若干改造されてます。
真改視点
完璧だった。
突撃する際の位置取り、タイミング。更に自機のメインブースタに対する相手のバックブースタの出力差。全てが、噛み合っていた。
かつての盟友。〝彼女〟から受け継いだ『月光』は妖しく、しかし搭乗者の意志に呼応するかの如く強き光を放ち、相手を斬り伏せんと横一閃に薙ぎ払われた。
……鈍い斬り裂き音がトンネル内に響く。
手応えは、確かにあった。
(……)
――――はずだ。だが、何故
《ふ~。肝が冷える、とは良く言った物だ》
斬れていない?
……いや、事実として、斬れてはいる。
だが、斬れている『部位』が狙いとは大きくズレが生じているのだ。
真改自身が狙いを定めていたのは機体のコア部分。だが、実際に損傷を与える事が出来た部位はコアでは無く『右腕武器』。つまりは相手の持つ突撃ライフルである。
《しかし……これではもう使えんな》
回線を繋げた相手はそう言うと、見せつけるかの如き仕草で右腕を頭部辺りにまで挙げた。
これでは、と言うのも、その右腕に握られているライフルは銃身が中央辺りからスッパリ無くなってしまっていたのだ。切断面は『月光』に斬られた際の熱で赤白く発光している。
(……)
斬りかかった際の出来事を鮮明に思い出す。
その時、この銀のネクスト機は自機の突撃に対してほぼ完璧なタイミングでクイックブーストを使用していた。
閃光弾の影響で視界の塞がれた中、勘のみを頼りにそれをやてのけたのは驚嘆に値する。
しかし前述の通り、真改は戦闘中に相手のブースト値。正確には『クイックブースト』の出力がどの程度なのかを見極めていた。
クイックブーストは通常時のそれとは違い、細かな出力調整が出来ない。
いやまあ、必ずしも一定と言う訳では無いが……それはあくまでも誤差の範囲内。基本的には予め決められた値でしか吹かす事が出来ないのだ。
だからこのその調整不可を、誤差の範囲内すら計算に入れ、相手がどんなに完璧なタイミングで後退しようとも確実にコアを斬り裂ける距離から突撃した……
にもかかわらず、この結果。すなわち
《……上昇……》
そう、変わらないはずのクイックブーストの出力が上昇したのだ。
どう言ったカラクリを使ったのかは分からないが、誤差の範囲を大きく逸脱する、もはや『ブースターが変わった』と言っても過言では無い程に。
《さすがに気になるか? 正解だ。無理やり『上げた』。気分は最悪と言ったところだが》
思わずして呟いた言葉に男が反応する……やはり。だがあり得るのか?その様な事が。
《そうだな。こういうのはお約束だ。少し説明するとしよう。先程使用したのは『二段クイックブースト』と言われる技術だ。見た通り、クイックブーストの出力が大幅に上昇する。まあ、通常時のモノ以上に、そう手軽に出来る訳では無いが……》
《……》
『二段クイックブースト』。聞いた事の無い技術だ。話や語彙から推測するに、クイックブーストにはもう一つ上の段階、『二段階目』があると言う事か……つまり我々はネクスト機の性能を限界まで引き出せていない?
いや待て、確か昔……リンクス戦争以前。アスピナのリンクスが特殊なクイックブースト値を叩き出していると一時期話題に上がっていたが、まさかそれが。
《と、まあ。お喋りはこれ位にしてだ……今のはマグレだと思ってもらおう。次は》
――――無い。
紛れ……つまり『今回の損失は万に一つの可能性が起こったに過ぎない』とでも言いたいのだろう。他の者が言おうものなら、その傲慢さに笑いでも出て来るやも知れない。
しかしながら真改には理解っていた。この男の言う通り、恐らく次は……
最初、相手を見たその瞬間に確信していたのだ。この者が件のリンクスであると。
アルゼブラの軽量標準機をベースとした、銀のネクスト機。近頃はあの『ランク1』を撤退に追い込んだなどと、企業連中のみならず反体制勢力にまでその噂を轟かせている男。
あの『ランク1』を退けた〝名無しの怪物〟に対し、不用意に攻め立てるなど愚の骨頂。
なればこそ、全ての条件がそろい踏みしていたはずだったあの一瞬に勝負を賭けていたのだ。
(……)
この状況、真改側は多少の被弾と引き換えに相手……ネームレスの武装の一つを破壊した。
戦闘スタイルから見るに両手に持つライフルが主兵装で間違いないはず。それだけ考えると、撃破こそ叶わなかったものの、それ程悪い結果では無いのか。
しかし問題は、この者を相手に二度同じ手は通用しないであろうと言う事。
此方が相手を観察していると言う事は、その逆も然り。己の手の内……戦略、癖などはほぼ全て晒してしまったも同然。対して相手は『二段』などと言った切り札を持っている。
さしもの真改と言えども、一度見ただけでは『二段』の正確なブースト上昇具合は測れない。
……今の勝負。切り札をギリギリまで隠し持っていた相手が一枚上手だったと言うべきか。
(……されど……)
まだ終わった訳では無い。むしろここからが本番――――
《……?》
そこで起こった突然の出来事。
《何だ……?》
地面が、揺れだしたのだ。
いや、地面だけでは無くトンネル全体が揺れている……地震か?
