ある少女の物語〜マギアレコード 魔法少女まどか☆マギカ外伝より〜 作:転寝
―同時刻、冬天市
安藤樹は宛もなく町をさまよっていた。
友人である小鳥遊浩平が殺されて、心中は穏やかではないがその表情はいつもと変わらない。悲しい気持ちはあるがどうやら自分は感情表現が苦手なようで、上手く顔に出すことが出来ない。
一人で、どこに行く宛てもなく足を動かす。いつもなら隣には小鳥遊が居て、頼んでもいないのに話しかけてくるのだが―彼はもう居ないのだ。
安藤は昔から人付き合いが苦手で、友達もあまり居なかった。自分では普通にしているつもりなのだが、自分が話すと皆つまらなさそうな表情をして離れていく。要は口下手なのだ。
たった二人の同級生だけが、そんな自分と一緒に居てくれた。小鳥遊浩平と反町渚…何故かは良く覚えていないが、気付いたら隣には彼らが居た。だけどそれが当たり前になってきた頃、渚が何者かに殺害され、その後小鳥遊も死んでしまった。
おれは、やはり一人の方がいいのだろうか…そんな事を考える。二人が死んだ事が安藤の所為ではない事は判っているが、それでもそう思ってしまう。
自然と溜息が零れる。空虚な気持ちを抱えつつ安藤がふらふらと彷徨していた時、すれ違った人の会話が耳に入った。
「…………頭部………死んだって」
「……魔女………現れた」
安藤は振り向いた。
今すれ違ったヤツが話していたのは、小鳥遊の事ではないか?そう判断する前に安藤の身体は自然に動き、すれ違った人物―青年と女性に声を掛けていた。
「…アンタら、何か知ってるのか?」
青年が訝しげに振り向く。
「君は…?」
「『頭部』と『死んだ』って言葉が聞こえた。アンタら、今朝のニュースの事について何か知ってるのか?」
「………もしかして、君は」
「死んだヤツの…小鳥遊浩平の、友達だ」
青年はハッとなり、女性の方をちらりと見た。女性は考え込む様な素振りを見せた後、青年に向かって小さく頷いた。
「…………多分、真実を知ったとしても君は信じないと思う」
「それでもいい。教えてくれ」
青年は難しい顔になって、仕方ないかと呟いた。
「分かった。僕達が知っている事を教えよう…僕は森岡誠司。小説家志望の一般人だ。こっちが…」
「日向美雪です。よろしくね」
「安藤樹だ」
青年―森岡誠司と女性―日向美雪に倣い、安藤も自己紹介をした。それから頭に浮かんだ疑問を二人にぶつける。
「まずはっきりさせておきたいんだが…小鳥遊は、殺されたんだよな?」
小鳥遊の遺体は頭部のみが発見された。それはつまり、死ぬ際に頭部が身体から切り離されたという事だ。自殺にしては手間のかかる死に方だと安藤は思っていた。だからこそ先程電話を掛けた相手に「小鳥遊が殺された」と言ったのだが…勿論、根拠はない。
「…小鳥遊君は殺された、それは確かだよ。ただ…」
「ただ?」
「殺したヤツが問題なんだ」
「どういう事だ?」
森岡はそこで黙った。言いたくないというより、どう伝えようか迷っている様な様子だった。それを見かねたのか、美雪が後を引き継ぐようにして話し始める。
「えっと…ここからが本題なんだけど、実はね…」
そして、安藤は真実を知る事になる。
*
「…つまり小鳥遊は魔女というバケモノに殺されて、アンタらはソイツと戦う為に行動していると」
「…そういう事だよ。信じて貰えないかもしれないけれど…」
「いや、信じる」
確かに現実離れした話ではあるが、そういうものが居ても可笑しくはないだろう。現に小鳥遊は殺されているのだし、美雪や森岡が嘘を言っているとは思えなかった。
それよりも、話を聞いてもう一つ思い浮かぶ事があった。
「…その『子喰いの魔女』ってのは、喰ったヤツの頭部だけを残すんだよな?」
「ああ、今までの犠牲者は全て頭部だけが見つかっている」
「そうか…じゃあ、反町もソイツに…」
「反町?」
「…小鳥遊と同じように、頭部だけが発見されたヤツだ」
森岡はそれを聞いて少し考えた後、安藤に訊いた。
「…その子、いつ見つかった?」
安藤が日付を言うと、森岡は美雪と顔を見合わせた。
「その子…もしかしたら魔法少女かもしれない」
「反町が…?」
安藤は驚いた。反町渚という少女は穏やかで誰にでも優しいという、まさに理想の女の子といった感じの少女で、戦闘といった行為とは程遠い存在だった。それ故に彼女が魔法少女だと言われてもなんだかピンと来ない。
「まあ、確証は無いけどね。遺体が見つかった時期から推測しただけだし…」
森岡はそう言うが、それが本当だとしたらその魔女は安藤が斃すべき「敵」だ。
「…ソイツには、どうやったら会える?」
「会うって…敵討ちでもするつもりかい?」
無理だよと森岡は首を振った。
「魔法少女でもないただの人間が、魔女に挑もうとするなんて…」
「アンタもただの人間だろう。それに…」
美雪の方を見て、考えていた事を口に出す。
