GANTZ『焔』   作:マジカル☆さくやちゃんスター

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第39話 今すぐ殺してあげるわ

 それは、いつか見た夢の続き。

 複製された暁美ほむらが知らない真実の過去。

 

「ここまでだね、暁美ほむら。君の最後の戦いはどうやら、敗北で終わるらしい」

「ふざ、け……ないで……! こんな、事で……」

「無理だよ。もう君に魔力は残っていない、身体も動かない。傷を治す事も出来ない。

君に出来るのは、ここで魔女に殺されるか……絶望して魔女になるかのどちらかだ」

 

 キュゥべえに事実を告げられ、ほむらの視界が歪んだ。

 これで最後なのに。

 やっとここまで来たのに。

 なのに、この最後の最後で負けるのか。

 魔女という不安要素を残してしまうのか。

 もう少しで約束に手が届くはずだった。迷路をやっと抜けられるはずだった。

 なのに……結局また駄目なのか? また届かないのか?

 

「……まど、か……」

 

 今まで繰り返してきた時間のまどかの顔を思い出す。

 本当はいつだって助けたかった。見殺しにしていいまどかなんて、見捨てていい時間軸なんて一つもなかった。

 それらを踏み越えてようやくここまで来たのに、諦める事なんて出来ない。

 たとえこの身がどうなろうと……まどかの幸せな明日だけは、守って見せる。

 その決意に呼応してソウルジェムが最後の輝きを放ち、紫の光でほむらを照らした。

 

「これは……なるほど、最後に魔力を暴走させて自爆するつもりか。

恐れ入ったよ暁美ほむら、凄まじい執念だ。

……けど――。

 

――もう君には、自爆するだけの魔力すら残ってないみたいだね」

 

 ほむらのソウルジェムは、もう限界であった。

 本当に、いつ砕け散ってもおかしくない状態だったのだ。

 そんなソウルジェムを自爆させようと力を込めた瞬間、紫の輝きと共にほむらのソウルジェムは砕け散った。

 故に複製の暁美ほむらはこの先の出来事を知らない。

 彼女は、オリジナルが自爆して魔女を道連れに死んだと思っている。

 だが真実はそうではなかった。

 穢れを限界まで溜め込み、浄化すらしてこなかった……出来なかったソウルジェムはここに臨界を超え、最も忌まわしいモノへと生まれ変わる。

 砕け散った魂は変質して歪み、希望を齎す魔法少女は絶望を齎す存在へと――即ち、魔女へと変わってしまう。

 人としての死を迎えたほむらは薄れゆく意識の中でその呪われた事実を認識し、血の涙を流した。

 

「あ……ア、アァ……アアアアァアアアァァアアア!!」

 

 魔法少女の服が消え、代わりにほむらの身を包んだのはワンピースのような墨染めの衣だ。

 常に迷路の出口を探し求めていた瞳からは輝きが消え、血の涙が網目状に顔を走る。

 まどかを救う……たった一つの約束の為に何度も過去を繰り返してきた彼女は、その願いが巨大化するにつれて、背負う呪いの量も増えていた。

 故に暁美ほむらの魔女は、並の魔女を遥かに凌駕する。

 抱いた希望が大きいほどに呪いは強くなる。

 世界を呪った。人を呪った。時間を呪った。運命を、魔女を、インキュベーターを。

 そして何よりも、約束を果たせなかった自分自身を。

 敵対していた魔女を余波だけで消し飛ばしながら新たに結界を構築し、結界内に耳をつんざくようなおぞましい叫びが木霊した。

 その叫びは世の中のあらゆるものを呪い、怨嗟し、憎悪するかのようであり……どこか、幼い少女が号泣する泣き声のようでもあった。

 

「おめでとう、暁美ほむら。君は君の願い通りに全ての魔女を駆逐した。

そして君はこの星の最後の魔女となった。

宇宙の為に死んでくれて、ありがとう!」

 

 キュゥべえはそれだけを言い残し、ほむらの放つ呪いに呑まれて消滅した。

 ほむらの呪いに包まれた結界の中では、まどかと出会う前のほむらを模した兵隊が歩き、歯のような使い魔が湧いて出る。

 ほむらの背後が泥のように盛り上がり、形を形成していく。

 それは黒い三角帽子を被り、黒いマントを羽織ったおぞましい影だ。

 髪に見える部分は三つ編みで、背中からは黒い翼を生やしていた。

 

