GANTZ『焔』 作:マジカル☆さくやちゃんスター
ブラキオサウルスを仕留めたほむらだったが、戦いはまだ続いていた。
ブラキオサウルスは一体ではなく、もう一体いたのだ。
それも、先程の個体よりも遥かに巨大な親とも呼ぶべきものが。
加えて頭部には鋭利な刃が付いており、攻撃力も先程の個体とは比較にならない。
恐らくはこれがボスだろうとは思うが、ボスと思われた大仏が単なる前座でしかなかった千手観音戦の前例もあるので油断は禁物だろう
どちらにせよ、やる事は一つ。現れるならば倒すだけだ。
「許すまじ……許すまじ、小さき者。
我が子を殺めた者……この身滅びるまで滅してくれよう。覚悟せよ、小さき者」
ブラキオサウルスは流暢に言葉を話しながら、ほむらへの憎悪を滾らせていた。
しかしほむらはその憎悪を氷のような無表情で受け流しながら、恐竜の猛攻を悠々と避ける。
このブラキオサウルスはその巨体を活かした踏み付けや、長い首を使っての頭突きが主な攻撃手段だ。
特に頭突きは、本物のブラキオサウルスにはない刃が頭部に付いているので当たれば一撃必殺の威力を秘めている事だろう。
ただしそれは当たれば、の話だ。
ブラキオサウルスの不幸は、ここが室内だった事だろう。
恐竜博は多くの客が入り、恐竜の骨を展示するという役割上、普通の建物よりは言うまでもなく広い。
しかしそれでも室内である事に違いはなく、ブラキオサウルスの巨体には窮屈な場となってしまう。
首を高速で振り、加速を乗せて頭突きを放つ。
しかし壁や障害物のせいで思うように動けず、その軌道はどうしても限定されてしまう。
来る場所が分かれば避けるのは容易い。
ほむらは迫りくる打突を前に顔色一つ変える事なく、最小限の動きだけで避けてみせる。
そればかりか、ブラキオサウルスの嵐のような猛攻に晒されながら少しずつ前へと前進していた。
その異常さは、他の恐竜を始末して駆け付けてきた和泉が戦慄するほどだ。
(何だ……アイツは……何故あんな動きが出来る……!?)
和泉にはブラキオサウルスの打突は見えない。
それほどに速く鋭い攻撃なのだ。
自分がほむらと同じ場所にいたとして、あの打突を何度も凌げる自信などない。
だがそれをほむらは平然と行っているのだ……あろうことか、スーツなしで。
(暁美ほむら……人間、なのか……?)
『黒い玉の部屋』の管理人は基本的に毒舌で、地の文でも登場人物を『間抜け』だの『偽善者』だの『痴女』だのと散々に扱き下ろす。
だがそんな中にあって暁美ほむらへの評価は『長い付き合いになるだろう』という、彼なりの最高評価であった。
これは結局の所、管理人――西丈一郎が田中星人との戦いで呆気なく死んでしまった為、長い付き合いにはならなかったのだが、これは要するに西をしてほむらは死なずに残り続けると確信するほどに別格だったという事だ。
そして実際に目で見て、それは正しかったと和泉も理解した。
確かに別格だ。他の連中とはレベルが違う。
身体能力が怪物染みているというだけではない。『読み』のレベルがおかしいのだ。
今だって、恐竜の打突を避けている動きそのものは派手ではない。常人並の動きしかしていない。
なのに掠りもしないのだ。敵の攻撃を完全に読み切り、徒歩だけで回避してしまっている。
場慣れしているという次元ではない。
ガンツのミッションと同等かそれ以上の修羅場を毎日潜り抜けて来たかのような異常な場慣れ。非日常と日常の融合。
他の連中のように日常から非日常に来たのではない。
別の非日常からこの非日常へ迷い込んできた……としか形容出来ない異端さが暁美ほむらにはある。
まるで別世界の住民であった。
暁美ほむらは自分達が見ていない物を見て自分達の知らない道を歩んできた存在だ。
(別世界の中の更なる別世界の住民、か……)
ゾクゾクとした高揚感が背筋を駆け抜けて行く。
冷や汗が気持ち悪いくらいに流れるが、それに反比例して和泉の口元は弧を描いていた。
やはり帰ってきて正解だった。
そう思う和泉の前でブラキオサウルスが地面に頭突きをし、砂塵が巻き上がる。
そして顔を上げた時――刃の峰の上に、ほむらが乗っていた。
ブラキオサウルスは気付いていない。彼の刃は頭の上に付いているのでそこに乗られてしまうと、どうしても死角となる。
そんなブラキオサウルスに向けてほむらがXショットガンを発射し、そのまま軽やかに跳躍して地面に着地した。
その直後にブラキオサウルスが倒れ、動かなくなる。
外傷はない。だがXショットガンのロックオン機能で心臓をピンポイントに破壊され、絶命したのだ。
そのブラキオサウルスへZガンで止めを刺し、原型を留めない肉塊へと変えてほむらは優雅に髪をかきあげた。
(戦いは常に冷静に……それでいて止めは容赦なく、念入りに、か……。
慣れている……恐ろしいほどに)
ほむらは今の戦いで汗一つかいてはいない。
身体を動かした事による体温調節の汗も、精神的動揺による冷や汗もない。
それはつまり、肉体的にも精神的にも余裕の戦いだったという事だ。
……ふと、和泉紫音は自分の腕が震えている事に気付いた。
それは恐怖から来るものなのかもしれないし、興奮から来るものなのかもしれない。
今、彼の心を占めているのは歓喜と恐怖であった。
生まれて初めて、格上と認める他ない他者と出会った。
何をしても人より出来て、何をしても褒めたたえられる。何もしなくてもその容姿のおかげでチヤホヤされる。
何一つとして手応えのない日々……自分以外の人間がレベルの低い動物にしか思えなかった。
そんな彼だからこそ、この地獄に戻る事を求めた。
そして今、地獄の中で彼は出会ったのだ……世界の終わりすら何度も見届けてきた、暁美ほむらという存在に。
(超えてやるぞ……俺は、お前を超えてやる……!)