だがこれは妙だ。自機の後方……トンネルの奥からは甲高い金属音がこだましている。
《……近づいて居るな》
そうだ、これは地震では無い。この揺れを引き起こしている『何か』が近付いているのだ。
トンネル内に反響している音は徐々に多いくなり、それに比例するように地面の揺れも大きさを増している。
そのあまりの振動に、トンネルの天井からはパラパラと細かいコンクリート片や埃が降り注ぐ……その異常事態に、思わず闘いを忘れトンネルの奥を注視するネクスト二機。
――――ゴゴゴ……
……来た。
薄暗いトンネルの奥から、地を照らす明るい光が近付いてきている……これは『何か』の発しているライトか?しかし一体何が、
――――ゴゴゴゴゴゴゴッッ!!!
……。
その近づく何かの正体を確認した真改は思わずして顔を顰めた。ここで『それ』が出てくるか。さすがに想定可能な範囲を超えている。
さて、一方でその『何か』の正体を目の当たりにした〝名無しの怪物〟はと言うと。
《ハッハッハ!成る程!これはまた!》
何とも、愉快そうだ。通信越しに聞こえてくる声はもはや嬉し泣きしている様を想像させる。
……「ギアトンネルの様子を見に行ってくれ」と言われただけの筈だったのだが、ネクスト一機の相手に加え、次はコレか。とんだ大事に発展したものだ。
もしや参謀役のあの男は、こうなると知ってて己に頼んだのではないか。
依頼を回してきた同志にそんな疑念を持ちはじめたその時
《ハッハ……ふー。休戦と行くか?》
笑いが収まったらしい男からの提案。
休戦。悪くない案だ……まずはアレをどうにかしなければ始まるまい。
《――――斬る》
狭いトンネル内、ネクスト二機が相対するのは――――
――――旧型の巨大兵器『ウルスラグナ』(〝URSRAGNA〟)
さて、どう攻略したものか。
――――――――――――
ウルスラグナ。まるで巨大なモグラの如き外見をしたそれは、今は無き旧アクアビット社と旧GAE社の合作AFで、高速での突進のより対象を破壊する蹂躙型兵器である。
射撃武器としてはレーザーやガトリングガン、コジマキャノンを装備。前面には四つの整波装置を備え付ける事により高出力のPAを展開しており、こと狭いトンネル内では厄介極まり無い相手だ。
この世界の約十年前……リンクス戦争時においてはここ、ギアトンネルを経由し、アナトリアへの直接攻撃を試みた兵器、と言えば分かりやすいだろうか。
(……!)
