GANTZ『焔』   作:マジカル☆さくやちゃんスター

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第11話 100点めにゅ~から選んで下さい

 ミッションが終わり、部屋に転送された生存者達は暗い雰囲気に包まれていた。

 一時間前は十八人と二匹もいたのに、戻って来たのは八人と二匹だけだ。

 実に半数が今回のミッションで命を落としてしまった事になる。

 特に岸本を失った加藤と玄野の失意は深く、まるで通夜のようだ。

 それでも玄野にはまだ救いがあった。

 今回から参戦し、玄野の恋人となってくれた桜丘聖が生きている。

 無言で涙を流す玄野をあやすように桜丘が優しく抱きしめ、彼の嘆きを受け止めていた。

 一方の加藤は生きているのに死んだように覇気がない。

 彼を打ちのめしたのは岸本達の死だけではない。駆け付けたほむらが何の問題もなく千手観音を葬ってしまった事実こそが彼に止めを刺していた。

 

(お、俺が……俺が暁美に余計な指示を出さなければ……。

そうすれば岸本は死ななかッた……あの二人だッて……)

 

 “暁美ほむらは千手観音に勝てた”。

 ならば自分のした事は何だったのだと加藤は思う。

 放っておけば勝手に強敵を始末してくれた仲間の邪魔をし、余計な犠牲を出しただけではないか。

 リーダー気取りで指示を出し、そして加藤を信じて付いてきた仲間が死んだ。

 守るという事は背負うという事。背負った者が迷走して崖から飛び降りてしまえば、当然背負われた者も一緒に落ちる。

 崩れる道の上でどこに進むべきかと優柔不断に迷い続けて結局落ちてしまえば、やはり背負われた者も落ちる。

 迷いは少なく、されど迂闊な動きはせず。

 矛盾しているようだが、それがリーダーに求められる事だ。

 守るという言葉は軽くない。その事実を加藤は今になってようやく、本当の意味で理解していた。

 

「おばあぢゃあああん! もうおうぢがえりだいいいい!」

「よしよし、亮太。もうすぐ帰れるからねえ」

 

 何もせずにひたすら隠れていた亮太が我儘を言い、カヨが困ったようにあやす。

 戦力はなくとも加藤についてこなかった者が生き、戦力があるのについてきた者が死んでしまった。

 それもまた、加藤を打ちのめす要因の一つであった。

 

「キュゥ……ン。クゥゥン」

 

 犬は落ち着きなく辺りを探しているが、いくら探しても探し人が見当たらずに肩を落とす。

 この犬は岸本に懐いていたが、もう岸本は帰って来ない。

 その事を犬なりに察したのだろう。その顔はどこか寂しげであった。

 そしてミッションが終わってから初めて岸本の死を知ったほむらは、何も言わずに窓の外を眺めている為にその表情は見えない。

 だが、その握り拳は……僅かに震えていた。

 

『それぢわ ちいてんをはじめる』

 

 ガンツがいつも通りに採点を開始する。

 だが玄野達は見向きもせず、ただ無言で岸本を想い続けていた。

 

『かとうちゃ(笑)。0てん。

リーだーなのにかつやくしなちすぎ』

 

『くろのくん。5てん。

TOtAL10てん。あと90てんでおわり』

 

 どちらも解放からは程遠い。

 あれだけ死に、失い、苦しみ、それでも解放までの道がまだ開けない。

 

『たらこくちびる。0てん。

がんばリはかんじる』

 

『からてか。6てん。

TOtAL6てん。あと94てんでおわり』

 

『じえいかん。9てん。

TOtAL9てん。あと91てんでおわり』

 

『ばばあ。0てん。

かくれすぎ。もっとなんかしろ』

 

『ガキ。0てん。

わがままいいすぎ』

 

『犬。0てん。

きょにゅうさがしすぎ』

 

『へんなの。0てん。

やくにたってはいるのだが……』

 

 生き残っているのはJJ以外はほとんど前に出て戦っていなかった者達だ。

 故にその点数も低く、解放は夢のまた夢だろう。

 この中で解放の芽があるのは東郷とJJ、桜丘の三人くらいだ。

 戦わなければ生き残れない。それがガンツのルールなのだから。

 

『ほむら。101てん。

TOtAL187てん。100点めにゅ~から選んで下さい』

 

 一人だけ圧巻の点数であった。

 最初の仁王像から始まり、雑魚仏像をあらかた潰して最後には千手観音を倒したのもほむらだ。

 故にこれは当然の採点であり、強い者は先に解放されて弱い者だけが取り残されて死ぬという残酷な事実だけが示されていた。

 そして、どうでもいいがここだけちゃんと『下ちい』ではなく『下さい』になっている。

 

