ある少女の物語〜マギアレコード 魔法少女まどか☆マギカ外伝より〜   作:転寝

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Bloom

 咲は中学校までの道を走っていた。

 病院から中学校までは徒歩で五分程度掛かる。然し走ればその通りでは無い。そして咲は魔法少女であり、常人よりも突出した運動能力を持っていた。自分が出せる限りのスピードで走っていた事もあり、周りにいた人は何事かと驚いていた様だが… この際、人目など気にしている場合では無い。

 走り始めてから少しすると中学校が見えてきた。秕が(若しくは子喰いの魔女が)何かをしようとしているのは間違いない。急がなければ…。

 咲はラストスパートを掛けるために足の回転数を上げようとした。

 その時、

(…動かないで)

 頭の中に声。驚いた咲が反射的に立ち止まると、後頭部に何かが触れた。

 冷たい、金属の筒―直ぐに拳銃だと気付いた。それと同時に、頭の中に響いた声の主を悟る。

(…霜華さん)

(許可無く動いたら引鉄(ひきがね)を引くよ)

 いつの間にか、咲の後ろには水無月霜華が居た。どうやら彼女が拳銃を構え、咲に突きつけているらしい。

(こんな往来で…危険ですよ!)

(なら私の指示に従って。…それともあなたにはこっちの方がいい?)

 霜華は咲の後頭部から拳銃を離し、囁くような声で言った。

(今、私の近くに母娘が居る。あなたが変な動きを見せたら、その頭に風穴が開くかもしれない)

(……)

 咲は歯噛みした。動いたら発砲すると言われた為、周りを見る事も出来ないが―霜華の言っている事が事実ならば、一般人を危険に晒す事になる。

(どうするの?)

(…指示に従います。だから、周りに危害は加えないでください)

(分かった。なら近くの路地裏に入って)

 言われるがままに、咲は薄暗い路地裏へと入った。

 

   *   *   *

 

 路地裏は人一人が通れるかどうかというくらい狭いスペースだった。もし後ろから霜華が発砲などしようものなら、まず対応出来ないだろう。

 咲の額に汗が浮かぶ。ここでやられてしまっては元も子もない。だが、少なくとも今は後ろから咲をどうこうするというつもりは無いらしい。指示に従えば、この状況を切り抜ける好機も見えてくるだろう。

 路地裏をしばらく行くと、前方に人影が見えた。紫色のローブに身を包み、水晶玉を携えた少女。彼女は咲を見ると微かに口角を吊り上げた。

「…来たね、咲」

「夏々子ちゃん…」

 ローブの少女―生方夏々子はもたれかかっていた壁から躰を離し、咲とその後ろにいる霜華を見た。溜息をひとつついてから、口を開く。

「悪いね。どうしてもアンタを足止めしなきゃいけなくてさ」

「…秕ちゃんは、何をしようとしているの?」

「アンタの予想通りだよ。アイツは子喰いの魔女の力を手に入れた…それを有効活用するつもりなのさ」

「…………」

 咲は一瞬だけ目を見開いた。だが直ぐに鋭い目になり「秕ちゃんの所に行かせて」と言う。

「悪いがそれは無理な話だ。普段なら直ぐに行かせただろうけど、アタシと霜華は精神汚染の魔法を掛けられているから秕の命令には背けない」

「じゃあ…」

「今のアタシ達は、アンタの敵って事さ。殺す気でいくから覚悟しな」

 夏々子は水晶玉を槍に変化させ、構える。

 後ろには霜華が居る。多分、こちらも咲を逃がすつもりは無いだろう。

「…ごめんね」

 夏々子が呟いた瞬間、咲が動いた。変身して指揮棒から魔力弾を放出、地面に叩き付ける。

 砂埃が巻き上がる。後はそれに乗じて霜華を跳び越え、逃げ出せばいい。もし攻撃されたとしてもソウルジェムに当たらなければ死ぬ事は無いのだから、少しばかりのダメージは覚悟していた。

 咲は向きを変え、跳躍しようとした―瞬間、腹部に衝撃を感じ、それと同時に躰が吹き飛ばされる。地面をごろごろと転がり、一瞬遅れて不快感と痛みが襲いかかってきた。霜華が咲の動きを固有魔法で察知し、彼女を蹴り飛ばしたのだ。

