ある少女の物語〜マギアレコード 魔法少女まどか☆マギカ外伝より〜 作:転寝
咲が魔力反応を辿って音楽室に到着した時には、全てが終わっていた。
ドアを開け、中に入ってまず見たものは床に倒れる森岡だった。彼の周りは赤く染まっており、それが夕陽の所為ではない事は直ぐに分かった。
「森岡さん!」
駆け寄り、彼の躰を揺する。直ぐに手が血で染まったが今はそんな事を気にしている場合では無い。
森岡は薄らと目を開け、唇を僅かに動かした。意味を成さない言葉の欠片がそこから零れ落ち、森岡の首ががくりと落ちた。
「森岡さん…森岡さん!目を開けてください!」
必死に呼び掛けるが、彼が目を開ける事は無かった。
「無駄だよ」
その声に、咲は顔を上げる。秕が無表情に自分を見ていた。
「秕ちゃん…なんでこんな事を…!」
「…アンタはあたしを止めに来たんだろ?でももう無駄だ」
その言葉に、咲は周りを見渡し…そして悲鳴を上げた。
譜面台や打楽器が倒れており、床には楽譜が散乱している。それに紛れて、人の頭部があちこちに転がっていた。
虚ろな目が咲を捉える。その顔には見覚えがあった。別のパートの同級生だ。
他にも、自分の先輩や後輩、顧問の先生まで…全員の頭部が転がっている。躰が付いているものはひとつとして見当たらなかった。
「ま、まさか…っ」
予想はしていた。秕は吹奏楽部のメンバーを嫌っていて、彼女達に復讐する事は分かっていた筈なのだ。
だが、目の前の光景から導き出される結論を信じたくは無かった。
「子喰いの魔女に、みんなを…!?」
「顧問だけはあたしが殺したけどね。結果的には同じ事だ」
咲は目眩に似た感覚を覚えた。
駄目だ…。
もう、手遅れなんだ。
咲はよろよろと立ち上がる。脳は目の前の光景を受け入れたくなくて思考を停止させていた。
「後はアンタだけだよ。咲…アンタを殺せば、あたしの復讐は終わる」
「…なんで」
俯きながら、咲は掠れた声で訊いた。
「…なんで、こんな事をしたの…?」
分かっている。
だけど、理解出来なかったのだ。
秕はそれに答えず、もう片方の手に持っていたものを投げてはキャッチするという動作を繰り返している。
答えが無い事も分かっていた。
分かっていたからこそ、秕の口から聞かないといけないと思った。
「…ねえ、答えてよ…」
咲は潤んだ声で言う。
「こんな事、間違ってる…」
「…アンタはさ」
それを煩いと思ったのか、秕は口を開いた。
「アンタは、何が正しい事なのか分かっていてその言葉を言っているのかい?」
「…それは、どういう…」
「あたしの思う正しさとアンタの思う正しさは違う。それと同じようにあたしの思う間違えとアンタの思う間違えは異なるものだ」
「…何が言いたいの?」
秕は咲を見て、きっぱりとした口調で言った。
「あたしは自分が信じる正しさに従っただけさ。そこに他人が入る余地なんてない」
「でも、間違ってるよ…!人を殺すなんて…」
「あたしがやったんじゃない。あたしはあの魔女に餌を提供してやっただけさ」
「森岡さんを殺したのは秕ちゃんだよ!」
咲は叫ぶ。秕は鼻を鳴らして、ソイツはまだ生きているよと面倒臭そうな口調で言った。
「邪魔だったからちょっと傷付けただけで死んじゃいない。まあ、このまま放っておけば失血死するだろうけどね」
森岡は目を覚まさない。その胸から溢れる血は止まらず、床の血溜まりを拡大させている。
「……それでも、わたしは秕ちゃんを許せない。魔女がやったとしても、みんなが死ぬきっかけを作ったのは秕ちゃんだから…」
「それじゃどうする、あたしを殺すかい?アンタにそれが出来るとは思えないけれどねぇ」
秕はニヤリと笑い、再び手に持ったものを高く放り投げる。今度はそれをわざとキャッチせず、行き場を失ったそれは咲の足元まで転がっていく。
咲は反射的に飛び退く事を良しとせず、気力で自分を押さえつけた。しかしその目は見開かれ、口からは悲鳴の欠片がか細く漏れた。
咲の足元に転がったのは人間の頭部だった。虚ろな目と半開きになった口、そして荒々しく切断されたであろう断面が咲の網膜に焼き付いていく。
一時間前までは、こんな状況を誰も予想出来なかった。音楽室に秕が現れた時、全てが始まり―そして呆気なく終わったのだ。
硬直した様に動かない咲を見ながら、秕は楽しそうな口調で言う。
「アンタはさっき、みんなが死ぬきっかけはあたしだと言ったけど…あたしから見ればコイツらが死ぬきっかけを作ったのはアンタだ」
