GANTZ『焔』   作:マジカル☆さくやちゃんスター

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第7話 これから、よろしくね

 ほむらとキュゥべえが部屋に戻ると、そこにはまだカヨと亮太しかいなかった。

 カヨはほむらの姿を見ると、近付いてきて頭を下げる。

 

「先程はどうもありがとうございました……何とお礼を言っていいか……」

「……その必要はありません」

 

 本当に感謝しているような老婆の笑顔に胸が痛んだ。

 彼女は知らないのだ。地獄から解放されたのではなく、留まらされたという事に。

 この地獄から解放される方法は100点を取るか、それとも死ぬかの二択しかない。

 100点が不可能である以上、この老婆と少年に許された道はどれだけ苦しまずに死ねるかの一点に限られている。

 正確には生き続けて地獄を継続するか、早く死んで楽になるかといったところか。どちらもロクなものではない。

 ほむらはこの二人の苦しむ時間をいたずらに延ばしてしまったのだ。

 

(私と違って、地獄に堕ちるような人間ではないわね……)

 

 ほむらは自身の現状をある種の自業自得であると思っている。

 地獄に堕ちるだけの事はやってきたつもりだ。全ての時間軸を合わせれば盗みの被害総額は軽く億に届くし、魔女も元は人間なのだから殺人だって三桁は超えている。

 少なくとも天国に行ける人間でない事はほむら自身が自覚しており、死後に煉獄の焔で焼かれても構わないと思って戦い続けてきた。

 しかし、カヨのような人間まで巻き込むガンツのやり方には反発を覚えずにはいられない。

 

「それで、あのう……私達は帰れるんでしょうか」

「一時的に、ならば帰る事が出来ます」

「ほ、本当ですか? 亮太、よかったねえ……帰れるよ」

「お婆ちゃん、僕お腹ずいだああああ!」

 

 随分と甘やかされ、大切に育てられてきた子供らしい。

 亮太はこんな時だというのに、お腹が空いたと喚いて祖母を困らせている。

 戦闘に向かない上に、喚く足手まとい連れ……これでは隠れる事すらままならないだろう。

 やはりこの二人は近いうちに死ぬという嫌な確信をほむらは抱いてしまった。

 やがて次々と生き残りが転送され、玄野、岸本、加藤の三馬鹿トリオと暴走族のリーダーが戻ってきた。

 犬も健在だ。どこで何をしていたかは分からないが、とりあえず生きているだけ上出来だろう。

 それから美形の男と、それに付きまとう髪の長い女(ストーカー?)も戻ってきた。

 ほむらにとって予想外だったのは、西の姿がない事か。

 

「あ、暁美さん。よかった、無事だったんだ。姿が全然見えないから心配してたんだよ」

「別に、心配されるほど長い付き合いではないでしょう?」

「もーっ、そういう事言う!」

 

 ほむらの姿を見て岸本が嬉しそうに駆けよって来るが、ほむらにとって彼女は他人なのでぞんざいに返しておいた。

 何というか、親しくなると少し面倒になる気がするのだ。

 具体的に言えば、この岸本という女性は美樹さやかと少し似ている。

 お人よしだが、戦いには向かず視野が狭い。そういう人種だ。

 

「西丈一郎の姿が見えないわね」

「え、ええと……彼は……」

 

 ほむらが西の話題を振ると、途端に岸本が言い難そうに口を噤んだ。

 それだけでほむらは西の末路を察してしまう。

 ああ、死んだのか……と。

 西は本人の言葉を信じるならば一年もの間ミッションを生き延びてきたはずの男だ。

 だからある程度放っておいても平気だと考えたのだが、どうもそうではなかったらしい。

 彼は情報を多く抱えているだろう貴重な人間だったのだが……まあ、死んだのならば仕方がない。

 

「そう、死んだのね」

 

 それだけを素っ気なく言い、ほむらはガンツへと視線を向けた。

 西が死んだならばこれで全員のはずだ。

 そろそろ採点も始まるだろう。

 その考えに答えるように『それぢわ ちいてんをはじめる』とガンツに表示された。

 