「あ…ぐっ」

 胃液を吐き出しながら、咲は体勢を立て直そうとした。然し、その後ろから夏々子の声が聞こえ、思考が中断される。

「ぼんやりしている暇はないよ」

 ハッとして、咲は振り返る。目の前には夏々子の水晶が迫っており―それを認識した瞬間、側頭部に衝撃が走る。

 脳が揺れ、堪らずその場に崩れ落ちる。動かそうとしても躰が上手く動かない。

「暫くはあたし達に付き合ってもらうよ」

 夏々子の声が遠くから聞こえる。

 頭がぼんやりしていて、上手くものを考える事が出来ない。

 駄目だ…。

 起き上がらないと…。

「ぐ…ぅ」

 咲は唸り、何とか躰を起こそうとする。

 その背中を霜華が勢い良く踏み付けた。

「かはっ…」

 肺の中の空気が全て吐き出され、咲はぐったりと地面に倒れ込んだ。

 霜華はすかさずその背中に拳銃を突きつけ、躊躇いなく発砲した。

 減音器を付けていたからか、銃声は間抜けなものだった。然しその痛みは凄まじく、軽減されているとはいえ痛みは相当なものだった。

 咲の躰がビクンと跳ね、力が抜ける。白目を剥いている咲を見ながら、夏々子が呆れた声を出した。

「ちょっと霜華、流石にやりすぎ…」

「仕方が無い。それにあなたも殺す気だったでしょう?」

 そう言って、霜華は沈黙した。

 夏々子は咲を見る。暫くすれば起き上がるだろうが、殺す必要は無い筈だ。秕からの命令は足止め。むしろ止めを刺したらいけないような気がする。

(仕方が無い、か…)

 自分達は秕に逆らえない。

 だけど、これは…あまりにも酷い。

(これで、よかったのか?)

 夏々子は少し気分が悪くなり、壁にもたれかかった。

 

   *   *   *

 

「…情けないなぁ」

 そんな声がして、咲は目を覚ました。

 暗闇の中に、もうひとりの自分が居る。以前、ドッペルを放出した時にこれと同じ様な光景を見た事を思い出した。

 もうひとりの自分―咲の暗い部分は、ニヤリと笑みを浮かべ、蔑む様に自分を見た。

「本当に情けない…攻撃ひとつ出来ないで気を失うなんて、惨めでしかない。こんなんじゃ死んだ方がマシだよ」

「…………」

 咲は何も言えなかった。それを見た彼女は「仕方ないなぁ」と呟くと、軽い調子で言う。

「わたしが変わってあげるよ。秕ちゃんを止めたいんでしょ?ならこんな所で立ち止まっている場合じゃない」

「…ダメだよ」

 咲から出た言葉が予想外のものだったのだろう。彼女は目を丸くして咲を見た。

「わたしがやらないと、ダメなんだ。そうしないと、秕ちゃんは止められない…」

「…ま、なんでもいいけどね。わたしはあなたが絶望すればそれでいいし。でもまぁ、ヒントくらいはあげるよ。今のあなたがどんなに立ち向かったってあの二人には敵わない。タイムロスになるだけだよ」

 少し迷って、咲はその提案を受け入れた。

「……分かった。どうすればいいのか教えて」

「えっとね… あなたの固有魔法って、使い方によってはかなり便利だと思うけれどなぁ」

 その言葉を聞いて、咲は目を見開いた。この状況を打破する方法を思い付いたのだ。

 それを見た彼女は満足げに頷くと、咲の手を取る。

 そして穏やかな笑みを浮かべ、囁いた。

 

「…苛酷の中で、花が咲く事もある。このまま無惨に踏み潰されるくらいなら、咲いてみなよ」

 

   *   *   *

 

 咲は意識を取り戻した。

 瞬間、鋭い痛みが走り、思わず呻き声を漏らす。

 その声に夏々子が気付き、こちらに視線を向けた。

「思ったより早いな…」

 呟いて、持っていた槍を咲に突きつける。

「動かない方がいいよ。また痛みを味わう事になる」

「だからって…このまま寝てる訳にはいかないよ!」

 叫んで、咲は固有魔法を発動した。

 目を閉じ、自分の全てを動から静に切り替えていく。

 次第に、自分がどんどん冷めていく。

 気分が沈んでいき、冷静な人格に変貌していく。 

 完全に切り替わると、咲は目を開いた。

 水色の瞳が、冷たい光を放つ。

「本気になったって事かな?」

「…そうだね」

 言って、咲は素早く立ち上がる。

 その様子を見た夏々子と霜華が戦闘態勢に入る。

 破裂寸前の緊張感が辺りに満ち―全員が一斉に動いた。

 霜華が発砲する。それを素早く屈んで回避し、指揮棒に魔力を溜める。

 夏々子は咲から距離を取り、直ぐに弱点を占い始めた。それから気を逸らすように霜華が猛攻を仕掛けてくる。彼女の本来の武器であるバイクは狭い路地裏では不利だ。なので副武装である大型拳銃と体術だけで戦っていた。

 足払いでバランスを崩した所に、すかさず発砲してくる。咄嗟に首を傾けて回避するが、こめかみの辺りが切れて血が流れるのが分かった。

 よろめく咲に、霜華が左足の蹴りを放つ。ガードが間に合わず、脇腹に抉るような蹴りがヒットした。

 咲は表情を歪める。今度はその顎にアッパーカットが入り、再び脳が揺れた。

「………!」

 立っていられなくなり、無様に崩れ落ちる。

 先程のダメージが思いの外大きかった様で、思う様に躰を動かす事が出来なくなっていた。

 霜華が近付き、また拳銃を突きつける。

 このままでは先程と同じ結果になる。だが、咲にとってはこれで良かった。

 動けない相手に、霜華が油断さえしてくれれば―!

