絶対に死んではいけないACfa   作:2ndQB

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第51話

主人公視点

 

皆、今日が何の日か知ってるかな?

今日はねぇ……ラインアーク守備部隊の皆さんと久しぶりにお食事をとるのですよ。

エドガーさんがそろそろ部屋に迎えに来てくれるはずなんだけど……いや~楽しみですねぇ!

 

楽しみタノシミ……コワイ!

 

すっげぇ怖い!何が怖いって、前回のアレ。ミッションが強制終了された件について。

独立傭兵部隊コルセール+ミラージュとか言う半ば死亡確定ゾーンを一瞬にしてアッシュ君がぶち壊してくれたんだよね。あれちょっとヤバない?アッシュ君すごすぎるでしょ。

 

普通に考えて、あの流れはバチバチの殺り合い一歩手前だったからね。

もう今ここで「別に倒してしまっても構わんのだろう?」みたいな空気全開だったし、実際俺もちょっと興奮状態だったし。つい挑発的な口調になってしまったのは大変な阿呆だったぜ……

 

いやまぁアッシュ君には感謝してます。あのまま始まってたらマジで斃されてた可能性大だった。

インテリオル輸送部隊の荷物も、多分ミラージュ関連のものだっただろうし、GA社には悪いけど破壊できたのは大分デカい。

 

ただ言わせてほしいんだけど、この分だと次回の任務……かどうかは分からないけど絶対ヤバい。

良い事があると次は悪い事が起こるって、ゼンさんこの世界に来て良く理解できてるから。

前回の件から、ミラージュにビビったインテリオルが、オーメルと仲良くなっている説まで出てきているし。

 

まぁ両者共に元からそんな仲悪くはなかったっぽいけど……二社とも色んな意味で『強い』から敵対すると厄介極まりないよね。

 

「アミダ?」

「ああ、いやな。少し考え事をしていてな」

 

アミダさんに心配されてしまった。

 

うーん。でも最近は色々起こり過ぎて、ちょっと本気で未来が心配だよ。

ミラージュのオペレーターさんの言葉「妙なこと考えるな」とかもメッチャ気になるし。

まさかとは思うけど、此方側の情報漏れ出てたりしないよね。プロトタイプネクストの件が流出してたらちょっとまずくない?

 

どうにかして対策とってきそう。

 

「なぁ、アミダよ」

「ミ?」

「これはここの誰にも言えない秘密の話だが……俺はラインアークを抜けようと思っている」

「アミ!?」

 

突然の俺の告白に、さすがのアミダさんもこの驚きようである。

やっぱびっくりするよな……でもアミダさんにはお話しておかないといけない。

 

「自己中心的な理由に他ならないが……お前はどうする」

「……」

「俺についてくるか。そのままラインアークに留まっておくか」

「ミミ……」

 

アミダさんは俺のペットという立場でこのラインアークに送られては来たが、実際そうではない。

今の彼女は自分たちと同じような思考、感情を持っている生物として皆に認識されている。

異形な姿かたちを持っている彼女が、ラインアークの……一部の防衛部隊の者達には、受け入れられている。アイラちゃんという女の子同士のお友達も出来たみたいだし。最近俺会ってないけど。

 

「俺はこの先、良くない事をする。世界の皆から疎まれるような……所謂、非難轟轟とか言うやつだ。俺に付いてくると、ロクでもない目に遭う事必至だろうな。しかも俺がこの世界に居られるのは期限付きで、ずっと一緒には居られない」

「アミアミ……」

「と言っても、時間はまだある。ただ……ラインアーク戦までには決めておいた方が良いだろう。そこがターニングポイントだ。まぁ、そもそも俺が斃されなければの話ではあるがな」

「アミダ」

 

アミダさんはもう自分の居場所を手に入れている気がするんだよな。

少なくとも俺が出会ってきたラインアークの面子は良い人ばっかりだったったし。彼女にとってもここが居心地の良い場所なのは間違い無いはずだ。まぁ、最終的な判断は彼女に任せるけど。

 

「ミミダー?」

「エドガーか? 先にも言った通り、これは秘密の話だ。お前以外の誰にも話すつもりはない……だから、くれぐれも内密に頼むぞ。妙に騒ぎにでもなったら敵わんからな」

 