「魔法少女は、武器に魔力を付与して強化する事ができるんだろう?なら、同じ要領で人間も強化出来る筈だ」
「それは…そうだけど」
「危険だよ。私達だって命懸けでやっている事だし、もし何かあったら…」
強い口調で言う美雪を制し、安藤は低い声で言った。
「もう、良いんだ。アイツらが居ないなら…おれが生きている理由なんてない。最後に友達の敵討ちをするってのも悪くないさ」
「どうしてそんな事を…」
「…………」
安藤は答えなかった。言っても理解してくれないと思ったからだ。元々生に執着する事なんて無かったし、誰からも期待されず、必要とされない人生を送ってきた。つまるところ、自分が死んだとしても家族以外は誰も哀しまないのだ。その家族だって自分を疎ましく思っている節があったようなので暫くすれば自分の事など忘れるだろう。
ならば―自分と一緒に居てくれた友達の為に戦うのは、必然と言える事では無いか。
森岡と美雪が何を言おうと、引くつもりは無かった。
「別に止めなくていいよ。おれとアンタらは他人同士だ。明日にはお互いの事なんて忘れている」
安藤は情報ありがとうと言ってから踵を返そうとした。その背中に、諦めた様な声が掛かる。
「私はそう割り切れるような人間じゃないんだ。…君がそれでいいなら協力するよ」
美雪がため息をついて言った言葉に、安藤は振り向く。美雪は呆れた様な表情のまま続ける。
「多分、私も今回で魔法少女引退になるだろうし、あの魔女に殺される可能性だってある。だから護るとは言えないよ」
「…アンタがそれでいいなら」
美雪は微笑んで頷いた。その光景を森岡が珍しいものを見る様な目をして眺める。
「珍しいじゃないか。いつもの日向なら全力で止めるのに」
「本当に覚悟を決めた人間って、そう簡単に止められないし止まらないんだよ。私はそのサポートをするだけ」
「あそう…ま、彼が本気なのは良く分かるけどね。とりあえず日向、魔女が見えるようにしてやったらどうだい」
「そうだね。じゃあ安藤くん。今から君に魔法を掛けるからじっとしていてくれるかな」
安藤が頷くと美雪はその目を確りと見る。彼女の目は澄んでいて、吸い込まれそうだった。
「じゃあ、いくよ」
美雪の目が。
安藤の目を。
深く。
見て。
観て。
視た。
「…はい、おしまい」
その声と共に、ぼんやりしていた意識が元に戻る。別段変化は無かったが、どうやら成功した様だった。
「何をしたんだ?」
「私の『魔女を見る』という機能を君に渡したんだ。これで君も魔女や使い魔が見えるはずだよ」
「…渡したって、それじゃあアンタが見えなくなるじゃないか」
「渡したっていうと語弊があるかな。その機能を共有したというか…無意識にやってるから説明が難しいんだけどね」
兎に角、見える様にはなってるから大丈夫だよと美雪は言った。
「…じゃあ、作戦会議でもするかい?といっても人数が少な過ぎるから作戦らしい作戦も立てられな……ん?」
森岡が急に言葉を切り、ポケットから携帯端末を取り出して画面を眺める。その表情が驚いたものに変わり、凄い勢いで端末を操作し始める。美雪と安藤はそれを呆然として見ていた。
やがて何らかの作業を終えた森岡は端末をポケットにしまい、不安そうな表情になった。
「どうしたの?」
「琴音君がこっちに来るらしい。何でも、後輩が殺されて、従姉妹が居なくなったとか…」
「うーん…心配は要らないと思うけど。咲ちゃんだって魔法少女だし、あの魔女に遭遇したとしてもそう簡単に負けるはずがないよ」
「だといいけど…とりあえず今日は遅いから、明日話を聞く事にした」
「それがいいよ…ねえ、もしかして咲ちゃんは…」
「ああ。多分後輩と従姉妹が子喰いの魔女に遭ったと思ってるんだろうね。じゃなきゃこんな所まで来る筈が無い」
森岡は難しい顔になった。安藤は二人の会話に思い当たる節があったので彼に話しかけた。
「琴音咲って…ソイツも魔法少女なのか?」
「そうだけど…琴音君を知っているのかい?」
安藤は自分と小鳥遊、そして渚が咲の後輩である事を話した。それを聞いて森岡は納得したようだった。
「…なるほど、世間って狭いもんだね」
或いは、これも必然ってヤツなのかな―森岡はそう呟いてから腕時計を見て、二人に言った。
「もうそろそろ遅い時間だし、明日また会うことにしていいかい?」
「おれは大丈夫だ」
「私も…明日は休みだし、余程の事が無い限りは大丈夫かな」
「そうか。じゃあ明日、琴音君も交えて話をしよう」
その言葉で場はお開きとなり、彼らはそれぞれ別の方向へと向かっていく…直前で安藤が美雪に訊いた。
「そういえば…アンタはどうして魔法少女になったんだ?」
美雪は振り返り、少し考える素振りを見せた後に答えた。
「君と同じだよ。子喰いの魔女に大切な人を殺されたの」
その顔には笑みが浮かんでいたが、心無しか、先程までのものより冷たく、凄みがあるように感じられた。
安藤はそうかと頷き、振り返る事無く家路を辿っていった。