ある少女の物語〜マギアレコード 魔法少女まどか☆マギカ外伝より〜 作:転寝
ドッペルは暫くするとフッと消えてしまった。幽霊みたいなものなのかもしれない。
それと同時に咲が崩れ落ちる。慌てて飛び出していくいろはをぼんやりと眺めながら、森岡誠司は事態を把握しようと務めていた。
先程いろはから聞かされた事実と目の前で起きた咲のドッペル解放に思考が追いつかなかった。表面上は冷静を取り繕っていたが、内心は穏やかではない。
嘘みたいな話だ。まさか魔法少女がそこまで重いものを背負っていたとは。
(じゃあ、最初から僕は何も…救えなかったという訳か)
自分一人の力では、何も出来ない。自分に出来るのは魔法少女と魔女という「非日常」を観測する事だけ。かつてはその力を使って何かが出来ると思っていた。だが、魔法少女の真実を知って自分があまりにも無力だという事を自覚した。
―セイ君は、弱くないよ。
脳裏に、かつて救えなかった「彼女」の声が甦る。次いで、自分が好きだった向日葵のような明るい笑顔も。
(僕は…)
…いや、違う。
自分にも出来る事はある筈だ。
何も救えなくて、ただ見ている事しか出来なかった自分だからこそ、出来る事は必ずある。
ならば、自分は…。
その時、いろはが森岡を呼んだ。
それで我に返り、慌てて咲の元へと近付く。
咲はぐったりしていたものの外傷等は無く、ソウルジェムの濁りも無くなっている。命に別状は無さそうだ。
「琴音君は…大丈夫なのかい?」
「ドッペルを出した後は体力の消費が激しいんです。だから初めての人は皆こうなるんですよ」
「そう…ならよかった」
森岡は安堵した。
「…神浜ではソウルジェムの濁りはドッペル放出で何とかなるから魔女化は起こらない。そして環さん達はこのシステムを世界中に広めようとしている…という事だよね」
「はい。まだ分からない事だらけですが…でも、いつかは魔女化のない世界を作りたいです」
いろはの目には決意が瞬いている。彼女なら、本当に実現させるかもしれないと思った。
だが…。
「このシステム…今の所は神浜でしか使えないんだよね?」
いろはは頷いた。
彼女の話では、マギウスの翼は「魔法少女の解放」の為に必要なエネルギーを集める為に神浜に魔女を集めていて、その分他の街から魔女が減ったという事だった。森岡が住む冬天市もその一つだ。
神浜は魔女化が無くなったからいいかもしれないが…他の街はどうなるのだろう。
魔女化を防ぐシステム…「自動浄化システム」の事を知ったら、それを奪いに来るのでは?
…でも、いろは達はシステムを世界中に広めようとしているから話し合いで解決するかもしれないが…なんだか嫌な予感がする。
その時、小さな呻き声が聞こえてきて森岡の思考は中断された。
*
目を、ゆっくりと開ける。
もう二度と戻れないと思っていたのに、自分はまたこの世界に戻ってくる事ができた。
自分の深層意識へと落ちた後の事はよく覚えていない。気付いたら近くで誰かの話し声が聞こえたので、目を開けただけだった。
「咲ちゃん…!大丈夫?」
首を横に向けると、心配そうに此方を見るいろはと森岡の姿が視界に映る。
「あれ…わたし…」
自分は魔女になった筈なのに…何故戻れたのだろう?魔女化は不可逆反応の筈だが。
身体を起こそうとするが鉛の様に重く、ままならない。
「まだ起きない方がいいよ」
「あ、うん…でも、なんで戻れたんだろう」
あのまま消えてしまうかと思ったのに。
それに、もう一人の自分との会話で、神浜市の特異性という言葉を聞いた気がする。それのおかげで戻れたのだろうか?
