GANTZ『焔』 作:マジカル☆さくやちゃんスター
かつて、とある惑星系が消滅の危機を迎えた。
そこに住んでいた宇宙人達は宇宙の放浪者となり、移民先の惑星を探してそこに侵略を仕掛けたが撃退され、次の移民先として地球を選んだ。
これに対し、最初の移民先に選ばれた星の星人達は地球に敵を撃退出来るだけの最低限の技術を与えた。それがガンツ――いや、黒い玉の正体だ。
しかしそれは決して地球人の事を想ってのものでもなければ地球を想ってのものでもない。
彼等は進んだ科学力を持っていたが、インキュベーターと同様に感情がなかった。
地球を残す選択をしたのも特に深い理由はなく、彼等にとって地球人は塵や埃と何も違いはない。
違いがあるとすればより高度か、そうでないかというだけだ。
その技術を受け取ったのがドイツの企業マイエルバッハの会長、ハインツ・ベルンシュタインの娘であった。
彼女は生まれつき脳に障害があった為に言葉を発せず、それ故にレコーダーとして最適だったのだろう。
最初は娘の発する謎の数式が何を意味しているのか分からなかったハインツだったが、学者や暗号解読のプロフェッショナルに解読させたところ、それが1つの言語であることが判明した。
ハインツはこれこそ傾いた会社を立て直す手段だと思い、娘が示した数式を元に科学者達に地球外の技術の結晶……即ちブラックボールを造らせた。
このブラックボールは各地で呼び名が異なり、ガンツだの黒アメちゃんだのと呼ばれているがその大元こそがマイエルバッハなのである。
そしてハインツはこの未知の超技術を各国へ売り渡し、死者を使った賭け事を開催した。
それこそ毎晩行われていたあの殺し合いの真相であり、あの戦いは全てリアルタイムで配信されて賭けの対象にされていたのだ。
◇
全てが終わりへと集束しつつあった。
巨人達の町ではハッキングによって巨大ロボットの操縦者として自ら参戦した西丈一郎が怒涛の勢いで塔を攻撃し、最早破壊は時間の問題だ。
巨人による情報操作も解かれ、そして各国のチームが次々と母船へ乗り込んでいた。
更に遅れて玄野達も宇宙船へ乗り込み、そこで彼等は最後の戦場である巨人の母船……その司令部へと突入した。
そしてそこで見たものは――。
「あら、遅かったわね」
――無数の巨人の屍の上で、いつも通りに涼し気な顔をして佇む暁美ほむらの姿であった。
倒れている巨人の数はざっと100は超えているだろうか。
人間の死者は一人もおらず、先に駆け付けていたアメリカチームはただ茫然としている。
「オゥ……」
「ク、クレイジーガール……」
「ホーリーシット……」
「オーマイゴッド……」
その反応だけで、ここで何があったのかを玄野達は察した。
きっと、いつも通りだ。
いつも通りに、あの少女が敵を蹴散らした……きっと、それだけなのだろう。
巨人側にはまだ巨人の英雄であるイヴァ・グーンドが控えているが、彼も冷や汗を流してほむらを凝視していた。
「さあどうするの? まだ続ける?」
「…………」
ほむらの問いに、イヴァ・グーンドは手元の機械を操作した。
そしてほむらを真っすぐに見つめて口を開く。
「一人の戦士として……お前に挑みたい……小さき戦士よ」
それは日本語であった。
彼等の高い技術力によってこちらの言葉を解析して話せるようになったのだろうが、それをここで使うというのはほむらに対する敬意の表れだ。
もう小さな現地の虫とは思わない。
恐るべき……そして尊敬すべき高みの戦士として全霊をもって挑みたい。
そうイヴァ・グーンドは考えていた。
「これほどの高みを、この星で見る事が出来るとは思わなかッた……。
お前のその強さ……最早敬意しかない……」
イヴァはそう言い、剣を構える。
そこには油断も慢心もない。
挑戦者は自分で、迎え撃つのは相手だと理解している。
「大層な評価は結構だけど……戦況は分かっているのかしら」
「……ああ。我らの負けだ」
「そこまで分かっているなら他にやる事があるんじゃない?
