GANTZ『焔』 作:マジカル☆さくやちゃんスター
ほむらは困惑していた。
困惑しているという事態そのものに困惑していた。
終わったはずだった。
最後の魔女に挑み、ありったけの魔力を解放して自らの命と引き換えに魔女を屠ったはずだった。
だというのに何故自分は生きて思考をしているのだろう。
仮に死後の世界などというものがあったとしても、ソウルジェムは魔法少女の魂だ。魂そのものを失ったのだから死後の世界すらあるとは思えない。
ソウルジェムが砕けて死んだ自分の末路は消滅でなければならない。
だというのに、何故かほむらは見知らぬマンションの一室で座っていたのだ。全くもって意味が分からなかった。
肩に何か重みを感じるから見てみれば、そちらにはインキュベーター……キュゥべえがいる。
周囲を見回せば、意味の分からない黒い球体と数人の男が座っているのが見えた。
窓の外には東京タワーがあるので、そう遠くに来てしまったわけでもないらしい。
「今度は女の子か……君もやっぱり、死にかけたのかい?」
眼鏡をかけた、冴えない風貌の男がほむらに話しかけてきた。
ほむらは混乱の極みにあったが、それでも長い戦歴で培った経験則で不測の事態に直面した時ほど冷静でなければならないという事を知っている。
だからほむらはまず深呼吸をし、事態の把握に努める事に思考を切り替えた。
(キュゥべえ……これはどういう事?)
「…………」
(……キュゥべえ?)
キュゥべえにテレパシーを送るも、何故かキュゥべえが反応しない。
無視している、というわけではなさそうだ。本当に聞こえていないように思える。
いや、そもそもこれは本当にテレパシーを送れているのだろうか。
魔力の波動が何故か全く感じられないのだ。
「……ええ、そうです。階段から足を踏み外してしまって」
「そうか。ところで、その恰好は……」
「これは……その、被写体のアルバイトをやってて……雑誌の、アニメのキャラの恰好とか……」
「なるほど、コスプレってやつだね。確かに君は写真映えしそうだ」
話しながらほむらは窓枠に手をかけた。
しかし開ける事が出来ない……というより、触れる事が出来ない。
魔女の結界かと一瞬思うも、ここまでハッキリと現実の景色に似た結界を創る魔女はそういない。
魔女の結界というのは本人の願望などがストレートに出てしまうから、大抵は夢の中のようなファンシーな空間になるものだ。
(彼等が部屋に留まっている時点で予想は出来たけど……この分だと玄関も無理でしょうね)
開かない事にショックはなかった。
そもそも開ける事が可能ならば彼等がここに留まっている理由がない。
勝手に開けて帰ればいいだけの話だ。
しかしそれをせずに大人しくしている時点で開ける事が出来ないか、それを出来ない理由がある事は容易に想像がつく。
それよりも気になるのは、先程の眼鏡の男の言葉だ。
「無理だよ。僕達も色々やったんだけど開かないっていうか……壁自体に触れないんだ。
携帯も電源が入らないし」
「……皆さんも、死にかけてここに?」
「まあね。僕はちょっと事故をね……ハハ」
意味の分からない状況だ。
だが、意味が分からないなりに自らの置かれた状況をほむらは理解出来た。
要するにこの部屋は、死んだ人間を集めて閉じ込めているのだろう。
何が目的で、どんな技術でそれを可能としているかは分からないが、まあ何せ魔法なんてものが実在するのだ。何があっても不思議ではあるまい。
「少し、他の場所を調べてきます」
「無駄だと思うけどねえ」
ほむらが部屋を出ようとすると、同じぐらいの年頃の少年が馬鹿にしたように口を挟んできた。
顔立ちはそれなりに整っているが、何となく暗い雰囲気のする少年だ。
ほむらはあえて言葉を返す事はせず、マンション内の脱衣所へと向かってドアを閉めた。
とりあえず少しくらいは防音の効果も見込めるだろうと期待しての事だ。
「これで周りに人はいないわ。小声なら話しても不審に思われないでしょう」
「そうだね。テレパシーが出来なくなっている事に君が気付いてくれてよかったよ、暁美ほむら」
ほむらが話しかけると、今度はしっかりとキュゥべえも返答をしてくれた。
やはり先程のはテレパシーそのものが不可能になっていたらしい。
「キュゥべえ。私は確かに死んだはずだと記憶しているのだけど……これはどういう状況なのかしら。貴方は確かに魔女はあれが最後だと言ったわね?」
「その通りだよ、ほむら。これは魔女の結界なんかじゃない。
なかなかに高度な、人類の科学力を超えたテクノロジーによって引き起こされたものだ」
「どういう事かしら」
「まだ推測の域を出ないが……僕の考えを聞くかい?」
「言いなさい」
「僕の考えが正しければ……君は暁美ほむらではないし、僕はインキュベーターではない」
キュゥべえの言葉を聞き、ほむらは僅かに息を呑んだ。
