ある少女の物語〜マギアレコード 魔法少女まどか☆マギカ外伝より〜 作:転寝
美奈と真奈が死んだ後、僕は惰性で生きていた。
いつの間にか高校を卒業し、いつの間にか大学に入学し、いつの間にか大学を中退していた。
そのプロセスは曖昧で、気付いたらボロアパートの一室で寝転がっていた。自分がいつこの部屋を借りたのかも、よく覚えていない。最もその真相は大学を辞める時に親と喧嘩して、絶縁されて行く宛てが無くなり、慎也の親戚が経営しているアパートに転がり込んだという、非常に情けない理由だったりするのだが。
兎に角僕は何もする事が無くなり、バイトで生活費を稼ぎながら戯れに小説を書き始めた。成功すれば一発逆転も可能だからという単純な考えから始めた事だったが意外とハマり、一年に数本書いては賞に応募するという事が日常になった。結局賞にはかすりもしなかったけれど、それでも楽しかった。
そんな訳で順調ではないものの、何とか暮らしていく事は出来た。ただ美奈と真奈の事は心の奥底に残っているし、魔女と遭遇して魔法少女に助けられるという事の繰り返しではあったので、非日常から完全に遠ざかった訳では無かった。
そんな日常と非日常を漂う人生にも慣れ、それが「当たり前」になりつつあった時、僕はその少女に出会った。
*
バイトからの帰り道、僕は魔女の結界に引きずり込まれた。
いつものように魔女が襲いかかってきた所で知り合いの魔法少女が到着し、圧倒的な力で魔女をねじ伏せた。傷一つ負わず、当たり前のように魔女を蹂躙した彼女は結界が解除されると何事も無かったかのように去ろうとした。
「ありがとう、水無月君」
僕がそう言うと、魔法少女―水無月霜華は無言で頷き、それから「ジュース奢って」と珍しい事を言った。
「いいけど…珍しいね、君がそういう事を言うなんて」
「…悪い?」
「いやいや、そうは言ってないよ。どれでも好きなものを選ぶといい」
近くの自動販売機でジュースを買い、水無月君に渡す。彼女は「ありがと」とこれまたらしくない礼を言うとさっさと歩いて行った。
「さて…」
帰る前に夕飯の買い物をしなければいけない。一人暮らしだからあまり贅沢は出来ないので基本は自炊だ。買うものを頭の中で整理してから近くのスーパーに向かおうとした時、再び景色が塗り替えられる。
やれやれと僕は思った。まさか一度に二回も魔女の結界に入り込む事になるとは…。
結界内は異臭が立ち込め、血と錆に塗れている。そして宙に浮かぶ銀色の輝き。ナイフの形をした使い魔が、その鋭利な身体で僕を刺し貫かんとしていた。
使い魔が一斉に飛来する。数秒後には僕の身体には針山の如くナイフが刺さっている…筈だった。
「伏せてください!」
そんな声と共に、音符の形をした何かがナイフの使い魔に当たり、動きを止める。
呆然としていた僕の横に、一つの影がふわりと着地する。燕尾服を纏った華奢な少女だった。
「ここは危険です、早く逃げてください!」
少女は僕にそう言うと、使い魔の方を向いて指揮棒を構える。その足は震えていた。
「君は…」
「大丈夫です。わたしが…護ります」
少女はそう言うと、また音符の形をした何かを出現させ、使い魔に飛ばす。今度は何匹かの使い魔がそれを躱し、少女に向かって飛来した。
少女はそれを懸命に躱していくが、時々攻撃が身体を掠るのか表情が歪む。それでも必死に音符で応戦していた。
何度目かの攻防の時に、飛来した使い魔を躱す為、少女は高く跳んだ。だが、それが仇になる。
躱したと思った使い魔が向きを変え、無防備な少女を狙って飛んできたのだ。
「あっ…!」
短い悲鳴を上げる少女の身体に、容赦無くナイフが突き刺さる。その勢いのまま壁に叩き付けられ、少女は吐血しながらズルズルとへたりこんだ。使い魔はまだ刺さったままだ。
「くそっ!」
僕は少女に駆け寄り、使い魔を引き剥がそうとするが上手くいかない。寧ろ動かす事で少女は苦しげに呻き、血を吐いていた。
振り向くと、更に多くの使い魔が少女にトドメを刺そうと此方に切っ先を向けているのが目に入った。
このまま此処に居れば、僕も殺されるだろう。
「…にげ、て…」
少女の声が聞こえる。
…そうだ、逃げてしまえばいい。この少女を犠牲にすれば僕は助かる。
だが…。
「…ダメだ」
美奈の頭部。
真奈の最期。
その二つの光景が僕を此処に留まらせていた。
もう、目の前で人が死ぬのは厭だ。
…なら、やるべき事は一つじゃないか。
僕は少女に覆い被さる。
瞬間、背中に熱い感触。
遅れて激痛がやってくる。
僕は悲鳴を上げ、だらしなく倒れる。
ああ、死ぬんだな。
でも、少女はまだ生きている。
それでいいじゃないか…。
最後に見たのは、驚いた顔で此方を見る少女だった。
そして、
*
…もう二度と目覚めないと思っていたのに、僕は生きていた。
意識を取り戻して真っ先に見えたのは白い天井。身体は治療されており、清潔感溢れるその部屋から、此処が病院だと判断した。
身体を起こすと痛みが走り、呻きながら倒れ込む。生きてはいるが、やはり重傷だったらしい。
