GANTZ『焔』 作:マジカル☆さくやちゃんスター
「何か確実に変化してる。今回の敵は一般の人にも見えてるし」
走りながら、玄野が確信をもった声で言った。
ボス以外の星人を倒したガンツメンバーは現在、和泉とパンダ以外の全員が合流して街中を走っている。
全員……といってもチーマーやサラリーマンはいない。あくまで現在生きているメンバー……玄野、加藤、ほむら、桜丘、東郷、JJ、ライスの六人と一匹だけだ。
一応キュゥべえもいるが、この役立たずは誰も数にカウントしていなかった。
「テレビカメラとか一杯いたよ。日本中が知ッちゃッたよ」
桜丘の声には若干の恐れのようなものがあった。
これまでガンツのミッションは日常から隔離された非日常での出来事であった。
現実である事は変わりないが、表と裏できっちりと区分けされていたのだ。
だがその区切りはもうない。今回の星人は完全に表の世界に進出し、何人かの一般人が巻き込まれて死んでしまっている。
こんな事は今まで一度もなかった……だから分からないのだ。
これからどうなってしまうのか、その知識が誰にもない。
「どーなッてくんだ、これから……」
「分からない……けど、今回恐らく全員に近いメンバーが自由になれる可能性が高い!」
加藤の問いに、玄野は今ハッキリと分かっている事だけを答えた。
今回のミッションは今までと違い、敵の数がやたら多かった。
一匹1点だったとしても、かなりのメンバーが100点に到達出来るはずだ。
「……嫌な空気ね」
普段通りの抑揚のない冷静な声で、ほむらが呟いた。
その声に全員が会話をやめ、耳を傾ける。
最年少ではあるが、未だに底を見せていないこの少女の言葉は聞くに値する。
何というか、潜った場数が違うような……一般人では持ちえない視点を彼女は持っている気がするのだ。
「流れが今までと違うわ。表と裏の境界線が薄らいでいるような……そんな気がする」
「ああ……俺もそう思う。暁美、お前はこれからどーなると思う?」
玄野の問いに、ほむらは少し考えながら機械を見た。
こちらの表示もおかしい。
まるでバグっているように映像が歪んでいる。
そこには今まであったはずのもの……移動禁止の範囲が何故か見えない。
これはつまり、星人が指定範囲の外に出る可能性が高いという事なのだろうか。
そして、星人がどこに行こうと追いかけて倒せというガンツの意思なのかもしれない。
「……今回のミッションで一つの境界線が壊れたのは間違いないわ。
もしかすると、今後は星人が身を隠す必要がなくなるかもしれないわね」
「そッ、それッて、つまり……これからは敵が、ミッションとか関係なしに出るかもしれないッて事か!?」
「これは私の勘だから聞き流してくれていいけど……もしかすると、星人と地球人全体との戦いのようなものが近付いているのかもしれないわね。
奴等もこれからはどんどん表に出て来るでしょうし、そうなれば地球の軍だって動く。
……どちらにせよ、今回を境に大きく変化すると思った方がいいわ」
ほむらの言葉に、一同が無言になってしまう。
聞き流していい予想……とは思えなかった。
ほむらの言葉には妙な現実味と確信があった。
「そろそろ敵に近付く。東郷さんは今の内に狙撃ポイントを探して」
「分かッた……無理はするなよ」
ほむらの指示を受け、東郷が一行から離脱した。
彼は今から、ボスを狙い撃てる最適なポイントを探してそこに陣取らねばならない。
向かう先では既に戦闘が始まっているのか、何度も雷のような電撃が迸っていた。
どうやらボスは雷の使い手らしい。
これは厄介ね、とほむらは思った。雷というのはとにかく速いのだ。
雷の速度は凡そ秒速150km程と言われており、こんなものはいくら魔法少女であっても時間を止めでもしない限りはまず回避出来ない。
撃たれる前に予測して回避する事は可能だが、撃たれた後に避けるのは無理だ。
そして今のほむらは魔法少女ではなく、魔法少女の身体能力を持っているだけの人間で、勿論時間など止める事は出来ない。
加えて、その身体能力すら魔法少女の中では最弱レベルときた。
