ある少女の物語〜マギアレコード 魔法少女まどか☆マギカ外伝より〜   作:転寝

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偽善者

 一瞬にして二人が倒れた。

 その身体から流れ落ちる赤い色が網膜に焼き付いていて、目を瞑っても消えない。

 二人を害した張本人は、ダガーにこびりついた血を振り落とし、悪意のある目で自分を見る。

「…アンタの所為だよ、咲」

 コイツらは、アンタの所為でこうなったんだ―秕はそう言って、悦びに満ちた笑みを浮かべた。

 咲はそれに答える事すら出来なかった。

 ただ、目の前の惨状に呆然とし、思考を停止させているだけだった。

 それは森岡も同じ様で、彼も魂が抜かれたかの様にその場に佇むだけだ。詩季を背負ってはいるが、その存在すら今は忘れている様だった。

 秕はそんな二人を愉しげに見た後、森岡の方に視線を移して言った。

「…次は、ソイツらだな」

 その言葉に、咲の思考が再び動き出し、口からは弱々しい言葉が出た。

「…やめて」

「あ?」

「…もう、やめて…」

 上げた顔から、ポロポロと涙が零れ落ちる。

 それを見て、秕は―。

 

「…アハハハハハハハハハハハハハハッ!」

 

 嘲笑う様に笑った。

「最高だよ!あんなヤツらの為にアンタがそこまでするなんて!最高に………胸糞悪い!」

 秕は咲に近付くと、その髪を掴んで引っ張った。その表情は先程までのものとは違い、憤怒に満ちていた。

「アンタさぁ、偽善者でしょ…皆にいい顔したいだけでしょ…?そうなんだろッ!」

 言うなり、秕は咲の腹に膝蹴りを喰らわせた。

「かはっ……」

「あたしを助けなかったアンタが、どの面下げて『もうやめて…』なんて言ってるんだよ!見殺しにしちまえよ!出来るだろそのくらい!」

 秕は激昂しながら、何度も咲の腹に膝を入れる。

 その度に咲は嘔吐き、胃液を吐き出し、苦しげに顔を歪めた。

「ぐ………しいな、ちゃ……」

「下らない事言いやがって…なんであの時あたしに対してそれが出来なかったんだよ!」

 幼い子供が駄々を捏ねる様に、秕は怒りをぶつける。咲はただそれに耐える事しか出来ない。

「アンタにとって友達や仲間はその程度のものなんだろ!なら見捨てろよ。『わたしだけを助けて』って言ってみろよ!」

 秕は咲を勢い良く突き飛ばす。バランスを崩し、倒れ込む咲を冷たく見下ろし、侮蔑に満ちた言葉を吐き出した。

 

「… ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「あ………」

 身体から力が抜ける。

 そうだ。

 わたしは、秕ちゃんを裏切って魔法少女になったんだ。

 だから、これも全てわたしの所為なんだ。

 

 咲の顔から表情が抜け落ちた。

 それを見て、秕はトドメとばかりに言う。

「…自害しろ。ソウルジェムを破壊して、死ね。」

 その言葉は咲を冷たく満たした。

 再び、思考が停止する。

 自分が何をしているのかも良く分からないまま、髪留めを外し、卵型の宝石―ソウルジェムに変化させる、

 それに指揮棒を近付け、小さな魔力弾を作り出す。

 これを発射すればソウルジェムは壊れ、咲は死ぬ。

 でも、それでいい。

 自分は罪人だった。救われたつもりだったけれど、違ったのだ。

 自分は、救われてはいけなかったのだ。

 

 …なんという、理不尽な物語だろう。

 咲の物語は―自分の所為で関わる人を傷付けただけの、最低なものだった。

 咲の顔が歪み、涙が一筋零れ落ちる。

 そして魔力弾を発射し、全てに終止符を打つ―

 

「…駄目だ!琴音君!」

 

 ―寸前、森岡の声がして、身体が勢い良く横に飛ばされる。その拍子に魔力弾が発射され―ソウルジェムを大きく逸れていった。

 地面に倒れ込んだ咲は、森岡が自分に覆いかぶさっているのを見た。彼は右腕から血を流しており、それが自分の放った魔力弾によるものだと理解した時、咲は小さく悲鳴をあげた。