 結論を言えば、ほむら以外で点数を獲得したのは玄野だけで他は全員0点であった。

 河の方に向かった田中星人一体を相手に西が戦い、それを全員が観戦していたからだ。

 加藤は西を助けようとしたが、それでも動くのが遅すぎて手遅れになり、最後は加藤が動きを止めて玄野がYガンで転送したというのが河での戦いの顛末であった。

 そしてその時間は実に20分にも及び、その間にほむらが他の田中星人を一掃してしまったというのが今回のミッションである。

 それにしてもガンツのあだ名の付け方が酷い。

 カヨは『ババア』、亮太は『ガキ』、美形は『ホモ』、そしてストーカーは『サダコ』。

 どうも、0点だった者にはかなり厳しいシステムのようだ。

 

「最後は暁美さんだね。何点だろう」

「0点だろ? 今回どこにもいなかったじゃん」

 

 岸本の言葉に、玄野が何やらズレた事を言う。

 確かに彼から見ればほむらは今回、何もしていなかったように見えるだろうがほむらに言わせれば何もしていなかったのは自分以外の全員である。

 

『ほむら。83てん。

TOtAL86てん。あと14てんでおわり』

 

「ハアァ!? 何でこいつだけこんなに!?」

「83てん……すご……」

「ど、どういう事だ……?」

 

 明らかにほむらだけ飛び抜けた点数に玄野が納得出来ないように叫び、岸本と加藤は困惑していた。

 そんな彼らの疑問に答えたのは亮太だ。

 

「そのお姉ちゃんすごかったんだよ! あの消えるお兄ちゃんが勝てなかった怖いロボットを沢山、一人でやっつけちゃったんだ!」

 

 亮太は相変わらず、キラキラとしたヒーローを見るような目をほむらに向けている。やめてほしい。

 

「沢山て……なあ暁美、お前どれだけ倒したんだよ?」

「……15体……いえ、ボスのようなでかい鳥も含めたら、16体かしら」

 

 玄野の問いに、ほむらは少し考えてから答えた。

 最初に八体いるという情報を得た上で突入したアパートでは討ち漏らしがないようにカウントもしていたが、それ以外の倒した敵の合計などいちいち覚えていないので、記憶を辿って何とか正確な数を出したのだ。

 その一人だけ突き抜けた数字に全員が驚き、ほむらに視線を向けた。

 経験者であるはずの西が一対一で敗れる姿を見ているので、その数字に驚くしかないのだ。

 

「俺達が河で戦っている間に……他の星人を一人で片付けていたのか……」

「な、なあ加藤。もしかして西って口だけで大したことなかったんじゃ……」

「いや、それはない……はずだ。一年以上生き延びてきたやつだぞ。計ちゃんも知ってるだろう」

「でも暁美は16体だってよ。それもスーツなしで」

「…………」

 

 もしかしてスーツっていらないのでは? そんな考えが玄野達の間に広がりそうになるが、スーツを着ていないが為に死んでしまった前回の参加者を知っているのでそれはないとすぐに思い返す。

 西だって最終的にはスーツが壊れたから死んだのだ。やはりスーツは重要である。

 ……ならば、そのスーツを着ないで無双しているあの女子中学生は本当に何なのだ。

 

「本当に……帰れるのか……」

「ええ。けれど、今日ここで起こった事は誰にも話さない方がいいわ。

死んだ西丈一郎が言うには、この事を漏らすと頭が弾けるらしいから」

「ま、マジか……」

 

 帰れる事に安堵していた暴走族だったが、ほむらの忠告で顔を青褪めさせた。

 今の一言で察したのだ。まだ解放されていないという事に。

 それから加藤がカヨと亮太にも今日の事を誰にも話さないように言い聞かせ、100点を取れば解放される事と、近いうちにまたここに呼び出されるだろう事を告げた。

 老婆にとって解放の条件はあまりに遠く、死刑宣告を突きつけられた気持ちだろう。

 改めて、この二人を呼んだガンツの真意が分からない。死んでいれば誰でもよかったのだろうか。

 しかし一時的とはいえ自由は自由だ。

 カヨも亮太も、その顔は安堵に満ちており皆が私服に着替えて帰る準備を始めた。

 その中でほむらだけが帰ろうとしないので岸本が不思議そうな顔をする。

 

