GANTZ『焔』   作:マジカル☆さくやちゃんスター

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第3話 ネギアゲマス

 部屋から転送されたほむら達の前に広がっていた景色は、どこにでもあるような住宅街の一角であった。

 少し離れてはいるが電車が走っているのも見える。

 駅は見えないが、線路沿いに歩いて行けばいつかは駅に辿り着けるだろう。

 出られない部屋から一転しての外の景色は安心感すら覚えてしまいそうになる。

 実際、既に場には緩んだ空気が立ち込めているのをほむらは感じていた。

 

「アレ何線でしたっけ?」

「とりあえず最寄りの駅探すか」

 

 まるでこの非日常が終わったかのような会話だ。

 一般の世界で生きてきたならばそんなものなのかもしれないが、周囲の男達の余りの呑気さにほむらは溜息を吐きたくなった。

 その肩にキュゥべえが飛び乗るが、口に何かをくわえている。

 あの黒い玉が開いた時に奥の部屋の鍵が開いた音はほむらも聞き取っていたが、そこから拾ってきたらしい。

 

「一千万?」

「やっぱりテレビだって」

「なんでお前知ってんだ」

「プロデューサー……うちのお父さん。

一千万はゲームの賞金。アメリカとケーブル局と共同制作で、元々エール大学の学生が考えた企画だって。

ブレア・ウィッチ・プロジェクトと……メン・イン・ブラックとォ……炎チャレとォ、フランツ・ハラーレイ足したみたいな」

 

 件の少年が何か、それらしい事を言っているがほむらはそれを冷めた眼で見ていた。

 あんなバレバレの嘘などよく吐けるものだと思うし、信じる方は尚更どうかしている。

 相手の許可も得ずに人を勝手に攫って閉じ込めるようなテレビ企画など、ただの犯罪でしかない。

 催眠術? 実は既に街角でスカウトされて本人の了承は得ている?

 馬鹿を言え。では何か、魔女も実はテレビ局が用意したもので自分はそれに特攻をかけて死んだとでも言うのか。

 仮にそんな魔法のような万能催眠術があるならば、それこそ自分達は最初から宇宙人と戦う戦士だったと思わせればいいではないか。

 

「この地球には人間にばれないように犯罪者宇宙人が入り込んで生活してるんだ。

僕は日本政府の秘密機関にスカウトされた。だから僕達はその宇宙人をやっつけに行くんだ」

「なんだそりゃ?」

「くっだんね~」

「まあいいや。その宇宙人やってる役者捕まえれば一千万か」

「うん。これに出てるから」

 

 少年は出鱈目を口にしながら皆を参加させるように誘導しているが、ほむらの興味を引くには至らなかった。

 彼女は髪をかきあげ、そのままどうでもよさそうに背を向けて歩き出す。

 

「おい? どこに行くんだ?」

「帰るのよ。馬鹿馬鹿しい」

 

 少年の制止を無視してその場を去る。

 曲がり角を右折し、それから見えなくなったところで跳躍。

 魔法少女の身体能力ならばビルからビルの間を脚力のみで飛び交う事も難しくない。

 ほむらは建物から建物へと飛び移り、付近で最も高い建築物の上へ跳ぶとその屋上の縁に座り、高所から男達を……いや、あの少年を監視した。

 あの少年は何かを知っている。少なくとも自分よりはこの状況を正しく把握している。

 現状ではあの少年だけが確かな手がかりだ。彼の行動を追えばもう少し判断材料も揃うだろう。

 

「まずは観察だね。何が正しい行動なのか、見極める必要がある」

「ええ。ところでキュゥべえ、それは何?」

「これかい? 鍵の開いた部屋から持ってきたんだ。

他にもバイクのようなものがあったんだけど、僕ではこれくらいしか持ってこれなくてね」

 

 キュゥべえがくわえてきた物は、柄と鍔の部分しか無い刀であった。

 柄の部分にはスイッチがあり、押してみると刃が出現した。

 レーザーソードといったところだろうか。見た目は古風な日本刀なのに随分SFチックな武器だ。

 軽く床に刃を触れさせてみれば、コンクリートの床がまるで豆腐のように手応えなく切れる。

 