これは流石に少しショックであった。人によってはアイデンティティの喪失に悩むかもしれない。
しかしほむらの驚きがこの程度で済んでいるのは、手の甲にあったはずのソウルジェムがどこにも見当たらないからだ。
ソウルジェムが砕ければ魔法少女は生きていけない。
その自分がこうして生きているのだから、今の自分は魔法少女ではなく……暁美ほむらですらないという事は、何となく予想出来ていた事だ。
「今ここにいる君は恐らく、死の間際の暁美ほむらを何者かがコピーした複製体だろう。
そしてオリジナルの戦いを見届けて死んだ僕もね」
ほむらはそれを聞き、おもむろに盾の中を調べた。
本来ならばいくつもの兵器が収納されているはずだが、案の定何もない。
というより、収納する為の空間そのものがない。
この盾は今や、見た目だけの玩具に成り下がっていた。
「魔力で身体の強化をしていないのに視力は下がっていないわね……この分だと身体能力も魔法少女の時のままかしら」
「雑な復元だね。今の君は恐らく、魔力強化した時の身体能力が素の状態になってしまっている。
その恰好も今となってはただのコスプレだよ」
どうやら、ほむらをここに連れて来た何者かは随分と雑にコピーしてくれたらしい。
魔法の存在すら認識せず、魔法少女のほむらをそのままコピーしてしまったのだ。
結果出来たのは、魔法少女ではないのに魔法少女の身体能力を持つ超人少女だ。
喜ぶべきか、それとも呆れるべきか。
「とにかく、一度あそこに戻った方がいい。あの黒い玉が怪しいと僕は思う」
「……そうね」
話を終え、ほむらはとりあえずキュゥべえのアドバイスに従って戻る事にした。
今はとにかく情報が欲しい。
そして怪しいのはあの黒い玉だ。ならばまずはあそこを調べた方がいい。
キュゥべえに従うのは癪だが、彼の言葉には残念ながらほむらも同意見である。
風呂場のドアを開け、外へ出る。
するとそこでは、先程部屋にいたガタイのいい男が全裸の女性を組み敷いている所であった。
女性の方は先程はいなかったが、恐らくほむらが離れた間に連れてこられたのだろう。
裸なのは……何だろう? サウナにでも入っていて死んだのだろうか?
近くには阻止しようとしたのか、これまた先程はいなかった長身の男が鼻血を出して倒れている。
どちらにせよ、同じ女性として強姦現場を見るのは好ましい事ではない。
なのでほむらは、とりあえず女性を助ける事にした。
「その人を離しなさい。嫌がっているわ」
「あ? なんだ、ガキ。邪魔だから引っ込んでろ」
「その粗末で醜い物を仕舞えと言っているのよ」
「ああ!? ぶっ殺されてえのか!」
強姦などしようとしている事から、マトモではないだろうと思っていたがやはり随分と気性の荒い男のようだ。
犯罪者か、それともヤクザか……どちらにせよ、今の自分の身体能力を試すモルモットには丁度いい。
掴みかかろうとしてきた男の腕を掴み、素早く背後に回って関節を極めた。
「ぐあっ!? こ、このガキ、なんて力してやがる!」
「盛りっぱなしの犬にはお仕置きが必要ね。とりあえず腕の一本でもいっておく?」
「ま、待て! 悪かった! やめろ!」
「……次はないわよ」
早くもギブアップした男を解放し、それからほむらは裸の女を見る。
赤みがかった茶髪のショートカット。整った顔立ち。
そして巴マミの忌まわしい胸部装甲を思わせるほどに大きく実った胸。
そんな美少女が全裸で出てくれば、それは襲ってくれと言っているに等しい。
とはいえ、この場合は不可抗力と思うべきだろう。
「貴方も災難ね。そんな恰好で来てしまうなんて」
「え、ええ……その、あの……助けてくれて、ありがとう……ございます」
「敬語はいらないわ。どう見ても自分より年下のこんな小娘に敬語で話すのも抵抗があるでしょう」
ほむらは大人びてはいるが、それでも中学二年生の子供だ。
年上の女性に畏まって話されるのはあまり気持ちのいいものではない。
だから敬語を止めさせ、それから遠巻きにこちらを見ている男達を睨んだ。
「そこの貴方達。誰か彼女に服を貸してあげて」
「あっ……そ、それなら俺が」
ほむらの言葉に真っ先に動いたのは、倒れていた男であった。
オールバックが特徴的な、背の高い男だ。
彼は制服の上着を脱ぐと、女性へと投げ渡す。
見た目はヤンキーのようだが、強姦を阻止しようとして殴られていたり、案外正義漢なのかもしれない。
そう評価をしていると、唐突に歌が聞こえてきた。
この場にはそぐわないラジオ体操の明るい歌だ。それがかえって不気味である。
歌に誘われるように部屋に戻れば、黒い玉には先程までと違って文章が浮かんでいた。
『てめえ達の命は、
無くなりました。
新しい命を
どう使おうと
私の勝手です。
という理屈なわけだす』
ウケを狙っているのか、それともわざと滑っているのかいまいち判断出来ない文章だ。