「暁美、さん? 帰らないの?」

「生憎と、帰る場所がなくてね。だから私はしばらくここに住む事にしたわ」

「え……帰る場所が……?」

「もう私の葬式も行われてしまったからね……今更帰るわけにもいかないのよ。

今戻っても、ゾンビ扱いされるだけだわ」

 

 帰る場所がない、というよりは自ら塞いでしまったという方が正しいがあえてそれを言う事はしない。

 かつての時間軸で美樹さやかは自分の事をゾンビと呼び、こんな身体では想いを伝える事も出来ないと嘆き悲しんでいた。

 しかしゾンビというならば、今の自分こそまさにそれだろうとほむらは思う。

 身体は魔法少女時代と違って生きている。ソウルジェムが本体なわけではない。

 しかし、死んだはずの人間という点ではソウルジェムが本体の魔法少女よりもゾンビと呼ぶに相応しい。

 

「最低限の家具と日用品はもう揃えてあるし、足りない物はこれから増やしていけばいいわ。

そういうわけだから、私の事は気にしないでいいわよ」

「…………」

 

 ほむらはそう言うと、押し入れから家具を引っ張り出した。

 そんなものいつの間に運び込んだんだと玄野と加藤が驚くが、岸本は何かを考えるように沈黙している。

 やがて意を決したのか、顔をあげた。

 

「ねえ暁美さん! 私も、ここに住んでいいかな?」

「はい……?」

 

 背を向けたまま顎を上げ、絶妙な角度(シャフ度)で見下ろすように岸本を見る。

 これはほむらが相手に不満を持っている時によく見せる仕草だが、本人に自覚はない。

 その顔には『ええ……この巨乳と同棲するの?』という不満が僅かに滲み出てしまっていた。

 物理的にも精神的にも重い巨乳女とホームシェアをする面倒臭さをほむらは知っている。

 紅茶とケーキばかり毎日口にしているから、中学生のくせにあんなに脂肪が胸に集中するのである。

 その上変身するとコルセットで更に強調するとか、嫌味か貴様ッッ!

 おっと、これは別の黄色の話であった。

 何を隠そう、この時間軸ではちょっとした手違いで巴マミと同居する羽目になってしまい、彼女には随分振り回されたものだ。

 しっかりしているように見えたが、実際同居してみればズボラで面倒で、朝は自分が起こしてやらないと寝たままで……その上お節介焼きで、実は子供っぽくて、ゲームに負けただけで不機嫌になって…………だが、楽しかった……とは思う。

 

「私も……私も、帰る場所がないの……だから……」

「…………まあ、別に私が家主ってわけじゃないし、断る権利はないけれど」

「やったあ!」

 

 遠まわしに嫌だと言っているのだが、どうやら通じなかったらしい。

 岸本が喜びながら小走りで近付いてきて、何故か玄野が残念そうな顔をした。

 

「玄野君、そういうわけだから。今までありがとうね」

「え、あの……」

 

 そのやりとりを聞き、ほむらは察した。

 なるほど、事情は分からぬが岸本には帰る場所がなく、それで玄野の家に居候していたのだろう。

 そして岸本はその事に申し訳なさと心苦しさを感じていたが、DTの玄野にとってはむしろ嬉しい事であり、これからもいて欲しいと思っていたのだ。

 そう悟ったほむらは視線で玄野に、岸本を連れて帰れと訴える。

 ほら、このままでいいのか。男を見せろ。

 同じ屋根の下で暮らしていればチャンスが来るかもしれないぞ。

 男になるのは今だ玄野計。強引でも連れていけ。

 言葉に出さず、そんな想いを乗せて玄野を睨む。

 

「あ、ああ……そう、そうだな。うん、居場所があってよかったよ」

 

