ある少女の物語〜マギアレコード 魔法少女まどか☆マギカ外伝より〜 作:転寝
自然と足が震え出す。
心臓の鼓動が早くなり、息が荒くなる。
目の前に居るバケモノが退化して見えないであろう眼を此方に向けた時、肌が粟立つ様な厭な感覚が全身を包みこんだ。小説や漫画等で「殺気を放つ」という言葉を使うが…僕が感じている厭な感覚、これが殺気というものなのだろう。
萎縮するしか無い僕に対し、美奈は緊張感を全身に滲ませながらも臆すことなく魔女と相対している。いつの間にかその手には長い槍が握られていた。
「キモっ…なんだアイツ。今まで見た魔女の中でもトップクラスのキモさだぞ」
真奈が軽口を叩くが、その声も少し震えている。魔女の見た目は以前何かの本で読んだ空想上の毒蛇である「バジリスク」を腐敗させた様な見た目をしていて、かなりグロテスクだった。一度見たら中々忘れられないだろう。
「魔女が動くよ!」
キュゥべえの警告に合わせるかのように魔女が動き出す。鈍く、単調な動きだが「死」そのものの存在が迫ってきているという事実に僕は動けずにいた。
美奈が走り出し、魔女に突進する。こちらも単純な動きだが、魔女と違いスピードは早い。最も、美奈の目的は魔女では無かった。
魔女が向かう先、倒れたままの慎也の元へ辿り着くと、軽々と彼を担いでから後方へ跳躍し僕達の元へと戻ってくる。
「慎也君は直ぐに目を覚ますと思うから、みんなは此処を動かないで」
「使い魔は大丈夫なのかい?」
真奈が訊いた。確かに使い魔が居れば普通の人間である僕達は直ぐにやられてしまうだろう。然し美奈は大丈夫だと言った。
「多分、いきなり結界の奥に引きずり込まれたみたいだし、周りに使い魔の魔力反応もない。だからあの魔女を倒せば大丈夫だと思う」
美奈は槍を構え、魔女を見据える。僕は思わず彼女に言った。
「み、美奈…無理はするなよ…」
「大丈夫だよ。私は何度も魔女と戦ってるし、それに何があってもセイ君達は護るから」
僕を安心させるように笑顔を浮かべてから再び魔女に向き直り、美奈は自分を鼓舞するかの様に呟いた。
「さぁ…行くよ!」
*
美奈の全身を紅いオーラが包む。
彼女は先程とは比べ物にならないスピードで駆け出し、その勢いで魔女の身体を貫いた。
魔女が絶叫を上げ、激しくのたうち回る。その度に太い尾が辺りに打ち付けられるが美奈は華麗なステップでそれを回避し、時折カウンターを入れるかのように魔女の身体に槍を突き刺した。
…蝶のように舞い、蜂のように刺すという言葉がある。米国のボクシング選手であるモハメド・アリのボクシングスタイルを形容した表現だが、美奈の戦い方はまさにそれだった。普段の彼女はどちらかというとおっとりした、優しい性格なのだが、今の彼女は違った。強い意志を持って、魔女を倒そうとしていた。
「すげぇ…」
僕はぽかんと口を開けて、その戦いに魅入っていた。死への恐怖など、いつの間にか薄れていた。
*
戦闘は長いようでその実短かった。
何度か魔女の攻撃が美奈を掠ったが、彼女はそれにも冷静に対処し、攻撃を避けてはカウンターを入れるという事を繰り返していた。
やがて魔女が弱ってきたのか動きがぎこちなくなる。それを待っていたかのように美奈は大きく跳躍し、魔女の頭上で落下。勢いをつけて頭部を貫いた。魔女は倒れ、暫く痙攣を繰り返した後、動かなくなった。
「おつかれ、美奈」
景色が元の教室に戻り、変身を解除した美奈に真奈が労いの言葉を掛けた。
「ありがとう、お姉ちゃん」
それから美奈は此方を向いて、「どうしたの?」と目を丸くした。
「え?…ああ…」
僕はまだ阿呆面のままだったらしい。慌てて表情を戻して「お疲れ様…なんていうか、凄かったよ」と言うと、美奈はありがとうと言って微笑んだ。
「何が凄かったんだ?美奈の格好か?」
真奈がニヤニヤしながら言った。確かに戦闘中は色々と絶景だった…じゃなくて!
「美奈の動きだよ!洗練されてて…何かのダンスを見ているみたいだった」
「…アンタ危機感無いよなぁ…美奈が居なきゃ今頃は死んでたんだぞ?」
「まあそれはそうだけど…でも実際そう思ったんだから仕方ないだろ」
そんな事を言い争っていると、呻き声がして慎也がむっくりと身体を起こした。
「…あれ?オレなんでこんなとこにいるんだ?」
暫くぼんやりしていた慎也だったが「ま、いっか…」と立ち上がり、ボリボリと頭を掻きながら教室を出ていこうとした。
「…あ、そうだ慎也」
「…ん?セージ、居たのか…美奈ちゃんと真奈ちゃんも…はっ!?」
そこで目を見開き、僕に向かって叫ぶ。
「ま、まさかお前ら…空き教室なのをいい事にイチャついて…」
「…いや、違うから…それよりゲーセン行くんだろ?僕も行くよ」
「行くって…美奈ちゃんと約束があるんじゃなかったのか?」
「それはもう済んだよ」
そこに真奈が割り込んできた。
「そそ、それに美奈とあたしはこれから買い物行くし」
「まあそれならいいけど…」
慎也は納得が行かない様子で「先にチャリ取って待ってるわ」と言い残すと教室を出ていった。
僕も続こうとして、それから少し考えて美奈の方を向き、言った。
「僕達の日常が魔法少女に護られているって事、実感したよ。僕は一緒に戦えないかもしれないけれど…それでも、美奈を支える事は出来る。だから、何かあったらいつでも言ってくれ」
「…ありがとう。私、頑張るから…セイ君の為に、皆の為に魔女と戦うよ」
美奈は嬉しそうに笑った。その笑顔が、何故か儚いものに思えた。
「真奈とキュゥべえも、美奈のサポートよろしくね」
多分、この二人(一人と一匹)の方が僕より力になるかもしれない。
「そりゃ、あたしは姉だからね。美奈を護る為ならなんだってするよ」
「勿論ボクもサポートはするよ」
その言葉に安心した僕は、美奈達に手を振って教室を後にした。
閉めたドアの向こうで、美奈が手を振っていた。
…それが、僕が見た美奈の最後の姿だった。
その数日後、彼女は魔女との戦いで呆気なく命を落としてしまった。
美奈の命を奪った魔女は「子喰いの魔女」という。後に冬天市を恐怖のどん底に陥れる事になる、最悪の魔女だった。