『100点めにゅ~。

1、記憶をけされて解放される。

2、より強力な武器を与えられる。

3、MEMORYの中から人間を再生でちる』

 

 ほむらは腕を組み、しばし思案する。

 100点を獲得した者への褒美は解放か、強い武器を得ての継続か、あるいは死者の再生かの三択らしい。

 まず……1はない。

 解放されたとしても、本当に無関係になるかというと疑問が残るからだ。

 一般人には見えていないだけで星人は確かにこの星におり、夜にはガンツに呼び出された死者と星人の戦いが起こっている。

 Xガンで壁を破壊出来た事から、見えていないだけでガンツの戦士や星人が一般人に攻撃できる事も簡単に予想出来る。

 そもそも、ここまでガンツの手引きとはいえ星人を抹殺してきた者が自由になったとして、それで本当に狙われないのだろうか。

 星人がもし逆襲してきたら? 先手を打ってこちらを殺しに来たら? その時ガンツは守ってくれるのか?

 ガンツからの解放とは、ただ記憶を消して呼び出さなくなるだけで、その後の事など一切関与しない放流に過ぎないのではないか?

 戦いから解放されるが、代わりに自衛手段を失う。それが1の選択肢の正体であるとほむらは推測した。

 

「暁美ッ! 頼むッ、岸本をッ、岸本をッ、生き返らせてくれッ!

俺を庇って死んでしまッた岸本をッ! 頼む、暁美!」

「俺からもお願いだ暁美! どうか、どうか岸本を……!

お前ならッ、また100点くらいすぐ取れるだろッ!」

 

 加藤と玄野がほむらに縋り、泣きながら岸本の復活を請う。

 恥も外聞もないが、それだけ岸本が大事だったという事なのだろう。

 しかしほむらが二人に向ける眼差しは、どこまでも冷たいものであった。

 願いを他人の為に使う……その愚かさと末路は身に染みて知っている。

 

「それで……岸本さんを生き返らせて、またこの地獄に突き落すの? また0点からスタートさせて、星人に殺されるまで戦わせるの?」

「ッ!」

 

 ほむらの言葉に加藤と玄野は言葉に詰まった。

 そんなつもりではなかった。

 だが生き返らせるというのはそういう事なのだ。

 生き返っても、待っているのは殺し合いという名の地獄でしかない。

 

「断言するわ。仮にここで私が岸本さんを再生させても……結局いつか、どこかで死ぬことになる。

あの人は戦いになんて向いてないのよ。

貴方達は彼女の苦しみを無駄に長引かせたいの?」

「そ、それは……そんな、つもりじゃ……」

「それと……多分、再生を選んでも貴方達の知る岸本さんは戻って来ない」

 

 ほむらはガンツを見ながら、少し沈んだ声で言った。

 生き返らせたい気持ちがないわけではない。

 だがガンツによる再生は論外だ。

 何故ならこれは蘇生ではなく……きっと、コピーだから。

 

「どういう、ことだ……?」

「私達のオリジナルが死んだ時と同じよ。

ここで再生を願っても、実際にこのミッションで死んだ岸本さんが帰って来るわけではない。

恐らくは……死ぬ前の岸本さんの記憶と人格を持ち、本人と区別が付かない……三人目(・・・)の岸本恵が新たに生み出される(・・・・・・)だけ。

そういう意味では、ここにいる全員が生後一年も経っていない生まれたての人間と言えるわね」

「そ、そんな事……」

「そんな事があるのよ。だって実際、岸本さんは二人いるでしょう?

例えば今回生き返らせて、次に私が100点を取ったらもう一度岸本さんを生き返らせればどうなるか……。

きっと、生きている岸本さんとは無関係に新しく岸本さんが再生され、二人に増えるでしょうね。

……ねえ……それって生き返らせているって言える?」

 

 玄野も加藤も、ほむらの言葉を嘘と思う事は出来なかった。

 何故なら実際に、岸本はオリジナルが生きているのだ。

 生きているのに、ここで『再生』されてしまった。

 そんなものは蘇生でも何でもない。ただのコピーだ。

 岸本を再生するという願いは、今まで共に戦ってきた岸本を取り戻すものではない。

 死ぬ前の岸本の記憶を持つ、全く別の誰かをここに生み出すだけの行為なのだ。

 

「岸本さんを生き返らせたいというのは、貴方達のエゴよ。

貴方達が寂しいから戻って来て欲しい……そんな事の為にまた一人、この地獄に突き落としていいの? 私はそうは思わない」

 