「……とんでもない刀ね。美樹さやかの剣が玩具に思える切れ味だわ」

「僕達を転送させた事といい、かなりの技術力を持つ者が背後にいるのは間違いないだろうね。

……おや。見てごらん、ほむら。駅に向かっていた男性の頭が弾け飛んだよ」

 

 キュゥべえに言われて見てみれば、少年の言葉に興味を示さず帰路についていた男性が首から上をなくして死んでいるのを見付けた。

 遠目ではあるが、あまり気分のいい光景ではない。

 そして、そんな凄惨な死体が転がっているというのに、どういうわけか付近を通る車やタクシーは全く気付いていないように素通りしているのもまた不気味であった。

 

「ねぎ星人とやらを倒すまで帰るのは認められないようね」

「一定範囲以上外に出るとああなるんだろう。それと、さっきあの少年が一時間と言っていたから、制限時間を過ぎる事でも何かあるのかもしれない」

「時間切れで部屋に戻されるとか?」

「あるいは彼のように頭が爆発するのかもしれないね」

「……」

 

 今まで時間を繰り返し、知っている未来に備えて動いていたほむらにとって、これは随分久しぶりの事となる未知であった。

 自分の立っている場所が分からず、進むべき道が全く見えないというのはこんなにも不快だったのかと思う。

 こうすればああ動く。ああすればこうなる。そうした統計が全く無いゼロからのスタートなど、魔法少女になる前にまで遡らなければ記憶にない。

 

 その後も事態は動き続けた。

 眼鏡の男が目標であるねぎ星人を発見し、ヤクザ二人、金髪のチャラ男と共に逃げ惑うねぎ星人を追いかける。

 見た感じねぎ星人とやらに戦意はなく、ただ怯えているだけの相手のようだが、それがかえって彼等を調子付かせてしまったらしい。

 最初は捕獲目的で追っていたのがエスカレートし、暴力に発展し、挙句最後には支給された銃を撃ち――ねぎ星人をバラバラにして死なせてしまった。

 なるほど、あの銃はああ使うのかとほむらは思う。

 発射してからタイムラグがあり、その後、内部から破裂するかのように対象を破壊する。

 ……恐ろしい武器だと思った。

 これほどの兵器がワルプルギスと戦うときにあれば、もっと楽に勝てただろうと思わずにはいられない。

 

 しかしゲームはこれで終わりではなかった。

 死んだねぎ星人の親と思われる巨漢のねぎ星人が現れ、あっという間に男達を血の海に沈めてしまったのだ。

 ヤクザ二人に金髪、眼鏡は成す術なく惨殺され、後にはオールバックの青年だけが残される。

 彼はあの場にあって唯一、ねぎ星人を庇おうとしていた男だ。

 他の男達は自業自得であり、相手の怒りを買うのももっともだから同情はしない。

 しかしあのオールバックの青年がこのまま殺されるのは流石に哀れだとほむらは考えた。

 故に銃身の長い銃――Xショットガンを構え、発射する。

 今のほむらは魔力による強化時と同じ視力を持ち、その視力は10.0を超える。

 スコープに頼らずとも、この程度の距離ならば当てるのはわけもない。

 しかし角度と位置関係的にねぎ星人を狙っても、その手前にいる青年に当たってしまうだろう。

 故にほむらが狙ったのは、二人の足元だ。

 引き金を引くと同時に足に力を込め、跳躍。夜の空を飛ぶようにして跳んだ。

 髪がなびき、キュゥべえが落ちないようにしがみつき、景色が高速で後ろへと流れていく。

 ねぎ星人の足元が砕け、その動きが止まると同時にほむら自身もそこに到達。落下の加速をそのままにねぎ星人の胸板を蹴った。

 蹴りの威力でねぎ星人の身体が吹き飛んで地面を転がり、ほむらもまた反動で空へと舞い上がる。

 そのまま空中で後方宙返りをして着地。何事もなかったかのように悠々と青年の前まで歩いていく。

 

「な……あ、あんた、どこから……!?」

「そんなのはどうでもいいわ。そこの貴方、もう復讐は済んだでしょう?