「森岡さん!その腕、わたしが…」

「このくらいどってことないさ。それより―」

 森岡は身を起こし、厳しい目で咲を見る。

「吹綿さんの言葉に惑わされては駄目だ。君は、罪人なんかじゃない」

「でも、秕ちゃんが言う通りです…わたしには人を助ける資格なんて…」

「人を助けるのに資格なんて要らないよ。大切なのは、自分がどうしたいかだ」

 森岡は詩季を背負い直した。咲を突き飛ばす時、危うく落としそうになったが詩季が無意識にしがみついていたのでそういった事は無かった。ただ、今の衝撃で詩季は目を覚ますだろう。それより先に結界から出ないといけない。

「琴音君、一緒にここから出よう。話なら結界を出てからでも出来る…」

「でも、日向さんと安藤くんが…」

 咲の言葉に、然し森岡はなんでもない様に返した。

「…ああ、それなら心配ないよ」

 

「クソっ!まだ生きてやがったのか!」

 秕の苛立つ声が聞こえ、そちらに視線を向けると―。

「…魔法少女はソウルジェムを砕かれない限りは死なないんだよ。確かに傷は深いけど…動ける程度には回復したし」 

 美雪が、喉から血を流しながらも秕に拳銃を向けていた。

「日向さん!?」

「心配かけさせてごめんね咲ちゃん…でも、私も安藤くんも生きているから大丈夫」

「安藤くんも?」

「重傷だけどね。今ならまだ間に合う」

 それを聞いて、咲は床にへたりこんだ。

 安堵と自分への怒りで、また涙が出そうになる。

「逃がすと思うか?」

 秕が美雪を睨みつける。

「確かにこのままじゃ無理だろうね…でも、チャンスはあるよ」

 瞬間、爆発音と共に何かが飛んできて床を転がった。

「霜華…」

 霜華は身を起こすと、「あのクソ魔女…」と吐き捨てる。いつの間にか、子喰いの魔女が動き出していた。

(咲ちゃん、この隙に逃げ出そう)

 美雪がテレパシーを送ってくる。

(でも、わたしは…)

(結界に残るなんて駄目だよ。皆でここを出る…それに、今この場で皆を守れるのは咲ちゃんだけなんだよ)

 自分が一緒に居てもいいのかと咲は迷った。自分がいる限り、秕は追いかけてくるだろう。そうすればまた皆を危険に晒す事になる。なら、いっその事…。

 

「……咲ちゃん」

 

 その時、森岡の背中から声が聞こえた。見ると、詩季が苦しそうな表情をしている。目は瞑っているので恐らく魘されているのだろう。

 詩季はちいさな声で力無く呟いた。

「…助けて、咲ちゃん……」

 

 ―その声に、咲の身体が自然に動いた。

 自分に鎮静の魔法を掛ける。それで昂っていた感情が強制的に抑制され、冷静な人格へと変貌した。

 それから森岡の元へと近付くと「わたしが背負います」と言って詩季を背負う。その目は、決意に満ちていた。

「琴音君…」

「安藤くんと日向さんの事を、よろしくお願いします」

 森岡は何かを察したのか、小さく頷いた。咲は秕の方を向き、指揮棒を構える。すると咲を囲む様に魔力弾が生成され、それを躊躇いなく秕の足下に放つ。土煙が舞い上がり、秕は思わず手で顔を庇った。

 魔力弾は何度も放たれ、何度も土煙が舞い上がる。

 そして―それが完全に晴れた時、咲達の姿は消えていた。

 

 

 何とか結界から脱出した咲達は、とりあえず安藤と美雪を病院に連れて行く事にした。安藤は重傷で意識を失っているし、美雪は「知り合いに治癒魔法の使い手が居るから大丈夫」と言い張っていたが半強制的に引きずっていった。

 二人を病院に任せ、森岡とも別れた咲は凪坂書店へと詩季を連れて行った。店の中に入ると、凪坂夫妻や両親は驚き、そして口々に礼を言った。それがくすぐったくも申し訳無くて…咲は複雑な気持ちだった。

 そんな時、詩季が目を覚ました。咲をとろんとした目で見詰め、直ぐに泣きそうな顔になる。

「咲ちゃん…あたし…!」

 恐らく、自分がやった事を朧気に覚えていたのだろう。泣きじゃくる詩季を、少し迷ってから抱き締め、咲は優しく言った。

 

「…きっと、悪い夢でも見ていたんだよ」




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