初めて、明確な目標が出来た。
こいつに並び、超えたいと願う相手に出会えた。
今はまだ、きっと相手の眼中にすらないだろう。
暁美ほむらは和泉紫音など、気にも留めていない。
今だって和泉に一瞥もくれる事なく、その横を通り過ぎて行った。
だが、いつか……いつか、無視出来ないようにしてやる。
そう和泉紫音は決意し、強くなりたいとこれまでになく強く想った。
◇
ボスを倒したほむらが外に出ると、どうやら玄野達の方も敵を掃討し終えたらしくこちらへ駆け寄って来るのが見えた。
犠牲者は今回もなしだ。全員が生きている。
倒れているラプトルの数は軽く三十を超えており、これだけでもメンバーの成長具合が分かるというものだ。
田中星人と戦っていた頃のメンバーならばまず、ほむら以外は全滅していただろう。
それを相手に無傷の完勝となれば、いつか全員が100点を取るのも夢物語ではない。
「あ、転送始まった」
まず最初に桜丘の頭が消え始めた。
随分と手応えのない相手だったが、本当にあれがボスだったらしい。
千手観音と比べると、その後の二回のミッションは少し拍子抜けしてしまいそうになる。
難易度を言えば田中星人からチビ星人、そして今回のかっぺ星人と順当に上がっているのだが……やはり途中の千手観音だけ出る順番を間違えている気がしてならない。
しかし全員が気を抜く中、ほむらは刺すような視線を感じて静かに臨戦態勢を維持した。
気配を感じたのだ……何かが、殺意を持ってこちらへ近付いて来る気配を。
「相撲だな。力士が一番だ」
「ふざけるな。裸のデブに何が出来んだよ」
「力士をただのデブだと思ってんのか? 全身筋肉の鎧なんだぜ」
「いやもう結果出てるから」
「結果が出ている……? ああ……あの事か。
確かに……そう、惨憺たる結果だった。
だが……彼等は力士じゃない。元力士だ」
どこでも聞くような『最強の格闘技談義』をしながら、四人の男達が駅の階段を降りてきた。
全員が黒いスーツを着用しているが、アクセサリやサングラスで飾ったその姿はサラリーマンというよりはホストにしか見えない。
その中で坊主頭のサングラスをかけた男が相撲最強説を推し、黒髪無精髭の男がそれを否定している。
「ボクシングのヘビー級チャンピオンだな。奴等には誰も勝てねえよ」
「ストリートファイトだぜ。殴る事しか出来ねえ奴等が勝てっかよ」
「ボクシングには蹴り技がない……そう思っていた時期が俺にもありました。
俺は色ンな異種格闘技見て答え出してんだよ。わかッてねーな」
「横綱に勝てる人間はいねえ。逆三角形は三角形に勝てないんだよ」
「いやヘビー級ボクサーだね。奴らのジャブは避ける事が出来ねえのさ」
二人の言い合いは平行線だ。
両者が最強と信じる者を推す以上、実際に戦って結果が出ない限りどちらも退かないだろう。
そこにリーダー格と思われる金髪の男が煙草を吹かしながら一石を投じた。
「ブルースリーは? ジークンドーだろ」
「……まァ、確かに……ブルースリーは強え」
一見すると何ら特筆すべき点のない日常の会話に思える。
そこら辺を偶然歩いているだけの仲のいい四人組に見えてしまっても無理はない。
しかし彼等はそんな会話をしながら、この場には『狩り』に来ているのだ。
「おッ、いたいたァ」
「よし……」
「まじかよ。あッ、ちょッと、コンタクトすんの忘れた」
「バーカ。早くしろよ」
そんな四人のやりとりを、ほむらは無関心を装って観察していた。
四人のうちの三人の目線はこちらを捉えている。
偶然こちらを向いているというのではない。間違いなくこちらの姿が見えている。
そして最後の一人がコンタクトレンズを嵌めると、彼の目線もしっかりとほむら達へと向いた。
どうやらあのコンタクトレンズを嵌めると、こちらが見えるようになるらしい。
この時点でまず、ただの一般人はあり得ない。
ほむらは視線を向けないまま、以前ヤクザから拝借した拳銃をポケットの中で手にした。
