ある少女の物語〜マギアレコード 魔法少女まどか☆マギカ外伝より〜 作:転寝
咲は彼女を見ても驚く様子すら見せず、ただ元黒羽根の少女をじっと見つめている。
「何だ、固有魔法に呑まれすぎてあたしがここに居る事すら分かってないのか」
これじゃあ殺し甲斐がないじゃないかと彼女は残念そうに言って、夏々子の方を向いた。
「いつまで寝転んでるんだよ。早く立ちな」
「どうして…」
夏々子はやっとの事で言葉を絞り出した。
「どうしてアンタがこんな所に?」
彼女はそれには答えず、また咲の方を見る。腕を切り落とされた筈だが血は既に止まっている。それどころか、僅かとはいえ再生しつつあるようだ。
「…ま、今アンタを殺しても面白くはないだろうね…かかし、アンタの水晶を貸しな」
「形は?」
「鈍器」
その通りにして水晶を渡す。彼女はそれを受け取ると、ニヤリと笑って言った。
「殺さない程度に相手してやろう。あの時の恨みも込めて蹂躙してやるからかかって来な」
言い終わらないうちに咲が接近してくる。腕が無いのでバランスが取りにくいだろうが、それでも向かって来た。
勿論そんなものが通用する訳もなく、彼女はそれを軽々と躱し、逆手に持っていたダガーを振り上げた。咲の背中がパックリと裂け、血が飛び散る。
然し痛みを感じていないのか咲はまた無表情に彼女を見詰め、脚に魔力を溜めた。
瞬間、凄まじい勢いの頭突きが彼女の腹に炸裂する。二人はその勢いで吹っ飛んでいった。
(頭突きって…)
確かに腕が無いから攻撃方法としては正しいのだろうが、何だかシュールな光景だと夏々子は思った。
見事相手を吹っ飛ばす事に成功した咲だったが、彼女が出来たのはそれだけだった。暫く揉み合った後に後頭部に鈍器の一撃を喰らい、その場に崩れ落ちたからだ。
「幾ら痛みを感じないとはいえ、脳を揺らされりゃそれなりに障害も出るだろ」
彼女が勝ち誇ったように言い、また鈍器を振り下ろす。
夏々子は頭蓋骨が砕ける音というものを初めて聞いた。それと同時に言い様の無い不快感が全身を支配する。
「ちょっと、その位にしときなよ」
気付いたら声を掛けていた。
「なんで」
「それ以上やったら本当に死ぬよ?」
「殺す気でやってるからいいんだよ」
―さっきと言ってる事が違うじゃないか。
そう言いたいのを辛うじて呑み込んで、何とか彼女を説得しようとする。
「ここで咲が死んだら疑われるのはアタシだ」
「アンタがどうなろうがどうでもいい」
じゃあなんで助けたんだよと思ったがこんな事で一々ツッコミをいれてはコイツとは付き合えない。夏々子はそれをよく分かっていたので構わず続ける。
「アタシが居なくなったら困るのはアンタじゃない?アタシの能力が必要なんだろ?」
「……」
彼女は答えない。だが渋々といった感じで鈍器を下ろした。
やれやれと夏々子は思う。これで丸く収まれば(最も咲は重傷を負っているのだから丸く収まるはずがないのだが)一件落着なのだが…。
然し、そうはいかなかった。
彼女は咲の髪留め―ソウルジェムを掴み、力を込めて握った。
瞬間、咲の身体が痙攣するようにピクリと跳ねる。それと同時に魔法の効果が切れたのか、彼女はのたうち回りながら悲鳴をあげた。
「アアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
少女はそれを愉快なものでも見るように眺めながら大声で笑った。
「あはははははは!アンタにはそれがお似合いだよ!」
夏々子は無関心を装っていたが、心中は穏やかではなかった。
(コイツは元からこういうヤツだが…流石にここまでする事は無いはずだ。何があったら、ここまでの憎悪を抱けるんだ?)
