GANTZ『焔』 作:マジカル☆さくやちゃんスター
――暁美ほむらが、姿を消した。
ラストミッションが終わり、ほむらは玄野達に一言も告げずに東京からいなくなった。
ガンツに呼ばれる事がなくなった今、東京に留まる意味も、あの部屋に残る意味もない。
玄野達もそれをあえて探す事はせず、各々が残された時間を不安の中で過ごしていた。
皆、心のどこかで分かっているのだ。今が嵐の前の静けさでしかないという事を。
ガンツに呼ばれる事がなくなり、平和な日常に戻ったと楽観的に思えればどれだけ幸せだっただろう。
だが皆分かっているのだ。平和な日常に戻ったのではない……平和な日常、それ自体がもうじき無くなってしまう事を。
だから、誰が言い出したわけでもなく全員がスーツや武器を持ち帰っていた。
ガンツにはもう呼ばれない……だがきっと、これを使う時はすぐに来る。
だからほむらを探す必要はない。
その時が来たならば、嫌でもまた戦場で会うだろう。
ならばせめて、残された平穏な時間をどう使うかくらい……どこで過ごすかくらいは本人の自由でいい。
そう玄野達は思い、そして彼等もまたそれぞれの生活の中へ戻った。
◇
和泉紫音の心境に一つの変化が起きていた。
その切っ掛けはあの吸血鬼達の……いや、そのリーダー格だった
あの男と戦い、そして勝利した時に和泉は何故か妙な達成感を感じていた。
絶えず肩にのしかかっていた重荷が取れたような……心が何かから解放されたような奇妙な達成感だ。
少しして和泉はそれが、恐怖からの解放であった事に気が付いた。
何故恐怖していたのか、何に恐怖していたのかも分からぬままに……そもそも恐怖しているという自覚すらなく、常に和泉は恐れ、そして怯えていた。
その理由は過去のミッションにあった。
和泉自身疑問に思っていた事がある……それは、何故かつての自分は一番を選んで部屋からの解放を選んでしまったのか、だ。
あそこ以上に自分が生きていける場所なんてないというのに。どんな手を使ってでも戻りたいと焦がれる程だったのに、何故やめた?
その理由を、吸血鬼との因縁が終わった事を切っ掛けとして思い出した。
和泉は一度死に、ガンツの部屋に送られた。
死因は盗んだ車で無茶な運転をしての事故死だ。何とも馬鹿馬鹿しい。
そこで彼はひょうほん星人という敵に出会い、未来を見せられたのだ。
その未来とは氷川との戦いの中で彼女である涼子を庇い死ぬ和泉自身の姿だった。そして大一番であるカタストロフィのその時に和泉は参戦すら出来ないという残酷な未来だった。
お前は主役ではない。最終戦に辿り着く事もなく死ぬだけのつまらない登場人物だ。
この先の未来を左右する『鍵』の足元にも及ばないゴミのような存在だ。
そう突き付けられて和泉の心は折れた。
そして……逃げたのだ。死の運命に恐怖し、ガンツから逃げ出した。
だが運命は変わった。いや、そもそもあの未来の映像に掠りすらしなかった。
その理由は分からない。
そもそもひょうほん星人に未来を見通す力なんてものがなかったのか、それともいくつかある可能性のうちの一つに過ぎなかったのか……あるいは運命を捻じ曲げてしまうような、本来の未来に存在しないイレギュラーでもいたのか……。
どちらにせよ和泉は恐怖から解放された。
そしてふと気付いたのだ。今までの自分がいかに恐怖に囚われていたのかを。
視野が狭く、いかにガンツの部屋で他の奴より優れた戦績を出すかしか考えていなかった。
『カタストロフィに生きて参加する』……この事に、和泉自身も知らぬうちに固執していた。
頭が記憶を覚えていなくても、心が恐怖を覚えていたという事なのだろう。
記憶がないままに、覚えてすらいないままに、それでも運命から脱却する事だけを考えていたのだ。
だから隣にいる彼女の顔すら見ていなかった。
しかし今は違う。何も見えていなかった和泉の目は開き、そして大阪でのミッションが終わった後に彼は初めて涼子の顔を見た。
「へェ……こんな顔してたのか」
唐突にこんな事を言われた涼子はさぞ意味が分からなかっただろう。
まさか彼氏が今の今まで自分の顔すら知らなかったなどとは思うはずがない。
困惑する彼女へ和泉は言った。
「お前今日誕生日だッけ?」
「え? 違うよ」
「どッか一緒に行こう……そうだ、遊園地行こう……明日。約束だ」
そうして初めて彼女をデートに誘ったのがラストミッション前の事だ。
和泉は自分でも不思議だった。
最初は流れから付き合う事になっただけの女で、告白にOKしたのも断るのが面倒だったからだ。
だからずっと無関心だったし、どうでもよかった。
しかしあの映像を思い出し、そして思ったのだ。命がけで庇うくらいには俺はこの女の事が嫌いじゃないんだな……と。
そう自覚してしまえば、案外現金なもので執着心が沸いた。