膨大な経験値と戦闘勘、先読みこそあるものの流石にスーツなしで戦うには限界が見えてきたかもしれない。
(もっと自分の訓練に時間を回しておくべきだったかしらね)
スーツに慣れるまではスーツを着ない方が強い。
故にほむらは、練習こそしていたものの今まではスーツをそれほど必要だと思った事はなかった。
魔法少女の身体能力を持つほむらは元々、スーツなど着ていなくてもビルからビルへ飛び移るだけの身体能力を有していたし、耐久力だってワルプルギスの夜が投げたビルに衝突して別のビルまで派手に吹き飛んでも五体満足でいられるだけのものがあった。
つまりほむらは素の状態でもスーツを着た玄野達より速くて強くてタフなのだ。
そこに彼女の先読みと銃の腕前が合わさり、これまでのミッションでも苦戦を強いられた事はなかった。
だから……どこかで軽視してしまっていたのだろう。
玄野達に訓練をつけるようになって以降は、彼等を鍛える事を優先して自らの訓練時間を削ってしまっていた。
(今回のミッションが終わったら、本気で訓練しないとね)
恐らくここからは戦いのレベルそのものが変わる。
そんな予感を感じながら、ほむらは戦いの場へと走った。
ほむら達が到着した時、その場は地獄絵図と化していた。
多くの警官がバラバラの死体となって地面に転がり、一般人もかなりの数が屍と化している。
車やバイクが横転し、下半身のない男の死体に縋りついて泣く女性の姿などもあった。
そしてその中で和泉が、戦意喪失したように膝を突いて項垂れている。
よく見ればスーツのあちこちから液体が漏れており、恐らく鬼の攻撃によってスーツが破壊されたのだろう。
和泉は決して弱くない。
まだこれで三回目のミッションだが、その技量はベテラン組にも劣るものではなく、むしろ勝っていると言えるだろう。
刀を持った時の近接戦闘での強さは、ほむらを除けばトップと言っていい。
その彼が、全くダメージを与える事も出来ずに追い込まれている。
それだけでこの鬼の強さが今までとは桁違いである事は間違いないと、誰もが感じ取れた。
「俺はこれからこの街の人間を一人残らず殺す!
この街の人間がいなくなれば次の街だ!
俺は止まらない! 虫けら共、可能なら俺を止めてみろ!
俺は一人でもお前等全体相手に勝ッて見せる!
全人類が相手でも俺は勝ッて見せる!」
それは、自信……というよりは、同胞を全て失ったが故の捨て鉢なのだろう。
そんな事が可能ならばとうにやっていたはずだ。
今までそれをやらずに社会に潜伏していたのは、つまりそんな事は出来るわけがないと彼自身が分かっていたからだ。
しかしそれは、今までの星人とは明らかに異なる地球人への宣戦布告であった。
「おおオォッ!」
先陣を切ったのは玄野だった。
素早く抜刀し、鬼へ向けて刀を突きだす。
だが鬼は跳躍してそれを避けると、手を上へ向けた。
それと同時にバチバチと電気が迸り、攻撃の予感に全員が反応する。
「聖! 和泉頼む!」
玄野の指示で桜丘が和泉を抱え、全員が跳躍してその場を離れた。
直後に雷が道路を撃ち抜き、轟音を立てる。
再び玄野が刀を振りかぶって鬼に挑むも、大振りの一撃は容易く避けられ、続く横薙ぎの剣も回避された上で背中を肘で強打された。
倒れた所を蹴られ、玄野が吹き飛ばされる。
それと入れ替わるようにJJと桜丘の格闘技コンビが飛び込み、鬼へ果敢に近接戦を挑んだ。
空手とキックボクシングという違いはあれど、どちらも格闘技経験者であり高い格闘能力を有している。
しかし残像を残すほどのスピードで動く鬼を捉えられず、二人共殴られて宙を舞った。
「下がりなさい! こいつは私がやる!」
続いてほむらが鬼の前に躍り出て銃口を向ける。
鬼はまたしても高速で動く事で狙いから外れ、ほむらの背後を取る……が、この程度のスピードの敵など、魔法少女時代にいなかったわけではない。
ほむらは即座に反応し、振り返りながら銃身で鬼の顔面を強打した。
「ぬッ、この、小娘ッが!」
鬼が豪腕を繰り出し、左右のワンツーを放つ。
だがほむらは最小限の動きでそれを避け、Xガンを連射した。