 もう何も見えない。何も聞こえない。

 迷路の出口は閉ざされ、未来は暗闇に包まれた。

 何と言う皮肉か。まどかの為ならば出口のない永遠の迷路に閉じ込められても構わないと願った少女はその願いの通りに、出口のない迷路に閉じ込められてしまったのだ。

 それでも――それでもほむらは、覚えていた。忘れなかった。

 まどかと交わしたたった一つの約束を忘れず、血の涙を流しながらも彷徨うように自分の結界の中を歩き始める。

 その後に続くように魂が変質した魔女の影が移動し、更に後ろには使い魔が整列して行進した。

 もう辿り着くゴールはない。目指すべき未来もない。

 それでもただ、まどかを求めて……。

 魔女と化した暁美ほむらは魂のない肉体をたった一つの感情()のみで動かして、背後に自身の魂が変質した魔女と使い魔を従えて、終わりのない旅を開始した。

 

 

 まどかが魔女に誘拐されたと聞いて、ほむらはすぐに魔女の捜索に乗り出していた。

 もう魔法少女ではないほむらでは魔女の場所を特定する事は出来ない。

 だが、それでも……何故かは分からないが、向かうべき場所が不思議と分かった。

 バイクで走るほむらの肩にキュゥべえが飛び乗り、いつも通りに腹の立つ落ち着いた声で話す。

 

「いつの間にか、この見滝原まで移動していたようだね。恐るべき執念というべきか。

君にはいつも驚かされるよ、暁美ほむら」

「……私は、魔女の討伐に失敗していたのね」

 

 ほむらは己の不甲斐なさを悔いるように言った。

 彼女の記憶は、魔女に敗れそうになって自爆しようとした瞬間で途切れている。

 自分のソウルジェムが砕けたのが、ほむらの中にある最後の記憶だ。

 だからあの後に自爆して魔女を倒したのだろうと、ずっとそう思っていた。

 ……いや、思いたかったのだ。

 だが魔女がまだいるという事はあの時の魔女を倒し損ねていたという事なのだろう。

 そう考えたほむらに、キュゥべえは間違いを訂正する。

 

「それは違うよ暁美ほむら。君はあの時の魔女を間違いなく倒している」

「そんなはずはないでしょう。だったら魔女が現れるわけが……」

 

 途中まで話し、ほむらの声が止まった。

 顔は僅かに青褪め、汗を流している。

 ここに至り、ほむらも気が付いたのだ。

 今まどかを攫っている魔女の正体を。一体誰が魔女になった存在なのかを。

 

「まさか……そんな…………私? 私が魔女になって、まどかを攫ったというの!?」

「その通りさ暁美ほむら。君はあの時、魔女になったんだ。

そしてまどかを求めて見滝原まで移動し、誘拐した」

 

 思わず唇を噛む。

 自分自身の情けなさに涙が出そうだった。

 何をしているのだ、私は。

 最後の最後でゴールに手が届かず、それどころか一番大事なものに手をかけるなんて。

 それでも暁美ほむらかと叫びたかった。

 

「知ってたのね」

「そうだよ。けど聞かれなかったからね」

「そうね、聞かなかったわ」

 

 キュゥべえのいつも通りの言葉を冷たく流し、ほむらは焦る心を押さえてバイクを走らせる。

 その横顔を見ながらキュゥべえは感心したように話を続ける。

 

「前から思っていたけれど、君はオリジナルの暁美ほむらに比べて冷静だね。

精神的にはオリジナルよりも安定しているよ。感情エネルギーという点では劣るけどね」

「そう」

 

 似ていてもやはり別人だという事なのだろう。

 今ここにいる暁美ほむらは、本当の暁美ほむらと比べて感情の起伏が小さかった。

 本来の暁美ほむらは冷静に振舞っているが、それは仮面だ。

 本当は弱気で自分に自信がない少女でしかない。

 その弱さを捨て去り、まどか達が知る今のほむらになった。

 しかしそれでも、心の底の本当の自分は覆い隠せるものではなく、時折本来の弱さや感情的になる面が出てしまうのがほむらだった。

 だが複製されたほむらは、冷静で弱さを捨てた暁美ほむらをコピーした存在だ。

 即ち弱かった時期(・・・・・・)が存在しない。生まれた瞬間から冷静な暁美ほむらだった。

 その差こそが本物と複製の差なのだろう、とほむらは思う。

 ならば私がまどかを守ろう。オリジナルが持てなかったこの冷たさで、冷酷さで。オリジナルの願いを守ろう。

 そう決意し、やがて今までよりも強く気配を感じた。

 