いやね。さっきも言ったけど、ラインアークの人とかめっちゃ良い人ばっかだったからさ。

俺が「ラインアークに電力供給する為に、クレイドル不時着させてでもアルテリア施設手に入れるわ」とか言ったらどうなると思うよ。皆罪悪感一杯になっちゃうんじゃない?ってかそもそも、ORCA旅団のすることってメチャ批判されてもおかしくない行動だ。

 

とてもじゃないけど、ラインアークに居たままじゃそんなこと出来ない。

 

目に見てわかる反乱分子がラインアーク所属とか、企業の攻撃がラインアークに集中されでもしたら元も子もないし。うーむ……と、なると。どうするか

最初からORCA旅団に合流するまでの隠れ蓑だったんだYO!!とか超悪者の感じでフェードアウトでもするか。騙されたねお馬鹿ちゃん達。お仲間ごっこは楽しかったぜェみたいな。

 

これ良いな。出ていくときは最低な男路線で攻めていこう。

 

「アミミ!」

「む……来たか?」

 

アミダさんの反応から察するに、エドガーさんがやってきたのか。

カツコツとした足音が扉の前から響き、それが徐々に大きくなってきている。

アミダさんすげぇな。足音で来る人把握でもしてんのか……ってか、俺も意外とアミダさんが何を言わんとしているのか分かってきているのも中々アレだけど。

 

「ゼン。入るぞ」

 

そして扉の前から聞こえてくるノック音+エドガーさんの声。アミダさん大正解。

 

「ああ」

 

よ~し。悪い奴路線で攻めていくためにも、今は楽しい思い出いっぱい作っておかなくちゃ。

 

今日も皆と仲良くご飯食べるぞ。

 

 

――――――――――――――――――――

 

そんなこんなで、皆との久しぶりの昼食に胸を躍らせていた俺が、食堂に入った瞬間。

 

 

《第一回!ラインアーク守備部隊腕相撲トーナメント~!!》

 

 

そんな聞き覚えのある声が、大音量で室内に響いた。

俺とエドガーさん、アミダさんは三人とも入り口で固まっている。と、言うか。

食堂内に居る防衛部隊の皆様方も、固まっていた。『ある男』へとその視線を向けて。

 

うん。マーシュさんなんだけどね。なにこれ。マイク片手に何やってるの?

 

何度目かの確認になりますが、ここは食堂でありレクリエーションルームじゃないです。毎度ながら、この人の行動は突発的過ぎて全く読めないんですけど。しかも腕相撲って、一体何考えてるんですかね……

 

《おや!?そこに居るのはゼン君御一行じゃあないか!元気してたかい!僕は元気さ!》

 

でしょうね!貴方が元気じゃなかったところなんか見た事ありませんし!

 

「アブ・マーシュ。これは何だ」

《見ての通りさ、腕相撲大会を開こうかと思ってね!》

「エドガー、何か知っているか?」

「いや。何も。そもそも俺は今日の事について、彼に何も話してはいないんだが……」

 

話していないのに、今日に限ってこんなことしているの?俺が来るって、知らないのに?

相変わらずやべぇなこの人。流石と言わざるを得ないぜ。

ご飯食べに来たら、食堂がこんなことになっているとはとてもじゃないが予測できなかった。

 

「あっ、こんにちは!隊長!ゼンさん!そして、アミちゃん!」

「アミミー!」

「アイラか。久しぶりだな。アミダが恋しがっていたぞ」

「ええ!全くもう、この前私のお部屋で女子会したじゃあないですか!さびしがり屋ですね!」

 

防衛部隊の中からアイラちゃんが出てきて、中々インパクトのある言葉を残す。

女子会か……アミダさん女子会とかしてんのか。普通に楽しそうで羨ましいな。

今度エドガーさんと男子会でもやるか。話す内容は、ネクスト機の格好良さについてとかどうだ。

 

《君たちからも皆に言ってやってくれたまえ!防衛部隊の皆が僕の言うことを聞き入れてくれなくて困っているんだ!》

 

そしてマーシュさんの嘆き。いやもうしょうがないよね。

今日はフィオナちゃん居ないけど、居たらまた何か怒るだろうし。マーシュさんに協力するって、上司に逆らうのと似たような危険性をはらんでいるから。いやマジで。

 

「あ~、どうした、皆。今日は静かだな」

 