見逃してあげるから、さっさと消えなさい」

 

 氷のように冷たいほむらの宣告を前に、ねぎ星人がゆっくりと立ち上がる。

 ふらついてはいるが、両手の爪を伸ばしている辺りまだやる気のようだ。

 

「グオッ! ボオッ!」

 

 叫びながら突進してくるねぎ星人を前に、ほむらは眉一つ動かす事はない。

 振るわれた爪を避けて顔に肘を叩き込み、よろめいたところで足払い。

 ねぎ星人が転倒すると同時にハイキックを顔にめり込ませ、またも地面を転がらせた。

 ねぎ星人はすぐに立ち上がろうとするが、既にほむらは目の前まで移動しており、彼の顎を蹴って無理矢理立ち上がらせる。

 そして銃身で顔を強打し、殴り飛ばした。

 

「やはり言葉は通じないようね。

いいわ。そちらがやる気だというのなら……今すぐ殺してあげる」

「ネ、ネギ……アゲマス……ネギ……アゲマス……」

 

 何か日本語のようでいて、全く脈絡のない事を言っているねぎ星人へと銃口を向ける。

 今度は威嚇ではない。

 一度逃げるチャンスを与えたのに向かってきたのはあちらだ。

 ならば望み通りに殺してやろう。

 ほむらは無慈悲ではないが、しかし慈悲深くもない。

 余計な情けが命取りとなり死んでいった魔法少女を何度も見てきた。

 今回は未知の相手で、加えて状況的には彼は被害者と言えなくもなかったので一度だけ逃げる機会を与えた。

 だがあくまで一度だけだ。二度も機会を与えるほどほむらは優しくないし、優しい世界を生きてきたわけでもない。

 そして殺し殺される世界を戦い抜き、世界から魔女を一掃した最後の魔法少女である彼女に、今更他者を殺める事への躊躇などない。

 

「ま、待ってくれ! やめろ!

元々悪いのは俺たちの方なんだ!」

 

 しかし引き金を引こうとしたほむらの前に、先程の青年が立ち塞がった。

 お人よしは嫌いではないが、それもここまでくれば病気だ。

 ほむらは小さく舌打ちをし、青年の襟首を掴んで後ろへ投げ捨てた。

 こんな所に立っていては、あのねぎ星人に背中から襲われて死ぬだけだ。

 障害物をどかして今度こそ、と銃口を向けるも……ねぎ星人は既に逃走を開始していた。

 意外なほどの足の速さで逃げ、そして階段から跳躍してほむらの視界から逃れる。

 少し前までならば、あの程度は時間停止でいくらでも捕捉出来たのだが今のほむらにそれはない。

 すぐに後を追うべく歩を進めるが、その前に再びお人よしの青年が割り込んだ。

 

「待て! 逃がしてやってくれ!

もういいだろう!? 逃げたって事はもう戦意がないんだ!」

「……自分も殺されかけて、そこまで庇えるのはある意味立派なのかしらね」

 

 ほむらは皮肉を口にし、青年の横を通り過ぎた。

 辺り一面は目を覆うほどの惨状だ。肉片と臓物が飛び散り、足の踏み場もないほどに血の海と化している。

 人間を血袋と最初に表現したのは誰だったか。

 なるほど、これを見れば確かに、人間は血の詰まった皮袋だという表現はあながち間違いではないと思わされる。

 常人ならば吐いてしまうだろうその惨状の中をほむらは顔色一つ変えずに進み、死んでいるヤクザを発見した。

 

「な、何をしてるんだ……?」

「…………」

 

