GANTZ『焔』   作:マジカル☆さくやちゃんスター

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第17話 我々には敵がいる

 今回も何とか、一人も欠ける事なく全員が部屋へと戻ってくる事が出来た。

 しかし場に漂うのは生還の喜びではなく、困惑だ。

 今まで一度だって、ミッションが終わった後に攻撃を受けた事などなかった。

 加藤はほむらが部屋に戻ってきたのを見ると、問い詰めるように声を発した。

 

「暁美……何で撃ッた? あいつらの目的が何かも分からないうちに撃つなんて……」

 

 加藤の目には、ほむらが先に戦端を開いたようにしか見えなかったのだろう。

 無理のない事だ。確かに先に発砲したのはほむらであり、彼女が一方的に攻撃を仕掛けたようにしか見えない。

 だがそんな加藤の肩を玄野が掴んだ。

 

「計ちゃん……?」

「加藤、違う……あいつら、最初から俺達と戦る気で来ていた……。

先に暁美が撃ッたんじゃない……あいつ等が武器を出したのが先だ。だから暁美が動いたんだ」

「し、しかし……」

 

 玄野に説得されても、加藤には納得出来ない事だった。

 もしかしたら話し合いに来ていたのかもしれないのに、いきなり人の姿をした者を撃つなど、加藤には到底出来ない事だ。

 そんな彼を和泉が鼻で笑う。

 

「おめでたい男だ。守られた事にも気付いていないのか」

「えッ」

「位置関係から言ッて、奴らに先手を許せばまず真ッ先に撃たれていたのはお前だ。

そもそも奴等は普通じゃない。明らかにこちらを認識していたし、頭を撃たれても死ななかッた」

 

 腕を組み、クールに決めながら和泉が言う。

 それは彼の美男子ぶりと相まって非常に様になるが、パンダが懐いて纏わりついているせいでイマイチ恰好がついていなかった。

 

「暁美、あの連中は何者なんだ? 人間……じゃねえよな」

「……敵である事は間違いないでしょうね。

大方、星人か何かの一種で、ガンツのミッションの対象になる前に私達の事を突き止めて襲撃してきたって所じゃないかしら。まあ、予想だけど」

「な、なるほど……そッか、そうだな。頭のいい星人がいれば、そりゃあ襲撃される前に襲撃しようッて思うか……」

 

 ほむらの推測に、玄野はとりあえず納得したようだ。

 他のメンバーも加藤以外は表情を引き締め、例の黒服達を敵であると強く認識する。

 人の姿をしているだとか、そんな事は関係ない。

 気を抜けばやられる……ならば次に会った時は容赦しない。そう決意を固めたのだ。

 

『それぢわ ちいてんをはじめる』

 

 こんな時でもガンツは空気というものを読まない。

 機械的に恒例の採点画面が表示され、全員がとりあえずそちらを向いた。

 

『かとう。4てん。

TOtAL7てん。あと93てんでおわり』

 

 加藤はラプトルを四体ほどYガンで倒したが、点数が低い。

 どうやらラプトルは見た目に反してたったの一点しか点数がないらしい。

 

『くろのくん。13てん。

TOtAL38てん。あと62てんでおわり』

 

 玄野はラプトルとしか戦っていないはずだが、一人で13体も始末したらしい。

 Xガンのマルチロックオンを使用したのだろうが、それにしても凄まじい暴れぶりだ。

 順調に才能を開花させ始めているようである。

 

『さくらおか。7てん。

TOtAL13てん。あと87てんでおわり』

 

 バイクで引き逃げアタックを繰り返した桜丘は、ラプトルを弱らせるという役割は果たしていたものの、止め自体は他に譲ってしまっていた。

 しかし決して活躍していなかったわけではない。

 

『じぇいじぇい。6てん。

TOtAL18てん。あと82てんでおわり』

 

 JJは僅かに六体。やはりいくら強くても素手ではあまり効率がよくない。

 むしろ玄野がマルチロックオンで一斉に仕留める前にこれだけの数を素手で倒したのを褒めるべきだろう。

 

『とうごう。15てん。

TOtAL42てん。あと58てんでおわり』

 