和平交渉とか、この宇宙船に暮らしている人々の助命嘆願とか……。
地球とそれほど常識が違わないという前提で話すけど、市民の命を守るのが貴方の使命であって義務ではないの?」
「……その通りだ」
ほむらの二つの瞳とイヴァの四つの瞳の視線がぶつかり合う。
現状、圧倒的に優位なのはほむらだ。
仮にほむらが負けても人類が詰む事はない。
だがイヴァが負けてしまえば英雄イヴァ・グーンドという精神的支柱を失った巨人はいよいよ進退窮まり、破滅するしか道がなくなるだろう。
イヴァもその事は自覚しているはずだ。
「……その責任を捨ててまで、こんな小娘の首一つが欲しいのかしら?」
「欲しい。全てを投げうッてでも、その首を獲りたい……戦う者として、高みに挑みたい」
イヴァは英雄であり、そしてそれ以上に戦士であった。
自分に課せられた義務は分かっている。
既に巨人側の敗北が決まった以上、ここは自分というカードをちらつかせながら地球人との交渉のテーブルに付いて少しでもいい条件を引き出すべきだ。
同じ降伏にしてもイヴァ・グーンドがいるのといないのとではまるで違う。
イヴァ・グーンドがいれば、『降伏はしたがその気になれば我々はまだ英雄イヴァ・グーンドを旗頭にして戦える』と言い張れる。
だがイヴァが死んでしまえばそれすら出来ないのだ。
イヴァもそれは分かっている。自分という存在の重さも、この命が自分一人の物ではない事も分かっているのだ。
だがそれでも挑まずにはいられない。
この高みを見てしまった以上、戦わずに済ます事は出来ない。
それは彼の、使命よりも優先される戦士としての本能であった。
(あれは……クロノ・ケイか……)
彼は横目で玄野の姿を確認する。
玄野が知るはずもない事だが、地球に侵攻した巨人達の中にはイヴァの弟が混ざっていた。
そして玄野はそれが英雄の弟である事など知らぬままに倒しており、今やかれは巨人達の間で指名手配をされていたのだ。
だがイヴァは愛する弟の仇を目の前にしても、ほむらに挑む以外の事を考える事は出来なかった。
酷い兄だとは自覚している。弟を愛していなかったわけではないし、仇を討ちたい気持ちはある。
だがそれ以上に、どうしようもないほどに彼は『戦士』だった。
「それにどのみち……もう手遅れだ……。
このコロニーを支えている塔は、じきにお前達の兵器によッて破壊される。
そしてコロニーは墜落し、地球を滅ぼすだろう……」
「……っ!?」
イヴァが続けて口にした言葉にほむらのみならず、全員が驚愕した。
日本の財閥チームはこのコロニーを破壊すべく巨大ロボットの軍団を送り込んだ。そこまではいい。
しかしその時点では地球の地表に取りついていたコロニーが、今は宇宙に上がっている。
こうなると意味は変わってしまう。
コロニーを破壊する事で地球に甚大な被害が出るという点は変わらない。地表に取りついていた時点でも破壊してしまえば自壊の余波で半径数キロに渡って破壊し尽されていた事だろう。
だが宇宙で壊してしまえば、その残骸が成層圏の外から加速して落下し、地球に降り注ぐ。
その破壊力は壊滅的で、人類を滅ぼすだけのダメージを地球に与えてしまうだろう。
財閥チームもその程度の事が分からないほど馬鹿ではない。
故にもし気付けば、すぐにでも巨大ロボットに攻撃禁止命令を出しただろう……気付ければ。
だが財閥チームは既に崩壊していた。
巨人側に黒玉をハッキングされて虫を送り込まれ、呆気なく全員死んでしまったのだ。
結果残されたのは、今宇宙船を破壊すれば未曾有の大惨事になる事を知らず、塔を攻撃し続ける西丈一郎だけだ。
彼は今も自分の行動が敵を倒す最善手と信じて疑わずに塔を攻撃し続けている。
「……玄野さん!」
「わかッてる!」
ほむらは咄嗟に玄野の名を呼び、玄野もすぐに応えた。
彼はすぐに近くの黒玉へ駆け出し、西の位置へと転送され始めた。
これで向こうは大丈夫のはずだ。玄野ならきっと巨大ロボットを止めてくれる。
そう信じ、ほむらはイヴァへ視線を戻した。
「その挑戦受けて立つわ。
ただし私が勝ったら、その時は貴方の命は私のものよ。
私の許可なく勝手に自殺したり、ましてや宇宙船を巻き込んでの自爆は許さない。
この条件を受けるならば、相手になってあげる」
「……わかッた。敗れたその時はお前に従おう。生殺与奪権もお前に委ねる。
ただし私が勝ッたら、その時はやはりコロニーを自爆させる」
イヴァの言葉に、慌てたように巨人の最高司令官と思われる男が詰め寄った。
当然の反応だ。何せイヴァの言葉通りにすれば、巨人は勝っても負けても全滅してしまう。
勝てばイヴァがコロニーを巻き込んで自爆。負ければ地球人に生殺与奪権が渡るが、地球人が自分達を生かすとは思えない。
なので最高司令官はイヴァに思い留まるよう説得するが、イヴァはそんな彼の首を無情にも斬り飛ばした。
そしてイヴァは腰を落として剣を構え、それに応じてほむらもXガンを二丁手にし、イヴァと向き合った。
「……行くぞ!」
イヴァが律儀に宣言し、剣を薙いだ。
その速度は他の巨人とは比較にもならず、速く鋭い。
だがほむらはギリギリ紙一重の間合いを見切って後ろに下がり、イヴァの攻撃に合わせてXガンを連射した。
イヴァはこれを残像を残すほどの速度で避けてほむらの横へ回り込む。
小さい者と大きい者が戦った時、その有利は問答無用で大きくて重い方に傾く。
細かく階級分けされたボクシングではほんの1キロ程度の差で階級が変わり、その差はミニマム級とクルーザー級でも倍にすら達しない。
アフリカゾウはその圧倒的な巨体と重量で、百獣の王ライオンを差し置いて地上最強の名を欲しいままにしている。
大きさが違えば攻撃の重さが違う。歩幅も違う。
では人と巨人の差はどれほどだ?
