ある少女の物語〜マギアレコード 魔法少女まどか☆マギカ外伝より〜   作:転寝

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これからのこと

 琴音咲が魔女に襲われてから、一週間が経った。

 咲はまだ入院中だ。一命は取り留めたがそれでもかなりの重傷を負ったので暫くは絶対安静にしていなければいけない。

 といっても魔法少女の回復力は凄まじく、常人とは比べ物にならないほどの回復速度を見せていた。医者は驚いていたが。

 入院してから病室にはかわるがわる知り合いが訪れていた。両親と祖父母は最初のうちは殆ど付きっきりだったしいろはやももこ等の知り合いの魔法少女やクラスメイト、慎也や未来までお見舞いに来てくれた。咲の殆どの知り合いが心配してくれたといっても良い程だ。

 何故こんなに来てくれるのだろうと首を傾げていたが、どうやら話に尾鰭が付きまくり「トラックに轢かれた」、「とんでもない魔女に甚振られて殺されかけた」等(後者はあながち間違ってはいないし寧ろ事実なのだが)知らないうちにかなりスケールが大きい事件になっていたらしい。ちなみに表向きは事故という事になっている。どんな事故なのか詳しく話さなかった為尾鰭が付きまくったともいえるのだが。

 そんな中、森岡誠司だけが未だに姿を見せなかった。慎也に聞いてみると、入院の事を聞いても「あそう…」としか返さなかったらしい。それで思わず慎也がキレて殴りかかったのはまた別の話である。

 ある意味森岡らしかったが、それでも少し寂しかった。

 

 

 病室の中には何も無く、退屈だ。

 暇つぶしに学校の宿題をやっていると、ドアがノックされた。

 どうぞと言うとドアがスライドし、森岡誠司が病室に入ってきた。

「綺麗な病室だね。しかも個室なんだ」

 挨拶もそこそこに言う。

「はい、わたしは普通の病室で大丈夫って言ったんですけど…思ったより大怪我だったみたいで個室に」

「そう…」

 森岡はサイドテーブルに一冊の本を投げ出した。ドスンという大きな音がした。

「暇だろう。本でも読んでゆっくり過ごすといい」

 見てみると、それは京極夏彦(きょうごくなつひこ)の『虚実(うそまこと)妖怪百物語』だった。しかも合本版で千ページ以上ある。全身骨折(殆ど治りかけ)の患者で腕に余り負荷を掛けられない咲には少々重い物ではあったが、サイドテーブルに置いて読めばいいと思い直した。長いから中々読み終わらないだろうし、ちょうどいい。

「いいんですか?」

「その位長ければ退屈しないだろう。それに…面白いものを読めば気分も上がるだろうしね」

 森岡はそういって微笑んだ。

「…ありがとうございます」

 退屈を持て余していた咲にとっては嬉しいプレゼントだった。なんだかんだ言って森岡誠司という人は優しいのだ。

 

 

「環さんから聞いたよ。魔女に殺されかかったんだってね」

 森岡の言葉に、あの時の光景がフラッシュバックする。

 ―触手が身体を締め付ける。泣き叫ぶが誰も助けに来ない。絶望の中で藻掻く。そして首を絞められて意識を失う。

 …今思い出しても、吐き気が込み上げ、身体が震える。

「……はい」

「…ごめん、思い出させるつもりは無かった」

 森岡が表情を曇らせて頭を下げた。それ程自分の顔色は悪くなっているのだろうか。

「大丈夫です…」

 息を整える。

 大丈夫、自分は生きている。

「でも、魔女を倒せなかった…」

「…神浜の魔女は強い。君は冬天市にいた時も苦戦しながら戦っていたよね。そんな人間がいきなり強い魔女と戦ったんだ。気に病む事は無いと思うよ」

 あの後、自分は通りすがりの魔法少女に助けられたらしかった。生方夏々子というらしいその魔法少女を自分のせいて危険に晒してしまったかもしれない…そう考えると気分が重くなる。

 調整を受けて強化されたとはいえ、自分はまだまだ未熟な魔法少女だ。これから神浜でやっていけるのだろうか?

