ある少女の物語〜マギアレコード 魔法少女まどか☆マギカ外伝より〜 作:転寝
美雪が子喰いの魔女に向けて疾駆する。
その道中に使い魔が立ち塞がるが、美雪は使い魔を文字通り一蹴して尚も進み続けた。
だが、使い魔はわらわらと溢れてくる。醜悪な見た目をした着ぐるみが鉈やらナイフやらを持って向かってくるのだ。何処ぞのB級ホラー小説を地で行っている。
恐怖の具現化とも言うべき存在に、然し美雪は怖がる様な素振り一つ見せず対応した。
両手に握られた拳銃を使い魔に向ける。自動式拳銃を模してはいるが普通の拳銃とは訳が違う。そもそも発射するのは銃弾では無い。自分の魔力を銃弾の形にして発射するのだ。
ろくに狙いも定めずに、走りながら連射する。敵の数が多いので面白い様に当たった。撃たれた使い魔は血の代わりに綿を噴出させながら倒れ、朽ちて消えていく。この使い魔はあまり強くなく、やろうと思えば一般人でも対処出来る程度のものだ。単に数が多いだけの話である。
問題は魔女そのものだ。気付くと、美雪は魔女の前に居た。否―魔女が美雪の前に居たのだ。魔女の見た目はメリーゴーランドそのものだが、本来なら馬を模した座席が有る所には鋭い牙が無数に生えている。あんなものに噛み砕かれたら一溜りも無い。
魔女は突進し、その勢いで美雪を飲み込もうとする。本来なら子供以外は捕食しないのだが、自分の縄張りを荒らされたなら話は別なのだろう。
美雪は迫り来る鋭い牙を躱し、魔女の口目掛けて銃弾を撃ち込む。だが魔女が堪えた様子は無い。それどころか益々怒ったようで、何度も牙を噛み合せながら突進してくる。いつしか美雪は防戦一方となっていた。
これは厄介だなと彼女は思う。以前「日向は子喰いの魔女に対処出来る」なんて事を森岡に言われたが、自分の魔力は年々衰えており、以前程の力は出せない。このままでは先に魔力が尽きてパクリとやられてしまう。
チャージした魔力を撃ち込めばいけるかと考え、後退しながら魔力を溜め始める。襲いかかってくる使い魔を蹴り飛ばし、魔女の牙を躱しながら溜めているので集中出来ず、思う様に堪らない。
そういえば、咲達はどうなっているのだろう。ちらりと視線を向けて、美雪は驚いた。
咲が魔法少女姿に変身して戦っているのは予想していたが…まさか安藤まで戦っているとは思わなかった。彼は何処かから拾ってきたらしい鉄パイプを振り回して使い魔を退けている。森岡は意識を失ったままの詩季を庇うようにして、使い魔から奪ったらしき鉈を構えている。状況はあまり良くなさそうだ。美雪は自分一人で突っ込んでいった事を後悔した。
そうこうしているうちに魔力が溜まった。美雪は後退する事を止め、敢えて魔女へと突っ込んでいく。
獲物が自分から飛び込んで来た事を理解した魔女が大きく口を開け、美雪を噛み砕かんとした瞬間―その口に銃を突っ込み、溜めていた魔力を解放した。
「――――――――!?」
口内で魔力が爆ぜ、魔女は声にならない悲鳴を上げながら吹っ飛んでいく。
美雪は追撃する様な事はせず、使い魔を蹴散らしながら咲達の方へと向かった。
今は、この結界から脱出する事が先決だ。
*
咆哮にも似た悲鳴が聞こえ、咲はびくりと身を竦ませた。美雪が魔女と戦っている事は分かっているがそちらを気にする余裕が無いため、どうなっているかは分からない。だが魔女が悲鳴を上げているという事は美雪が優勢なのだろう。そう信じて自分の敵を見据える。
目の前には醜悪な見た目をした着ぐるみ―子喰いの魔女の使い魔が何体も居る。それらが振り下ろす刃物を躱しつつ、魔力弾を撃ち込む。
幸い、使い魔はあまり強くなかった。数が多いだけだ。やろうと思えば一般人でも戦えるのだろう。というか自分の横では一般人―安藤樹が使い魔を次々に倒しているのだから対処可能なのだ。
美雪が魔女に突撃してすぐ、咲達は使い魔に囲まれた。使い魔は何体もいるが魔法少女は咲一人だ。自分がやるしかないと思い、魔法少女姿に変身する―直前に安藤が使い魔に突進した。
「安藤くん!?」
一般人である彼が使い魔と戦おうなど、無謀もいいところだ。だが安藤は使い魔の攻撃を器用に捌きつつ何処かから拾ってきたらしい鉄パイプでその頭を打ち付けた。綿と布で出来た頭はそれに耐えられず、胴体からぽろりと落ちて使い魔は活動を停止した。
安藤は直ぐに二体目に掛かろうとする。流石にこのままではいけないと思い、咲は安藤を呼び止めた。
「鉄パイプを貸して。魔法で強化するから」
安藤は素直に鉄パイプを渡す。咲はそれに魔力を込めた。気休めにしかならないだろうがないよりかはマシだ。
鉄パイプだけでは不安なので安藤にもちょっとした魔法を掛ける。そして強化し終えた鉄パイプを渡すと、安藤はまた使い魔へと突っ込んでいった。
森岡の方を見ると、彼は意識を失ったままの詩季を背負っていた。美雪が突撃する前、彼に任せたのだろう。咲の視線に気付いたらのか森岡は「この子は僕に任せて」と言った。
「大丈夫ですか?」