…そういえば、あの少女はどうなったのだろう。無事なのだろうか…。
最悪の結末が思い浮かび、心臓が早鐘を打つ。
その時、病室のドアがノックされた。
どうぞと言うと、ドアがスライドして一人の女性が入ってきた。
「森岡くん…目、覚めたんだね」
「…日向」
女性…日向美雪は、よかったと言って安心した様に笑った。
彼女は大学の同級生で、魔法少女でもある。最も、退学した僕と違って既に卒業しており、今は社会人と魔法少女という二足の草鞋を履いているようだった。
「もしかして、君が…?」
「うん。たまたま通りがかったら倒れてるんだもん。びっくりしたよ」
魔法少女は高校生くらいまでがピークらしく、それ以降は魔力が衰えていくとの事だったが日向は未だ一線に立ち続けている。それ程の実力者なのだ。
「ありがとう。助かったよ…そういえば、僕の他にあともう一人魔法少女が居なかったかい?」
「居たよ。でも私が来た時には傷も殆ど塞がってて…一応病院には連れてきたけど」
よかった…彼女は生きていたのか。
「呼んでこようか?」
「…いや、大丈夫。無事ならそれでいいよ」
「そっか」
日向は微笑んだ。僕の過去も知っているし、何か思う所もあったのだろう。
それから少しの間、僕達は談笑していた。
*
暫くして、またドアがノックされた。
「どうぞー」
僕が言うと、ドアが開く。その向こうに立っていたのは、結界の中で会った魔法少女だった。僕の顔を見ると安堵した様に息をついて、それからくしゃりと表情を歪める。
「あ、あの…わたし…」
「無事だったんだね。よかった…」
少女は目を見開いた。怒られると思っていたのかもしれない。でも、僕にそんな事をする資格は無い。
「…すいません、わたしの所為で…」
少女は俯く。僕は首を振った。
「なんで謝るのさ。君は何も悪くないよ」
「でも…わたしが使い魔を倒せていれば…」
少女は自分を責めるように言う。握り締めた拳は白くなっており、目からは涙がこぼれそうだった。
「ミスをしちゃいけないのに…ミスをしたら誰かが傷付くのに…」
少女の声が震える。あまりにも弱々しいその姿を、僕は見ていられなかった。
「…君は、魔法少女になったばかりかい?」
訊くと、少女はこくりと頷く。
「そうか…こんな事を言っても慰めにはならないかもしれないけど…魔法少女になりたてならそういった事があっても無理はないと思うよ。それに僕は助けられた身だ。何故文句を言う必要があるんだい?」
「ちょっと森岡くん…」
日向が呆れたように僕を見て、それから少女に言う。
「確かに、なりたての子は色々大変だと思うし救おうと差し伸べた手が届かない事だってあるかもしれない。でも、経験を積めば手は届くよ」
寧ろ、自ら進んで助けようとした事を誇るべきだよ―そう彼女は言った。
「…まあ、そういうことだね」
言いたい事を全て日向に言われてしまったが、魔法少女同士ではないと通じない言葉もあるのだろう。
「…とにかく、僕も君も生きてる。それでいいじゃないか」
僕が言うと、少女は躊躇いがちに、小さく呟いた。
「…なんで」
「ん?」
「なんで、そんなに……!」
後の方は言葉にならず、泣き声になっていた。それを見て僕は確信した。
少女は怒られる事を覚悟していたのだ。お前の所為でこうなったと、罵倒されると思っていたのだ。
だけど、誰も彼女を責めなかった。
だからそれに戸惑って、感情が溢れ出たのだ。
それが分かっていたから、僕も日向も何も言わなかった。
病室に少女の泣き声が響いた。
*
やがて、泣き止んだ少女は「すみません…」と言って顔を上げた。その表情はすっかり落ち着いていた。
「ん、別に構わないよ。それより怪我は大丈夫なのかい?」
「もう大丈夫です。えっと…」
「森岡誠司」
「日向美雪です。よろしくね」
「…ありがとうございます。森岡さん、日向さん」
「僕は何もしてないよ」
少女は微笑んだ。暗い顔より、そちらの方がずっと様になっていると思った。
「でも、わたしは森岡さんと日向さんの言葉に救われました」
それから真剣な表情になって、
「森岡さんがこうなったのはわたしの責任です。治療代はわたしが払います」
僕はちょっと呆れた。なんというか、真面目な子だ。
「別にいいよ、そんなの…」
「でも…」
「…じゃあ、名前を教えてくれないか?それでチャラだ」
「えっ」
少女は吃驚したように声を上げた。意図が読めないといった様子だが意図なんて無い。何となくだ。
「お金の問題とか面倒臭いから嫌いなんだ。自分の始末くらい自分でするよ。だから、これでいいだろ?」
変わってるねぇと日向が言った。僕は彼女を睨んでから、少女に向き直る。
少女は暫く戸惑っていたが、「…森岡さんがそれでいいなら」と申し訳なさそうに言った。
「よし。で、名前は?」
少女は名乗った。
「わたしは…琴音咲っていいます」
これが。
僕と琴音君の、出会いだった。
なんで重要なシーンに限って(ry)
過去編は残り二話くらいを予定しています。