ある少女の物語〜マギアレコード 魔法少女まどか☆マギカ外伝より〜 作:転寝
暇潰し程度に読んで頂ければ幸いです。
環いろはの下宿先である「みかづき荘」は新西区に所在する大きな屋敷である。元々は七海やちよの祖母が下宿屋として使用していたが、現在はやちよが祖父母から譲り受け、四人の同居人(環いろは、環うい、深月フェリシア、二葉さな)と共に暮らしている。みかづき荘の住人は全員が魔法少女であり、唯一参京区から通っている由比鶴乃も含めて、「チームみかづき荘」というチームを結成している。
そんなみかづき荘の前で咲は萎縮していた。
とある週末、いろはに呼ばれてみかづき荘にやって来た咲だったが、まさかこんな豪邸だとは思っていなかった。咲の自宅も新西区にあるが、みかづき荘からは少し遠い。その為目にする機会が無かったのだ。
(とりあえず呼び鈴押してみよう…)
インターフォンを押すと、ややあってから「はーい」という声と共に一人の女性が姿を現した。スラリとした長身の美人である。
「え、えっとわたし…琴音咲といいます…いろはちゃんに呼ばれて来ました」
「そう、貴女が琴音さんね。どうぞ、入って」
女性はにこやかに招き入れてくれた。靴を脱いで上がり框を踏み、女性に付いてリビングへと入る。陽の光が柔らかく差し込むその場所には、何人かの少女が思い思いに過ごしていた。そのうちの一人が顔を上げ、笑顔で咲に挨拶をした。
「咲ちゃん、こんにちは」
「いろはちゃんこんにちは。凄い…素敵な所だね」
「ありがとう、そう言ってくれて嬉しいわ」
女性が嬉しそうに微笑む。
実際、いい所だと思った。まるでひだまりのような…そんな雰囲気が満ち溢れている。
「さあ、座って」
いつの間にか女性が人数分のお茶と茶菓子を運んできていた。
咲がソファに座ると、それぞれの自己紹介の後に和やかな雰囲気でちょっとしたお茶会が始まったのであった。
*
いろは達は、咲に色々な話を聞かせてくれた。
他愛も無い日常の話から、魔法少女としての様々な話…そういった事を、楽しそうに、時には真剣な顔をしながら話していた。
それを聞いているだけでも、彼女らが積み重ねてきた時間の濃さというものが実感出来た。
魔法少女であるという事を除けばごく普通の日常の風景。だが、それを楽しそうに話す彼女達の絆が、それに彩りを与えている。ときおり挿入される魔女との戦いという非日常も、刺激の効いたスパイスの様に思えてくるから不思議だ。
いつの間にか、彼女達の話に聞き入っていた。
暫く時間が経ち、鶴乃の実家である「中華飯店 万々歳」で起きた珍妙な出来事(兎に角珍妙としか言えないというレベルのものである)の話が一段落し、全員で大いに笑ったところで、唐突にやちよが咲に訊いた。
「そういえば、神浜にはもう慣れたかしら?」
「あ…はい。まだ魔女と戦った事はあまり無いですけど…でも、だんだん慣れてきました」
「そう…良かった」
笑顔で答える咲を見てやちよが安堵したように呟く。
「いろはが怒ったんだろ?シャキッとしろーって」
フェリシアがニヤリと笑った。いろはが咲を叱咤した事は既にみかづき荘メンバーに伝わっているようで、咲の過去もある程度は知っているようだった。最も、知られて困る様な過去では無いと咲自身は思っている。いつかは分かってしまう事だし、あの過去が琴音咲という人間を構成する要素の一つなのは事実である。だからいろはにも話せたのだが。
ちなみにだが、ももこ達も大まかな事情は知っている。話を聞いた時の彼女達の感想は、「例えそんな事があったとしても、咲ちゃんが友達なのは変わらない」だった。レナは若干引いていたようだったが、かえでが「レナちゃん…」とじっと見つめていたら大人しくなった。この二人の力関係が偶に分からなくなってくる。
話が脱線したが、兎も角みかづき荘メンバーはいろはとの一件を知っていた。だが、彼女らは咲を遠ざけず、こうして接してくれている。それが嬉しかった。
「うん、あの時いろはちゃんが手を差し伸べてくれなかったら、わたしは過去に囚われたままだった…」
「オレも見てみたかったなー!いろはが怒った顔!」
「ちょっと、フェリシアちゃん!」
いろはがむくれる。それで場に笑い声が満ちた。
「でも、珍しいですよね。いろはさんが怒るなんて…」
「お姉ちゃん、怒ると恐いからねー…普段は優しいけれど」
「いろはは恐いというか…必死なのよね。他人の為に…」
「うんうん、分かる気がするよー」
「あ、あれは…なんでだろう。気づいたら大きい声を出してて…」
赤面してしどろもどろに言ういろはに、思わず笑みが溢れる。
「でも、わたしはいろはちゃんがああ言ってくれて嬉しかったよ。本当に…ありがとう」
その言葉に、いろはの顔が笑顔になる。
「……うん!」
嬉しそうに頷くいろは。
こんな時間が、ずっと続けばいいのに…そう、思った。