一人ではしゃいでいるマーシュさんが可哀想なんで、一応聞いてはみますが。

 

「いや……何と言うか」

「『あのお方』がお怒りになられるので」

「うむ……釘を刺されましてな」

「流石に我々とて、『あのお方』の懲罰対象には、なぁ」

 

俺の言葉に、席に座ったまま(動く気がなさそうに)答える防衛部隊の皆さん。

 

あのお方って何だよ。ハリー・○ッタ―の『名前を呼んでをいけないあの人』にたいな扱いだな……うん。言うまでもなくフィオナちゃんのことなんだろうけど。

釘を刺したってことはつまり、フィオナちゃんは外堀から埋めてかかる作戦に出たのだろう。

 

マーシュさんに何か言っても無駄だろうし、確かに合理的な作戦ではあるのか……?

とりあえず、今回に限っては彼のやりたいことを防ぐことは出来るはずだ。先の通り、さすがに自分たちの上司に怒られるようなことはしたくないだろうしねー。

 

……と、この時俺は思っていました。

 

が、次のマーシュさんの発言により、その静けさは一瞬で失われることとなった。

 

 

《あ~あ!この腕相撲大会の優勝賞品はネクスト『ネームレス』の1/72スケールの完成済み模型なのになぁ!僕お手製の凄い奴!しかもゼン君のサイン色紙付き。でも参加者が居ないんじゃあ仕方がないなぁ。これは僕が大事に大事に飾っておくとし……》

 

 

――――――――ガタガタガタガタッッ!!!

 

 

「模型を手に入れるのはこの俺さ。そうとも知らずに……おめでたい野郎共だ」

「アレは俺のものだ……俺だけのモノだ!!」

「サンキューマーシュ。助かったぜ」

「優勝……その称号は、俺にこそふさわしい」

「システム キドウ」

 

ほぼ全員が席から立ち上がるなり、マーシュさんの元へと雪崩のごとき勢いで殺到していった。

フィオナちゃんへの恐ろしさに、人間の欲が勝った瞬間である。

おいおいーちょっと欲望にまみれすぎてんよー。手のひらを返すって言うか、グラインドブレード並みにギュルギュルと大回転しまくってんよ~。

 

つーか俺のサイン色紙とかどこにあるんですかね。作った覚えないし。てか需要あんの?

 

「わ~。サイン欲しいな……」

 

アイラちゃんでしたか~。

まあアイラちゃん女の子だもんな。流石に屈強な男たちに混ざって腕相撲は出来ないか。

えーと、どうするかな。

 

「サインが欲しいなら後でやろう」

「えぇっ。ダメですよそんなことしちゃ。私だけずるいですしっ。ねぇアミちゃん!」

「アミアミ」

 

いや結局要らないんかい!アイラちゃん良い子すぎて恥かいたぜぇ……

 

「ん、そういえば。エドガーの姿が見当たらないな。トイレか?」

 

そこで、さっきまで隣にいたはずのエドガーさんが居ないことに俺は気が付いた。

消える気配を感じなかったんだけど。まぁ、そのうち戻ってくるか……っと。なんだなんだ。

アミダさんが何か喋っているな。

 

「アミダ!」

「ん。何だ、どうした?」

 

何やらアミダさんはその脚でマーシュさんに集う人ごみを指さしているが……そこで俺は見た。

 

「……おいおい」

 

見てしまったのだ。その中に混ざる、頼りがいのある広い男の背中を。

 

あっ、あの後姿は……っ!

 

「エドガー・アルベルト。お前もか」

 

なにやってんすかぁ!

 

 

 

*********************

 

 

エドガー視点

 

 

ラインアーク第一MT部隊隊長兼、ネームレスのオペレータを務める男。エドガー・アルベルト。

その未来(死)を怪物によって捻じ曲げられた、この世界においても、特別数奇な人生を歩んでいるとも言える人間。そんな、本人は気が付いていないが、もう『普通では居られなくなった男』は本日、やたら気合が入りまくっていた。

 

その目的は、ただ一つ。

 

《では、そろそろ一回戦を開始します!》

 

腕相撲で勝ち、ネームレスの模型を手に入れることだ。

 