 思わず、森岡にそういった事を零してしまう。明らかに弱気になっている咲に、森岡は静かな口調で言った。

「…琴音君はこの戦いで、魔法少女をやめたいと思ったかい?」

「え…」

 思わぬ質問に、言葉が詰まる。

「死の恐怖…それは何度も味わってきたと思う。だけどここまで死に近付いたのはこれが初めてなんじゃないかな」

「それは…そうですけど…」

 冬天市にいた時は苦戦こそしたものの、ここまで酷くやられる事は無かった。

「僕も、ここまで酷くやられた魔法少女はあまり見た事がない。だから、心配なんだ」

 森岡は目を細め、窓の外を眺めた。

「魔法少女を続ける限り、君はこういう目に遭い続ける。それでも、魔法少女を続けるのかい?」

「でも、やめることなんか…」

「この街には調整屋というシステムが有るらしいね。そこでは一部の弱い魔法少女にグリーフシードを融通しているという噂を聞いた」

 咲は驚いた。調整屋…八雲みたまがそこまでしていたとは…。

 だが、

「今更ですよ…そんなの」

 咲は僅かばかりの嫌悪感を込めて呟いた。自分だけが逃げる訳にはいかない。森岡はそれを分かっていて言っているのか。

 …いや、違う。悪いのは自分だ。森岡にこう言わせてしまう程、自分は弱いのだ。

「…そう、だよね。すまない…琴音君の気も知らないでこんな事…」

 案の定、森岡は表情を曇らせた。咲の中で益々自己嫌悪感が強くなる。

「わたしこそ、すみません…」

 咲はか細い声で謝った。

 空気が重くなり、暫く無言が続いた。

 

 

 唐突にドアがノックされて、咲は我に返った。

 入ってきたのは銀髪の少女だ。咲を見るなり「あ、目覚めたんだ」と言って近づいてくる。

「えっと…」

 面識のない少女の来訪に咲は戸惑う。それに気付いたのか、少女は自己紹介をした。

「初めまして…ではないけどまあいいや。生方夏々子です。よろしくね」

「生方…夏々子さん?」

 そこで咲は彼女の指にソウルジェムの指輪がはめられている事に気付いた。

「もしかして、琴音君を助けてくれた魔法少女っていうのは…」

「そう、アタシだよ」

 咲は驚き、慌てて立ち上がった。

「あ、ありがとうございます!」

「別にいいよ。当然の事をしたまでさ。それに…あのまま放っておいたらかなり惨たらしい死体になってただろうし」

 夏々子はひらひらと手を振った。

「だけど、これはちょいとまずいね…確かにアレは一人じゃ手に負えなかっただろうけど、この先もあんなのが出たらどうするんだい?」

「それは…」

 先程森岡が言った「魔法少女をやめる」という言葉が脳裏に浮かび、それを振り払う為に頭を振る。

「悩んでるって感じか。じゃあさ…」

 夏々子はニヤリと笑みを浮かべた。

 

「アタシと特訓しない?」

 

「…へっ?」

 一瞬、意味を理解出来なかった。それを咀嚼して理解した時、咲は思わず素っ頓狂な声を上げた。

「実を言うとアタシも弱い部類の魔法少女なんだよね。で、この際だからちょうど良いかなって思った訳」

 それに、と夏々子は言葉を継いだ。

「琴音さんだっけ?アンタに興味もあるんだ。悪い話では無いと思うけど」

「でも、大丈夫なのかい?またこんな事があったら…」

 森岡が心配そうに言う。夏々子は彼を不思議そうに見てから訊いた。

「大丈夫な様にするけど…その前に、アンタ誰?」

「森岡誠司。魔女や使い魔が見える小説家志望の一般人さ」

「いや、それ明らかに一般人の領域超えてるよね…?」

 思わず突っ込む夏々子だったが、直ぐに気を取り直して咲に言う。

「とにかく、こんな事にならない為の特訓だけど、どうする?」

「…やります」

 答えは決まっていた。

 強くなるために、特訓をする。それが今やるべき事だ。

「森岡さんもそれでいいのー?」

「僕に決定権は無いよ。それに…環さん達は今神浜を纏めようとしている。それに笑顔で合流出来ればいいんじゃないかな?」

 夏々子の問いに、森岡は淡々と答えた。

「……環いろはと知り合いなんだ」

「…?」

 夏々子が何かを呟いたが聞き取れなかった。

「まあいいや、じゃあ退院したら始めようか。よろしくね」

 言って、夏々子は帰っていった。

 

「…急展開だね」

 森岡が苦笑する。

「でも、わたしは強くなりたいです」

「まあ止めないけどさ。気をつけてね?」

 森岡は後ろを向いた。

「……君も居なくなったら、僕はどうすればいいのか分からないからね」

 どういう事なのか訊こうとした時には既に森岡はドアの向こうへと消えていた。

 咲は暫くドアを見つめてから、森岡が残していった本のページを捲り、読み始める。

 目で内容を追いながら、意識は特訓に思いを馳せていた。

 

 わたしは、強くなれるだろうか?

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