GANTZ『焔』   作:マジカル☆さくやちゃんスター

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第31話 興味深い

「ちッ!」

 

 ぬらりひょんが岡八郎に気を取られた隙に、玄野は桜丘を抱えて歩道橋から離脱した。

 遅れて和泉、ライス、ホイホイも退避して歩道橋の上には岡八郎とぬらりひょんだけが残される。

 彼等は感じ取ったのだ。これから、自分達が見た事もない凄まじい戦いが始まるのだという事を。

 だから巻き添えにならぬようにその場から離れ、地面に重傷の桜丘を寝かせる。

 

「計ちゃん!」

「加藤!」

 

 逃げた先には先客がおり、加藤が座っていた。

 彼はどうやら無傷のようだが、西が片腕を失って倒れている。

 他には……恐らくは大阪チームと思われるショートカットの女性と眼鏡の男の姿もあった。

 

「岡と……ぬらりか」

「加藤、アレはこちらの味方なのか?」

 

 岡の事を知っていそうな加藤に、何の前情報もない玄野が質問した。

 玄野にとってはどちらも突然出てきた者達だ。

 しかも岡八郎は通常とは異なるスーツ――100点クリアの報酬であるハードスーツを着ており、一見すると星人にも見えてしまう。

 

「ああ、大阪のチームの男だ。七回クリアの男……岡八郎」

「岡やッたら……岡ならきッと……」

 

 加藤が男の名を呼び、大阪チームの女性――山咲杏が期待するように言う。

 大阪チームにとって岡八郎とは、東京チームにとっての暁美ほむら……いや、それ以上の存在だ。

 負ける姿というのが想像出来ない。

 何があっても最後に立っていて勝利する……そんな男だ。

 岡は物怖じせずにぬらりひょんの前へ歩いて行き、両雄が向かい立つ。

 

「今の俺に隙があッたらなー……」

 

 右腕を突き出し、岡が低い声で言う。

 この声は適度な緊張感を維持しながらも、どこか自然体だ。

 それだけで、この男が相当に修羅場慣れしている事が分かる。

 

「どッからでもかかッて~……――こんかい!」

 

 そう宣言し、岡が構えを取る。

 岡が早く決めてくれれば、まだ西と桜丘も助かるかもしれない。

 そう期待を込め、玄野達は岡八郎とぬらりひょんの戦いを見守った。

 

 

 

 岡八郎とぬらりひょんの戦いはまさしく別次元の戦闘であった。

 岡の着ているハードスーツは様々な武器や機能を内蔵した、100点クリア武器の集大成のような高性能スーツだ。

 まず特筆すべきは、通常のスーツならばすぐに壊されてしまうような攻撃にも耐える圧倒的な防御力だろう。

 左右の腕は巨大すぎて一見バランスが悪く見えるが、しかし見た目相応の破壊力を有していて巨大な牛鬼の頭部すら粉砕するパワーを持つ。

 殴る際には肘からジェット噴射のように炎が吹く事で拳の速度を上げ、重さと威力を更に上げる機能もあった。

 更に肘にはもう一つ、ガンツソード以上の切れ味を誇るソードまで備わっている。

 顔を覆うマスクはXガンのレントゲン機能と同じく敵をスキャンする機能が備わっており、掌からはほむらが使っているレーザー砲と同性能のレーザーを発射出来る。

 しかし岡八郎は決してスーツに頼り切りというわけではなく、本人もまた高い戦闘センスを持つ男だ。

 本人曰く学生時代にやっていたという卓球(ピンポン)と通信教育の空手……は何の役に立っているか正直分からないが、しかし的確な攻撃でぬらりひょんを砕いていく。

 並の星人ならば……いや、あのオニ星人のボスや千手ですら岡にはきっと太刀打ち出来なかっただろう。

 

 しかしぬらりひょんは普通ではなかった。

 いくら砕かれ、斬られようと当たり前のように再生しては強化されていく。

 戦いの中で彼は岡の戦い方を『興味深い』と評し、ハードスーツを真似て腕を太くし、肘に刃を生やして逆襲に出た。

 次第に岡が押され始め、何度もぬらりひょんの攻撃が当たるようになってきた。

 顔のマスクが吹き飛び、手数もぬらりひょんの方が多くなっていく。

 それでも岡はぬらりひょんの不死身ぶりに弱点がある事を見抜き、ハードスーツを囮にしての背後からの奇襲でぬらりひょんを切り裂いて見せた。

 倒れ、再生しないぬらりひょんを見下ろしながら岡は言う。

 