「えっと、それはね…」
いろはが説明してくれた事によると、神浜では魔女化は起こらないで、ドッペルを放出する事がその代わりになるのだとか。
つまり自分は先程ドッペルを出していたのだろう。いろはと森岡も咲のドッペルを見たと言っているし、自分のソウルジェムはグリーフシードを使ってもいないのに浄化されていた。それを見て安堵の気持ちが込み上げる。
「…じゃあ、いろはちゃん達はこのシステムを世界中に広めようとしているんだ」
いろはが頷く。
つまり、希望が無い訳ではない…という事か。
でも…。
「何のために魔法少女になったんだろう…」
言い出したらキリが無いのは分かっている。それでも、全てが無駄だったという事実が重くのしかかって来る。
「…琴音君はさ」
不意に、森岡が口を開いた。
「自分が魔法少女になる意味なんて無かったと思っているんだよね?何も救われない願いと引き換えに重いものを背負わされて…それを意味の無いものだと言っている…そうだろ?」
咲は小さく頷く。
「これを言った所で何になるという訳ではないけど…僕はそう思わない。琴音君は、救っているはずなんだ。大切な人を」
「わたしは何も…」
「……君は『自分の平穏』を願って魔法少女になったんだよね?なら、その時に君は一回救われている筈だ」
「でも、結局はこんな事になってしまったんですよ。わたしの願いなんて…何の意味も無かったじゃないですか」
咲は自虐する様に言った。然し、森岡は首を振る。
「なら聞くけどさ、キュゥべえに何も願わなかったとして、君は平静で居られたかい?」
「……それは」
恐らく、平静を保つ事など出来なかっただろう。咲の所為で友達が―吹綿秕が傷付く事になったのだ。それなのに平静を保つ事なんて、出来るわけない。
咲は口篭る。それを予想していたかのように森岡は話を続けた。
「契約した時、一時的なものとはいえ君は君自身を救ったんだ。だからこそ今の君が居る」
「………」
「確かに魔法少女の運命は過酷なものだ。だけど、環さん達はそれを回避する術を知っている。希望が無いわけじゃないんだ。なら、君がやるべき事は―」
「……全てを受け入れて前に進む事」
森岡は頷く。それから自嘲する様な声音で「僕が言う事じゃないのかもしれないけどね」と呟いた。
…咲の中で、何かが揺れ動いた。
それは、希望という名の灯火だった。
*
―太宰治の『パンドラの匣』という小説の中に、こんな一文がある。
「人間は不幸のどん底につき落とされ、ころげ廻りながらも、いつかしら一縷の希望の糸を手さぐりで捜し当てているものだ。」
…この状況は、まさにこの文にある通りだといえる。
魔女化という不幸のどん底につき落とされながらも、自動浄化システムという希望の糸を捜し当てている。後は、その糸を手繰り寄せればいいだけなのだ。
だが、その糸は一人で手繰る事は出来ない。魔法少女達が一丸とならなければいけないのだ。
なら、自分のやるべき事は…。
「いろはちゃん」
咲はやっとの事で起き上がり、いろはの方を向いた。
「わたしも、前に進むよ」
希望を信じて、手を取り合って。
真実は過酷なものかもしれないけれど、それでもわたしは希望を捨てない。
だって―わたしは魔法少女だから。
「…うん、一緒に進もう。魔女化の無い、幸せな未来に向かって」
いろはは微笑んだ。
「…僕も協力するよ。何も無い一般人ではあるけれど、それでも何か出来ることがあるなら言ってくれ」
森岡が言った。
「森岡さん…」
「僕は魔法少女じゃないけど、色々な魔法少女を見てきた…だからこそ、出来る事がある筈だ」
実際、咲は森岡の言葉に救われた。それに、当事者より傍観者の方が気付き易い事実というものもこの世には存在するのだ。それに…何故か、森岡がそう言ってくれた事がとても嬉しかった。
「ありがとうございます!」
咲は笑顔になった。
…この後、神浜市の魔法少女達は「魔女化の無い世界」を作る為に奔走する事になる。その結果、どうなったのか―それを語るにはまだ時期が早いだろう。
ただ言える事があるとするならば、結果はどうあれ彼女達は必死に運命に抗った―ただ、それだけである。
森岡の過去や彼がどうやって咲と出会ったのかという話は2章が終わったら書く予定です。
尚、次回から新展開となります。
神浜マギアユニオン成立まで、あと少し―。