妙に可愛らしく見えるし、誰にも渡したくないと思い始めた。
そしてラストミッションを終えた今、和泉は二度目のデートに涼子を連れ出していた。
遊園地の夜を照らすパレードを見る涼子の横顔を眺めながら、和泉は優しく笑う。
「……? 和泉くん……パレード見ないの?」
「ああ……そんな面白いとも思えねーしな。そんなのより、お前の横顔を見ている方がいい」
「……何だか和泉くん、変わッたよね」
「そうか?」
「うん……何だか、前より私の事を見てくれるようになッた」
よく分かっている。
そう思いながら和泉は涼子の髪を撫でた。
「悪かッたよ……これからはちゃんとお前を見る……」
和泉は、昔から大事なものというのを持たなかった。
努力しなくても何でも出来てしまうが故に執着心を持てず、何に対しても興味がなかった。
だがどうやら、意識しなくとも大事なものというのは案外いつの間にか出来ているものらしい。
知らないうちに涼子の存在は和泉の中で大きくなっていて、そして和泉は彼女に執着していた。
そうなれば和泉自身も知らなかった一面が顔を出し、和泉は初めて自分が独占欲の強い人間である事を知った。
「癪だが玄野の言う通りだ。悪魔がいたとしても人間はそれを乗り越えられるんだ……。
運命なんてものを、恐れる必要はない……よな」
世界がどうなろうと知った事ではない。
だが自分と、そして涼子だけは何があっても生き延びてやる。
自分ならば出来る、守り切れる。
そう和泉は信じていた。
◇
ラストミッションを終えると同時に東京から消えたほむらは今、見滝原市へと戻ってきていた。
勿論まどか達と顔を合わせて再会を喜ぶ為……ではない。
今更どんな顔をして出て行けばいいか分からないし、第一ここにいる自分は暁美ほむらではなく、そのコピーに過ぎないのだ。
ならば会ったところで皆を失望させるだけだ。
自分の存在など忘れられるのが一番いい。忘れて、過去の事にしてくれるのがいい。
そうすれば悲しみと傷跡はきっと、時間が癒してくれるから。
それでも戻ってきたのは、この先に起こる『カタストロフィ』を警戒しての事だった。
この先……そう遠くない明日に地球全てを舞台にした異星人との最後の戦いが始まる。
『カタストロフィ』とは異星人からの大規模な侵略であり、そして最後の戦いに出る事をほむらは既に確信していた。
だから、いつでもまどか達の助けに入れるようになるべく近くに待機する必要があったのだ。
いざカタストロフィが始まった時に自分が東京にいて、折角絶望の迷路から救い出したまどか達が呆気なく死んでしまっては、それこそ今までの戦い全てが無駄になってしまう。
「来月から高校生かあ……大丈夫かなあ」
「大丈夫だって、まどか。マミさんだっているんだしさ」
公園の外れで野良猫に餌をやりながら話しているのは、遠目でも分かる桃色と青色の髪をした少女達だ。
その後ろ姿をステルス機能で姿を消して見守りながらほむらは、その元気そうな姿に知らず微笑を浮かべていた。
そして思うのは、もうそんなに時間が経っていたのかと言う事だ。
まあ無理もない。初めて会った時は15歳だった玄野が今では17歳なのだから、どう考えても一年以上は経過している事になる。
それだけ経ったならば、もう自分の事も忘れてくれているだろう。
そう思い、ほむらはその場を去ろうとした。
「……皆で一緒に、高校に行きたかった……ほむらちゃん……」
「……そう、だね」
だが聞こえてきた声に思わず足を止めてしまう。
まどかの声は涙声になっており、いつもは騒がしい美樹さやかまでその声には元気がなかった。
早くこの場を去らなければならないのに。
未練が心を縛り付ける前に消えなければならないのに。
だというのに、足が動かない。
それどころか、どうしようもない事に……まどかがまだ自分の事を忘れずにいてくれた事を、嬉しいとすら思ってしまっていた。
「あっ、エイミー!」
ほむらが動けずにいると、何かが足元に駆け寄ってきたのを感じた。
見下ろすと、そこにいたのは黒猫のエイミーだ。
エイミーはまどかが名前を付けた地域猫……つまりは野良猫だ。
ほむらが魔法少女になる前の最初の世界では交通事故で死にかけていたエイミーを助ける願いでまどかが魔法少女になっており、そしてまどかを魔法少女の運命から救うと約束して以降の世界ではまどかの魔法少女化を防ぐ為にほむらが救っている。
この世界でもほむらが先回りして事故から助けており、その為なのかまどかとほむらに懐いていた。
「どうしたのエイミー? そこには何もないよ?」
「猫って時々さあ、こうやって何もない所をじーっと見る事あるよね。何なんだろうね」
不味い、と思った。
エイミーがこちらを凝視しているせいでまどかとさやかが近付いてきてしまった。
こうなったら音を立てないように去るしかない。