「そうか……やッぱり意識の外からの攻撃か……」

 

 弱点は分かった。

 だがもう決め手がない。

 岡はここまでの戦いで、意識の外からの攻撃がぬらりひょんに有効な事を突き止めた。

 だが有効なだけだ。これではぬらりひょんは倒せない。

 意識の外からの攻撃で、再生出来ないほどに完膚なきまでに破壊し尽す。

 そうしなければぬらりひょんは仕留められないのだ。

 だから岡は、一度ここを離れる事にした。

 

「終わッたのか……!? 死んだのか? アイツは」

 

 立ち去ろうとする岡に加藤が声をかける。

 それでも無視して歩く岡に加藤はたまらず「おい!」と声を荒げた。

 そんな加藤の事を鬱陶しそうに一瞥し、岡は面倒くさそうに言う。

 彼の顔は『そんな事も分からんくせに何でこいつこんな偉そうなんや』と言いたげだ。

 

「終わッとらんわ……。

俺はもうええ……リスクがでかすぎる」

「ちょッ待て! 待ッてくれ! 最後まで! 今なら止めを刺せるだろ!」

「そんならお前がやればええやろ」

 

 岡は加藤に見切りをつけ、そのまま歩く。

 今なら止めが刺せるなどと……それが可能なら、もうやっている。

 出来ないから退却を選んだのだ。

 ぬらりひょんを仕留めるならば、不意打ちから一気に身体の一部分も残す事なく破壊し尽さなければ駄目だ。

 もしも腕の一本も残してしまえば、そこからでも奴は再生する。

 つまり、止めなど刺せない。それが岡の出した結論であった。

 やるならもう一度意識外からの攻撃を加えた上で一気呵成にZガンで叩き潰す他ないが……ハードスーツを捨ててようやく出来た事を、ノーマルのスーツでやるのはあまりにリスクが大きすぎる。

 だから岡はここを離れる事にしたのだ。

 何をするにせよ、一度ぬらりひょんの意識の外に出なくては話にならない。

 

「おい!! 待てよ!! おい!! おいッ……くそッ!」

 

 加藤の声を無視して岡はそのまま立ち去ってしまう。

 遠ざかっていく岡の背中を見送り、加藤は諦めたように悪態をついてガンツソードを抜いた。

 このまま放っておく選択肢はない。

 今回は制限時間がなく、こいつを倒すまで絶対に帰れないのだ。

 

「くそッ!」

 

 再度悪態をつきながら加藤が刀を振り上げる。

 だがそれと同時にぬらりひょんの腹を突き破って何かが飛び出した。

 それはまるでパチンコ玉を集めて球体にしたかのような奇妙な物体だ。

 加藤は思わず動きを止めてしまい、玄野は嫌な予感を感じてその場から後ずさった。

 

「やッべえ! 逃げろ!」

 

 玄野がそう叫ぶと同時に、球体が破裂した。

 パチンコ玉のような玉が全方位に散らばり、その場の全員を襲う。

 幸いだったのは、これがスーツの防御力を無視するほどの攻撃ではなかった事か。

 攻撃が終わった時、加藤達はかろうじて全員が無事……とはいえずとも、とりあえず死者は出ていなかった。

 ただし加藤と山咲のスーツから耐久限界を示すように液体が漏れ、既にスーツが壊れていた玄野は片腕を押さえていた。

 

「くッそ! 痛ッてえええ!」

「計ちゃん!? 大丈夫か!?」

「ぐ……左腕をやられた……」

 

 玄野の左腕はパチンコ玉に貫通されてしまい、血が溢れている。

 千切れてはいないが、動かす事は出来ないだろう。

 しかし彼はまだマシな方だ。

 破裂寸前に咄嗟に後ろに下がっていたのが功を奏した。

 被害が大きいのは和泉の方である。

 

