ある少女の物語〜マギアレコード 魔法少女まどか☆マギカ外伝より〜 作:転寝
本編はいつも通りのクオリティですがよろしくお願いします。
「…そうそう、リラックスしてぇ…ゆっくり…しんこきゅー…」
今、咲は寝台に横たわっている。身体の上にはソウルジェムがあり、咲自身はみたまの声に従ってリラックスし、安定した状態を保っていた。
少し眠くなってくる。みたまの声がだんだん遠くなって…意識がぼやけてくる。
「…それじゃあ、ソウルジェムに触れるわよぉ?」
みたまがソウルジェムに触れる。
「……………っ!?」
むず痒いような、痛みのような…そんな奇妙な感覚を覚える。
「………っぁ………」
そう…まるで、
「もう少し…ふかーく…」
再び奇妙な感覚。先程よりも強い。
「あぁ……!」
そして…咲の意識は落ちていく。
落ちていく?
何処へ…?
深い場所へ。
わたしが作り出した、
暗い内面へ。
また、
落ちていく。
ここだよね?
そう、
ここだよ。
全てがブラックアウトし、何もわからなくなった。
*
また、この光景を見る事になるとは…。
意識が戻ると、咲はコンクール会場のロビーに立っていた。人が疎らなロビーの隅では一人の少女が項垂れ、涙を流している。
その場面を、咲は知っていた。少女が感じている絶望も、この後に起こるであろう出来事も、全て知っていた。
此処が自分の過去そのものの再現であり、自分はそれを傍観している事は理解出来た。だが、再現された過去の情景は鮮明を超えて最早本物のそれであり、自分は過去にタイムスリップしてしまったのでは無いかと一瞬疑ってしまった。そう思ってしまうほどに、咲の中でこの体験は色濃く焼き付いていたのだ。
その時、俯いていた少女…過去の咲が顔を上げて此方を見た。その顔には表情といったものがなく、目にも光が無かった。空虚な表情を此方に向けて彼女は呟く様に言った。
「…仲間を作ったんだね」
「…うん」
「どうして?どうしてそんな事が出来たの?」
「……」
「秕ちゃんを裏切ったわたしが、また仲間を作るなんて…あの事から何も学んでいない証拠だよね。あの環いろはっていう子に自分のした事を打ち明けて同情を得ようとするなんてさ…また誰かを傷付けたいの?」
「違う、わたしは…」
「あなたの絶望は、あんな言葉で無くなる程軽くて安いものだったんだね。まあそうか、わたしは秕ちゃんにかなり理不尽を強いられていたからね。その程度の気持ちしか抱けないのも無理はないよね」
まるで教科書を読み上げるかのように淡々と話す彼女が言っている事は自分が心の奥底で思っていた事かもしれない。目の前に居るのは紛れもなく自分で、話す言葉は全て真実かもしれない。
コイツに負けたら、自分は掴みかけていた光を失ってしまう。いつまでも過去に捕らわれたままになってしまう。それじゃダメだ。
咲は彼女を確りと見据え、言った。
「確かに、そうかもしれない。わたしは秕ちゃんの事を友達だと思っていたけれど、心の奥ではそんなことは無いと思っていたかもしれない。いや、そう思っていたんだ…あなたはわたしの内面…わたしが生み出したもう一人のわたしだから…」
「なら、わたしが言いたい事は分かるよね?あなたはあの子を秕ちゃんの様に裏切って傷付けるよ。いつか、そんな日が来る。それにあなたは耐えられるの?苦しいよ?辛いよ?きっと後悔するよ?………いや、もしかしたらあなたは何も思わないかもしれないね。秕ちゃんを裏切っておいてのうのうと生きているあなたには…」
決意をしたにも関わらず、彼女の声は痛いほどに耳に突き刺さる。大きな声という訳では無いのに、それはガンガンと咲の脳を揺さぶる。
呼吸が苦しくなってくる。毒のような彼女の声が、咲を侵していく。
「あなたは誰かを傷付ける事しか出来ないんだよ。もしかしたら、それによってあなたは関わる人全てに恨まれて、拒絶されるかもしれない。なら、親しい人なんて作らない方がいいよ?あなたがミスをすれば、双方が傷付く事になる。そうなる前に封じ込めちゃおうよ。一人でいれば、誰も傷付く事はないよ」
誰かに自分の奏でる音を聞いて欲しい。誰かと一緒に居たい。だけどミスが恐い。自分が失敗すれば、それで終わりなんだ。
そうなる前に、全てを遮断すれば…誰も傷付くことは無い。自分の気持ちなんてものは内面の彼女に封じ込めてもらえばいい。
それは確かに魅力的な提案だった。正常な思考を徐々に失い、彼女の言葉に惑わされている咲にとっては、蜜のように甘美な提案だった。
