ある少女の物語〜マギアレコード 魔法少女まどか☆マギカ外伝より〜 作:転寝
何もする気が起きずにゴロゴロしていた時、その報せは齎された。
夏休みに入り、友人達と顔を合わせる機会も少なくなった。とはいえ携帯端末でメッセージを送り合う事位はする。だからその時も、誰かが連絡して来たのかな位にしか思わなかった。
端末が振動し、誰かからの着信を告げる。僕は寝転がったまま端末に手を伸ばし、ディスプレイに表示されている名前を見た。慎也からだった。
(遊びの約束かな?)
画面をタップし、通話を開始する。
「もしもし?」
『…セージ』
慎也の声は暗く、重かった。それで直感的に何かあったなと判断した。慎也は単純で元気の塊みたいなヤツだ。こんなに暗い声を演技で出せる様な器用な事は出来ない。
「どうした?何かあったのか?」
『………』
慎也は答えない。答えるのを躊躇っているかのように黙っている。
「…何も無いなら切るぞ?」
僕がそう言うと、慎也はぽつりと呟いた。
『………美奈ちゃんが』
「美奈がどうかしたのか?」
慎也は再び黙る。然し今度は直ぐに「その言葉」を口にした。
―美奈ちゃんが、死んだ。
*
慎也は河川敷に居た。
既に人だかりが出来ており、皆一様に川の方を見つめている。
何かイベントが行われていると思ったのだろうか。まだ小さい少女が最前列へと無理やり移動して、小さな悲鳴を上げた。
僕も最前列に移動し、そして…それを見た。
まるで桃太郎の桃の様に、人間の頭部が川に浮いていた。
そしてそれは…生気を失った美奈の頭だった。
「……あ」
世界が色を喪う。
思考が止まる。
目の前の光景から目が離せない。
理解したくないのに理解してしまう。
だけど僕は自問自答を繰り返す。
なんで。
どうして。
―ドウシテ、美奈ノ頭ガコンナ所ニアルンダ?
…意識が薄れる。
貧血に似た感覚に襲われ、そのまま僕は気を失った。
*
夢を見た。
放課後の教室で、美奈と向き合っているという夢だ。彼女の身体は透けており、表情も淡白なものだった。
美奈、と声を掛けようとしたが声が出ない。ただ椅子に座り、彼女を見詰める事しか出来なかった。
暫くそのままでいると、元々透明だった美奈の身体が更に薄れていった。このままでは、本当に消えてしまう。
行かないでくれと叫びたかった。然し僕の身体は微動だにしない。それが厭で、心中で泣き叫んだ。
なんでこんな事になってしまったんだ?
魔法は、奇跡は…こんなに残酷なものだったのか?
あの時、僕達を守ってくれた美奈は本当に強くて…何処かで、無敵だと思っていた。
でも、違った。魔法少女だって人間なんだ。いつかは死んでしまう。
何故、僕はそれに気付かなかったのだろう?
僕が弱かったから…無力だから、美奈は死んでしまったのか?
僕は…。
…その時、美奈が表情を変えた。今までの淡白な表情から、泣き笑いの様な表情に変わり、彼女は囁くように言った。
―
美奈の姿が消え、それと同時に視界がぼやけて、何もわからなくなった。
*
目を開ける。
慎也と真奈が、僕の顔を覗き込んでいた。
「セージ…」
慎也が安堵したように息を吐き出す。だが、すぐその表情は暗いものに変わり、彼は俯いた。
「美奈ちゃん…なんで…」
慎也の声は震えていた。真奈は青白い顔で、僕を睨み付けている。
僕は何も言えなかった。悲しいという感情はあったが何故か涙が出ない。心中と表層の感情が剥離していた。
「…森岡」
不意に、真奈が口を開いた。
「…何だい」
「ちょいと来な。話したい事がある」
真奈は青白い顔のままそう言うと、フラフラと歩き始めた。
僕は立ち上がり、真奈の後を追いかけた。
*
「アンタは、どうして美奈が白タヌキと契約したか知ってるかい?」
暫く歩いて、人集りから離れた所で真奈が訊いた。
「いや…知らない」
魔法少女である事を最近知ったばかりだったのだ。それにプライベートな事かもしれないし、僕から訊く事はしなかった。
真奈の顔が歪み、怒りを孕んだ声で言った。
「そうかい。なら教えてやろう…アイツが願ったのはアンタだよ森岡」
「…どういう事だ?」
真奈は溜息をついて、それから続ける。
「アイツはね、アンタと付き合いたいって願ったんだ」
「え…」
じゃあ、それはつまり…。
「…こんな事言いたくはないけど、言わないとやってられない」
真奈は一呼吸置いた後、静かに言った。
「アンタが美奈を殺した様なもんだ。アンタさえ居なければ美奈は生きていたかもしれないのに」
真奈が言っている事は理不尽だ、それは分かっている。
なのに…なんで僕はその言葉を否定出来ないんだ?