「畜生……俺とした……事がッ……」

 

 和泉は片腕片足を貫かれ、更に脇腹までやられていた。

 意識はまだあるが、もう戦えないほどの重傷である。

 次々と味方が減っていく中、それでもぬらりひょんは倒せない。

 またしても姿を変えた彼は、今度は女性の姿になって復活していた。

 辺りをキョロキョロと見渡し、東京チームなど眼中にないかのように言う。

 

「さッきの奴はどこにいッた? 面白い奴だッたのに……」

 

 加藤と山咲、玄野はぬらりひょんを威嚇するように武器を構えるが、相手にすらされていない。

 ライスも唸るばかりで近付く事さえ出来ず、明らかに怯えを見せていた。

 東京チームは今まで多くの戦いを潜り抜け、強くなってきた。

 だがそんな彼等から見ても、今回の相手はあまりに強すぎる。

 しかしそんな中でホイホイだけは和泉を心配するように鼻先を彼に近付け、それからノソノソとぬらりひょんの前へと歩いて行った。

 

「お、おい、パンダ? やめろッ! お前の勝てる相手じゃない!」

 

 玄野の制止も聞かずにホイホイが立ち上がり、ぬらりひょんと相対する。

 その雄姿を見て、大阪チームの山咲は困惑していた。

 何で東京チームにはパンダがいるのだろう……などと、今思うべきでないのは分かっているが、それでも思わずにはいられない。

 しかもよく見れば犬もいる。何だこのチーム。

 

「ほッ、なんだお前?」

 

 ぬらりひょんの問いにホイホイは答えない。

 当たり前だ。パンダは言葉など話さない。

 だから彼は返事の代わりに、無造作に爪を薙いでぬらりひょんの上半身を一撃で吹き飛ばした。

 

「うォ!?」

「ウッソォ!?」

 

 まさかの攻撃力に加藤と山咲が驚く。

 パンダは動物園の人気者で、普段はコロコロとしている姿ばかりがイメージに残る。

 実際パンダは猛獣の中では(・・・・・・)温厚で人懐こい部類である事は間違いない。

 飼育員が丸腰でパンダのいる部屋に入り、時にはパンダがじゃれる姿も見られるだろう。

 しかしそれでも、パンダは猛獣なのだ。そのパワーは人間の比ではない。

 

「ほッ? ほほほほほッ!」

 

 上半身が吹き飛んだぬらりひょんは、千切れた場所から新たな頭部をいくつも生やし、異形化していく。

 そればかりか分裂まで始め、複数の女性体がホイホイを取り囲んだ。

 しかしホイホイは構わずに攻撃を続け、手あたり次第にぬらりひょんを吹き飛ばしていく。

 一撃でぬらりひょんの女性体数体が空を舞い、次の一撃で女性体の肉片があちこちに散らばった。

 今まで見せなかったホイホイの凶暴性と強さに玄野達が驚くが、やはり基本的には獣だ。

 ただがむしゃらに攻撃しているだけで、これではぬらりひょんは仕留められない。

 

「ほほほほほほッ! ふほほほほほほッ!」

 

 どんどんぬらりひょんが増殖し、ホイホイを翻弄する。

 ここから打開するだけの技術は残念ながらホイホイにはなかった。

 もしもここにいるのが、極限まで鍛え抜かれた人間の格闘家ならばこの大群すらも吹き飛ばしてみせたかもしれない。

 だがホイホイは獣だ。ただ力任せに暴れる以外の攻撃方法がない。

 しかし彼女の奮闘は決して無駄ではなかった。

 ホイホイが戦った僅かな時間は、新たな救援者が到着するまでの間を稼いでいたのだ。

 

「なんだッ? 何か突ッ込んでくるぞォッ!」

 

 加藤が叫び、それに反応してぬらりひょんも振り返った。

 その視線の先にあったのは、一台の車であった。

 轟音を立てながらブレーキを踏む気配もなく、むしろますます速度を上げて迫るそれを見て加藤達は青褪める。

 それはガソリンを始めとする危険物を運搬する役目を持つ大型自動車――『タンクローリー』だッ!