 肉体も記憶も人格も、その全てが同じならば確かに本人と言えるかもしれない。

 だがそれが二人いれば、やはり別の人間なのだ。

 そしてほむらは魂というものが存在している事を知っている。

 きっと、前の岸本と新たに生まれて来る岸本は魂が違う。

 ならば再生とは、本来別の所で生まれるはずだった魂をこの地獄に引きずり込む事でしかない。

 

「岸本さんは生き返らせない……生き返らない。

哀れなコピーを増やす気は、私にはないわ」

 

 こう言われてしまえば、玄野も加藤も黙るしかない。

 岸本は戻って来ないし、再生させても新しい犠牲者を一人増やすだけなのだ。

 要するにガンツの再生はただの自己満足である。何も救えない、見せかけの希望だ。

 

「それでも再生したいなら……自力で100点を取れるくらいに強くなる事ね。

生み出した岸本さんに敵を倒させ、100点を取って自由になるまで守れるならば、やるといいわ。

ただし、今の貴方達では絶対に無理だと思うけど」

 

 ほむらは厳しく二人に言い、それから改めてガンツを見る。

 1も駄目、3も駄目となれば叶える願いは決まっている。

 異星人が地球にいるという事を知ったのは考えによっては僥倖で、ここに誘われたのも決して悪い事ではない。

 せっかく掴んだはずのまどかの幸せ、まどかの日常。

 だがそれを脅かす可能性があるならば、摘み取る事こそが己の使命だ。

 今ここにいる自分は暁美ほむらではなく、そのコピーに過ぎないが、まどかを守りたい気持ちに嘘はない。

 ならば必要なのは見せかけの希望などではなく、確かな力だ。

 

 ガンツの前に立つほむらの選択を、全員が息を呑んで見守った。

 去るのか、それとも戦うのか。

 普通に考えれば解放を選ぶだろう。誰でもそうだ。

 しかしそれは即ち、次回からは暁美ほむらがいなくなるという事でもある。

 たったの三回ではあるが、圧倒的な力を見せつけてたったの三回で100点まで到達したこの戦力を喪失するのはあまりに痛手だ。

 それは一つの死刑宣告に近く、カヨや亮太は涙すら浮かべている。

 やがてほむらは意を決したように、願いを口にした。

 

「2を選択するわ」

 

 まどかを守れる私になりたい。

 その最初の願いを覚えている。決して忘れない。

 だから私は戦い続ける――この世界を守る為に。

 

 それが死して尚揺らがない、ほむらの選択であった。

 

 

 暗い空気のままその日は解散となり、ほむらはまだ食べていなかった夕飯を作っていた。

 作ると言っても、今日は簡単にペペロンチーノで済ませるつもりだ。

 慣れた手つきで二つの皿にパスタを盛り、片方は多めに入れる。

 それからトッピングの半熟卵を乗せてテーブルに運び……そこで、ほむらは失敗に気付いた。

 

「……ああ、そうか……そうだったわね……」

 

 コトリ、と自分の席に皿を置き、大盛の皿を対面側に置く。

 そうすれば少しは気が晴れるかと思ったが、逆に一層現実を実感しただけであった。

 ここ一月の癖で、つい二人分作ってしまった。

 あの少女ときたら見た目に反して意外と食べるので量を用意するのも大変だったし、多く盛る癖までついた。

 だが、それでも……それでも、美味しいと笑顔で食べてくれるのだけは、悪い気分ではなかった。

 

「もう……居ないんだっけ……」

 

 あまり好きなタイプの人種ではなかった。

 騒がしいし、重いし、やたらじゃれてくるし、正直鬱陶しいと思っていた。

 だがいなくなってしまえば、部屋は広く感じられるし妙に静かに思えてしまう。

 床に視線を落としたまましばらく佇んでいると、ほむら以外誰もいないはずの室内から音が聞こえた。

 視線を向ければ、そこにはいつもはとっくに帰っているはずの犬の姿がある。

 犬は部屋をうろついて匂いを嗅ぎ、もう戻って来ない岸本を探し続けていた。

 

「あら、まだいたの……」

「キュウン……」

「お前、岸本さんに懐いていたものね……けど、いくら待ってももう戻って来ないのよ」

「クゥン……」

 

 ほむらの言葉に、犬は目に見えて落ち込んだ。

 ガンツの採点も理解している節があるし、案外賢いのかもしれない。

 ほむらは携帯電話で犬に食べさせてもいい野菜を調べ、紙皿の上に刻んだキャベツを置いて犬の前に差し出した。

 それからほむら自身も椅子に座り、遅めの夕飯を食べ始める。

 

