ある少女の物語〜マギアレコード 魔法少女まどか☆マギカ外伝より〜 作:転寝
―二日前、神浜市
琴音咲は環いろは達と共に家路についていた。通い慣れた道を、気心知れた友人達と共に帰る…いつもの日常の光景だ。
然し、そんな日常が些細な出来事をきっかけとして一瞬で崩れ去る事もある。そしてそれがいつ起こるかは、誰にも分からない。日常とは、そのくらい脆く儚いものなのだ。
会話をしながら歩いている最中、咲のポケットで携帯端末が振動した。
「電話?」
「みたい。ちょっとごめんね」
咲は端末を取り出し、ディスプレイに表示された名前を見る。
「…未来ちゃん?」
ディスプレイに表示された名前は、凪坂未来。彼女が電話してくるのは本当に珍しい。いつもは咲の母親である琴音麻紀と電話して、咲に用事があった時は代わるという形だったからだ。
「もしも…」
『咲か?ちょっと聞きたい事があるんだが』
挨拶をする前に一方的に喋られて、咲は苦笑する。人の話を聞かずに自分の要件だけを話そうとする癖は相変わらずだ。
「どうしたの?」
『あー…その、変な事を聞くようで悪いんだが…詩季がそっちに来てないか?』
「詩季ちゃんが?」
詩季というのは、未来の娘である。咲にとっては従姉妹にあたり、冬天市に居た時はよく一緒に遊んだ。
「…うーん、来てないと思うよ?もしそうならお母さんから連絡があるし…」
詩季はまだ小学生だ。確かいろはの妹である環ういと同じく、5年生の筈である。乗り換え等を駆使して神浜まで行く事は出来なくはないだろうが、流石に一人では来ないだろう。
『そうか…』
未来は黙り込んだ。これもとても珍しい事で、咲は少し驚く。
「…何か、あったの?」
『…いや、大した事じゃない。アンタが気にする必要はないよ』
いきなり悪かったね―そう言って、未来は通話を切った。
「どうしたの?」
いろはが訊く。咲は首を傾げて、携帯端末をポケットにしまった。
*
「…でさ、その時レナがさ…!」
「もう!ももこ、それは言わない約束だったでしょ!?」
「ふゆぅ…レナちゃん落ち着いてよ…」
「あはは…」
十咎ももこ、水波レナ、秋野かえでがいつものようにはしゃぎまわっているのを見て、いろはと咲が苦笑する。そんな感じで下校していた時、再び咲のポケットで携帯端末が振動した。
(未来ちゃんからかな…?)
咲が確認すると、ディスプレイには意外な人物の名前が表示されていた。
「安藤くん…!?」
ある意味未来より珍しい名前を目にして、咲は小さく声を上げる。どうしたのだろうと思い通話を開始すると、直ぐに安藤の声が聞こえて来た。
『今朝のニュースは見たか?』
安藤は未来同様、挨拶もなしにいきなり本題に入った。どうやら咲の周りにはせっかちな人間が多いようである。
「いや、見てないけれど…何かあったの?」
今日の朝はバタバタしていたのでニュースを見る暇は無かった。だが安藤がわざわざ連絡してきたくらいだ。何かあったのだろう。
安藤は短い沈黙の後、ボソリと言った。
『…小鳥遊が殺された』
「えっ…」
咲はいきなりの事に頭が真っ白になった。小鳥遊浩平が殺された?何故?誰に?
『……それだけだ』
安藤は素っ気なく言って通話を切ろうとした。咲は我に返り、掠れた声で訊く。
「こ、殺されたって…誰に?」
『判らない。ただ…殺したのは反町の時と同じヤツだろうな』
反町渚…安藤と小鳥遊の友人で、魔法少女だった筈だ。彼女は魔女に殺され、その死体は…。
「…もしかして、頭だけが残っていたの?」
『ああ』
渚の死体は、頭部のみが発見された。なんでもその魔女は頭部だけを喰わずに捨てる習性があるらしい。
つまり―。
(子喰いの魔女に殺されたって事…?)