何を隠そう、このエドガー・アルベルト。熱烈なネームレスファンなのだ。

怪物が目の前現れた、あの日、あの場所、あの瞬間から、その銀色の機体にホの字である。

まぁ、元々兵器の類には興味津々のエドガーだっただけに……今回の商品。非常に魅力的と言わざるを得ない。

 

《ゼン君はあとで色紙にサインね!それと掛け声をよろしく!》

《まさか俺も司会と似たようなことをさせられるとは、思ってもみなかったが》

《わ、私達もですかぁ(アミアミ!!)》

 

設置された司会席の様なところで、あきれるようにしてマーシュと進行役を務めるゼンと女性陣。

そして……食堂の中央には、二人の屈強な男たちがそれぞれの右の掌を組み合っていた。

一人はエドガー自身。そしてもう片方は他の部隊の隊員だ。相手は見知らぬ顔ではあるが……

 

「ネームレスのオペレータに相応しい実力か否か 試させてもらうぞ!」

 

何やらやたら強そうだ。だが、エドガーとてここで負けるわけにはいかない。

この男には悪いが……速攻で勝負を決めさせてもらう腹積もりである。

それから数秒、互いに睨み合い、その気を膨らませていくと……室内に静けさと緊張感が満ちた。

 

《二人とも準備は良いな?》

 

そろそろ良いか、と、タイミングを見計らったゼンが確認を取り……両者は頷く。さてさて。

 

《では―――》

 

そこで、エドガーは決意する。

 

 

――――――――初めッッ!!!

 

 

たまには、良いところを見せておくとしよう、と。

 

 

「「ぬおぁッ!!」」

 

 

合図とほぼ同時。両者の熱き雄叫びが響き、そして。

 

 

瞬きをする間も無い、まさに刹那の、その瞬間。

 

 

 

――――――――ダンッッ!!

 

 

 

決着は、付いた。

 

 

「「「……」」」

 

 

あまりにも一瞬の出来事に、ギャラリーの反応も追いつかない。

 

かくして、その勝者は。

 

 

《そこまでッッ!!勝者――――エドガー・アルベルトォッッ!!!!》

 

 

ゼンのやたらテンションの上がった実況。

 

それと共に、この一室がお祭り状態と化した。地鳴りのように響くそのド級の振動に加え、どこぞのライヴ会場かと見紛う程に、ギャラリーが湧き上がっている。たかだか腕相撲の一戦目でこの盛り上がり様とは。

 

つい先程までやる気の欠片も感じさせなかった者達とは、到底思えない。

 

《いや~素晴らしい戦いだったね!実況席の皆!一回戦はどうだったかい!》

《ああ。相手選手も相当の実力を持っていると見えるが、さすがはエドガーだ。正直、見ていて胸が熱くなってしまうな、これは》

《す、すごい盛り上がりですね!隊長が勝ってくれて、私たちも嬉しいです!(アミダ!)》

 

……ギャラリーだけでなく、実況席の者達まで何やら盛り上がっている。

エドガーとしては、勝てて嬉しいところではあるのだが、何だろうか。普段はスポットが当たらない職務ばかりをこなしていると言うこともあり、少々気恥ずかしいところではある。

 

良いところを見せようと決意したばかりではあるのだが。困ったものだ。

 

「君ならば、優勝するかも知れんな……本当の強者は誰なのか、皆にも見せてくれ」

 

試合終了後、相手はエドガーを讃えるとリングから離れ、ギャラリーの中へとその身を投じた。

……何はともあれ、一回戦は無事突破である。

これから先、更なる強敵たちが待ち構えていることだろうが……これも全て優勝賞品の為。

 

それにゼンの手前でもある。絶対に負けられない。

 

再度決意を固めたエドガーはリングを離れ、次の戦いに向け集中力を高めることにした―――――

 

 

――――――――

――――

――

 

 

……。

 

どういうことだ、これは。

 

「まさかのパターンだな」

 

さて、困惑するエドガーはさておき。これまでの経過を説明しよう。

 

結論から言うと、エドガー・アルベルトは並み居る強豪たちとの戦いを制し、見事に優勝した。

そこには涙なしには語れない、男たちの熱き・負けられない戦いがあった。

誰しもがプライドと欲を賭け、最終的にはあまりに力を入れ過ぎて筋肉をつるものも続出。

多少の怪我人すら輩出すると言う腕相撲デスマッチへと変貌を遂げてはいたが、それでもなんとか、エドガーは勝った。

 