激しい地響きと共に急速に接近するウルスラグナ。やがてその全面中央が緑色に眩く輝き出す。
《来るぞ!》
次の瞬間、落雷の如き轟音と共にコジマキャノンが発射された。
トンネル中央辺りに居たネクスト二機は即座にサイドのクイックブーストを噴射、スプリットムーンは右、『名無し』は左方向へ。
直後に二機の間を通過する野太い緑の光。そして遅れて聞こえる着弾音……これは、まずい。
まずは距離を取るのが得策か、と機体をウルスラグナに向けたまま後退を試みる二機。
幸いにも此方に比べると相手の移動速度は大分遅めだ。重量機でも無い限り通常ブーストでの後退で事足りる。
(……先ずは……)
整波装置の破壊からか。
あのコジマキャノンは厄介だが、チャージにそれなりの時間が掛かるようだ。
クールタイム毎に突撃、装置を一つ一つ破壊していくのが良いだろう。
《整波装置、右上方からだ》
向こうからの指示が入る。どうやら考える事は同じらしい。
その合図が引き金となり二機は同時にウルスラグナへと突撃する。レーザーはともかくガトリングに関しては完全回避は厳しいが、まあそれは必要経費と言うもの。
《よし》
ある程度まで距離を詰めた二機は目標に向かいそれぞれレーザーキャノン、ライフル、マシンガン等を連射。如何に分厚いPAと言えども、一点に攻撃を集中されれば流石に『その側』は弱まる。
その隙を見逃す真改では無い。
機体、スプリットムーンを浮かすと共にクイックブーストを使用。更に前方へと加速、一気に対象への距離0へと持ち込む。
――――一閃
振るわれた『月光』に成す術も無く斬り裂かれる整波装置。
その対象からはバチバチとした火花が……爆発の前兆である。それに巻き込まれぬよう、真改はウルスラグナを『蹴り』、同時に後方へのクイックブーストを発動。一瞬で対象との距離を取る。
直後、爆発。
熱風と爆炎が機体を包む。視界がふさがれるが、特に問題は無い。
トンネルの天井間際、空中でもう一度後方にクイックブーストを噴かし、その煙から脱出。
ブーストを切り、
――――ドンッ!
再び地に足を付け体勢を立て直す……さて
《……壱……》
《クック……さすがにやるな?》
《……》
《おっと、軽口を叩いている場合では無いな。次は右下方だ》
最初と同様にお互い機体を後退させつつ、隙を図る。
……一回目の突撃で対処法の確認は取れた。後はこれを繰り返せばよい。
二機は同じ手順で一つ、また一つと整波装置を破壊。順調にその数を減らしていく。
そしてついに
《これで》
《……肆……》
四つ全ての整波装置を破壊。残るは丸裸の正面装甲のみだ……と言っても、敵AFはこの時点で大きな損傷を受けているが。
至る所から火花を散らすウルスラグナを見据える。恐らくは次で最後の突撃となるだろう。
(……されど……)
撃破目前のこの時、真改は考えていた。
《順調すぎる気もするが……》
そう、あまりにも順調すぎる。
この男も何らかの違和感を抱いているのか、先ほどとは比べ声色がやや低めだ。本来なら喜ばしい事なのだが、何だこの違和感は?
……まあ良い、事実として今のところは何の問題も発生していない訳だ。ならばこのまま一気にカタをつける。
タイミングを見計らい――――今だ。
最後に狙うはウルスラグナの主砲。キャノンのチャージ中にそれを狙う事で、コジマ爆発を誘発させる算段である。
真改は違和感を振り払うかのように機体を最大出力で加速。対象が『月光の』有効範囲内に入り、振りかぶったその時。
――――キュゥウンッッ!!
『二枚目』
(――――!!)