 青年の質問に答える義理も感じないので、無視して淡々と目的を済ませる。

 まず拳銃。死ぬ前に使っていたのか、丁度良く手に持っていてくれたので探す手間が省けた。

 死後硬直も始まっていないので簡単に取れたのも嬉しい誤算だ。

 それからポケットを探り、財布を抜き取る。

 中身を見ればヤクザだけあって、かなり貯め込んでいた。

 ほむら自身の財布はどうせ死ぬからと捨ててしまい、中身は全て適当に寄付してしまったので現在は一文無しだ。なのでこれはありがたい。

 それからコートを死体から脱がし、上に羽織る。

 あの部屋から出れる保証はないが、もし出れるならばコスプレ染みた格好で外を歩くよりもコートの方がいい。

 多少血で汚れてはいるが、魔法少女姿よりはマシだろう。

 あのマンションには浴槽があったので、そこで洗えば着れない事もない。

 続いてもう一人のヤクザ……の下半身を調べる。

 こちらは銃で四散させられてしまったのか、胴体部分が砕け散ってしまっているのでとても汚い。

 しかし下半身は綺麗なまま残っており、尻ポケットの中に財布があったので頂いておいた。

 銃は持ってなさそうだ。きっと素手での殴り合いに自信があったのだろう。

 

「し、死体から……奪っているのか? な、なんでそんな事……」

「死体はお金を使わないし、銃もいらないでしょう? それだけよ」

「あ、あんたは……あんたは何とも思わないのか!? 人が、人が死んでるんだぞ!」

「……貴方は優しいのね。けれど、優しさなんて何の意味もない世界もあるのよ」

 

 ほむらは青年の平和ボケぶりに多大な呆れと、そして少しの憧憬を感じていた。

 争いのある世界では人の心は荒み、争いのない平和な世界では人の心は豊かになる。

 彼の平和ボケぶりも、そんな平和な世界で生きて来たからこそ身に着いた、まっとうで真っすぐな感性と道徳と倫理感なのだろう。

 それは、まどかを救う旅の中でほむらが切り捨ててしまったものだ。

 しかし力のない正義はただの無力でしかなく、結果として被害を増やす愚者になりうる。

 今回もそのケースだったようで、ねぎ星人が逃げた先から男の悲鳴が聞こえてきた。

 

「この声……計ちゃん!?」

「逃げた先に人がいたようね」

 

 ほむらは素早く駆け出し、地面を強く蹴って跳躍した。

 空から見下ろせば、階段の下でねぎ星人と高校生が組みあっているのが分かる。

 不思議な事に高校生はねぎ星人を相手に力負けしておらず、むしろ勝っているようにすら見えた。

 彼は何故かスーツを着ているので、恐らくあのスーツにそういう効果があるのだろう。

 冴えない青年だが、洞察力はいいらしい。

 彼は初見でスーツの重要性に勘付き、あれを着用していたのだ。

 

「……そこ!」

 

 ほむらは落下しながらも照準を合わせ、引き金を引いた。

 ギョーン、という間抜けな音が響き、数秒の静寂が訪れる。

 ――爆破。

 高校生と組みあっていたねぎ星人の胴体が弾け飛び、肩から上だけの哀れな姿となって転がった。

 そのすぐ近くにほむらが着地し、刀を振り上げる。

 

「ネギ、アゲマ……」

 

 何かを言い終える前に顔を二つに裂いた。

 やはり凄まじい切れ味だ。生物を斬ったのに、全く抵抗がなかった。

 役目を終えた刀を元の長さに戻し、風で乱れた髪をかき上げて整える。

 

 こうして、黒い玉の部屋での最初の戦いは幕を閉じた。




【ねぎ星人】
GANTZで最初に玄野達が戦った星人。
弱い。他に説明する部分がないレベルでとにかく弱い。
子供の方はスーツなしの一般人でもボコボコに出来るレベルで、大人の方もスーツさえ着ていれば負ける要素がない。
初登場の時は玄野達が慣れていない事もあって恐ろしい敵に思えたが、後のミッションを見てからもう一度見るとただのボーナスステージだった事に気付かされる。

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