「…!霜華、咲から離れろ!」

 何かに気付いた夏々子が叫ぶが、もう遅い。

 次の瞬間、咲を中心として小規模な爆発が巻き起こった。

 指揮棒に溜めた魔力を解き放ったのだ。自分自身も多少のダメージは受けるが、そんな事は気にしてられない。

 霜華は爆発のあおりを受け、吹っ飛ばされた。直ぐに体勢を立て直そうとしたが…その時、腕に熱い感覚を覚える。

「…?」

 それが咲の魔力弾によるものだと気付いた時、霜華の躰から力が抜け、操り糸が切れた人形の様に倒れ込む。

「霜華!」

 夏々子が叫んだ。何が起きたのか把握し切れていないという様子だ。

「一体何が―っ!?」

 瞬間、夏々子も脚に熱い感覚を感じた。それと同時に力が抜け、霜華と同じ様に倒れ込む。

「ど、どういう事だ…アタシ達に何をしたんだ?」

 呻く様な声でそう言うと、まだ躰を動かせないらしい咲が倒れたまま答える。

「わたしの固有魔法は鎮静。それを使って、秕ちゃんの精神汚染を封じ込める事が出来るんじゃないかなって…」

 咲の固有魔法は、人格を変える程強烈なものだ。それを使って、秕に汚染された精神を元に戻したという事なのだろう。

「一時的なものかもしれないけど…今は、秕ちゃんの魔法から解放されている筈」

「躰が動かせないのは何故?」

 霜華が訊いた。

「わたしの魔法と秕ちゃんの魔法がぶつかり合っているからか…それか後遺症みたいなものだと思う」

「なるほどな…してやられたよ」

 負けた。だが夏々子の心中は清々しかった。

「アタシ達の事はいいから…早く秕を止めに行けよ。アイツを止められるのは、多分アンタだけだ」

「…うん。分かった」

 咲は緩慢な動作で身を起こした。それから二人に「グリーフシードは?」と訊く。

「あー…持ってない。というか持っている分は秕に取り上げられた」

「同じく」

 夏々子達は秕に支配された後、持っているグリーフシードを全て取り上げられた。恐らく、秕は二人を使い捨ての駒として利用する気だったのだろう。

「じゃあ…」

 咲はポケットからグリーフシードを取り出し、夏々子と霜華のソウルジェムを浄化する。

「咲、アンタ…」

「あなたも穢れが溜まっているのに…」

「わたしはまだ大丈夫。それに二人は魔法で支配されていた分穢れの溜まりが早かったし、このままだと危なそうだったから…」

 二人は黙り込む。それを見ると、咲は声を張り上げた。

「キュゥべえ!居るなら出てきて!」

「久しぶりだね琴音咲。戻って来ていたのかい?」

 聞こえてきた第三者の声に、首を動かす。いつの間にか咲の隣にキュゥべえが居て、無表情に此方を見詰めていた。

「これ、お願い」

「了解したよ」

 咲は使用済みのグリーフシードをキュゥべえの背中に入れ、立ち上がる。キュゥべえに対して言いたい事は色々とあったが、話している時間も惜しい。躰はまだ少しだけふらつくが、気丈に振る舞い、「じゃあ行くね」と言って出口の方に向かう。

「咲!」

 夏々子の声に振り返ると、彼女は辛そうな表情で「…ごめん」と言った。

「大丈夫だよ、夏々子ちゃん…秕ちゃんはわたしが止める」

 咲は微笑むと、出口へと駆け出した。

 その姿が消えると、夏々子は霜華に訊いた。

「なあ、霜華…」

「何?」

「咲は、秕を止められると思うか?」

「…さあ。私には分からない」

 霜華は空を見上げたまま答える。

 夏々子はまだ動かない躰に苛立ちながら、大きく息を吐き出した。

 咲は「大丈夫」と言ったが、恐らくかなり無理をしているのだと思う。

 

(…多分、もうアイツの姿を見る事は無いだろうな)

 

 夏々子はそう思い、目を閉じた。

 ソウルジェムを浄化した筈なのに酷く身体が怠くて、次第に意識がぼやけていく。

 直ぐに襲いかかってきた睡魔に身を任せ、夏々子は意識を失った。




次回は森岡、美雪サイドのお話です。
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