しかしこちらも当たらない。この鬼のスピードならば、引き金を引かれると同時にその場から離れる事が出来る。
サイドステップをしてXガンから逃れた鬼はすぐにほむらへ近付いて雷撃を落とす。
撃たれる前に回避動作に移っていたほむらは後方に跳躍して雷撃を避け、宙返りしつつXガンを撃った。
しかしやはり駄目だ。この鬼のスピードでは、回避しようのない零距離射撃でもない限りまず避けられる。
着地と同時にほむらと鬼が接近し、鬼が拳を繰り出した。
身体を屈めつつパンチを避け、鬼の膝を蹴りで叩く。
更にもう一度蹴り。顎を跳ね上げ、上がった喉に銃口を向ける。
だがそのXガンを鬼が裏拳で跳ね飛ばし、銃が宙を舞った。
続く左拳がほむらの顔へ迫る。
これを頬スレスレで避けつつ回転し、遠心力を乗せてハイキック。
鬼の脳天で甲高い音が響き、鬼がよろめいた。
その隙を狙う様にすかさず腰に差していた刀を抜いて薙ぎ払う――が、もう鬼はそこにいない。
「……っ!」
悪寒を感じてすぐに横へ跳躍。
それと同時にほむらが立っていた場所を雷が抉り、爆風で吹き飛ばされてしまった。
何とか空中で受け身を取るも、近くに転がっていたパトカーに痛烈に叩き付けられる。
そこに鬼が追撃をかけようとするも、今度は加藤とライスが突撃した。
「グルゥアアアアアア!」
ライスが牙を剥いて飛び掛かり、鬼の脇腹へと噛み付いた。
ブチブチと音を立てて鬼の肉を食い千切るも、すぐには噛み切れない。
並みの星人など一撃で噛み殺すライスの咬筋力でもすぐには千切れないほど頑丈なのだろう。
「こッのッ、犬風情が!」
「ギャイン!」
鬼に殴られ、ライスが地面を転がる。
続けて鬼が高速移動し、雷光が加藤を吹き飛ばした。
「でやあああッ!」
再びJJが格闘戦を仕掛け、鬼の胸板を拳の連打で叩く。
鬼は一瞬よろめくも、すぐに反撃の拳をJJの横面へめり込ませた。
JJの折れた歯が宙を舞い、だが彼は倒れない。
諦めずに果敢に殴り、殴り返される。
鬼の攻撃を防いだ右腕から甲高い音が響き、右腕が使い物にならなくなった。
「うオオォォォォッ!」
JJが吠え、鬼にタックルをして地面に倒した。マウントポジションだ。
その状態で残っている左拳を何度も鬼の顔に叩き込むが、鬼の周囲が帯電を始めていた。
「ヤバイッ! そこから離れろォッ! JJ!」
次に鬼が繰り出す攻撃を察知した玄野が慌てて叫ぶが、もう遅い。
鬼を中心として雷撃が放たれ、JJが吹き飛ばされる。
たったの一発でJJが血飛沫と共に舞い、四肢を失って墜落した。
「誰かJJさんの止血を!」
ほむらが指示を飛ばし、先程落としたXガンを拾ってすぐに鬼へと飛び込む。
更にキュゥべえに持たせていたZガンを取り、左右の手に銃を携えている。
鬼も彼女だけは別格と理解したのだろう。すぐに迎撃態勢を取ってほむらへと向き直った。
牽制のXガンの射撃を避け、鬼が肘打ちを放つ。
それを避けて次弾発射……しかしこれを鬼は避けずに腕で受け、構わず拳を繰り出した。
これをスウェーバックで避けつつ、拳を蹴り上げる。
そのままバックフリップに移行し、サマーソルトキック。
完全に鬼の拳が上がり、一回転してほむらが着地した。
それから少し遅れて、先程Xガンを受けた腕が破裂するが……規模が小さい。
腕の一部が弾け、肉片が四散したものの腕は健在のままだ。
(呆れた頑丈さね……)
鬼がダメージなど気にせずほむらへと殴りかかった。
多少のダメージを気にして勝てる相手ではないと判断されたのだろう。
鬼が次々と拳を繰り出し、それを避けながらほむらが蹴りや銃底での打撃で鬼にダメージを蓄積させる。
そしてZガンを発射するが、鬼もこれには今までと違う不吉な何かを感じたらしく高速移動でその場を離れた。
直後に道路が押し潰されたように陥没し、二人の間を隔てる。
「人間め……」
鬼が炎の如き怒りの表情を浮かべ、ほむらは氷の無表情で構えを取る。
過去に戦った魔女と比較しても、これほど手強い相手はそうそういなかったかもしれない。
呼吸を整え、ほむらは目の前の相手に全神経を集中した。
俺は止まらねえからよ……お前等が俺を止めねえ限り、