ある少女の物語〜マギアレコード 魔法少女まどか☆マギカ外伝より〜 作:転寝
「自殺…?」
大家が言った言葉を、俺は理解する事が出来なかった。
あの咲ちゃんが…自殺だと?
「あ…」
有り得ないと言おうとしたが、大家の重苦しい雰囲気に言葉が喉元で霧散する。代わりに疑問が口を突いて出た。
「どういう、事ですか…」
「…儂も詳しくは知らんよ。ただ…何かがあって、自殺をしたそうじゃ。それを契機に琴音家は引っ越した…何処に引っ越したのかは判らない」
何か。
それは、まさか―。
「…深淵」
「何か言ったかの?」
「いや…何でもないです」
俺も詳しくは知らないが、咲ちゃんは何か重い物を抱えている様だった。それが魔法少女になった理由であるとも。それが原因だとしたら?
その場合…この世界の彼女は…駄目だったのだ。何かに耐えきれず、自殺したのかもしれない。
魔法少女になったかどうかは判らないが、兎に角バッドエンドを迎えていたのは確かだった。
なんてこった…。
ダメだ、完全に終わっている。
これが、この世界で咲ちゃんが得るものなのか?
これを知って、彼女はどう思うだろう?
恐らく落ち込むだろう。何せ判断を間違っていたら死んでいた事が判ったのだから。
しかも自殺ときた。
自分で自分の命を絶つなんて…どんなに厭で、辛い事か。
そこまで考えた時だった。
「………え」
俺は、自分の中に居る自分が自分という殻を突き破って広がっているような奇妙な感覚を覚えた。
思考が異様に拡散し、全てがクリアになる。
頭が自分の意志とは関係なく計算を始め、色々な発想が彗星の如く浮かんでは消えていく。
それに戸惑う暇も与えられないうちに、知識が暴走を始め、頭の中で無数の血管が破壊と再生を繰り返すかのように痛みと熱が拡がる。
何だこれは。
この感覚は、何だ?
奇妙で。
奇怪で。
奇天烈で。
奇跡のような。
そんな感覚が。
充填され。
充満し。
知識と思考の羅列が。
狂い。
壊れ。
再生し。
また狂う。
やがていくつかの言葉が浮上してきた。
今回の一件に関係するいくつかの言葉が、頭の中で廻り始める。
琴音咲。
俺。
神浜。
世界線。
特異点。
それらの言葉がひとつに纏まり。
次第に思考が少しずつ冷めてゆく。
そして、収束した思考が導き出した仮説は…俄には信じ難い、とんでもないものだった。
*
先輩が暗い顔をして帰って来たのを見て、本能的に嫌な予感がした。
「どうでしたか?」
訊いてみたが、先輩は答えずに早足で歩いて行く。
「先輩…?」
どうしたのだろう。先程感じた予感が現実になるという気がしてきて、わたしは段々不安になってきた。
先輩は暫く歩いた所で立ち止まり、徐に言った。
「咲ちゃん…多分咲ちゃんが知る真実は、過酷なものだと思う」
「…え?」
真実って…どういうこと?
「俺はさっきの大家に咲ちゃんの家族の事を聞いたんだ…琴音家は、既に何処かに引っ越していた。何処に引っ越したのかは判らない」
神浜にも居なかったし、心当たりも無い。つまり、ふりだしか―わたしは落胆したが、次の先輩の言葉でその気持ちも吹っ飛んだ。
「琴音家の居場所は判らないが…この世界の琴音咲がどうなったのかは判った」
「……どうなったんですか?」
「何処にいる」では無く、「どうなった」…先輩は何故こんな言い方をしたんだろう。その疑問は、然し直ぐに氷解する事になる。
「この世界の咲ちゃんは…この世には居ないんだ」
「…………え?」
この世には、居ない?