その言葉を聞いて、咲の肩がびくりと跳ねた。
「どうして…」
「あたしがこの部活を去ることになった出来事を覚えているだろう。あの時アンタがあたしを助けてくれていれば、こんな事にはならなかったのかもしれない」
ま、いつかはやってただろうけどねと秕は気楽な様子で言う。
「それは…」
咲にはその言葉を否定する事が出来なかった。秕が言った事は屁理屈だ。それは分かっている。
だが…。
(わたしは、それを否定する事が出来ない…)
心の何処かでは、それを認めてしまっている。秕を解き放ってしまったのは自分かもしれないと思ってしまう。
咲は肩を震わせ、俯く。秕は更に追い打ちをかけるように言った。
「あともう一つ。今、神浜はどうなっていると思う?」
「どうって…いつも通りの筈…」
何か、嫌な予感がした。わざわざ神浜市の話題を出すという事は、彼処で何かが起こっている事の証左だからだ。
「あたしにくっついてる黒羽根共を彼処に置いてきたんだけどね…いい機会だからソイツらに神浜の魔法少女を襲わせているんだよ」
「なんで…神浜の魔法少女は関係ないでしょ!?」
「彼処はあたしの活動場所だ。だけどマギアユニオンの所為で行動が制限されてて鬱陶しかったんだよ。それに黒羽根共も邪魔だったしね、一石二鳥さ」
それを聞いて、咲は秕に掴みかかった。然しヒラリと躱され、カウンターで放たれた蹴りが腹部を直撃し、苦しげに呻きながらその場に蹲る。
「アンタ如きがあたしを倒せるわけないだろ」
秕は咲を睨み付けると、また口元を歪める。
「…まあ、そういう事だ。あたしから見りゃ、アンタの所為で神浜は危険に晒されているんだよ」
秕は咲に近付き、その首に手をかける。
「恨むなら、自分を恨みな…」
秕は手に力を込めながら、咲の耳朶を食む様に唇を近づけ、悪意のある声で囁いた。
―そして、好きなだけ絶望して…死ね。
息が苦しい。
秕の手は、咲の首を圧迫している。そこには一切の躊躇も無い。
殺される、そう思った。
反射的に、咲は脚を突き出した。不格好な蹴りが秕の腹部を直撃し、首を圧迫していた力が緩む。
咲は秕を押し退け、一歩後退した。
腹部を蹴られた秕は、然し余裕の表情を崩さない。
「それだけかい?」
「………っ!」
「やろうと思えば、アンタはもっと攻撃出来た筈だ。でもそれをしようとしない…優柔不断なヤツだな全く」
秕の目に悪意ある光が宿る。その手にはダガーが握られており…次の瞬間には、自然な動作で咲を押し倒し、その上に馬乗りになっていた。
「だからこうなるんだよ…アンタはその優しさの所為で自分自身も滅ぼす事になるんだ」
言って、秕は咲の右肩にダガーを突き刺した。
「っぁ………!」
痛みが走り、咲は呻く。
「まずは右腕からだ」
秕は咲の右腕を、鋸でも引くようにゴリゴリと削る。魔力を込められ、鋭さと頑丈さが増したダガーは面白い様に咲の骨を削っていき…右腕を切断した。
「うぁっ!腕が…!」
脳内麻薬が出ているのか、痛みは覚悟していたより少なかった。叫んだものの、悲鳴も上げていない。
それが秕にとっては物足りなかったらしい。今度は無言で腹部を刺し、直ぐに引き抜いて右目を貫く。
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ッ!」
腹部より、右目を刺されたショックで咲は泣き叫んだ。引き抜かれたダガーには白い物体がこびり付いていて…それが自分の眼球だと分かり、もう一度悲鳴を上げる。
「アッハッハッハッハ!それだ!それだよ咲!あたしが味わった絶望をアンタに返してやるよ!」
秕は目を見開き、狂気的な表情で咲の躰にダガーを突き刺していく。
「アンタが居たから…」
左腕。
「アンタの所為で…」
両足。
「アンタさえ、居なければ…」
首。
「あたしは…」
左目。
「あたしは…!」
心臓。
「希望を覚える事も無かったのに!」
鮮血が音楽室を染めていく。
「アンタの所為だ…」
いつの間にか、秕の目からは涙が。
「全部、全部…」
流れた涙は、咲の眼窩に吸い込まれ。
「―全部、アンタの所為だ!」
咲は涙を流せなかったけれど。
心中は、深い絶望で充ちていた。
全部、わたしの所為なんだ。
わたしが秕ちゃんと仲良くなったから。
わたしがコンクールで、ミスをしたから。
秕ちゃんを苦しめる事になった。
それによって森岡さんや美雪さん達、神浜のみんなまで巻き込む事になった。
悪いのは、わたしなんだよね。
どうすればいいの?