軈て咲は泡を吹いて気絶した。少女はソウルジェムを咲の足元に投げ、それから夏々子を見た。
「帰るぞ」
「でも、特訓が…」
「咲が魔法少女になってる事は確認出来たんだ。もう用はない」
後は隙を着いて殺すだけだと言って、彼女は興味を失った様に歩き出した。
夏々子は暫く逡巡した後、咲に近付いて魔力を流し込み、それから奇跡的に無事だった咲の携帯端末を探してロックを解除し(指紋認証だったので咲の指を押し当てたらあっさり解除された)電話帳を開いてある番号に電話を掛けた。
*
環いろはは武術道場「
竜真館の一人娘である
この組織の全体的な代表は環いろはと七海やちよという事になっているが、二人は西神浜の代表である。他には東神浜代表の和泉十七夜、南神浜代表の都ひなの、以上四人を最高幹部として動いている組織だ。
元々いろはが提案した事なのでいろはが代表になるのは当然の事なのだろうが、環いろはという人物は組織を纏める器では無い。これは本人も思っている事で、最初はそれを理由に辞退しようとした。
だが、そこでやちよが「私がサポートするから大丈夫」と言い、結局こんな形に落ち着いた。
組織の名称は「神浜マギアユニオン」で決まりかけていたし、運営方法も既に確定している。魔女にならない力―「自動浄化システム」についてはまだまだ不明瞭な事が多く。今のいろは達では結論が出せない。
という訳で今回は決起集会の日にちやその他細々した事を決めた。なので会合は直ぐに終わり、解散しようとした時十七夜が皆を呼び止めた。
「最近黒羽根の動きが活発化しているという話は無いか?」
「西ではこれといったトラブルは無いわね。少なくとも一時期と比べたら大分落ち着いたわ」
「南も同じだ」
やちよとひなのの言葉にそうかと頷いてから、十七夜は難しい顔になった。
「…実は、この前黒羽根に襲撃を掛けられてな。中々強かったし明らかに自分を殺そうとしていたから他でもそういう動きを見せているのではないかと思ったのだが」
皆が吃驚した様子で十七夜を見る。
「十七夜が強いって言うならかなりの腕前だったのね…」
「ああ…ん?環君、携帯が鳴ってるぞ」
「…え?あ、すみませんちょっと失礼します」
マナーモードにしていたので気付かなかったがそれは咲からの電話だった。いろはは断りを入れてから電話に出る。
「もしもし」
『……環いろはかい?』
咲では無い。別の少女の声だ。
「……あなたは誰ですか?それは咲ちゃんの携帯の筈ですが」
いろはの声のトーンから何か察したのか、やちよ達が怪訝そうにいろはを見る。
『そうだよ。これは確かに咲の携帯だ。でも今はそんな事言ってる場合じゃない』
相手は急に早口になり、咲が重傷を負っている事と彼女が居る場所を手早く伝えた。
「咲ちゃんが…!?」
『早くしないと死ぬかもね。とっとと動きな』
それを最後に電話は切れた。
「いろは、どうしたの?」
「咲ちゃんが…重傷を負っているって…」
それで皆の表情が変わった。いろはは直ぐに電話で告げられた場所に向かう事を伝えて道場を飛び出した。
*
その場所に向かうと、確かに咲が血塗れで倒れていた。
「咲ちゃん!」
慌てて駆け寄り、いろはは息を飲んだ。
両腕が無く、背中はパックリと裂けている。頭蓋骨は砕けている様で、魔法少女でなければ死んでいるという重傷だった。
やちよ達も追いついてきて、その惨状に絶句する。
(直ぐに病院へ…いや、そんな事をしている場合じゃない!)
いろはは魔法少女姿に変身し、治癒の魔法をフルパワーで掛ける。これはソウルジェムに入ったヒビも治すような強力なもので、実際直ぐに傷は癒えた。
「一応これで大丈夫みたいです…」
いろはは安堵して言った。
「しかし、誰がこんな酷い事を…魔女の仕業か?」
「それは…分かりません」
咲はいろはに特訓の事を言っていなかった。だからいろはが分からないのも当然だった。
その時、咲が小さく身じろぎした。
「秕ちゃん…」
か細い声で呟かれた名前に、いろはの中である考えが浮かんだ。
然し直ぐに馬鹿馬鹿しいとそれを追い払い、それっきりその事は忘れてしまった。
(まさか、秕さんが魔法少女になって咲ちゃんを襲ったとかは…流石に考えすぎだよね)
だが、後に彼女は知る事になる。
その考えが、決して間違いではなかった事を…。