ある少女の物語〜マギアレコード 魔法少女まどか☆マギカ外伝より〜   作:転寝

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表裏の邂逅

 無数の槍が頭上から降ってくる。

 それを何とか躱しながら前に進むが、前からも槍が飛んでくるので中々進めない。

 槍が時折身体を掠り、その度にヒヤリとする。

「ほらほら、早く進まないと串刺しになっちゃうよ?」

 特訓の相手―生方夏々子はそう言って挑発してくるが、それに言葉を返す余裕は無い。

(このままだと本当に死んじゃうよ…!)

 半ばパニックになりながら、琴音咲は只管槍を避け続けた。

 

 

「はい、おつかれー」

 その言葉と共に地面にぶっ倒れる。多分暫く立てないだろう。

 大の字になって寝転ぶ。はしたないのは分かっているが体勢を変えるのも億劫なのだった。

「ま、良くなった方だと思うよ」

 夏々子が歩いて来た。こちらは汗一つかいていない。

「あ、ありがとう…」

 この槍避けを始めてから既に三日が経っていた。夏々子は「これを避けられるまで次の特訓には進まない」と言って槍を投げまくってきた。おかげで生傷が増えたが、次第に慣れてくるようになり、今日は全て避け切る事に成功した。と言っても体力の消費が激しいので今こうやって倒れているのだが。

 自分は攻撃を只管避けているが、夏々子はこれをする事で何か学んでいるのだろうかと思って訊いてみると、「魔力のコントロールの練習になる」との事だった。一応夏々子なりに特訓はしているらしい。

「でも、これでかなり動けるようにはなってる筈だよ」

 夏々子は特訓を始める前、「魔力の扱いとかよりも真っ先に回避の練習をした方がいい」と言った。強い力を持っていても敵の攻撃を受けたら終わりだと熱心に言い、それでこの槍避けをする事になった。

「そうかな…」

 まだ実感が湧かなかった。

「これから試せば分かるよ。それよりも…」

 夏々子はちょっと呆れた様に言った。

「パンツ見えてるよ」

「へっ!?」

 慌てて足を閉じ、スカートを直す。今まで気付かなかったがスカートが捲れあがっていて、太腿の付け根辺りまでが露出していた。それに気付かない程疲れていたのだ。

「水色の可愛いやつ履いてるんだねぇ…」

 夏々子はニヤリと笑う。顔が一気に真っ赤になった。

「それは別にいいでしょ…」

 余談だが、咲と夏々子は同い年である。と言っても恥ずかしいものは恥ずかしいのだが。

 

 

 暫く休憩した後で夏々子が「そろそろ始めようか」と言って立ち上がった。その頃には咲も大分回復していたので、頷いて立ち上がる。

「次はどうするの?」

「実戦でもしようか」

 平然と言われた言葉に目を丸くする。

「実戦って…」

「アタシと勝負しよう」

「ええっ!?」

 まだ魔力の扱いや戦い方も確認していないのに―そう言うと、夏々子はそれはいいんだよと言った。

「そういうのは個人の感覚さ。戦いの中で学んだ方がいい」

「でも…」

「大丈夫。今の咲はかなり動ける筈だから」

 夏々子は咲に構わず、「じゃあ、始めようか」と軽く言うと水晶を槍の形に変化させて投げてきた。かなりのスピードだったが咲の身体は自然に反応し、それを軽々と躱す。

「ほらやっぱり…」

 夏々子は嬉しそうに微笑むと距離を取り、水晶玉を作った。咲は事前に彼女の固有魔法を聞いていたので、夏々子が自分のウィークポイントを占っている事が分かった。

 咲は魔力を溜め、音符の形の魔力弾を放出する―直前で思い直し、魔力を溜めたまま突進した。

 夏々子の近くになって魔力を解放し、至近距離から魔力弾を放つ。然し夏々子はそれを見越していたようで、水晶で盾を作り、魔力弾を防いだ。

「甘いね」

 耳元でそんな声が聞こえた瞬間、腹部に衝撃を感じた。夏々子の爪先が咲の腹部を蹴り抜いていた。

「うぐっ…」

 咲は数メートル程吹っ飛ばされ、地面に激突し強かに顔面を打ち付けた。

「あ、手加減はしないよ。まあ死なないようにはするけど…」

 そんな夏々子の声が聞こえた瞬間、咲は咄嗟に横に転がった。

 先程まで倒れていた所に巨大な水晶の塊が突き刺さっていた。アレが直撃していたらと考え、ぞっとする。

「そうこなくちゃね」

 夏々子が笑い、再び水晶玉で占い始める。咲は完全に嘗められていた。

 そもそも生方夏々子は自分を「弱い部類の魔法少女」と称しているが決してそんな事は無いと咲は思う。固有魔法抜きでも、武器である水晶を自在に操る事が出来る夏々子は充分強い魔法少女だ。

