ある少女の物語〜マギアレコード 魔法少女まどか☆マギカ外伝より〜 作:転寝
そんな訳で(どんな訳で?)今回も短めです。
冷たくて暗い、そして何も無い…気付いたらそんな場所に居た。
自分の行く手には闇があって、躰は勝手にそこへと進んでいる。
いや、違う。自分の躰は堕ちているのだ。深く、暗い、自分の底へと…。
意識は朦朧としている。何かを考えようにも頭が働かず、おまけに眠気まである。
全てを捨てて眠りたい、目を閉じたい…そうすればどんなに気持ち良い事か。でも、自分の本能はそれを許さなかった。身を委ねた瞬間、自分の存在が消えてしまう事を理解していたから。
闇に近付くにつれ躰の芯が冷えていくのが自分でも分かった。闇が黒い水となり胸に染み渡って、自分の全てを冷たく凍らせるという錯覚に囚われる。
(わたし、消えちゃうのかな)
ぼんやりと思う。
何も出来ないで、ただ時間を浪費して…最後は魔女になり、誰かに倒される。
…でも、それもいいかもしれない。自分の様な愚か者には最適の末路だろう。
もう、何も考えたく無くなった。このまま心地好い眠りに身を任せようとした時―
「わたしはそれでいいの?」
闇の底から声が聞こえた。
深海から浮上する潜水艦の様に何かが上がって来る。それは、もう一人の自分だった。顔は微かに笑んでおり、魔法少女姿でソウルジェムは真っ黒に染まっていた。
「そんな結末、わたしは望んでないよね?」
微笑みながら彼女は言う。甘く、優しい声が自分の耳朶を叩く。
彼女が言った事を否定したい。自分はこの結末で良いと…どうでもいいと言いたかった然し躰は動かずに喋る事も出来ない。ただ闇の底へと堕ちていくだけだ。
すると、彼女は自分の考えを見透かしたかのように言った。
「本当にそう思っているの?確かにわたしが魔法少女になって得た物は何も無いけれど、それでもわたしはヤケになるべきではないよね?折角環いろはがわたしを助けてくれたのに、それを無駄にしちゃって良いのかな?」
…彼女が言っている事は正論だった。自分はいろはに助けられた。それを擲ってはいけないという事は確かだ。
「自分の奏でる音を誰かに聴いて貰いたいよね?なのに、簡単に諦めちゃうなんて…それこそ馬鹿じゃないかな?」
…そんな事は分かっている。いろはに助けられて、漸く自分の奏でる音を誰かに聴いて貰える事が出来るはずだった。それが成せないまま終わるのは悔しいし悲しい。ただ、自分は直に魔女化する。魔法少女としての痛恨のミスを犯して、希望から絶望へと存在を転換させようとしている。
…もう、手遅れなのだ。余りにも全てが遅すぎた。そう思い、また諦観に沈んでいく。すると彼女はそれを読み取ったのか意外そうな顔をして言った。
「神浜市の特異性を知らないの?」
神浜市の特異性?
それはどういったものなのかと心中で尋ねようとした時、彼女は再び微笑んだ。
「まあ、見てもらう方が早いか」
堕ちていく自分とは対照的に彼女はどんどん浮上して行く。
擦れ違う時、囁くような声が聞こえた。
―そう、
そして
*
エネルギーの渦が収まると、そこには巨大なティンパニのバケモノに繋がれた咲が居た。ぐったりと目を閉じている。
「あれは…」
驚いた様子の森岡に対し、いろはは冷静だった。
「ドッペル…」
目の前の咲の姿は「半魔女」という言葉を想起させた。ティンパニのバケモノは明らかに魔女らしき姿をしているが、咲自身に異常はない。そしてこれこそが、神浜市の特異性なのだった。
「ドッペル?」
それはなんだいと森岡が訊いた。
「…神浜市が世界に広めようとしているシステムです」
通常、ソウルジェムが濁り切ると魔法少女は魔女になる。だが神浜市ではその現象は起こらない。
神浜ではソウルジェムが濁り切ると内なる魔女の力を部分的に発動し、結果的に完全なる魔女化を逃れる事が出来る。これが「ドッペル・ウィッチ」である。
ドッペルを発動する際にはソウルジェムの穢れを使う。その為ドッペルを使えば穢れも浄化出来て魔女にもならない。まさにいい事づくめと言えるだろう。
最も、リスクはある。ドッペル発動後は体力をかなり消費するし、意識して制御しないと暴発する事もある。更にドッペルを使い過ぎると身体に何かしらの障害が出る可能性もある。
然し、そんなリスクが微々たるものに思える程「魔女にならない」という特性は大きい。現時点では神浜市でのみ確認されている現象だが、神浜市の魔法少女はこれを世界中に拡大し、魔女化の無い世界を作ろうとしているのだ。
咲がドッペルを制御出来ているのかは怪しかったが、公園内にはいろはと森岡以外に人は居ない。大事になる事は無いだろう。
空中に浮いたマレットがティンパニのバケモノを勢い良く叩いた。然し音は聴こえない。衝撃で辺りが揺れているだけだ。
マレットは狂った様にティンパニを叩くがその音は聴こえない。その様は何処か滑稽ですらあった。只管両手のシンバルを叩くサルの玩具のように馬鹿らしい。笑いさえ込み上げてくる。
なのに何故だろう。いろはにはそのドッペルが慟哭している様に思えた。まるで咲の心情を表すかのように…ドッペルは只管無音を奏で続けていた。
魔法少女の真実関連の話は次回で一先ず終わりかな…。多分次回も短めです、悪しからず。