「この先にいるわね」

「勝算はあるのかい? 君は魔法少女ではないんだよ」

「ガンツの武器は宇宙人を倒す為のものよ。だったら同じ宇宙人(インキュベーター)由来の存在である魔女にだって効いてもいいでしょう」

 

 効くという保証などどこにもない。

 だが行かなくてはならない。

 何故ならこの先にはまどかと、オリジナルの自分がいて……引導を渡すのはきっと、自分の役目なのだから。

 

 

 まどかが目を覚ますと、そこは奇妙な空間だった。

 いくつもの映像が浮かんでは消えるその場所に映し出される映像は全て、自分やマミ、さやかや杏子……見知った皆の映像だった。

 だが見知らぬ映像だった。

 自分が魔法少女の姿で弓を引いている光景など知らないし、マミが杏子のソウルジェムを撃ち抜く光景なんて見た事もない。あるはずがない。

 

「ここは……」

 

 少し考え、そして思い出す。

 自分はほむらの用意した地下室で、ほむらの無事を祈って待ち続けていた。

 そんな時にほむらの声が……泣き声が聞こえた気がして、答えたのだ。

 すると一瞬で影に飲み込まれて、目が覚めたらここにいた。

 ここで……誰かに膝枕されて、頭を撫でられている?

 

「え?」

 

 まどかはここで初めて、自分が誰かの膝に頭を乗せている事に気が付いた。

 思わず跳び退いて立ち上がれば、そこにいたのは黒いワンピースを着た――ほむらだ。

 宇宙人と現在戦っているはずのほむらが何故かワンピースに着替え、おかしな空間で自分を膝枕しているという状況に混乱したが、それ以上にまどかを困惑させたのはほむらの様子が明らかにおかしい事であった。

 目からは赤い涙を流し続けているし、後ろには明らかに魔女としか思えない何かを従えている。

 周囲を使い魔が徘徊し……どう見てもここは魔女の結界であった。

 

「ほむらちゃん……? ほむらちゃん……なんだよね?」

 

 まどかの問いにほむらは答えない。

 ただゆっくりと立ち上がってまどかを、優しく抱きしめた。

 一体何が何だか分からない……しかしまどかは、直感的に彼女は間違いなくほむら本人だと確信していた。

 甘えるように頬を摺り寄せて来るほむらに困惑しながらも、落ち着いて周囲を観察する。

 上映され続ける映像は相変わらず覚えのないもので、しかし見続けるとやがて一つの共通性がある事に気が付いた。

 これは恐らくほむらから見た彼女の視点だ。

 更に観察を続けると、やがてそれが一つの繋がった物語になっている事が分かった。

 

 病弱で勉強もスポーツも苦手で自分に自信のないほむらが、魔法少女の自分とマミに救われた。

 二人に憧れ、幸せな日々を過ごし……しかし二人は死んでしまった。

 その歴史を変えたくてほむらは願う。『鹿目さんとの出会いをやり直したい。彼女に守られる私じゃなくて守れる私になりたい』。

 そして二度目、三度目と同じ一月を過ごし……そのたびに仲間を失い、傷付き。

 それでも諦めずに繰り返した。友との約束を果たす為に。

 『キュゥべえに騙される前の私を助けて』という自分との約束だけを支えに……。

 

「あ……あ、あああ……」

 

 知らず、まどかの目から涙が零れていた。

 全て理解してしまった。

 何故ほむらがここまで自分に拘っていたかを。何故ワルプルギスの夜を知っていたのかも。

 全て自分との約束を果たす為だったのだ。

 そうして頑張って頑張って、頑張って……目指し続けた迷路の出口を目前にしながら、最後の最後で、魔女になってしまった。

 それが暁美ほむらの物語だった。

 

「ほむら、ちゃ……ごめん……ごめんね……」

 

 抜け殻となったほむらを抱きしめ、涙を流しながら謝る。

 ほむらはもう笑ってくれない。

 ただ、優しい手つきでまどかの頭を撫でるだけだ。

 きっとほむらはもう、まどかが何故悲しんでいるかも理解出来ていない。

 ただまどかが泣いているから反射的に慰めているだけなのだ。

 