咲は遭遇した事が無いが、冬天市には定期的に「子喰いの魔女」という魔女が現れるという。読んで字のごとく子供を結界に引き摺りこみ、頭部だけを残して喰い殺すという危険極まりない魔女だ。残された頭部を手掛かりに警察が捜査しているが当然犯人が見つかる訳もなく、変死事件として扱われているという。
『…琴音先輩』
不意に、安藤が咲を呼んだ。
『アンタ、何か知らないか?』
「………」
咲は黙りこんだ。魔女の事を明かしても笑われるのがオチだろうと思っての事であった。
『…無いなら無いでいい。用事は済んだ』
安藤はそう言うと、通話を切った。
咲は齎された事実の大きさに、ただ途方に暮れる事しか出来なかった。
*
気付くと、自宅の前に立っていた。どうやって帰ってきたのか全く覚えていない。いろは達の姿は当然の事ながら見えなかったし、彼女達とどんな話をしたのかという事も記憶に無い。それ程までにぼんやりとしていたのだろう。
ドアを開けると、玄関に母親―琴音麻紀が居た。咲の姿を見ると安堵したように「お帰り」と言う。
「ただいま。ねえ、お母さん…」
「未来から連絡があったのね?お母さんもさっき聞いたけれど、詩季ちゃんがいなくなったって…」
「…うん。神浜に来てないかって言われたけれど…詩季ちゃんが来れるはずがないよね」
「そうね…ねえ、咲」
「なあに?」
「…お母さん、今から冬天市に行くわ。お父さんも仕事が終わったら向かうって言ってたし…咲は家で待っていなさい。おじいちゃん達が居るから心配はいらないわ」
「なら、わたしも一緒に…!」
麻紀は首を振った。
「あそこは今危険なのよ。咲も知ってると思うけど、また子供が居なくなり始めている…咲まで居なくなったら…」
麻紀は嫌な想像をしたのか、少し眉を顰めた。咲は子供が居なくなっている原因を知っているが、麻紀に話したところで信じて貰える訳がない。
だが、
「わたしは行かなくちゃならないんだ…詩季ちゃんの事も心配だし、それに…」
咲は小鳥遊が殺された事を話した。麻紀はそれを聞いて、なら尚更行くべきじゃないわと強い口調で言った。
「お母さん、お願い…!詩季ちゃんが居なくなったのに、普通に過ごすなんて出来ないよ!小鳥遊くんの事だって気がかりだし…ここで行かなかったら絶対後悔する!」
「咲…」
麻紀は黙り込んだ。その時、咲の背後から新たな声が割り込んだ。
「麻紀、咲も連れていくべきだよ」
「お父さん…冬天市に向かってるはずじゃ」
いつの間にか玄関に現れた男性―琴音
「咲は小さい子供じゃない。自分のことくらい自分で出来るさ。なんなら僕よりしっかりしているくらいだからね」
「でも…」
「お母さん、お願い…!」
二人に言われた麻紀は暫く迷っていたようだったが、やがて渋々といった様子で頷いた。
「…分かったわ。でも、危険な事はしないこと!」
「うん!ありがとうお母さん!」
「じゃあ、三十分後に出発しよう」
隆の言葉に、三人は各々の準備を始めた。
*
出発する前に、冬天市に行くという事をいろはに伝えた。咲は神浜マギアユニオンの一員であり、神浜から出る事をユニオンの代表であるいろはに伝えた方がいいと思っての事だった。
いろはからは直ぐにリプライがあった。
『まだ出発しない?』
まだ時間はあるが、どうしてそんな事を訊くのだろう。咲がリプライを返すと、五分後に玄関のチャイムが鳴った。慌てて外に出ると、息を切らしたいろはが立っていた。
「どうしたの?」
咲が驚いて訊くと、いろはは息を整えながら咲に何かを渡した。
「グリーフシード…?」
「市外に行く魔法少女にグリーフシードを渡してるんだ。連絡してくれた子だけになっちゃうけど…」
神浜の外には自動浄化システムはないからねと言っていろはは心配そうな顔をした。
「帰る時にぼんやりしてたから心配してたけど…従姉妹が居なくなったの?」
「うん。もしかしたら魔女に襲われた可能性もあるから…」
「そっか…気を付けてね」
いろははそう言って、不安そうに咲を見た。
「大丈夫だよ、いろはちゃん。グリーフシードもあるし、わたしは大丈夫」
咲は笑顔でいろはを見た。
いろははまだ不安そうだったが、それでもぎごちない笑みを浮かべた。
琴音家から帰る途中、いろははずっともやもやした気持ちを抱えていた。
根拠のない、直ぐ吹き飛ばせるような感情―然しそれはいつまでもいろはの心中に居座っている。
どうしてそう思ったのかは分からない。
多分、理由も根拠もない。
だが、どうやってもひとつの考えが頭から離れない。
信じたくないし、信じるつもりもないのに。
…何故、もう二度と咲に会えないというような予感がするのだろう。
いろはは何気なく下を見る。
足元で一輪の花が、無惨に踏み潰されているのに気付いた。
自分が踏み潰したのではない。だが、その花を見た時、心中に居座る不安は益々増大した。
咲もこうなってしまうかもしれない―そう思い、いろはは暫し自失した。
いろはやももこ達は後々活躍します。