 狙撃手は今日も強い。

 ラプトルを数匹始末し、かっぺ星人も撃破した彼は今や立派なエースだ。

 

『いずみくん。11てん。

TOtAL11てん。あと89てんでおわり』

 

 こちらは量より質で、玄野達のいない所でトリケラトプスを相手に奮闘をしていたが点数では玄野や東郷に一歩負けてしまった。

 しかし今後の活躍に期待出来る点数だ。

 

『らいす。5てん。

TOtAL14てん。あと86てんでおわり』

 

 基本的に援護に徹し、敵の脚などを狙うライスは点数をあまり稼げない。

 しかしそれでも、0点常習だった昔と比べれば見違える成長である。

 

『へんなの。0てん。

わけがわからないよ』

 

 相変わらず役に立たないナマモノである。

 

『ホイホイ。0てん。

やるきは感じるのだが和泉につきまといすぎ』

 

 パンダは採点にまるで興味を示さず、今も和泉にじゃれている。

 一体和泉の何がそんなに気に入ったのかは、きっとパンダ自身にしか分からないだろう。

 

『ほむら。50てん。

TOtAL83てん。あと17てんでおわり』

 

 そして今日も点数を荒稼ぎしたのはほむらだ。

 彼女がいるせいで皆が点数を稼げず解放が遠のくが、彼女がいるから生存率が上がっている。

 実際、彼女がいなければこの中の何人かは今頃ここにいなかっただろう。

 そう考えると、何とも微妙な立ち位置であった。

 

「ともかく、今回も生き残れた……」

 

 加藤が安堵の息を吐き、場にも緩んだ空気が蔓延し始める。

 しかしほむら、東郷、和泉といったメンバーは依然として気を引き締めたままであった。

 ほとんどのメンバーはここのミッションと日常を切り離して考えたがる。

 異常なのはこのミッションの間だけで、それが終われば……少なくとも次に呼ばれるまでは日常に帰れるのだと思っている。

 それは無理のない事で、心が擦り切れないようにする為の無意識の逃避であり、心の自衛だ。

 だが違う、そうではないのだ。日常と非日常はもう切り離せない。

 ガンツのミッションがない時でも、見えていないだけで星人は存在している。

 姿を消して……あるいは人や物に擬態して、奴等は今もこの星のどこかに隠れているのだ。

 そして、ミッションと無関係にこちらを狩りにくる勢力がある事も確認出来た。

 

(手を打つ必要があるわね……でなければ、この中の何人かがミッション外で狩られる事になる)

 

 あの黒服達の事を調べる必要がある。

 調べ――叩き潰す必要がある。

 ミッションの標的かどうかなど関係ない。向こうが仕掛けて来る以上、迎え撃つなんて呑気な事は言ってられないのだ。

 

 奴等を追い、ミッション外で殲滅する。

 そう、ほむらは決意を固めた。

 

 

 玄野アキラは考える。

 人間が神の味方か、悪魔の味方かに分かれるとしたら自分はどちらなのだろうと。

 善と悪、自分はどちらなのだろう。

 彼自身は、ずっと神の側だと信じていた。

 兄の玄野計と違って、14歳なのに身長は180もあるし、苦労せずに勉強が頭に入って来る優秀な頭脳と、優れた身体能力を併せ持っている。

 顔立ちはモデル並に整っており、異性にもとにかくもてる。

 付き合っている彼女は年上でスタイルのいい美人だ。

 そんな彼女は今、一糸纏わぬ姿で甲斐甲斐しく自分の髭を剃ってくれている。

 

「あっ、ごめん、今横にずらしちゃッた! 絶対切ッちゃッた!」

「いいッてほら、切れてないだろ。

もういいよ……ヒゲなんかあんまないし……」

 

 彼女は少し失敗をしてしまったが、アキラは気にしていなかった。

 元々髭なんてないようなものだし、それに肌も切れていない。

 昔から何か、不気味なまでの強運というか偶然というか、そういうものが常にアキラを守ってきた。

 不思議と怪我をせず、風邪もひかず、偶然と呼ぶには出来すぎなくらいに彼は何かに守られている。

 