「なんだよ、消えてくぞオイ」
「さッさと片付けるぞ」
男達はあくまで自然な動作で近付いてくる。
そこには、これから何かをしようという緊張感はほとんど感じられない。
彼等もまた非日常の住人……日常の動作を行いながら眉一つ動かさずに人を殺める事が出来る。
そして坊主頭の男が指を向けると、何とその指先が本物の拳銃となって手から独立した。
その視線は、彼らから見て最も近い位置にいる加藤へと向けられている。
加藤は背中を向けて玄野と話しており、気付いていない。
そして黒服が発砲――。
――するよりも速く、ほむらが連続で放った銃弾が四人の眉間を撃ち抜いた。
「がッ!」
「ぐあッ」
「ちッ」
「おおッ!?」
四人の額から鮮血が吹き出し、突然の事に加藤達が驚愕の表情で振り返った。
ミッションが終わっているのに、突然無関係の男達を撃ったほむらの行動が理解出来なかったのだ。
しかしその驚きは新たな驚きによってすぐに塗り替えられる事となる。
眉間を撃たれたはずの四人が、死んでいないのだ。
「暁美! これは一体……」
「敵襲よ! 迎え撃ちなさい!」
事態を呑み込めていない加藤を叱咤し、ほむらは迷いなくZガンを発射した。
四人の男はすぐにその場から跳躍して重圧を避ける。
そのまま黒髪の男が指を銃に変えようとするも、驚くべき速度でほむらが彼の前に現れる。
彼等が避けると同時に……いや、避けるよりも先に跳ぶ方向を予測して先回りしていたのだ。
Xガンが躊躇なく連続で放たれ、そのままほむらは男に興味を失ったように彼を踏み台にして跳んだ。
「このこむす……がァッ!?」
黒髪の男が破裂し、血と肉片を撒き散らした。
続いてほむらは老人へと銃口を合わせるが、そこに金髪の男が刀を手に割って入る。
二対一……しかしほむらに動揺はなく、ガンツソードで金髪の男の斬撃を止めた。
一瞬の均衡――しかし男の表情が苦痛に染まり、力が緩む。
ほむらと男が鍔迫り合いをしているその僅かな隙を狙い、ライスが男のアキレス健を食い千切っていたのだ。
無論、その隙を逃すほむらではない。蹴りで金髪男を吹き飛ばし、体勢を立て直す。
着地と同時に老人がほむらに殴りかかるが、その腕が瞬時に弾け飛んだ。
「人を殺す時にはつまらんおしゃべりをしている暇に引き金を引く事だ……」
一早く事態を理解した東郷の援護射撃だ。
ほむらは腕を失った老人の顎にXガンを叩き込み、脳を揺らして動きを止めつつ連続で発砲。
素早く足払いで転倒させて次の敵へと向かい、老人は爆散した。
「せいやああッ!」
「空手かい!」
相撲最強説を推していた坊主頭の相手をしているのはJJだ。
最強の格闘技は空手だろ。そう拳で語りながらJJは男を打ちのめした。
男は何とか距離を空けようとするも、JJはそれを許さない。
巧みにフットワークを駆使して距離を潰し、的確に急所へ拳を刺していく。
その最中、不意に男の頭に手が乗せられた。
老人を始末したほむらが片手一本で彼の上に乗り、Xガンを脳天に突き付けていたのだ。
「待ッ……」
Xガンの引き金が引かれ、男の脳天に吸い込まれた。
そのまま結果を見届ける事もなくほむらは彼の上から降りて走った。
後ろで坊主が爆散し、金髪男の端正な顔が焦りに歪む。
彼とは和泉が斬り合いをしており、その技量は互角だ。
このまま割って入って止めを刺す。
そう考えていたほむらだが、しかし視界が突然あのマンションに変わった事で自分の転移が始まってしまった事を悟った。
どうやら、決着は次に会う時まで持ち越しになりそうだ。
氷川「脚本と違う(白目)」
【ホストざむらい(氷川)の髪の色】
金髪。しかし小説では青白い髪となっている。
吸血鬼で青白い髪……バシュッゴォォ……カッ……紅魔館爆発……。
……このSSでは普通に金髪という事にしておく。
色が違うのはまあ、イメチェンで染めてたとかでいいのではないだろうか。
どちらが地毛でどちらが染めたものかは分からないが……。