「アンタにとっちゃ理不尽だろうけど、あたしはそう思ってる。なんで美奈がアンタなんかに惚れたのか分からないし、アンタからしてみればいい迷惑なんだろう」
でも、あたしは許せないんだよ―真奈はぶっきらぼうにそう言った。
そんな。
じゃあ僕は、罪人だったのか?
「僕は…僕が、美奈を…」
力が抜けて、その場に崩れ落ちる。
真奈は僕を見下して、冷たい視線を投げかけた。
「アンタに死ねとは言わない。だけど、何も無しじゃ余りにも美奈が可哀想だ。だから…アンタには絶望を味わってもらう」
それから真奈は大声で、「白タヌキ!いるなら出て来い」と叫んだ。
「ボクはここに居るよ。どうしたんだい?」
直ぐにキュゥべえが現れ、真奈に無機質な視線を向ける。
「あたしを魔法少女にしな」
「それなら、願いを言うといい」
真奈は僕に視線を向けつつ言った。
「コイツに無力感を味あわせたい」
「…キミはその願いでいいのかい?」
「グダグダ訊くなよ白タヌキ。さっさとやりな」
キュゥべえは暫く真奈を見つめた後、頷いた。
「分かった。契約は成立だ」
キュゥべえが耳のような部分を真奈に向かって伸ばす。それは真奈の胸に入り、そこから眩く光る「何か」を取りだした。
「これがソウルジェムだ」
真奈の胸から取り出された「何か」が卵型の宝石に変わり、それと同時に真奈の服装が変わる。
「これでキミの願いは叶えられた」
キュゥべえはそう言うが、僕の身体には何の変化もない。だが真奈は満足そうに頷いた。
「そうか。なら、これで…」
―瞬間、辺りの景色が変化した。
廃墟と化した遊園地。
その中央に鎮座する、メリーゴーランドの化け物…。
「…魔女」
僕は無意識に後ずさる。然し真奈は笑いながら魔女の方へと歩を進めた。
「森岡、アンタには無力感を味わってもらう。それがあたしの、ただひとつの望みだ」
真奈が此方を振り向いて、嗤う。
後ろには魔女が居て、鋭い牙が並んだ口を開けていた。
「真奈―!」
「じゃあね森岡、せいぜい後悔しな」
次の瞬間、
真奈の上半身が、無惨に食いちぎられていた。
「…あ」
それは、余りにも―
「ああああああああぁぁぁ…!」
…絶望的な光景だった。
「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
*
…その後の記憶は曖昧だ。
どうやって魔女から逃げたのか、よく覚えていない。気付いたら河川敷で倒れていた。
美奈と真奈が死んで、僕はまだ生きている。それだけが、確かなものとして存在していた。
魔女を視認する能力を得たのは美奈から感覚を「共有」された時だったが、僕が魔女と関わり始めたのはこの事件が切っ掛けだった。
真奈の「無力感を味わってほしい」という願いは、僕が魔女に付きまとわれ、その度に傷付く魔法少女がいるという事で叶えられた。
それから何度も魔女と遭遇し、その度に魔法少女が傷付き、僕自身も死にかけた。
何度か自殺を試みた事もある。当時はそれくらい精神状態が悪化していたのだ。でも、上手くいかなかった。
あの頃の僕は思い出したくもないほど無力で…どうしようもないヤツだった。美奈と真奈の死から立ち直れずに、ずっと死にたいと思っていた。
…だが、そんな状況は一人の少女との出会いで大きく変わる事になる。
なんで重要なシーンに限って上手く書けないんだ…。