いつの間にか、目の前に居た彼女の姿は秕のそれへと変わっている。周りの景色も、コンクール会場のロビーから壊れた音楽室へと変化していた。
「何度でも言うよ。
そうか。
わたしは、結局一人の方がいいのかもしれないな。
誰も傷付けなくてすむなら、わたしなんて居ない方がいいのかもしれない。
また、思考が黒く覆われていく。次第に意識が遠ざかり、咲は自分が作りだした深淵へと堕ちていく。
だが、
『違うよ、咲ちゃん』
不意に、いろはの声が聞こえた。
『私の言った事、忘れちゃったの?』
―私は絶対に咲ちゃんを見捨てないし不幸にもならない。秕さんの事だって私は咲ちゃんの思い込みじゃないかって思ってる。それでも咲ちゃんがまだ誰かを傷付けるのを恐れていて一歩を踏み出せないのなら…私がその手を掴むよ―
「あ……」
視界が晴れた。思考が鮮明になり、目が覚めた様だった。
『大丈夫。ちゃんと向き合えば大丈夫だよ』
歩き出す為に。
過去と向き合うんだ。
「わたしは…それでも誰かと一緒に居たい。確かにわたしは誰かを傷付けてしまうかもしれないけど…だけど一人は厭だ」
咲は言葉に詰まりながらも、必死に自分の想いを伝える。
それに対して秕の姿をしたソイツは鼻で笑い、否定の言葉を投げかけた。
「一人が厭だから、誰かを傷付けても一緒に居たい訳ぇ?」
「うん。それがエゴだっていう事は解ってる。一人で居れば誰も傷付く事はないって事も…」
「解ってるならなんでそんな事を…」
「いろはちゃんと出会って、わたしは歩き出そうと思えた。自分にもう一度チャンスを与えようと思えた。これでまた同じ事を繰り返すなら今度こそわたしは終わる…だけど、もう繰り返さない。あの事と向き合って、わたしはまた歩き出すんだ」
「…アンタに、それが出来るのかよ」
問いかけに、咲は即答する。
「出来るよ。皆と一緒なら…きっと出来る」
その言葉に、彼女の顔が歪むのが分かった。
「いけしゃあしゃあと…」
「………」
怒りの篭もった声に対して咲は無言。然し決意を込めた目で彼女を見据える。それが答えだった。
そのまま沈黙が続き、やがて彼女が観念した様に言った。
「…まぁいい。アンタはきっと絶望する。せいぜい足掻くがいいさ」
その台詞を置き土産に、彼女は姿を消した。
あっさりとした幕切れ。然し彼女が諦めた訳ではない事は解っていた。
咲は大きく息をつく。
そして………
*
目を覚ますと、みたまが気付いて「お帰りなさぁい」と笑顔を向けてくれた。
「体の調子はどう?」
訊かれて初めて気付いた。体が軽い。マッサージを受けた後の様に心地好い感覚がした。
「凄い…なんというか、調子がいいです」
「それなら成功ねぇ。お疲れ様〜」
それから真剣な表情になり、みたまは言った。
「実はね…わたし、ソウルジェムに触るとその人の過去が見えちゃうの…」
「過去が…?」
「勝手に見てしまった事は謝るわ。誰にも言わないし、安心して」
「それは大丈夫ですけど…」
自分は向き合ったのだから、今更隠す必要もない。そう考えて咲は答えた。
それを聞いたみたまは「ありがとう」と微笑んだ。
「それじゃあ、そろそろ帰ろうか」
ソファに腰掛けていたいろはが言った。
「あ、うん。みたまさん、ありがとうございました」
「いえいえ〜。今後もご贔屓にねぇ♪」
最大級の笑顔で言ったみたまは咲に近付くと、こっそりと耳打ちした。
(これからいろんな事があるかもしれないけど、頑張ってね。今の咲ちゃんならきっとどんな困難も乗り越えられるわ)
みたまは自分の過去を知っている。いろはに救われた事も把握しているだろう。その上でエールを送ってくれた。それがとても嬉しかった。
「……はい、頑張ります!」
だから、笑顔で咲は応えた。
帰り道、咲は調整中の事を思い出していた。
―まぁいい。アンタはきっと絶望する。せいぜい足掻くがいいさ―
最後に彼女が放った言葉が、今も脳裏にこびりついている。
それは予言めいていて、まるで呪いの様だった。
横を歩いていたいろはが怪訝そうに咲を見た。
「どうしたの?」
なんでもない。
その筈だ。
今は平和で、自分はこれから新しいスタートを切ろうとしている。
それでいいじゃないか…。
あまり考えるのはよそう。
いろはを心配させたくない。
だから答えた。
「ううん、なんでもない」
【挿絵表示】
ミント氏よりファンアートを頂きました!魔法少女姿の咲ちゃんです!めっちゃ嬉しい…ミント氏ありがとうございました!
さて、咲がようやく過去と向き合って小さな一歩を踏み出しました。不穏な空気も流れていますが…これからどうなるのか見守って下されば幸いです。