GANTZ『焔』 作:マジカル☆さくやちゃんスター
迂闊にもまどかとさやかに発見されてしまったほむらは、そのまま引きずられるようにどこかへと連れて行かれた。
振り払おうと思えば簡単だ。今のほむらは魔法少女ではないが、ガンツの適当な複製のせいで魔法で強化された魔法少女の身体能力と肉体強度をデフォルトで備えている。
加えて現在は服の下にガンツのスーツを着用しており、肉体能力だけに限ればむしろ魔法少女時代より圧倒的に強い。
しかし問題は、腕にしがみつくようにしてまどかとさやかにガッチリ拘束されてしまっている事だ。
これがさやかだけならば話は簡単だ。無理矢理振り払ってしまえばいい。
しかし健気にも腕にしっかりとしがみ付くまどかを振り払う事はほむらには出来なかった。
「まどか……その、離して欲しいのだけど」
「いや。離さない」
「ちょっとだけでいいのだけど」
「駄目。もうどこにも行かせない」
離してしまえばほむらがまた消えてしまうと恐れているのかもしれない。
まどかは震えており、その様子からほむらは自分の……いや、オリジナルの死が既にまどか達に伝わっている事を確信した。
いや、当然か。そもそも遺書が届くように手配したのは自分だ。
それにしても厄介な事になってしまった、と思う。
まどか達が自分を連れて行こうとしているのは間違いなく巴マミの暮らしているマンションだ。
そこまで行ってしまうと本当に逃げるのが困難になる。
何とかいまのうちに二人を振り払って逃げられないだろうか。
そう思うも、事態は更に悪化して曲がり角から佐倉杏子と巴マミが出て来て目が合ってしまった。
「…………」
「…………」
杏子は目を丸くし、口にくわえていた棒付きの飴を地面に落としてしまった。
食べ物を粗末にする事を何より嫌う彼女にしては珍しい。
杏子はそのまま、幽霊でも見たような顔でほむらに近付き、確かめるようにほむらの頭や頬、腕を触る。
鬱陶しいので振り払いたいが、両腕をがっちり塞がれてしまっているのでそれも出来ない。
杏子はさやかに確認するように視線を向けると、さやかも肯定するように頷いた。
「どういう事だオイ……こいつ、生きてるじゃねーか!」
久しぶりに会って言う言葉がそれか。
何と言うか相変わらずだなと思い、妙な呆れと安心を感じてしまった。
その直後、何かがタックルしてきて思い切り抱きしめられた。
視界には金髪が見えるので、巴マミに間違いないだろう。
「暁美……さん……暁美さん、暁美さん!
本当に貴女なの……信じられない、こんな事って……。
会いたかった……ずっと……。
これ、夢じゃないわよね……本当に貴女なのよね……?」
頼もしい先輩に見えて実は寂しがり屋なマミは、ほむらが去った後にかなり沈んだのだろう。
その事が分かるほどに強くほむらを抱きしめ、その腕は震えていた。
だが何よりもほむらが気になったのは胸に感じる圧迫感が前より増している事だ。
馬鹿な……こいつ、まだ育っている……!?
その後ほむらは全身をガッチリホールドされた状態で連行され、無理矢理マミの家に連れ込まれた。
家に入るとそこには百江なぎさと千歳ゆまがおり、ほむらを見て数秒硬直したものの状況を瞬時に判断して部屋中の窓を閉めてしまった。賢い子達である。
百江なぎさは過去のループでお菓子の魔女として何度か巴マミを喰い殺してきた存在だが、今回の世界ではまだ魔女になっていなかったのでほむらが保護する事で魔女化の運命を逃れる事が出来た。
時折こういう事があるのだ。ほむらが何も関与せずとも、ループ開始前から前提条件が変わっている事が。
過去のループでは何故か上条恭介がギタリストだった事もあった。
千歳ゆまは低確率で佐倉杏子と行動を共にしている魔法少女であり、その出現条件は実はよく分かっていない。
ほとんどのループでは佐倉杏子は一人で見滝原市に来るのだが、時折千歳ゆまを連れている事がある。
今回の世界は、その低確率を引き当てた世界であった。
その後更に呉キリカまで到着し、ここに見滝原の元魔法少女が勢揃いしてしまった。
この呉キリカもイレギュラーの一人で、放置すると時々美国織莉子とかいう頭にバケツを被った女と組んで魔法少女狩りをした挙句にまどかを殺しに来る厄介な相手だ。
しかしほむらは彼女達の動向を観察するうちに、キリカと織莉子の出会いには切っ掛けがある事を知った。
それはキリカが落とした小銭を織莉子が拾うという些細なものであり、その出来事からキリカは織莉子を気にするようになって最終的には織莉子の為に魔法少女になってしまう。一途とかいうレベルではない。
そこでほむらはキリカが小銭を落とした時に介入し、織莉子の代わりに小銭を拾ってやった。