「元から存在しなかったとか…そういう事ですか?」
おかしな話ではない。元からこの世界にわたしが居ない可能性というのも十分有り得る事だからだ。わたしと先輩は特異点の様な存在だと…そういう事になっているから。
然し、先輩は首を振った。
「この世界にはちゃんと存在していたよ…でも、もう居ないんだ」
…それは、つまり…。
「この世界の咲ちゃんは、自殺したんだ」
先輩は静かに言った。その情報が脳内で咀嚼され、把握された時、わたしは凍り付いた。
「……手早く済ませよう」
先輩はわたしの様子を気にもとめずに続けた。
「これは俺の仮説だが、この世界の咲ちゃんは魔法少女の契約をしなかったんじゃないかな。そこで分岐した結果、契約をしなかった咲ちゃんは自殺してしまって、契約をした咲ちゃんは魔法少女になっている…」
この世界のわたしは魔法少女にならなかったわたし…つまり、あの時キュゥべえに「平穏」を願わなかったわたしで、その結果自分がしてきた事に耐えきれずに自殺してしまったのだろう。
自分という存在がとても危ういものに感じられて、わたしは思わずよろめいた。
「そして…この世界に琴音咲という存在が既に居ないにも関わらず咲ちゃんは今この世界に居る…これは、矛盾じゃないか?」
矛盾…それなら、わたしの存在は…。
「矛盾が発覚するとどうなるか…それを直そうとするだろう。咲ちゃんの存在はこの世界において完全な
あくまでも仮説だけどな、と先輩は言った。
何に抹消されるのか、とは聞けなかった。
「じゃあ…どうすればいいんですか…?」
「夢から覚めればいいんだ」
先輩は即答した。
「夢から…覚める?」
「昨日言っただろ?此処は咲ちゃんの夢の中かもしれないって…だったら、夢から覚めればいい」
リアル過ぎる明晰夢みたいなものだよと先輩は言った。
「夢の中で驚いたりした時に目が覚める事ってあるだろ?それを応用すればいい」
「そう言われたって…」
どうすればいいのだろう…。
その時、ソウルジェムに反応があった。
「魔女の反応…」
こちらに近付いてくる。
「せんぱ…!」
先輩を呼ぼうとした時、周りの景色が一変した。
錆と鉄の臭いが立ち込め、無数の歯車が浮遊する空間の中央に、年季の入ったアンティークらしき車があった。
「あれは…」
「オカマほりの魔女…」
以前先輩と共に遭遇した魔女が、こちらに向かって勢い良く突進して来た。
わたしと先輩は咄嗟に左右へと避け、わたしは魔法少女姿に変身して応戦しようとした。
瞬間、身体がふらついて…わたしは倒れた。
「え…」
力が入らない。
魔女が方向転換して、此方に向かってくる。
そして…。
*
「なんてこった…」
咲ちゃんが変身した時に見えたソウルジェム。
それが、
咲ちゃんは変身すると同時にふらついて倒れる。
そこに魔女が迫る。
抹消という言葉が頭を過ぎる。これを喰らったら咲ちゃんは…。
「クソっ…!」
俺は駆け出し、咲ちゃんの前に身体を滑り込ませた。
瞬間、魔女が俺に激突し、全身に激痛が走る。
血飛沫が舞う中…吃驚した様な表情の咲ちゃんを見ながら…俺は意識を失った。
「………遂にボクだけになったね、寂しいなぁ…まぁ一人でもやるよ。プロだから」
「今回の話はどうだったかな?纏めるとこの世界の咲は既に死んでいて、早く脱出しないと世界から修正…つまり消されてしまうっていう話だね」
「この世界に来て咲が得たものは別の世界線では自分が死んでいるという事実だけ…完全に意味の無い事実ではあるけど…咲はこれを踏まえてどうするのかな?」
「そして最後…咲のソウルジェムは濁り、──が咲を庇って倒れた所で終わったね。この物語は咲の夢の中という事になってはいるけどこの世界に生きる人達は紛れもない本物だからね…つまり、咲は世界から修正されて消されない限りはどうなっても実害はないけど──は致命傷を喰らったら死ぬ事になる。コラボなのに相手のキャラクター殺すなんて事になったら作者はお天道様の下を歩けなくなるね」
「ちなみに、何故咲の夢が他の世界と繋がってるかとか何故夢から覚めるのに驚く必要があるのかとかは深く考えてないらしいよ。阿呆だね。だけど何故咲が世界線を越えられたのかはどこかで明かせるかも」
「あと2話程で終わる予定だよ。遂にクライマックス、次回もよろしくね!」
登場人物
琴音咲…他の世界線では自分が死んでいるという事実が意外と堪えた模様。彼女のソウルジェムは濁っていき…。
先輩(コラボ)…頭が良いという設定だったので探偵役(?)になった。あれだけの情報であんな壮大な仮説を立てられるって凄い。
咲を庇って魔女の攻撃を喰らってしまう。
大家…急に考え始めた先輩を見て吃驚していた模様。
魔女…廃車の魔女。名前はOldfaith(オールドフェイス)。性質は不易。時の流れに乗らずただひたすらにその場に留まり続ける。そのせいで失うものがあることを知らずに…。先輩(町の配達狐さん)オリジナルの魔女。追突事故の事をおかまほると言うらしく、それからオカマほりの魔女という愛称が出来た。先輩には許可を得ているので、度々本編にも登場するかも。
使い魔…廃車の魔女の手下。名前はSmith(スミス)。歯車の形をした使い魔で役割はゴミ漁り。魔女になっても尚、時に抗い続ける魔女のためにゴミの中からまだ使える部品を集めて魔女に献上する。これも先輩(町の配達狐さん)から設定をお借りしました。こちらも本編に登場するかもしれない。なお作者には魔女や使い魔を作るセンスは無い。