ほむらはゆっくりとその場からの退避を試みるが、彼女の移動に合わせてエイミーの首も動く。
姿は消えているはずだが、動物の嗅覚は誤魔化せないのだろうか。
エイミーは完全にほむらの位置を特定してしまっていた。
「ニャア」
そしてほむらの足にしがみつき、あろう事か登り始めてしまった。
するとまどかとさやかも流石に異常に気付く。
何せ彼女達から見れば、エイミーが浮いているようにしか見えないのだ。
「さ、さやかちゃん! エイミーが飛んでる!?」
「お、おおおう!? どうなってんだこりゃ!」
ほむらはもう内心で汗ダラダラである。
その間にもエイミーは更に登り、とうとうほむらの胸の前にまで到達してしまった。起伏がないので登りやすい。
ほむらは無表情で焦りながらも慣れた動作でエイミーを抱え、ゆっくりと地面に降ろす。
するとエイミーはほむらの手に頬を摺り寄せ、ゴロゴロと鳴いた。
「エ、エイミーが見えない何かに懐いてる……ま、まどか! そこに何かいるわよ!」
「と、透明人間!? まさか魔女!?」
ほむらは手にしがみつこうとするエイミーを何とか引き剥がし、ゆっくりと立ち上がる。
大丈夫、まだ姿は見られていない。
このまま迅速に去ればまだ何とかなる。
そう思っていたものの、次の瞬間さやかがしがみついてきた事で更に身動きが取れなくなってしまった。
「うわ、やっぱりいる! 何かここにいるわよまどか! 思わず捕まえちゃったけどどうしよう!」
「さやかちゃん、思わずで捕まえちゃ駄目だよ!」
全くだと思った。
自分がもし魔女やその使い魔だったらどうする気だったのだ、とほむらは呆れた。
そうでなくても星人だったら今頃さやかは死んでいる。
とにかく、すぐにでもさやかを振り払って逃げなくてはならない。
ほむらはさやかの足を払い、一応怪我しないように倒れるさやかの頭を支える。
もし地面にぶつけてこれ以上馬鹿になってしまっては流石に可愛そうだ。
だがその甘さがいけなかった。
地面に倒れそうになったさやかは咄嗟にほむらの腕を掴み、そして周波数変換装置を落としてしまったのだ。
(……っ、しまっ――)
カラン、と音が響いて周波数変換装置が落ちた。
それと同時に周波数変換装置を手放してしまったほむらのステルスが解除され、まどか達の前に姿を曝け出してしまう。
「…………え…………嘘……」
まどかが茫然と呟き、そして三人の時間が止まった。
別にほむらが止めたわけではないし、そもそも既にその力はない。
ただ時間でも止まったかのように硬直し、動きが停止しただけだ。
(まずい……見られ……誤魔化す? 今から? どうやって?
別人……双子の姉妹……否、不可能……姉妹はいないと話した事がある……。
二人をここで気絶させる? 夢落ち……気のせい……見間違い……どうやって納得させる?
詰み……チェックメイト……王手……逃走不可……。
まどか髪少し伸びた……相変わらず小さい……さやかは変わらず馬鹿っぽい……胸が前より膨らんでる……妬ましい……。
ここから他人のふり? どうやって? ステルスの説明……無理、不可能。
何故私はこんなに近くまで接近した……ビルの上からなら、こんな事には……。
三択……この中から一つだけ答えを選びなさい……①佐倉杏子が来て助けてくれる……いや、来ちゃ駄目でしょ。ますます事態が悪化するわ)
ほむらの頭をグルグルと思考が駆け巡るも、どうしようもなかった。
やがて再起動したまどかが震える声で、涙を浮かべて確認するように言う。
「ほむら……ちゃん?」
「ほ、ほむら……だよな?」
まどかに続いてさやかも震える声で確認をしてきた。
そうしつつもガッシリとほむらの腕を掴んでおり、逃がさないという意思がひしひしと感じられる。
エイミーはこの空気を気にせずほむらの足にすり寄り、上機嫌に鳴いていた。
「……………………。
……ち、違うわ……私は暁美ほむらではなく、他人の空似よ美樹さやか。
だからこの手を放してくれると嬉しいのだけど……」
「嘘をつくなあああ!」
苦し紛れの言い訳は勿論通じるはずもなく、さやかの突っ込みが響き渡った。
そして、それと同時にまどかがタックルするように抱き着いた事でいよいよ逃走不可能となってしまった。
【和泉ハッピーエンドルート?】
心の奥底に根付いていた恐怖から解放されて、周囲を見る余裕が出来た和泉。
今までは素っ気なくしていた彼女の事が急に可愛く思えてきた。
このまま改心してハッピーエンドに突入出来ればいいのだが……。
【ぽんこつ☆ほむら】
あり得ないミスをやらかしたほむら。
ビルの上からでも見守っていればいいものを、近くで見たい欲求に逆らえずに近付いてこの始末。
まどかが絡むと冷静さが90%ダウンしてしまう。
【ライスとQBどこ行った?】
ほむらと一緒に見滝原に来ている。
今はその辺で待機中。