するとどういうわけか、キリカの好意の対象がほむらになってしまい、気付けば魔法少女になってほむらに懐いていた。
……まあ戦力としては十分に価値があるので嬉しい誤算ではあった。
「……ねえ。重いからどいてくれないかしら」
「やだ」
「いや」
「駄目だよほむら。君が死んだと聞かされて私がどれだけ絶望したと思ってるのさ。
もう絶対に離さないからね」
現在ほむらは右腕にまどか、左腕にマミ、そして背中からはキリカが抱き着いている状態だ。
ついでに膝の上にはエイミーが乗っている。
まさに四面楚歌。これでは逃げようにも逃げられない。
「それにしても、本当に驚いたよ。アタシ達はキュゥべえから、あんたは死んだって聞かされてたんだ。
キュゥべえも嘘を吐くんだね」
「キュゥべえは嘘吐きなのです! 信じてはいけないのです!」
杏子がポッキーを食べながら言い、なぎさは憤慨したように頬を膨らませた。
しかしキュゥべえは決して嘘を吐いていない。
間違いなく暁美ほむらは死んだのだ。
ここにいるのはその死後にガンツによって複製された偽物に過ぎない。
その事を伝えたいが……それをやってしまえば頭の爆弾が起動するだろう。
故に人違いだと教える事も出来ない。まさに手詰まりだ。
しかし救世主は意外な所から現れた。
「心外だなあ。僕は嘘なんか吐かないよ」
突然聞こえてきた声に、少女達は一斉に嫌悪の視線を向けた。
声は窓の外から聞こえたものだ。
そこには、窓に張り付いたライスの背に乗ったキュゥべえがいた。
どうやらほむらの匂いが知らない人間に連れられて遠ざかっていく事を心配したライスが追って来てしまったようだ。
「な、何だあの犬……窓にしがみついてるぞ」
「すごいのです! ここ5階なのに!」
「嘘でしょ……まさか壁を登ってきたの?」
ライスの非常識さに杏子、なぎさ、さやかが驚きを見せるが無理もない。
ガンツスーツを着たライスは常識では測れない運動能力を持っているのだ。
ほむらは溜息を吐き、声を発した。
「入れてあげて。その子は私の飼い犬よ」
「あんたどういう犬飼ってるのよ……」
ほむらの言葉に呆れながら、さやかは窓を開けた。
するとライスはスルリと部屋に侵入し、キュゥべえも着地する。
だがライスはともかく、キュゥべえは歓迎されない客だ。
全員の敵意の籠った視線に晒されて何となく居心地が悪そうに見える。
「やあ皆、久しぶりだね」
「キュゥべえ、てめえ……よくも騙しやがったな。ほむらが死んだなんて適当言いやがって」
呑気に再会の挨拶をするキュゥべえに、杏子が軽蔑するような声を出した。
だがキュゥべえもふてぶてしいもので、杏子の怒りを受け流している。
「なるほど、どうやら暁美ほむらは死んだと君達に伝えられたようだね。
けれどそれは嘘じゃない。事実、暁美ほむらは死んだんだ」
「それが嘘だっていうのよ! 実際ここに生きてるじゃない!」
「ああ、それはね……」
キュゥべえにさやかが反発するように叫ぶ。
するとキュゥべえはペラペラとほむらの素性を明かそうとし始めたが、流石にほむらもこれは見過ごさなかった。
何せ自分達の頭には今、爆弾が入っているのだ。
ガンツについて迂闊に話してしまえばその瞬間死んでしまう。
キュゥべえが死ぬのは別にどうでもいいが、その巻き添えで殺されてはたまらない。
「待ちなさいキュゥべえ! それは……」
「ああ、頭の中の爆弾の事は心配しなくてもいいよほむら。実はそれは、とっくにクラッキングを仕掛けて外しているんだ。勿論君の分もね」
「な……!」
「まあ、それでなくてもラストミッション終了と同時に外されたみたいだけどね」
初耳であった。
今までずっと頭の爆弾を警戒していたのに、それが無駄だった事を教えられたのだ。
「何故…………いや、貴方はそういう奴だったわね。
私が聞かなかったから話さなかった、と」
「そうだよ。理解が早くて助かるね」
キュゥべえに何故を問う事に意味はない。
彼等はいつだって、聞かれていない事は答えない。
そうして認識の差を利用して嘘を吐かずに相手を騙すのだ。
要するに彼らは手練れの詐欺師なのである。口論に意味などない。
「ちょ、ちょっと待って! ほむらちゃん……頭に爆弾入れられてるの!?」
「……正しくは入れられていた、ね。
私が何故今ここに生きているか……その事を話そうとすると爆発して口封じする爆弾がここに入っていたのよ。
まあ……いつの間にか取れていたみたいだけど」
そう言いながら自分の頭を指で叩き、キュゥべえを睨む。
どうにもこいつに踊らされているようで気に入らない。
だがこれで話しても問題はなくなった。
「また……何か妙な事になってるのか?」
「口封じで頭に爆弾って……そんな、SF映画じゃないんだから……!