少なくとも、とても尋常の戦いが成立するレベルの差ではないだろう。
人が必死に走って十秒で100mを走ったとしても、巨人の歩幅ならば歩いても10秒は過ぎない。
それだけの差がある。それだけの違いがある。
サイズ差の絶対的アドバンテージ……それを活かしてイヴァはほむらへ果敢に攻撃を繰り出した。
だが――当たらない!
ほむらはイヴァの攻撃を見切った上で最小限の動きで攻撃を避けてしまっている。
そればかりかXガンを撃ち――それを避けたイヴァの次の移動先を予測して第二射を撃ち、イヴァの片腕の肉が抉れた。
「ぬゥッあッ!」
イヴァが痛みにも怯まず怒涛の剣撃を連続で放った。
一撃目の突き――半歩横に移動しただけで回避される。
二撃目――掠りそうなほどに近くにいるのに、掠りもしない。
三撃目――四撃目――五、六、七……十……二十……。
残像が残るほどの剣速なのに、ほむらはその悉くを避けて見せる。
背中スレスレを通過したところで素早く薙ぎに切り替えるも、これすら後方宙返りで避け、悠々と着地した。
「……ッ!」
攻撃の最中に指に熱さを感じ、イヴァは思わず視線を向ける。
すると彼は、自分の指が減っている事に気が付いた。
イヴァの攻撃の合間にほむらが発射したXガンが彼の指を破壊したのだ。
怯んだその瞬間にほむらがイヴァの顔の前まで跳躍して剣を構える。
すると刀身が伸び、イヴァの顔を貫かんと一直線に迫った。
イヴァは顔を横に動かす事でこれをかろうじて避けるも、ほむらは予測していたように刀身を下へ振り下ろした。
すると刃がイヴァの肩から脇腹にかけて浅く斬りつつ、地面に突き刺さる。
その状態で尚も伸ばし続ける事でほむらの身体を高所へと運び、刀をしならせて、まるで棒高跳びのようにジャンプ。
天井に足を付け、蹴る事で一気に加速してイヴァの背中を通過しながらXガンを発射した。
遅れてイヴァの背中と足の肉が弾け、痛みに膝を突きかける。
それでも必死に踏み留まり、振り返って踏みつけを行った。
イヴァの足がほむらのいた位置を踏み砕き、地響きを立てる……が、手応えはない。
ほむらはイヴァの踏みつけを避けて後ろに下がっており、何を考えたのかXガンを宙へ高く放り投げた。
捨てられたXガンはイヴァの顔の前まで飛び――そこに、ヤクザから奪った拳銃を素早く二連射する。
放たれた銃弾はXガンの二つの引き金を同時に撃ち、Xガンがイヴァの顔へ発射された。
咄嗟に避けるも間に合わずにイヴァの片目が破裂し、その間にほむらは彼の股の間を走り抜けて背後へ移動……更に跳躍して先程地面に刺した剣の柄を取って、剣を縮める。
すると当然のように落下するが、イヴァの膝付近まで落ちた所で再び刀身を伸ばして回転し、イヴァの膝から下を切断した。
「ぬああァァ!」
四肢を破壊された巨人の英雄が地面に倒れ、呻いた。
しかし念には念を。
ほむらはZガンを出し、比較的傷の浅い腕と、残っている足を潰した。
イヴァの悲鳴が響き、菊池達が歓声をあげる。
だがほむらはあくまで氷の冷静さを保ったまま、イヴァへ問いかけた。
「勝負ありね。何か言う事はある?」
「…………いや、ない。完敗だ……小さき戦士よ」
こうまで見事にやられてはグゥの音も出ないのだろう。
イヴァはコテンパンにやられたというのに、妙に清々しいような表情をしていた。
ほむらもそんな彼の健闘を称えて僅かに笑みを見せる。
「貴方も強かったわ。前までの私だったらもう少し苦戦したかもしれないわね」
「約束……だッたな。このコロニーの運命はお前に委ねよう……。
受け取れ……このコロニーの自爆スイッチだ。
パスワードの入力はもう終えているから、いつでも起爆させる事が出来る……」
イヴァは敗北を認め、ほむらの前に自爆スイッチを出す。