「おこッた?」

「おこッてないよ」

 

 髭剃りの失敗でアキラが怒ったのかと彼女が心配してくるが、アキラは穏やかに気にしていない事を告げた。

 全てに恵まれ、満たされている。神に愛されるとはこういう事なのだろうとアキラはずっと考えていた。

 だがそんな彼にもいくつか悩みがある。

 ……最近、何だか妙に心が冷えているのだ。

 誰が不幸になろうと知った事ではないし、人類が滅亡しようと特に気にはならないだろう。

 命や愛という言葉を聞くと不思議と気分が悪くなる。

 似たような症状がないかとネットで調べた事もあったが、大体どこでも『思春期なら誰もが通る道』だの『厨二病乙』だのといった答えしか出てこない。

 実際アキラは14歳なので、そういう部分もあるだろうが何か違う気がするのだ。

 それに頭痛が酷い。最近は常に悩まされている。

 まるで自分が自分ではないような感覚……それが彼を苦しめていた。

 

 彼女と別れた後も、頭痛は酷くなる一方であった。

 何もかもが夢の中の事のようで現実感が薄い。

 そんな状態で歩いていたからか、道で車にはねられてしまったが……何故か、何ともなかった。

 少しぶつかったとかいうレベルではない。

 高速で走って来る車にぶつかり、撥ね飛ばされた。

 なのに無傷だ。痛みすら感じなかった。

 

(なんだよ……なんなんだよ……。

なんでだ? 車に撥ねられたんだぞ?)

 

 道を歩きながら、自分で自分に戸惑っていた。

 自分の事なのに全く分からない。自分が自分であるという確証が持てない。

 他の事が気にならなくなり、気付けば街角の呼び込みに誘われるままに『自分発見セミナー』という意味の分からない講習会に参加したりもしていた。

 自分でも何をやっているのだと思う。

 

「ナノマシーンが今から数百年前に……。

このナノマシーンはウイルスのようなものでこれが体内に入ッた生物は……」

 

 部屋の前で講師が何か胡散臭い事を言っているが、アキラにはどうでもよかった。

 元々興味があって来たわけではなく、ただ流されて入ってしまっただけだからだ。

 それに、そんな事より頭痛が酷くて気が散る。

 

「全ての細胞が入れ替わるのに数週間かかる。

見た目はそのままに見えても、自分が自分であッて自分でない感覚!」

 

 講師の最後の言葉にアキラは思わず顔をあげた。

 何故ならその感覚は、今まさに自分を苦しめているものであり、誰も説明出来なかったものだからだ。

 

「皮膚は頑丈になり筋力もとても強くなる。戸惑う事はない、新たなる能力を全て受け入れるのだ」

 

 これも心当たりがあった。

 剃刀を横にずらしても皮膚は切れず、それにここに来る前に車にはねられたが無傷で済んでいた。

 

「主食は人間の血液とする所から吸血鬼として、世界中で知られる怪物のモデルになっているのではないかと推察される。

勿論普通の人間の食事でも生きてゆけるが、頭痛が慢性的に起こり、背中に湿疹が……丁度蝙蝠の羽のような……」

 

 アキラは絶句した。

 先程までただの胡散臭い講師としか思っていなかった男の言葉が、全て自分の症状と一致しているのだ。

 吸血鬼? ナノマシン? 新たな能力?

 どれも普通ならば信じ難い事で、笑い飛ばすべきものだろう。

 だがアキラは、講師の言葉を笑う事など出来なかった。

 

「我々には敵がいる。それは十字架でも神父でもない。

黒い機械の服を着た連中だ」

 

 スクリーンに映像が転写され、そこにSF作品のような黒いスーツを着た人間が映し出された。

 現役のガンツメンバー……ではない。先日の戦いはほむらが暴れまわったせいで、黒服達は写真を撮る所ではなかったからだ。

 なので今映し出されているのは、恐らくはもうこの世にいないだろう過去の誰かである。

 とはいえ、そんな事をアキラが知るはずもない。

 