 

 その日、同居人の好みに合わせて少し濃い目の味付けをしたはずのパスタは、不思議と味が感じられなかった。




・岸本の死に関して
表面上は冷徹に振るまっていますが、実はソウルジェムがあれば割と濁るくらいにはダメージを受けているようです。

【どこまでが“同一個体”でどこからが“別個体”か】
※あくまでのこのSSでの解釈です。

1、転送
ガンツの部屋に連れて来られる時やミッションに送り出されるとき、帰されるときも実は転送ではなく前の個体を破棄して新しく複製を作っている可能性はゼロではない。
西のFAX理論をそのまま当てはめると、転送のたびに別個体が生み出されている事になる。
しかしもしそうだった場合は財閥チームは自分では転送をやりたがらないはずだが、作中では何の躊躇もなく自らを巨人の宇宙船に転送しているので別個体説は考えにくい。
というかカタストロフィ編で再生不可能になっても転送は普通に出来ていたので再生と転送は明らかに別。
少なくともこのSSでは、転送は別個体ではなく同一個体。

2、ダメージ
ガンツのミッションでダメージを受けた場合、ダメージを受ける前の状態でガンツ部屋に再生される。
加藤はねぎ星人を羽交い絞めにしている姿勢のまま部屋に戻り、玄野は千手観音を撃とうとしている状態で戻った。
この事から『ダメージを受ける前の状態を再現しただけの別個体』を複製しているだけという可能性が考えられる。
しかし後に玄野は失ったはずの記憶である『田中星人ボスとの戦闘』を回想で思い出しており、もし別個体ならばこの記憶は持ちえないのでやはり同一個体と考えるのが自然。
(ただの原作者のミスという可能性は考えない事にする)
また、カタストロフィでは大阪の眼鏡君が記憶を保持したまま転送によって足を再生されているので、この事からこのSSではダメージを受けての再生転送も同一個体とする。

3、100点メニューの再生
別個体。
これはもう、玄野が二人に増えてしまった事からも確定と見ていい。
つまり和泉に斬られたタエちゃんとレイカが再生したタエちゃんは別人だし、氷川に斬られた玄野と大阪ミッション後に加藤が再生させた玄野も別人。

4、ガンツ部屋に初めて招かれた時
別個体。
岸本が二人に増えた事からもこれは確定。
当然だが新宿大虐殺をした和泉と部屋に戻ってきた和泉も別人。
和泉は部屋に戻りたい一心であんな事をしたが実際には部屋に戻れたわけではなくそのまま死亡し、自分のコピーを部屋に増やしただけ。

5、神星人による再生
同一個体の可能性が極めて高い。
ガンツによる再生との違いは、自分が死んだ存在であるという事をしっかり認識しているという点。
つまり致命傷を受けた後の記憶もあり、ガンツによる再生のように雑に致命傷を負う前の状態で復元されているわけではない。
つまり神星人は本当に死者を復活させている。
神星人は魂を認識しているので、新しく作った肉体に死者の魂を入れていると思われる。

6、まとめ
原作玄野で言うと以下の通りになる。

・玄野A(オリジナル)
地下鉄で加藤と一緒に死亡。

・玄野B(ねぎ星人~ぬらりひょん前)
ガンツの部屋に送られた後の玄野。
スーツを着てねぎ親父を倒したり田中星人と戦ったり、千手によって一人にされたり、タエちゃん(A)に告白して付き合ったり、レイカに惚れられたり、オニ星人を倒したりしたのはこの個体。
100点を取って解放されたものの、氷川に斬り殺されてしまった。

・玄野C(ぬらりひょん後~最終話)
加藤によって再生された玄野。
オニ星人編で解放される直前の状態を再現されており、解放された後の事は一切知らない。
巨人の宇宙船に乗り込んでタエちゃんタエちゃんと泣いていたのはこの個体。
イヴァ・グーンドを倒したのも彼。
最終話まで生存し、最後は「玄野くんありがとー」と皆に祝福されながらタエちゃん(B)の膝で眠った。

・玄野D(ラストミッション~真理の部屋)
レイカによって再生された玄野。通称コピー玄野。
日本各地のチームに声をかけて宇宙船に攫われた人々を救いに行ったのはこの玄野。
「タエちゃんにもう一度会いたかった」という台詞があるが、実は彼はタエちゃんとは一度も会話すらしていない。
最後は神星人に斬りかかって死亡した。

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