 しかし残念ながら玄野はヘタれてしまった。

 そんなんだからDTなのだ。

 ほむらは自らも経験などない事を棚に上げて、内心で玄野を罵った。

 

 

 一晩が明け、ほむらと岸本は手分けして部屋を整理していた。

 予期せぬ同居人を迎えての新生活となってしまったが、ほむらは手際よく家具を配置していく。

 ただしガンツのあるリビングには手を付けない。

 あそこには頻繁にガラの悪い馬鹿が転送されて来るだろうし、下手に何かを置いても荒らされるのが目に見えているからだ。

 なので家具などを配置するのはもっぱら、自分の私室と決めた部屋だけである。

 更に鍵も複数取り付け、扉も頑丈なものに替えておく。

 まさかの勝手にリフォームである。これはガンツも予想しなかっただろう。

 監視カメラの類がないかはキュゥべえにチェックさせ、ネット通販で(仕方がないので)岸本の分の服や日用品も取り寄せる事にした。

 

「なんか、暁美さんって慣れてるね、こういうの」

「元々一人暮らしだからね」

「……中学生、だよね?」

「ええ」

 

 世間一般の常識で考えるならば、女子中学生……それも(岸本は知らないが)心臓に病を患っている娘に一人暮らしをさせるなどあり得ない。

 その事から岸本は、この件に深く立ち入ってはならないと感じて口を閉ざした。

 

 整理が一通り終わり、夕食の準備に取り掛かる。

 今日は色々と立て込んでいたので簡単にカレーだ。

 カレーはいい。素人でも簡単に作れて栄養も豊富であり、腹持ちもよくて長持ちする一人暮らしの強い味方である。

 ジャガイモを取り除いてから冷凍保存すれば一月は保つというのも魅力だ。

 岸本と自分の分を皿に盛り、ダイニングのテーブルへと置いた。

 それから小皿に盛り付けたサラダと各種トッピングも置き、椅子に座る。

 ほむらの好みは、肉を一切入れない野菜カレーだが、なかなか他人には理解してもらえない。

 

「トッピングの半熟卵は好みで乗せて。福神漬けはそっちにあるから」

「あ、うん、ありがと……何か、暁美さんの分少なくない?」

「小食なのよ」

 

 ほむらは元々食の細い方であり、一食はカロリーメイト一つだけで事足りてしまう。

 巴マミに誘われてケーキなど食べた日には、その日は一食抜きにするくらいだ。

 ほむらに言わせてもらえば、あんなにパクパクパクパク食べるマミや杏子がおかしいのである。

 

「ん……美味しい。コンビニ弁当以外は久しぶり」

「……」

 

 岸本の言葉にあえて何も返さずにほむらはカレーを咀嚼した。

 どうやら玄野も岸本も自炊などはあまり出来ないらしい。

 いや、もしかしたら岸本は出来るのかもしれないが他人の家という事で遠慮した可能性もある。

 どちらにせよ、あまりいい食生活とは思えなかった。

 もっとも、ほむら自身忙しさにかまけて三食カロリーメイトで済ませていた時間軸もあるので他人をどうこうは言えない。

 

「ねえ、暁美さん……」

「ん?」

「これから、よろしくね」

「……ええ。よろしく」

 

 岸本が笑顔で言い、ほむらは目を合わせずにぞんざいに答えた。

 これからの生活を思うと、少しだけ憂鬱だ。




別にほむらは岸本を嫌っているわけではありません。
ただ岸本の胸を嫌っているだけで、後は面倒くさがっているだけです。

【ほむらは料理出来るのか?】
二次創作によって割と意見が分かれる部分。
一人暮らしなので自炊出来る場合と、カロリーメイトやウイダーinゼリーばかり食べていて料理出来ないパターンの二つが多い。
このSSでは見滝原アンチマテリアルズのようにマミと同居生活をしたりしているので、見滝原アンチマテリアルズのほむら同様に料理が出来る設定。

Q、点数原作より多くない?
A、田中星人が増えた分点数も増えてます。

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