「……ま……かー!」

 

 泣いているまどかの耳に、ほむらの声が聞こえた。

 抜け殻となってしまった目の前のほむらとは違う、在りし日の姿を復元された方のほむらの声だ。

 きっと、自分の事を必死で探してくれているのだろう。

 何度も傷付いて、倒れて、泣いて……魔女になって……それでもまだ、暁美ほむらは戦っている。

 望まぬ複製をされ、今でもまだ自分の為に迷路を彷徨っている。

 それが悲しくて、どうすればいいかも分からなくて……だからまどかは叫んだ。

 

「ほむらちゃあああん!」

「まどかああああ!」

 

 互いを呼び合うように叫び、声が近付いてくる。

 そしてバイクの音が響き、遂に閉ざされた世界を破ってほむらが飛び込んで来た。

 一般人が魔女の結界に入り込む事は不可能だ。

 それでも入って来られたのはほむら同士だからか、それとも魔女ほむらが招き入れたのか。

 どちらにせよ、ほむらはまどかの下へ辿り着き、掻っ攫うように魔女になった自分からまどかを奪い返した。

 

「まどか! 怪我はない!?」

「うん……大丈夫。けど、ほむらちゃんが……ほむらちゃんが……!」

 

 泣き崩れるまどかの頭を撫で、それからほむらは自分自身の魔女が生み出した結界を見た。

 何度もリピートするように過去の映像が流れる空間の中で、まどかと出会う前の自分に似た使い魔が歩き、巨大な魔女が揺れる。

 そして黒いワンピースを着たオリジナルの自分が、感情のない瞳でこちらを見ていた。

 

「……まどか、下がってて」

 

 まどかの肩を軽く叩き、前へ踏み出す。

 右手にはZガン、左手にはXガン。

 ガンツの武器がどこまで魔女に通じるかは分からないし、以前のように武器に魔力を通す事は出来ない。

 それでもやらなくてはならないだろう。

 自分の後始末は自分自身でつけなくてはいけない。

 

「ほむらちゃん!? 止めて、何をする気なの!?」

「終わらせるのよ……そうしなければ、ならない」

 

 更に踏み出し、人としての暁美ほむら(コピー)と魔女の暁美ほむら(オリジナル)が正面から相対した。

 何と皮肉な話だろう。

 本物は魔女となり、暁美ほむらではない何かになってしまった。

 今や複製の方が本当の暁美ほむらに近いのだ。

 

貴女(わたし)だって耐えられないわよね……まどかを救う願いの果てにそんな姿になって、呪いを振りまきながらまどかを害する存在になるなんて、死んでも我慢ならない。

だから貴女(わたし)は私を呼び出した。そうでしょう?」

「…………」

「いいわ。引導を渡してあげる」

 

 強い意志を秘めた紫の瞳と、何も映していない紫の瞳が向かい合う。

 本物は死を望み、複製はそれを受け入れた。

 ならばこれから始まるのは……戦いという名の、ただの自殺である。

 

「最初に抱いた願いを果たせず、自らが呪いを振りまく存在になるくらいならば」

 

 Xガンを持ち上げ、その銃口を自分(魔女)へと向ける。

 そして殺意を言葉に乗せ、言い聞かせるように宣言した。

 

「――今すぐ殺してあげるわ! 暁美ほむら!」

「やめてええええええ!!」

 

 

 まどかの叫びも空しく、ほむらは引き金を引き、魔女(ほむら)はそれを迎え撃つ。

 そして自分同士の、この上なく空しい戦いが幕を開けた。




\マドカァー!/ \ホムラチャン!/

【すぐに分かる今回のお話】
ガンツほむ「やろう、ぶっころしてやる!」
喪服ほむ「きゃあ、じぶんごろし」
ホムリリィ「やめろよ。じぶんどうしのあらそいは、みにくいものよ」

【Homulilly(ホムリリィ)】
暁美ほむらが魔女化した存在。
他の魔女と違って『此岸の魔女』と『くるみ割りの魔女』の二種類が確認されているが、『くるみ割りの魔女』の方は極めて特殊な条件下で発生した半魔女とも呼べる姿なのでこのSSでは登場しない。
完全に魔女化している為、このホムリリィは『此岸の魔女』の方。

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