金髪のチャラい若者は馬鹿馬鹿しいといった具合に笑い、他も大差ない反応を見せている。
その中で一人、異質だったのはあの根暗な少年だ。
「この文章ってさ、なんか超バカバカしーけどさ。真面目に受け取るとすんげー怖い文章じゃねー?」
(こいつ……)
少年の言葉を聞いてほむらは確信した。
こいつは知っている。
知らない振りをしているが、恐らくこの中で現状を誰よりも正確に把握出来ている。
その上で、あえて無知を装って周囲の反応を見ているのだ。
知らぬ者達が右往左往して迷走する様を楽しんでいる。
ほむらがそう思ったのは、少年の視線が一人一人を観察していたからだ。
あえて何も知らぬように振る舞い、疑問を投げかける事で相手の反応を引き出す……それはほむら自身も何度か使った手だ。
本当に知らないのと、知っていて知らない振りをするのは違う。
よほど巧妙に隠さない限り、そういうものは観察眼に長けた者には見破られてしまうものだ。
黒い玉は続けて画像を表示し、そこには頭部の形状がおかしい不気味な少年が映し出された。
名前は……ねぎ星人というらしい。
『てめえ達は今からこの方をヤッつけに行って下ちい。
特徴 つよい。くちい。
好きなもの ねぎ 友情。
口ぐせ ねぎだけで十分ですよ!!』
まるでゲームだ、とほむらは嫌悪感を感じた。
要するに自分達は、このねぎ星人とやらを倒すために無理矢理連れてこられたわけだ。
いや、連れてこられたというよりは生み出されたのか。
どちらにせよ面白いものではない。
気になるのは『星人』という単語だが……これは本当に宇宙人なのか、それとも比喩表現なのか判断に困る。
キュゥべえのような存在がいる以上、今更宇宙人の実在を疑いはしない。
過去にほむらは、『忘却の魔女』という銀河の外から飛来してきた魔女とも戦った事があるのだ。
だが、この『星人』とやらが本当に宇宙人なのかどうかは、今の情報だけでは判断出来なかった。
少し観察していると更に変化は続き、黒い玉が突然開いて中から銃のような武器やスーツの入ったケースが出て来た。
ケースにはご丁寧にそれぞれの名前が記されている。
そして玉の中には、裸の男が眠っていたが……正体が分からないので、とりあえず今は触るべきではないだろう。
また、玉が開いた時に奥の方から何か鍵が開くような音がしたので、キュゥべえがそちらへと向かって行った。
(小型の銃が二種類に大型が一種類……スーツは……彼が着ているようだから、何らかの効果があるとみて間違いないけど、流石にここで着替える気にはならないわね……)
とりあえずスーツは人数分あるようなので確保し、銃は大型のものを取っておく。
魔法少女のスペックをそのまま持っている今の自分ならば大型の銃火器だろうと容易に取り扱えると踏んでの事だ。
しかし手にしてみると、やけに軽い事が分かる。
これならば片手で扱うのも不可能ではないだろう。
スーツの方はあの何か知っていそうな少年が服の下に着ているのが見えたので何らかの意味はあるのだと思うが、何せどう見ても肌にフィットするタイプだ。
つまりこれを着るには今着ているものを一度全部脱がなければならないわけで、流石に人前でそんな事をする気にはならない。
とりあえず折りたたんで盾の裏側にでも押し込んでおけばいいだろう。
収納空間はないが、それでも盾の裏には僅かな隙間があるので畳んだスーツくらいならば押し込んでおける。
(それから……あっちの二人、やっぱりヤクザよね。
という事は銃も持っているはずだし、出来れば奪っておきたいわ)
ほむらの視線は続けて、先程の強姦魔と、それと親しそうなスーツの男へと向けられた。
どちらも強面で、一般人ではないような雰囲気を纏っている。
勿論ただの野蛮で強面な一般人の可能性も捨てきれないが、裏の人間特有の匂いのようなものをほむらは彼等から感じ取っていた。
武器の調達の際にヤクザには何度もお世話になっているので、何となく一般人とヤクザの違いが分かるようになってしまったのだ。
そしてヤクザ者ならば銃を携帯している可能性が高い。
ならば彼等に使わせない為と、自分で使いたいという二つの意味で奪いたいのが本音だ。
今のほむらは全ての銃火器を紛失してしまった状態にある。流石に魔法で出来た不思議な盾までは完全にコピー出来なかったようなので仕方がないのだが、丸腰は心もとないし、玩具のようなこの銃だけでは不安が残る。
そのような事を考えていると、男達が突然どこかへと転送され始めた。
【複製ほむら】
このSSの主人公。厳密に言えば1話目で死んだほむらとは別人。
ガンツの雑なコピーにより、死の直前の状態……つまり魔法少女のほむらがコピーされてしまった。
結果、ソウルジェムもないのに身体能力だけは魔法少女時と同じになってしまう。
ただしソウルジェムがないので魔法は使えない。盾は飾りだし時間も停められない。
魔法少女の衣装も今となってはただのコスプレ。