 

「ヤバイッ! 伏せろォッ!」

 

 加藤達が慌てて伏せ、ホイホイは走って離脱する。それと同時にタンクローリーの運転席のドアが蹴り開けられた。

 そこからほむらが跳び出し、宙で翻りながらXマシンガンを連射する。

 すると増殖していたぬらりひょんが次々と弾け飛び、そこにタンクローリーが突っ込んだ。

 ほむらは着地するまでの間に更に連射を続け、タンクローリーを攻撃――爆発させた。

 巻き上がる爆炎の前にほむらが降り立ち、一時の静寂が訪れた。

 しかしほむらは油断する事なく武器を構え、ぬらりひょんの復活を待つ。

 

「あ、暁美ッ! 来てくれたか! 気を付けろ、そいつは手強いぞ!」

「知ってるわ。悪いけど、全員下がってて……こいつは私が倒すわ」

 

 援軍の到着に僅かな光明を見出す玄野へ、ほむらは辛辣とも思える言葉を返した。

 決して仲間を案じての言葉ではない。

 単純に、これから先の戦いに邪魔だから引っ込んでいろと……彼女はそう言っているのだ。

 そのあんまりな態度に山咲が不機嫌になる。

 

「なんやァ、このお嬢ちゃん。えッらそうやな」

「いや、暁美の言う通りだ。俺達は邪魔になる。早くこッちに」

 

 山咲の腕を加藤が引き、拉致するように橋から降りて行く。

 

「ちょ、ちょちょちょ、ちょー待ちィ! あんな子一人残して逃げるんか!?」

「暁美は確かに俺達より若いが……実力は一番上だ。ああ見えて4回クリアしている」

「4回て……確かに凄いけど、7回クリアした岡ですら手に負えなかッたの見てたやろ!?」

「わかッてる! だが俺達があそこにいても邪魔なだけだ! 戦うにしても離れて援護した方がいい!」

 

 何やらもめているが、ほむらはそれを気にせずぬらりひょんの再生を見守る。

 腰に括りつけていたXショットガンを遠くに投げ捨て、続いてレーザー砲も捨てて身軽になる。

 更にコートに手をかけ、これも邪魔だと言わんばかりに脱ぎ捨てた。

 キュゥべえも彼女の肩から降り、安全な場所へと退避する。

 これから戦う相手は余計な重りを背負ったまま戦える相手ではない。ほむらをして、そう判断するほどにぬらりひょんは脅威的であった。

 やがてぬらりひょんは再生を終え、その全貌をほむらの前に現した。

 身長は2m半に届き、その姿はまるで再生途中で止まったかのような不完全でおぞましさを感じさせるものだ。

 骨の上に血管と薄皮だけを張ったようなその姿は、しかし今まで以上の凄味に満ちている。

 ぬらりひょんはほむらを一瞥し、敵と認識して一歩前へ踏み出した。

 ほむらもそれと同時にXマシンガンを発射し、ぬらりひょんの身体を破壊する。

 だが正面からの破壊は無駄だ。ぬらりひょんは身体を再生しながらほむらへ殴りかかり――だがほむらはそれを紙一重で避けて顎にXガンを押し付けて発射。

 頭部を砕きながらターンをするように背後へ回り込み、今度は背中を乱れ撃った。

 

「フーッ……フーッ……なるほど……お前も……興味深い……」

 

 背中が破裂しながらもぬらりひょんはほむらを評価し、振り返る。

 彼の中でほむらは『どうでもいい敵』から『興味深い敵』に上方修正されたらしい。

 そんなぬらりひょんへ、ほむらは無言で銃口を向けた。




【マジカル☆タンクローリー】
原作でも使ったほむらの技(?)の一つ。
タンクローリーを敵にぶつけて爆発させる荒業。
タンクローリーは勿論現地調達。ドライバーは泣いていい。
ゲームでもほむらの技に設定され、どこからかタンクローリーを持って来ては敵にバンバンぶつけている。
実はマミのマスケット銃と同じようにほむらが魔法で創っている可能性が微粒子レベルで存在する。
しかしそうだったとしても、このSSのほむらは魔法少女ではないので勿論盗品。
まあ、ほむらが盗まなくてもどのみち、この騒ぎの中では巻き添えを喰らって壊れてただろう。

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