 それに比べて自分はどうだろうか。確かに固有魔法は使い方によっては強力だろうが、それ以外はてんでダメだ。

 そう考えてネガティヴになりかけた時、咲の頭の中にひとつの考えが浮かんだ。それは一歩間違えたらとんでもない事になり、また成功する確証も無かった。

 だが、思い浮かぶ方法はこれしかない。

 咲は迷いを捨てた。

 

 

 生方夏々子は目の前の少女の様子がおかしくなった事に気付いた。

 先程まで自分の攻撃を受けながらも必死の表情を浮かべて勝機を見出そうとしていたのに、今彼女は顔から表情を消し、無機質な雰囲気を纏っている。

「咲…?」

思わず名前を呼んだ。それ程に、雰囲気が変化していた。

 彼女はゆらりと顔を上げる。その眼を見て、夏々子は怖気を覚えた。

 何の感情も無い眼。それは正しく人殺しの眼だった。

 咲は―いや、先程まで琴音咲だったものはがむしゃらに突っ込んできた。猪突猛進という言葉が相応しい無謀な突撃だ。

(血迷ったか?) 

 そう思い、槍を生成して投げる。彼女はそれを躱し、夏々子に肉薄した。

 また魔力弾か―そう思い、壁を生成した夏々子だったが、

「何も…持ってない?」

 彼女は武器である指揮棒すら持っていなかった。思わず戸惑う夏々子だったが、次の瞬間益々困惑する事になる。

「なっ…!」

 彼女は自分の拳に魔力を纏わせ、壁を殴り始めた。それで水晶の壁にヒビが生じる。それを見るや否や裂け目に指を突っ込み、無理矢理こじ開け始めたではないか。

「うわぁっ!?」

 夏々子は吃驚して悲鳴をあげた。裂けた壁から能面の様に表情が無い顔が覗く。ちょっとしたホラーだ。

 彼女は夏々子の髪を掴み、凄い力で引っ張った。何房か髪が抜け、激痛で目に涙が滲む。

 夏々子はその勢いで投げ飛ばされた。こんな華奢な少女の何処にこんな力があるのか。いや、それ以前に…。

(まるで、人格が変わったみたいに動きに無駄が無くなった)

 どういう事かと空中で考え、ひとつの仮説を導き出した瞬間に地面に叩き付けられた。

(まさか、コイツ…固有魔法を暴発させたのか?)

 琴音咲の固有魔法は「鎮静」である。周りや自分を落ち着かせ、冷静な判断ができるようにするというものだが、それを自分に対して使い過ぎたのではないだろうか。

 冷静になりすぎて感情すらも一時的に喪失しているのだと思えば納得がいく。そういう事が可能なのかはまた別の話だが…できないとも言い切れない。

 つまり、今の咲はロボットの様なものなのだ。目的を遂行する為には手段を選ばない…夏々子の相棒と、同じ様な人格に変化している。

(もしかしたら…アタシはとんでもない怪物を目覚めさしてしまったのかもしれない…)

 いつか、咲が敵となるなら…この能力は、脅威そのものでは無いか。

 倒れた夏々子の上に咲が伸し掛る。強い力で首を絞められ、死ぬほど驚いた。

(まず…)

 死ぬ事は無いだろうが精神的によろしくない。だがしっかりと極まっていて抜け出す事も出来ない。

(万事休すかな…)

 夏々子はあっさりと観念した。苦しいのは嫌だがこればかりは仕方ないであろう。

 

()()()

 

 不意に、相棒の声が聞こえた。

(まさか最期にアイツの声を聞く事になるとはね…)

 幻聴だろうと思い、苦笑する。

 然し。

 

「何ぼさっとしてる?情けないヤツめ」

 

 そんな声と共に、咲の両腕が切り落とされた。

 生温かい血飛沫を浴びながら夏々子は激しく咳き込み、前を見た。

 

「…咲、まさかアンタが人を殺そうとするとはね」

 

 自分の相棒―元黒羽根の少女と咲が、相対していた。

 お互いに、似たような眼で、似たような殺意を抱いて睨み合っている。

 

 …それは正しく、偶然が引き起こした神の悪戯だった。

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