ある少女の物語〜マギアレコード 魔法少女まどか☆マギカ外伝より〜   作:転寝

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 シリアス寄りの話が続きます。
 自分が明るい話を書けないのが一つの原因ではありますが…日常物も書いてみたいものです。
 相変わらず短いですが、読んでくださると嬉しいです。


「過去」という名の呪縛

 翌日、咲は昨日の事など無かったかのように過ごしていた。転校二日目ながら早くもクラスに溶け込み始め、自分にとっての適度な距離感を保ちながら過ごしている。クラスメイトとは会話するが、それはあくまでも上辺の関係だけなのだ。他の人が気付いていないそんな事実を、いろはだけが知っていた。

 視界に映る彼女は笑顔でクラスメイトと会話している。しかしいろはにはその笑顔が作り物めいたものに見えるのだ。昨日の虚ろな表情を見てしまった後では、嫌でもそう思えてしまう。

「咲っていいやつじゃない!」

 いつの間にかレナが近くに居た。どうやら咲と会話してきたらしい。レナは機嫌が良さそうだった。

「レナちゃん、琴音さんと話してみてどうだった?」

「どうだったって…別に普通だったわよ。普通にいいやつ」

「そっか…」

 やはり彼女の語る人物像と、いろはが見た人物像にはズレがあった。余りにも対照的で一瞬どちらが本質なのかを見失いそうになる。

(私だって、前の学校では作り物の笑顔を浮かべていた。その結果クラスから浮いていた…)

 咲の浮かべる笑顔とは違うものの、かつてのいろはも周囲に取り残されたくないがためにいつも笑顔を作り続けていた。その結果、「何考えてるのかよくわかんない」という扱いを受けていたことがあった。ここに転校してからはそういった事は無くなったが、あの時抱えていた辛さは今でもハッキリと思い出せる。恐らく咲は過去に何らかの事情で仲間を作る事を恐れ、独りでいるようになった…そう思った。

 仲間を作ってはいけない理由なんてない。仲間がいるからこそできる事だってあるのだ。いろはは咲にそれを解って欲しかった。

 …何故、神浜に来たばかりの少女にここまで拘るのかと思う人も居るかもしれない。外から来た者同士、助け合いたいと思う気持ちも勿論ある。だがそれだけでは無いのだ。

 

 咲が来る少し前、神浜市を大きな災厄が襲った。その時に神浜の魔法少女は一致団結して災厄に立ち向かい、災厄を退けた。それをきっかけとして神浜市の魔法少女達は纏まり、一つの大きな環を形成しようとしている。もう悲しい事は起こさせない、そんな気持ちを抱きながら。

 だからこそ、いろはは咲を見捨てたくなかった。来たばかりだとはいえ彼女も神浜の一員だ。見捨てる理由なんて無いし、苦しんでいるなら助けてあげたいと思っていた。

 …それが咲に届くのかは、今はまだ分からないが。

 

 

* * *

 

 結局、咲は普通に過ごすばかりだった。特に彼女の周りで何かが起きた訳でもなく、ただただ平凡な時間が流れていた。それでついいろはも何処かで気を抜いていたのかもしれない。だがそんな時に限って大きな事が起こるものである。

 

 数日後の放課後、学校を出て少しした所でいろはは忘れ物に気付いた。忘れ物といっても授業のノートを学校に置いてきただけの事だ。置き勉をしている連中が多いこの学校ではさしたる問題ではない。しかし、いろはは予習復習をしっかりするタイプだった。今から戻るにしても大した距離ではないし、ノートを取りに行こう。そう思って元来た道を引き返した。

 

 教室に辿り着き、中に入る。教室の中には夕陽が差し込んでいる。窓際には誰かがいるようだったが逆光により顔が良く見えなかった。

 自分の机からノートを回収し、カバンにしまう。そして改めて窓際の方を見た所で硬直した。

「環さん、忘れ物したの?」

「…琴音さん」

 琴音咲は読んでいた本を閉じていろはを見た。あの時の様な虚ろな雰囲気は無い。夕陽に照らされたその姿は幻想的で、何処か超然としているように感じられた。

「う、うん。ノートを忘れちゃって」

「そっか。真面目なんだね」

「そんな事はないけど…琴音さんこそどうしたの?」

「わたし?本を読んでただけだよ。今日図書室が開いてないから読む場所が無くて…ね」

「そうなんだ…何の本を読んでるの?」

 咲が見せた表紙には「パンドラの匣」とあった。作者は太宰治。有名な文豪だ。いろははあまり読んだことは無いが。

「面白い?」

「うん。…ねえ、環さん」

「なあに?」

 咲は少し俯いた。

「…わたし、環さんに酷いことをした。拒絶した。独りでいいって、言った…それなのに、環さんはわたしに変わらず接してくれるの?」

「うん。確かに私は琴音さんの事は何も知らないけれど、それはこれから徐々に知っていけばいい。どんな過去があっても、私は琴音さんの事を嫌ったりしないよ」

 咲は黙って聞いている。いろはにはその目の中で激しく感情が揺れているのが分かった。

「仲間を作ってはいけない理由なんてないよ。衝突してしまう事もそれで酷く傷つけちゃう事もあるかもしれない。それで落ち込む事もあるよ。でもね、それが独りでいい理由にはならないんだよ」

 いろはは咲に一歩近づく。自然に、ふわりとした足取りで。

「独りは辛いよね。自分を偽るのは辛いよね。…大丈夫だよ。私が一緒に背負うよ。琴音さんが…咲ちゃんが背負っているもの、私達も一緒に背負うから。だから友達になろう?」

「……わたしは」

 咲が言いかけた瞬間、彼女の脳裏にひとつの声が響いた。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()アンタには仲間を作る資格なんてない。仲間なんて作ったらきっとその仲間を傷付ける。アンタは独りがお似合いなんだよ』

 

「……ッ!」

 

 

 

 視界が黒く淀む。

 

 足元が覚束無い。

 

 力が抜けて倒れ込んだ。

 

 然し痛みは感じない。

 

 耳元で誰かが叫んでいる。

 

 不意に吐き気と頭痛が込み上げた。

 

 頬を何かが伝う。

 

 自分は泣いているのか?

 

 やがて意識が黒くなる。

 

 自分が深淵に侵される。

 

 やがて自分の意識が希薄になっていった。

 

 

 

 

(ごめん、秕ちゃん…わたしに仲間を作る資格なんて、無いよね)

 意識が完全に堕ちる前、最後にした事は、かつて自分が傷付けてしまった「彼女」への謝罪だった。

 

 

 神浜に来ればゼロから始められると思っていた。

 新しい自分として歩めると思っていた。

 然し、それは叶わぬ事だった。

 

 …過去という名の深淵は、未だ咲を捕らえ続けている。




 後半が手抜きのように見える方も居るとは思いますがただの演出です。結構実験しながら書いているのでこんな感じのものが多くなると思われますが予めご了承下さい。
 因みに一話が2000字程度なのは単純に自分が書きやすいからです。この位の分量なら読む方もサクサク読めるだろうという言い訳を重ねながら書いています。
 読了ありがとうございました。

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