中央のコジマキャノンを覆いかぶさるように、新たなPAが展開された。
どう言う事だ。確かに整波装置は全て破壊したはずだ。何故、コイツは……
寡黙な男。普段から殆どその表情を変化させる事の無い真改が、驚きに少なからず目を見開く。
PAに囲まれている範囲は各整波装置によるそれよりははるかに小さい。だが、このPA……異常なほどに電流を迸らせている。恐らくは何らかの技術によりコジマ粒子の還流範囲を圧縮、通常よりPA膜を『厚く』しているのだろう。
レーザーブレードは基本的にPAの干渉は受けづらいとされている。
が、これ程となると威力の減衰は……いや、それ以前にこの状況はマズイ。一瞬反応が遅れた。
コジマキャノンがチャージされ――――
《真改ッ!》
しかしそんな掛け声とほぼ同時、機体の右背部に衝撃が走った。それにより機体は左に向かい約45°回転。先の戦闘中の如く半身となることで、発射されたコジマキャノンを間一髪で回避する。
何が起こったのかを理解する前に、自機の視界に映ったのは一つの『赤い線』。
そして宙に浮かぶ『銃身が約半分のライフル』。これは……
真改は即座にそれに向けマシンガンを発射。するとそのライフルのマガジン部分に大量に残っていた弾薬に当たったのであろう、大規模な爆発が起こる。
至近距離の自機はそのダメージをモロに受けてしまうが、それは今は関係ない。
今は『ウルスラグナのPAを減衰させる事』が最も優先されるべき事なのだから。
流石にその衝撃には堪えたのだろう。分厚いPA膜が『揺らぐ』。
《――――前を向け》
通信越しの男の言葉。それは奇しくも、最強の剣士であった〝彼女〟の口癖と一致していた。
『前を向かぬ者に、勝利は無い』
そう。彼女は……アンジェは、どんな時も――――
《――――フッッ!!》
正面に向き直る。強く息を吐き、『月光』を振った。それは斬ると言うよりかは〝抉る〟ように。
渾身の一撃。コジマキャノンのチャージこそされていなかったものの、それに耐えられるはずも無く、対象は沈黙。その動きを完全に止めた。
(……)
それに一瞥をくれた後、真改は機体を例の〝名無し〟の方へと向きなおす……
………。
睨み合う両者。しばしの静寂がトンネル内に満ちる……が、それを破ったのはやはりこの男。
《……さすがは『月光持ち』と言ったところか》
《……貴様、何故……》
《最後のアレか?……ああした方が良いと感じた。他意は無い》
《………》
冷静になった今なら理解できる。
あの瞬間この男は二門のレーザーキャノンを発射し、その内一発を自機の背に当てたのだ。
その衝撃のお陰でどうにかコジマキャノンを回避できた……恐らくは事前に見せていた、ドリフトターンを用いての回避行動からヒントを得たのだろう。
更には『月光』により斬られ、使い物にならなくなったライフルを利用し、ウルスラグナのPA減衰を狙ったと言う訳だ。しかしあの完璧なタイミングで……一瞬で判断したのか、それとも予測していたのか。
どちらにせよ驚異的な能力。〝名無しの怪物〟とは良く言った物だ。
だが……あの時。此方側がミスを、もしくはこの男の意図を読み取れない可能性も――――
《まあ、何だ。信じていたぞ》
《……》
何なんだ、この男は。
傲慢かと思えば一変してこの態度、まるで掴みどころがない。
どこぞの『革命家』でもあるまいし。
《おっと、真改。後ろを見てみろ》
《……?》
呆れて居た所で、男からの指示が入る。まさか、また動き出したりでもしたのか。
少々警戒しつつ、言われるがまま後ろを振り返った……しかしそこには相も変わらず沈黙しているウルスラグナがあるのみ。
何も変わり無いではないか、と再び〝名無し〟に視線を戻すとそこには
《ハッハ!》
此方に背を向けオーバードブーストを展開しているネクスト機が。完全に離脱体勢である。
《…………》
《すまないが、帰らせてもらおう!仕事は元より無かったも同然なのでな!》
もはや戦闘継続の意思は全く見られない。呆気にとられている真改を余所に、相手のネクスト機は準備を整えたらしく、轟音を響かせその場から離脱した。
その間際
《しかしながら見事なブレード捌きだった。まるで――――》
聞き捨てならない言葉を告げて。
――――オルレアを彷彿とさせる。
《……!待……》
《また、な》
しかしそんな制止も空しく、機体は加速。驚異的な速度でその場から遠ざかる。
《……》
追う事は出来る。が、しかし全力で退避するアレに追いつくのはさすがに苦労しそうだ。
第一、自機の損傷具合も激しい……『今回は』ここまでか。まあ、また『次回』もあるだろう。
奴自身が最後にそう告げたように。
……それにしても「オルレアを彷彿とさせる」か。
オルレア、それは〝彼女〟のかつての愛機。
真改自身としては未だに〝彼女〟に追いついた……追いつける気すらしていないが。
しかしながら、気が付けば『リンクス戦争』から早十年。弱かった己も、少しはまともになったのやもしれない。
《……ぬぅ……》
あの男は〝彼女〟の事を……いや、今更ながら初対面にも関わらず真改という『名』を知っていた。もしや元々はレイレナード陣営に所属するリンクスだったのか。
それに加え「仕事は元より無かったも同然」とは、まるで
『プロキオンや防衛部隊をやったのは他の誰か』
だとでも……まあ、疑問は尽きないが
「……終始……」
中々、悪くない気分だ。