*
ところで、咲にはお茶会の最中、ずっと気になっている事があった。
「モッキュ!」
いろはの肩に乗っている「それ」は、咲と目が合うと可愛らしい声で鳴いた。
「いろはちゃん、その子…」
「あ、この子はね…ちょっと色々あって、一緒に暮らしてるんだ」
「へ、へぇ…」
尻尾を揺らしながら此方を見つめてくる「それ」は、キュゥべえだった。ただし咲が出会ったものより小さく、ビー玉のような目には何かしら「感情」がある様に思えた。言葉を話さず、「モキュ」としか鳴かない。一見すると普通のキュゥべえよりもはるかにぬいぐるみじみている。
暫く見つめあっていると、向こうから咲の方へと飛び込んで来た。
「モキュー!」
「わわっ!?」
慌てて抱きとめる。思った以上にふわふわで気持ちいい。キュゥべえを抱いた事が無いのでなんとも言えないが、少なくとも無機質な感じは無い。その躰からは確かな温もりが伝わってきた。
「かわいい…」
思わず呟いてしまう。咲だって普通の女の子だ。かわいいものは好きだし、年相応の趣味嗜好を備えている。アイドルも(彼女達が歌う曲も含めて)割りと好きな方なのでレナやももことも多少は話が合う。
「咲ちゃん…目が…」
「すごいうっとりしてるよ…」
いろはと鶴乃の指摘も意に介さず、咲はずっと小さなキュゥべえを撫でている。キュゥべえの方も気持ちいいのかうっとりと目を閉じている。
「なんというか…トリップしたわね…」
「なんかコイツ、かなりイメージと違うぞ…」
「ふ、フェリシアさん…!」
過去の事を聞いた時にはなんというか…暗めの少女といった感想を抱いていたので、こういった普通の女の子らしさがある事に密かにほっとしたみかづき荘メンバーだった。
「ふふっ…!」
ただ一人、ういだけは嬉しそうにしていた。時々擽ったそうにしているが、恐らく場の雰囲気に呑まれたのであろう。その理由は…本人にしか解らない。
*
「ありがとうございました!」
終始和やかな雰囲気でお茶会は終わり、咲は皆に見送られてみかづき荘を後にしようとしていた。
「また、いつでもいらっしゃい」
「また一緒にお話ししたいです…!」
やちよとさなが微笑みながら言った。
「次は万々歳にも…」
「あんな話聞いた後じゃこねーだろ」
「うぐぅ…」
鶴乃とフェリシアのやり取りに苦笑。でも、万々歳には行ってみたいと思った。
「わたしたちは学校で会えるね!」
「そうだね。咲ちゃん、また学校でね!」
「モッキュ!」
環姉妹が手を振った。小さなキュゥべえも「またね!」という様に鳴いた。
「あ、咲ちゃん、わたしもー!」
「鶴乃ちゃんも今度一緒にお弁当食べようよ!」
「いいの?やったー!」
鶴乃がいろはに飛びつく。いろはは慌てながらも笑顔だった。
咲も笑顔で手を振り返し、みかづき荘を後にした。
「……ただいまー!」
「おかえりー」
自宅に帰ると、母親が出迎えてくれた。
「お友達の所に行ってたの?」
「うん!楽しかったよ!」
「ならよかった。もうすぐでご飯だから手を洗ってきてねー」
「はーい!」
自分の部屋に戻り、身支度を済ませた所で携帯端末がメッセージの着信を知らせた。いろはからだった。
開くと、何人かの連絡先と共に、「みんなの連絡先渡しておくね!」というメッセージが。とても有難いメッセージだった。
(そっか、連絡先聞いてなかったんだった)
咲は「ありがとう!皆によろしくね!」と返信して携帯端末を机に置いた後、手を洗う為に洗面所へと向かった。
こうして、琴音咲の周りには人が増えていく。
だが、それを失う時の痛みは、人が増えていくにつれて大きくなるものだ。それは解っている。
でも…今は、この事を、とても嬉しいと思った。
神浜で形成されつつある環に、自分も受け入れられつつある様な気がしたから…。
だから、今はこの日々を生きていこうと、そう思った。
この日々がどんな未来に繋がるのかは―まだ、誰にも解らない。
ももこ達とのやり取りや過去編での秕との関係性など、もう少し掘り下げれば良かったなと思いながら書いていました。
私は基本その場の思い付きで作品を書いているのですが(大まかな流れなどは事前に決めています)後で読み返してみると「あのときこうすれば…」という事が多々あります。この程度の思い付きで小説を書けると思っていた阿呆です(今もそうですが…)。
ともかく、足りない部分は何かしらの形で補完できればな…と。
余談ですが、この作品の小さなキュウべぇには特定の名前は無く、「モキュべぇ」や「チビ助」など、各々が勝手な名前で呼んでいるという設定です。
万々歳で起きた珍妙な出来事については…ご想像にお任せします。
次回が一章最終話です。ただ主人公がうじうじしているだけで戦闘シーン等が微塵も無い章となってしまいましたが…咲の一歩を見守って下されば幸いです。