スイッチ……とは言うが、古典的なボタンという形状ではなく、どちらかといえば携帯電話の画面だけを持ち歩けるようにしたような……つまりはスマートフォンに近い外観だ。
画面の上には立体映像が浮かんでおり、丁寧にも日本語で自爆を認証するかを問いかけている。
恐らくここで認証を押してしまえばそのまま自爆してしまうのだろうが……一兵士がいつでも自分の意思一つでコロニーを自爆させられるシステムはどうなのだろう、と思わないでもない。
勿論ほむらはこんなものを使う気はないので渡されても困るだけだが、使われるのはもっと困る。
なのでとりあえず預かっておくことにした。
……もっとも預かるにしても人間から見るとこの自爆スイッチはテーブルくらいの大きさがあるのでどう預かったものか少し困るが。
「後は玄野さんが間に合ってくれていれば、このコロニーは壊れずに済むわ。
地球を明け渡す事は出来ないけれど、これだけの科学力があるなら地球じゃなくても生きていく事は出来るでしょうし、今後はどこか無人の惑星でも探しなさい」
「ふ……勝者に従おう……」
どうやらイヴァは前言通りに本当にほむらに服従するらしい。
何と言うか、やはり律儀な男である。
そんなやり取りを見ながら、和泉だけは自爆スイッチをギラついた眼で見続けていた。
和泉は力を溜めている……。
【自爆スイッチ】
原作にはそんなものはない。
ただ、イヴァは玄野が負けた場合は宇宙船を自爆させて地球にぶつける気だったので、そうした物を持っていたと思われる。
脳に何か仕込んでいて念じるだけで自爆可能という可能性もなくはないが、あえてスイッチという形で渡したのはほむらに生殺与奪権を譲る為という事にしておく。
しかし、いくら英雄とはいえ一兵士が巨人全員を道連れに自爆出来る権限を持つのはどうなのだろう。
ちなみに形状は巨大なスマホ。
【可哀想な最高司令官さん】
巨人で(多分)一番偉い人。
実際には原作で最高司令官と明言されたわけではないが、このSSではそういう事にしておく。
原作ではイヴァが「クロノ・ケイが来なかった時と、俺が勝った時はこのままコロニー自爆させるわ」と言い出した辺りで慌てたように制止に乗り出したがイヴァに斬り殺されてしまった。
彼にしてみれば、自分一人だけで死ぬならともかく一般人まで巻き込んでコロニーごと道連れにしようとするイヴァの行動は許容出来るものではなく、止めに入るのは当たり前の事。
そもそも、巨人は確かに負けはしたが詰んでいたかというとそうでもなく、あのままコロニーで宇宙に逃げて、宇宙船内にいる黒服を全滅させればまだ建て直しは可能だったし、イヴァならば全滅させる事は実際出来る。(このSSでは西君が塔を攻撃し続けているので実質詰んでいたが、原作では西君は玄野に置き去りにされて無力化されていた)
「俺が一般市民を
【イヴァ・グーンド】
巨人の英雄にして、一応ガンツのラスボス。
しかし千手や鬼ボス、ぬらりひょんに比べるとイマイチ、ボス感がない。というか影が薄い。
巨人の中では知らぬ者のいない英雄らしいが、その割に市民を守ろうという意識に欠け、挙句の果てに全市民を巻き込んで自爆させようとし、制止に入った巨人を斬り殺すなど、割とフリーダム。
どうしてこいつに自爆する権限を持たせたんだ……。
ついでに言うと巨人の負けが確定したのは、こいつが余裕こいて腕組みして、仲間が次々とアメリカチームにやられるのを見ていたからとも言える。
一応兵士が自分一人になったら勝てないという事は分かっていたらしく、「我々は敗北した」と言っているが、それなら何故味方が全滅するまで待っていたのか……。
……まあ、一対一に拘る根っからの戦士気質だったのだろう……と思うしかない。