「人間ではない事に誇りを持ッてほしい。人間を捕食し、唯一我々の天敵であるこの連中を根絶やしにする」

 

 その後も説明は続き、吸血鬼の能力や弱点、生態などが語られる。

 しかしどれもアキラの頭には入っていなかった。

 自分がいつの間にか人間ではなくなっていたという事実に、それどころではなかったのだ。

 セミナーが終わり、外を歩きながらアキラは思う。

 神に愛されていた、などと思っていた過去の自分を笑ってやりたい。

 何が神に愛されているだ……自分は悪魔に愛されていた。

 

 気落ちしながら歩いていたアキラだが、不意にその足が止まった。

 前から歩いて来る女に、不思議と視線が釘付けになってしまったのだ。

 流れるような美しい黒髪、人形のように整った顔立ち。

 胸は平たいが、決してそれは彼女のイメージを損なうものではなくスレンダーな魅力を引き立てている。

 年齢はアキラと同じくらいか。アキラと違って年齢離れした容姿をしているわけではなく、幼さを残すその容姿と身長は年相応だ。

 しかし放つ雰囲気が異様だった。

 まるであの少女一人だけが別世界から迷い込んできたような……研ぎ澄まされた、とでも言えばいいのだろうか。

 刺すような……触れる者を切り裂くような……磨かれた日本刀のような……放たれる寸前の拳銃のような……凡そ日常では出会う事もないだろう、異質な空気を彼女は背負っている。

 着用しているのは少女のファッションとしては珍しいビジネススーツに似た服だ。

 首元にはネクタイを締め、ズボンは短パンだが下にタイツを着用している。

 手には……手袋だろうか? 少し変わったデザインの、革製のような手袋で指先まで覆い隠していた。

 足元には飼い犬と思われる犬がリードもなしに追随しており、犬用の可愛らしい服でこれまた手足の先まで覆っている。

 黒髪をなびかせて少女――ほむらはアキラとすれ違い、そのままセミナーの方向へと歩いていく。

 

 そしてアキラが振り返った時、ほむらは既にその場から忽然と消え去っていた。

 

 

 

「ここね? ライス」

「ばう!」

 

 アキラとすれ違ったほむらは、Xガンを出しながらライスへ確認を取る。

 そうしてから誰も見ていない事を確認し、周波数変換装置を使う事で周囲の景色に溶け込んで姿を消した。

 ほむらの現在の服装は新しく新調したビジネススーツ風のファッションだが、これは手足の先や首元を隠すために用意したものであり、下にはガンツスーツを着用している。

 別になくても困らないのだが、流石にスーツなしで消える事は出来ない。

 ライスは犬用のファンシーな服を改造して着せているが、やはりこちらも下はガンツスーツだ。

 ミッションが終わった後、ほむらはライスの嗅覚を頼りとしてあの黒服達の行方を追っていた。

 そして今、ライスの優れた鼻があの黒服達と似た匂いを捉えたのだ。

 それがこの、一見どこにでもあるような胡散臭い『自分発見セミナー』である。

 

「行くわよ」

「グルル……」

 

 ほむらがセミナーの中へ突入し、後にライスが続く。

 襲撃されるのを待つなど性に合わない。

 向こうが戦争を望むならば、こちらから打って出て殲滅するのみだ。

 

 

 ほむらの突入より僅か十分後。

 『自分発見セミナー』は血の海に染まり、動く人間――否、吸血鬼は一人もいなくなった。




【没シーン】
彼女「おこった?」
アキラ「おこってないよ」
彼女「えいえい!」
彼女「おこった?」
アキラ「おこってないよ」
彼女「……」フェイント
アキラ「おこッ…………」

【今回に限っては獲得点数は原作玄野>ほむら】
原作玄野は彼と和泉以外が初心者だった事もあって、ほとんどの敵を一人で倒している。
具体的にはチラノサン二体にブラキオサン親子、更にラプトルサンをマルチロックオンで大量に始末して58点。
一方ほむらは原作玄野と違ってラプトルサンは邪魔になる分だけ始末してさっさと博物館の中に突入しているので結果的に原作玄野より点数が少なくなった。

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