ある少女の物語〜マギアレコード 魔法少女まどか☆マギカ外伝より〜 作:転寝
はじまり
「人間は不幸のどん底につき落とされ、ころげ廻りながらも、いつかしら一縷の希望の糸を手さぐりで捜し当てているものだ。」
――――太宰治『パンドラの匣』
* * *
神浜市。
新西、水名、参京、中央、栄、工匠、大東、南凪、北養という9つの区から成り、人口は300万人を越える新興都市でありながら街そのものの歴史は古く、城や古い街並みが現存する地方都市である。総じて規模が大きい街であり、最早都会と呼んでも差し支えないような街だ。少なくとも初めてこの街に来た人ならそう思うだろう。
…これだけ聞けば極々普通の街だと思うだろうがそれはあくまでも表側の話であり、当然と言うべきか、この街にも裏側の部分はあった。その例として再開発及び振興策の失敗、地区同士の様々な軋轢や経済格差、差別意識、時代錯誤な風習などの蔓延により住民が疲弊しつつある事や市政そのものの腐敗などが挙げられる。…最も、これは神浜市だけの問題ではない。どこの街にもある「問題」がこの街にもあって、それが神浜に昔からある歴史や風習などと結びついた事で肥大化しただけの事なのだ。しかしそれが神浜という街を苦しめているのもまた事実だった。
そして、この街にはもう一つ重要な要素がある。それは「魔法少女」に関する事だ。
そもそも魔法少女とは何か。
テレビアニメ等で見るキラキラしたものとは似て非なるもので、キュゥべえと呼ばれる白い妖精と契約し、願いを一つ叶えてもらう事と引き換えに悪しき「魔女」と戦う宿命を負った存在が魔法少女だ。
魔法少女自体は何処の国にも少なからず存在するが、この神浜市には特に魔法少女に関する噂が多い。…曰く、「魔法少女が救われる街」であるとか、「魔法少女がそのままの姿であり続けられる場所」であるとか…様々な噂が飛び交っている。
また、前述の問題などの要因から魔法少女が生まれやすい場所でもあり、家庭や学校などで何かしら人間関係に問題を抱えていることが原因で契約した魔法少女が多い傾向にある。
さて、この物語はそんな「魔法少女の街」とも言える神浜市に1人の少女がやって来たところから始まる。
少女はこの街で、何を見るのか…。
* * *
「此処が…神浜市」
目に映るのは大きな街の姿だ。…少女にとっては何もかもが真新しく、新鮮な景色。 少女は親の仕事の都合でこの街…神浜市へと引っ越してきたばかりだった。
(わたし…今日から此処に住むんだ)
この景色を見るまでは、これから始まる新しい生活に心を躍らせていた。しかしこの景色を見た時に、それは不安へと変わった。
何しろ街が大きいのだ。元々住んでいたところもそれなりに規模は有った(と少女は思っていたが実際はかなり小さい町だった)が、この街はそんなものとは比べ物にならない程大きかった。この時点でこれからこの街で生活する事が出来るのか不安を覚えた少女だったが、誤解の無いように言っておくと少女が住むことになったのは新西区であり、別に神浜中を股にかける生活を送る訳では無い。それでも所謂都会に初めてやって来たお上りさん状態の少女の心中は不安に充ちていた。
そしてそれに拍車を掛けるように神浜に来る前に住んでいた町で聞いた話が脳裏に蘇る。
少女は神浜に引っ越す事を近所に住んでいた一人の青年にだけ打ち明けていた。引っ越す事を伝えるような親しい友達は居なかったし、その青年が少女の抱える「とある事情」を知っている数少ない人物でもあり、信頼していたからだ。
少女の家の近所に住んでいたその青年はバイトで生活費を稼ぎつつ小説を書き、投稿しながら暮らしていた。残念ながら彼の書いた小説は何れも微妙な出来であったためデビューなど夢のまた夢だったし、その青年自体かなりの変わり者(自分の事を「阿呆」と称する等)であった事もあり、周りからは余り良い目では見られていなかった。だけど少女にとってはその青年は自分を受け入れてくれる数少ない人物だった。
たまたま遊びに行った彼の自宅で彼に神浜行きを打ち明けた時、彼は「あそう…寂しくなるね」と呟いた後で、神妙な顔になり言った。
「親御さんの仕事の都合なら仕方ないかもしれないけどさ、神浜って あんまりいい噂は聞かないよ?」
「え、そうなんですか?」
少女は驚く。神浜は治安の悪い場所なのだろうか。
「んまぁ、普通に生活している分には問題ないんだろうけどね?君みたいな『
「それはどういう…」
「ここの所、町から『
「えっ…」
青年が「ヤツら」と呼んだ存在…魔法少女が倒すべき存在である「魔女」やその「使い魔」。普通なら少女が住んでいる町にも居るはずのそいつらが、ある時期を境に急に居なくなった。おかしいとは思っては居たが、まさかこれから自分が引っ越す場所に集まっていたとは…。
「加えて、神浜に居るヤツらは他の町のものよりも強力だと聞く…気を付けた方がいいよ。今までみたいな単独行動は控えた方がいい…端的に言うと仲間を作った方がいい」
「そ、それは…」
狼狽えた表情を見せる少女に対して青年は落ち着いた表情になり、続ける。
「…大丈夫だよ。神浜には今までの君を知っている人間なんて居ないはずだ。ゼロから、まっさらな状態で始まるんだからさ」
そして再び表情を引き締めた。その様子は純粋に少女の身を案じている様であった。
「兎に角、気をつけた方がいい…何があるか分かったものじゃないからね。僕としても、君に何かあったらそれなりに心が痛いからさ」
「それなりって……はぁ、分かりました。気をつけます」
いつも通りの彼に溜息を吐きつつ、時計を見てみると丁度良い時間だったので少女は青年に頭を下げ、帰ろうとした。青年はその背に何かを投げつける。少女がそれを慌ててキャッチするとそれは新品のワイヤレスイヤホンだった。確かそこそこ有名なブランドの物で、性能が良いと評判のものだった筈だ。
「餞別だ。未使用だから安心して使うといい。君、音楽好きなんだろ?」
「良いんですか?こんな高価なもの…」
「別に良いよ。今使ってるやつ、まだまだ現役だし…あ、そうだ最後に一つだけ」
「はい、何でしょう?」
振り向いた少女を青年は真摯な眼差しで見つめて、そして言った。
「……頑張れよ」
「……はい!」
不器用な言葉。然しそれが青年の精一杯のエールであるという事を分かっていた少女は笑顔で頷いた。
こうして少女は青年と別れ、神浜へと旅立ったのである。
あの時青年から貰ったワイヤレスイヤホンは、今少女の首にぶら下がっている。それを握りしめながら心の中で呟く。
(不安だらけだけど、頑張らなくちゃ…)
先ずは、明日…転校先の学校での初日をどう乗り切るかだ。手続き以外では行ったことが無かったので緊張はするが、もしかしたら自分と同じ存在が居るかもしれない。もし、そうだったら……。
こうして、神浜の外から一人の魔法少女がやって来た。
これが少女にとっての大きな転機であったのだが、現時点ではそんな事は誰も分かるはずもなかった…。