そう、勝ったのだが。

 

「俺としても『これ』は聞いていないんだが……」

 

今、エドガーは机を挟んで、一人の男と対峙していた。

黒髪・黒目で、東洋人顔。その辺り出身だと、平均的容姿ともとれる出で立ちをした若者だ。

ただ、彼らと少し……大分違うところとして、その身から発せられる謎の威圧感が存在してるが。

 

言うまでもなく、ネームレスのリンクスである。

 

ことの発端は、アブ・マーシュの『エクストリームマッチを開催します!』などと言った台詞だ。

無事優勝したエドガーではあったのだが、男のこの台詞で、全てが茶番だったことに気が付いた。

恐らくだがここまでの腕相撲の目的は、ゼンに対峙させるための強者を選出することにあった。

 

ゼンの身体能力を簡易的に測ることを目的として、今回の催し物が行われたのだろう。

 

《これは世紀の一戦だねぇ!皆も盛り上がっているよ!》

《わ、私たちはどちらを応援すればよいのでしょうかっ(アミミ……)》

 

いや、自分の方に決まっているだろう。エドガーは内心そう突っ込んだ。

今現在、エドガーはゼンと左腕を組まされてはいるが……もう分かる。これは、ヤバい奴である。

男性諸君なら分かっていただけるとは思うが、腕相撲は組んだ瞬間に相手の強さと言うものが大体把握できる。これが本能のなせる技なのかどうなのかは分からないが……とにかく。

 

もう絶対勝てない。思い込みでは無く、確信できる未来である。

 

それぐらい、目の前の男の掌から伝わってくる力強さが、尋常ではない。

エドガーは冷や汗を流す。まさかゼンと言う男と対峙することがここまで厳しいものだとは、思ってもみなかった。

 

「第一MTの隊長、勝てるかね」

「筋肉量の差を見ろ。リンクスの方は重く見積もって体重70㎏未満だろう。対して第一の方は大体90㎏代か? まぁ如何にリンクスと言えども、単純なフィジカル勝負じゃ隊長さんの方に軍配が上がるだろうな」

「お前知らないのかよ。リンクスの方、ああ見えて体重100kgはありそうだって話だぜ」

「は!?ひっ……おまっ。え?冗談抜かすな」

 

冗談ではない。

 

と、言うか、そうでも無いと怪物達特有のネクスト超機動に耐えられないだろう。

そう言う風に設計されているはずなのだ、ゼン達の身体は。一般的に言われる『超人』すら凌ぐ身体機能を有していなければ、あの動きに耐えられずにとうの昔に死んでいるはずだ。

 

だからこそマズイ。この後、自らの左腕は原型を留めているのかどうかが怪しい。

 

「エドガー」

「何だ」

「ゆっくり力を入れていかないか? いきなり全力では、怪我をしてしまうかもしれない」

「良い提案だな。是非ともそうさせてもらう」

 

ゼンからの提案に、内心ホッとするエドガー。

突然ゼンのフルパワーなんぞぶつけられた日には、左腕とさよならを告げる必要があるだろう。

これで安心して腕相撲に臨むことが出来る……多分。

 

《二人とも、準備は良いかな!》

 

マーシュの言葉に、対峙する両者はコクリと頷く……しかし、これは少し面白いかもしれない。

エドガー自身としては、自分がどの程度プレッシャーを与えることが出来るのかを知れるチャンスでもある訳であるし。

 

《じゃ、あとはお互いのタイミングでどうぞ!》

 

その言葉を皮切りに。

 

「では、ゆっくり、な」

「ああ」

 

エドガー達は腕相撲を開始した。

ゼンの言うとおり、ゆっくり、ゆっくりと……その腕に力を入れていく。

 

まずは……10%

 

「「……」」

 

……25%

 

「「……」」

 

40%

 

「「……」」

 

そして、60%

 

「……大丈夫か?」

 

ゼンからの確認。

 

流石にまだ大丈夫だ。この調子なら、まだまだいける。

エドガーはゼンの問いに答える代わりに、組んだ左腕に力を込めた。さてさて……どうなるか。

 

では次は、70%程度から。

 

「「……」」

 

エドガーとしては、さすがに、少しきついが……80%

 

「……」

「……っ」

 

そこで思わずゼンの方を見る。

 