一体あんたに何が起こってるのよ!? 私達と別れてから、あんたに何があったの!?」
杏子とさやかは困惑したように、ほむらに何が起こっているのかを問い詰めた。
そして今ならばその問いに答える事は可能だ。
ほむらは若干の未練を感じながらも、これ以上まどか達をぬか喜びさせるのは残酷だと考えて口を開く。
「今から全て話すわ……何故私が今、生きてここにいるのか……。
そして、これから世界が迎える未曾有の危機も……」
そしてほむらは、ガンツの部屋に招かれてから今日までの事を、包み隠さずに打ち明けた。
◇
「……そんな……そんな事って……」
話が終わった時、まどか達は例外なく顔を青褪めさせていた。
無理もない事だと思う。
後、ほんの数日で平和が壊れるなどと言われてもすぐには信じられないだろう。
だがそれでも予備知識さえ与えておけば、彼女達ならば有事の際も迅速に動けるはずだ。
もう魔法少女ではないが、それでも多くの戦いを潜り抜けてきた経験は消えないのだから。
「死んだ人間を複製して無理矢理戦わせる……だと?
何だ、そのふざけた部屋は! そんなのが許されていいのか!?」
「そんなの……酷過ぎるよ」
ガンツのあまりに非人道的な行いに杏子が激昂し、まどかが涙を流した。
しかしほむらとしては、その非人道的な物体があったからここにいられるので内心複雑である。
それに誰かが戦わなければ、それこそ世界は星人達に裏から乗っ取られていただろう。
やり口は外道そのもので、加えて複製された人間は人権など無視したように扱われる。
そこは素直に気に入らないし、裏で自分達を戦わせている薄汚い連中は死んでもいいと思うが……それでも、星人と戦う存在は必要だ。そうしなければカタストロフィの日に備える事すら出来ないのだから。
だからほむらは、その辺りは既に割り切っていた。
「それじゃあ、ほむらお姉ちゃんは……本当に死んじゃったの?」
「……その通りよ。今ここにいる私は貴女達の知っている暁美ほむらではない。
ただの……暁美ほむらそっくりに作られた……紛い物に過ぎない」
ゆまの問いに淡々と答え、ほむらは立ち上がった。
もうまどかもマミもほむらを拘束していない。
語られた事実のあまりのショッキングさに茫然としてしまっている。
それを見て少しだけ寂しさを感じながらも、自分は偽物なのだからこれでいいとほむらは、自分を納得させた。
「……もう、私の事は忘れなさい。そして幸せな明日を生きて。
きっと、オリジナルもそれを望んでいるから」
必要とされなくていい。求められなくてもいい。
それでも自分が皆を守るという、たった一つの誓いさえ守れれば忘れられても感謝されなくても構わない。
全ての脅威は自分一人で片づける。
そう決意し、出て行こうとドアの前まで歩いた。
「……ねえ暁美さん。私と貴女が初めてチームを結成した時にお祝いをした時の事、覚えてる?」
立ち去ろうとする背に、マミが問いかけた。
ほむらはそれに振り返る事もせずに、自分の中にある記憶を話す。
「……貴女はテレビでやっていた行列の出来る人気のスイーツ店に行きたがっていた。
けれど当日に貴女が寝坊してしまい、私達が店に着いた時には既に売り切れていたわ。
仕方ないから向かい側の和菓子店でお団子を食べたのだけど、それが美味しくて十本もお持ち帰りしたわね」
そこまで言うと、ほむらの背にマミがしがみついた。
ここにいるほむらは確かに本物ではないのかもしれない。
そっくりに複製されただけの別人なのかもしれない。魂も違うかもしれない。
それでも二人で過ごした思い出が彼女の中で生きている。
だから……偽物だなんてとても、マミには思えなかった。
「暁美さんよ……。
貴女は、暁美さんだよ……。
お願い……もう、私を置いて行かないで……ここに、いて……」
ほむらは目を閉じ、そして諦めるように力を抜いた。
本当は、いつだって自分という存在が何なのか不安だった。
暁美ほむらではなく、ただの複製体……帰る場所も、自分を受け入れる人もいない。
本当はきっと認めて欲しかったのだ。
こうして、誰かにお前は暁美ほむらだ、と……そう言って欲しかった。
閉じた目から、とうに枯れ果てたと思っていた涙が一筋零れた。
少し『いぬやしき』リスペクトしました。
【ガンツ節最終形態】
ここからカタストロフィ編に入るので、次回以降はガンツ側のキャラの口調がまた変化します。
具体的には会話中の「ん」が「ン」になります。
ただし全てがそうなるわけではなく、固有名詞や何かを指定した言葉には適用されません。
例えば「死んでしまうんだよ」は「死ンでしまうンだよ」になりますが、「おばあちゃん」は「おばあちゃン」になりません。「おばあちゃん」のままです。