様な『強い信念』を感じさせた。マーシュもフィオナと同様、どうしても彼が悪い人間には見えなかったのだ。
まあ、どちらにせよ彼という存在は。
「今後、色々な注目を浴びる事になるだろうねぇ」
そう、何とも楽しそうな笑みを浮かべながら誰も居ない廊下で呟いた。