力むエドガーに対し、目の前の怪物は、腕相撲が開始された当初から殆ど顔色が変わっていない。

体格差的に、本来ならここいらで勝負が決まっても何らおかしくは無いはずなのだが……やはりこの男、普通ではない。いや、わかってはいたのだが、実際こう見せつけられるとなると。

 

些か。

 

「ゼン」

「何だ」

「本気を出すぞ」

「ああ」

 

熱くならざるを得ない。

 

90%……を、

 

 

 

飛ばして

 

 

 

「―――――ッッ!!!!おアァッッ!!!!」

 

 

 

100%。

 

 

エドガーは、小細工なし、単純な力比べで、ゼンと勝負を行った。

正直勝てる気はしていなかった、が。今だけは。本気で勝つ気で、この怪物を打ち倒すべく、自分の持てる力の全てを出した。

 

そして、この時エドガーは気が付いていなかったが、彼は所謂火事場の馬鹿力を発揮していた。

彼も男だ。こういう形ではあるが、自分の思う世界最強の男と戦えて、通常時のそれよりも遥かに良いパフォーマンスを発揮出来ていたのだ。それはつまり、100㎏近い体重の、鍛え上げられた男性の本当の意味でのフルパワーが発揮されたという事であり……

 

 

――――――ゴッッ!!!

 

 

ほんの一瞬。怪物の力を凌いだ。

ゼンの倒された左腕、そしてその衝撃音を聞いた時、ギャラリーの誰もが思った。勝った、と。

この勝負、エドガー・アルベルトの勝ちだと。

 

 

だが、しかし。

 

 

「……ッッ!!」

 

 

エドガーの倒した怪物の腕は――――その手首が机に付くまでに留まった。

詳しいルールは知らないが、少なくともこの場において。エドガーの認識としては、手の甲が完全に机に押し倒されるまでは終わりではない。つまり……

 

まだ、死んでいない。終わっていない。

 

「……エドガー、敢えて言っておくっ」

「なんッ……だッ……!!」

「『本来』なら、俺の負けだった――――では、行くぞッ!!」

「来ッ……いッ!!!!」

 

今度は、怪物のターンだ。

 

ここを耐えきれば勝てる。押し込んでいるエドガーが有利なのは誰の目に見ても明らかだ。

このままゼンに押し戻されさえしなければ、勝機はある。

 

しかし。

 

 

「――――フッッ!!!」

 

 

それは、叶わない。

 

他ならぬエドガーが、その事を一番よく理解できていた。

怪物は、短く息を吐くと同時。抑え込まれていた腕を、まさしく人外じみたパワーで押し戻した。

そして、その直後に……

 

 

雌雄は決した。

 

 

「「……」」

 

 

音は無かった。エドガー・アルベルトの手の甲は、とても優しく、机の上に押し倒されたのだ。

そのまま、静寂が室内を包み込む訳であるが……まぁ、こうなることは分かっていた。

皆には悪いが、そもそも『あの時点』でゼンを倒すことが出来なかった時点で、無理である。

 

唯一にして決定的なチャンスだったのだが……やはり、ダメだったか。

 

最後はエドガーの身を気づかって、極力衝撃を与えないようにしてもいた訳であるし。

全く、何とも優しい男である。ただ、何だ、エドガー自身としては大満足だ。我ながら良くや……

 

 

「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」」」」

 

 

突然の大歓声。

 

今日は大なり小なり騒ぎは生じていたものの、間違いなく本日一の歓声だろう。

エドガーはそれに驚くが、それと同時に、目の前の怪物に組んだ左手を高く掲げられてしまう。

 

そして、一言。

 

「俺の相棒は、凄いだろう?」

 

……。

 

どうやら、今日の『ゼンに良いところを見せる作戦』は成功したらしい。

エドガーは小さく笑うと、ゼンと二人でギャラリーに応えるように、更にその腕を高く掲げた。

 

《うんうん。素晴らしい戦いだったよ。思わず僕も感動して泣いてしまうところさ!》

《ガッゴいいッッ、二人とも、がっごいいでずぅぅ(ア゛ミ゛ア゛ミ゛)》

 

いや、泣く程ではないだろう。

 

 

――――――――

――――

――

 

 

後日、エドガーには優勝賞品が贈呈され、一人でにやにやしながら眺め倒していたとか何とか。

 

 


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