「ああ、この子を庇うくらいは出来る。君は安藤君をサポートしてやってくれ」
咲の脳裏には、初めて森岡と出会った時の事が浮かんでいた。自分を庇い、使い魔の攻撃を受けた森岡…あんな事はもう厭だ。
だから…咲は言った。
「わたしは…森岡さんと詩季ちゃんも護ります」
自分に出来る事をやる…それでは駄目だ。ここに居る全員を、自分が護らなければ。
咲は森岡に向かって指揮棒を振る。すると数個の魔力弾が彼の周りに浮かんだ。
「これは…」
「なんというか、防御システムみたいなものです。数が多ければ使い物にならないかもしれませんが…ないよりはましだと思います」
自分の戦い方を考えて、生み出した技術だ。安藤にもこの魔法を掛けておいた。
「じゃあ…詩季ちゃんの事、よろしくお願いします」
「ああ」
咲は近くまで来ていた使い魔に魔力弾を放った。使い魔の方も新しい敵に反応したのか、咲の方に押し寄せてくる。
咲は指揮棒を構え、それを迎撃した。
戦闘が始まって十数分、未だに敵が減る気配はない。既に何体もの使い魔を倒したが、倒した数だけ出てくるのだから厄介だ。
安藤の方を見ると、咲が掛けた魔法をフル活用しながら次々に使い魔を倒していた。普段は無口な印象があっただけに、その暴れっぷりは別人のようだ。
次いで森岡を見る。彼はいつの間にか鉈を持っていた。詩季を庇うようにして使い魔の攻撃を受けているが、その尽くを魔力弾がガードしている。使い魔の攻撃対象が安藤と咲の方に集中しており、森岡の方にはあまり来ていないという事も大きいだろう。
だが―このままではまずい。今は何とか耐えているが、いずれ使い魔に殺されてしまうのは明白だった。
それに、ここは神浜市では無い。つまり、魔女化する危険があるという事だ。既に自分のソウルジェムは濁り始めているだろう。魔女化するのも、時間の問題かもしれない。
咲の内心で焦燥感が生まれる。そして―その時を待っていたかのように森岡と安藤に掛けた魔法が効力を失った。
(……!)
時間切れ。
自分一人ならどうにかなる状況でも、一般人である彼らはその限りでは無い。
確実に、殺される。
視界の隅で、安藤がバランスを崩した。
森岡が詩季を庇うように抱きかかえる。
間に合わない。
一瞬の後、二人は―。
「大丈夫だよ」
声と同時に、破裂音。
彼らに迫っていた使い魔がまとめて吹き飛ばされた。
美雪が戻ってきたのだ。彼女は残った使い魔に発砲し、瞬く間に倒してしまった。
「ごめん、もっと周りを見るべきだった…」
「いや、助かったよ日向。それに君は―恋人をアイツに殺されてるんだ。突っ込んでいったとしても無理はないさ」
「…そんな事より、魔女はどうした」
安藤が美雪に訊いた。
「ダウンさせてきたよ。多分暫くは動かないと思うけどあの魔女タフだからなぁ…あれぐらいじゃ倒れないかも」
「まあ、暫く動かないなら今のうちに逃げよう。流石に状況が悪過ぎる」
「そうだね…結界の出口って何処だろう」
「…多分あれだと思います」
咲が指差した先に、結界の出口があった。今いる位置からは少々遠いが、走って行けば問題は無いだろう。
「あれかぁ…みんな走れる?」
「僕は大丈夫だよ」
「森岡さん、詩季ちゃんはわたしが背負います…あ、わたしも大丈夫です」
「安藤くんは?」
安藤は無言で頷いた。「大丈夫」という意思表示だろう。
「じゃあ行こうか…道中の使い魔は私が倒すから、皆は全力で走って」
「…了解」
美雪は銃を構え、走り出す。咲達はそれを追いかけた。
美雪は道中の使い魔を正確に撃ち抜いていく。走りながらの射撃だが動きにブレはない。だから咲達は全力で走るだけで良かった。
あっという間に結界の出口に辿り着く。全員が無事である事を確認し、美雪が結界を出ようとした時―開かれた出口から、何かが飛び出す。それは―化け物のようなバイクだった。
驚いて停止する美雪の鼻先を掠めるようにして通り過ぎたバイクは真っ直ぐに魔女の方へと向かっていき…まだ動けない魔女を轢いた。
脱出する事を忘れて、それを呆然と見ていると、再び結界の外から何かが入ってきた。今度は二つの人影だった。両方黒いローブを羽織っている。
一人がフードを上げ、呟いた。
「ここが子喰いの魔女の結界か…って、アンタは…」
「…夏々子ちゃん、どうしてここに?」
フードを上げた人影の顔を見て、咲が驚いたように声を上げた。
「そりゃ、魔女を倒すためだよ」
人影―生方夏々子はなんでもない様に言った。その台詞をもう一人が訂正する。
「…違う、魔女を支配する為だ」
その声に、咲はビクリと肩を震わせた。
「…その声、まさか…」
「………アンタも来ていたのか」
人影はつまらなさそうに呟き、フードを上げた。
咲は震える声でその名前を呼んだ。
「…秕ちゃん」
人影―吹綿秕はニヤリと笑い、呟いた。
「丁度いいや、これであたしの目的が二つ達成される」
秕は咲達の顔を一人ずつ見渡し、満足げな顔で頷く。
そして、恐い声音でこう言った。
「…とりあえず、アンタらは邪魔だから全員殺す事にするよ」