償うには遅過ぎて。
わたしのいのちは、もう消えてしまうけれど。
…わたしは、どうすればいいの?
(…絶望すればいいんだよ)
不意に、声が聞こえた。
もうひとりのわたしが、そこに居て。
優しい声で、救いを示した。
(あなたは絶望して、自分の魂を黒く染めちゃえばいい。そうすれば、そんな事を考えなくて済むよ)
それは、自分の罪から逃げる事じゃないの?
わたしがきくと、彼女は首を振った。
(それでいいんだよ。それが結果的に秕ちゃんを満足させる事に繋がるから…)
(それで、いいの?)
(いいんだよ。そうすれば…)
彼女はにこりと笑う。
(…そうすれば、秕ちゃんは許してくれるよ)
「…決めたよ」
秕がゆらりと立ち上がる。
「まだ足りない。あたしが受けた屈辱は、こんなものじゃない」
秕は動けない咲を冷たく、然し何処か愉快そうに見下ろした後、動かない森岡の方へ移動する。
そして、
「…コイツも、アンタの所為で死ぬ事になったんだ。それがどういう事か、よく考えな」
森岡の首にダガーを当て、先程咲の右腕を切り落とした様に…彼の首を落とした。
ごろり、と重いものが転がる音がする。
咲の目はもう闇しか映さなかったけれど、脳裏には森岡が浮かべている表情をハッキリと思い浮かべてしまっていた。
「あ」
いのちが消えた。
自分の所為で。
死ななくていいはずの森岡まで…。
「ああ…うああ…」
もう、限界だった。
咲のソウルジェムは痛みと後悔と絶望で黒く濁り切っていた。
自分が堕ちていく。
黒くて冷たい、自分の底へ―。
以前、ドッペルを出した時と同じだ。
だけど、前回とは決定的に違う。
自分は、もう戻れない。
意識が朦朧となる中、咲はそれを見た。
もうひとりの自分が、闇から浮上してくる。
彼女のソウルジェムも濁り切り…顔には、笑顔が浮かんでいる。
彼女は咲と擦れ違う直前、甘く優しい声で囁いた。
―
調整屋で対面した時も。
ドッペルを出した時も。
彼女は、こうなる事を分かって言っていたのだと、今更ながら気付いた。
軈て、底に辿り着く。
同時に、耐え難い眠気に襲われて…咲は目を閉じた。
生きていてごめんなさいなんて、今更遅すぎるけれど。
そんな後悔と絶望を抱えながら…。
琴音咲は、そこで終わった。
*
「は…ははっ」
秕は目の前にいる存在を見て、掠れた笑い声を上げた。
先程とは似て非なる音楽室。
そこに、一体の魔女が居た。
ティンパニが三台あり、その内の二台は血に塗れている。後の一台は血に塗れていない代わりに目玉と血管が付いていた。
そんなティンパニの奏者は、人の形をした何かだ。その躰は楽譜で構成されており、醜悪な色をしたマレットを携えている。
その魔女は、咲のソウルジェムから産まれた。今は魔女だけだが、暫くすれば使い魔も現れるだろう。
その前に…蹂躙しなければ。
「あははははははははははははははっ!」
秕は笑い声を上げた。
コイツを支配して、神浜を襲わせよう。
咲が彼処でどんな生活をしていたのか知らないが、仲間の魔女だ。神浜の連中も少しは苦しむだろう。
あるいは、表情ひとつ変えずに倒すかもしれない。それはそれで面白い。
…自分は、咲という存在を蹂躙できればそれでいいのだから。
秕は悦びに身を震わせながらダガーを構える。
魔女は無感情にマレットを構える。
そして―。
ここで、冬天市sideは終わりです。
3章もここで終わらせるのが綺麗だったかもしれません。もう少し続きますが…3章から最終章にどうやって繋げようかと苦労中です(どうでもいい)
咲の末路については、最初から決めていた…訳ではなく話が進んでいくにつれ変わっていきました。というかこの作品自体、初期構想ではハッピーエンドでした。
そこら辺の裏話は後書き代わりの活動報告にでも書こうと思っています。
次回から神浜side…の前に、魔法少女ストーリーを書いていきます。そのため本編の再開は遅くなりますがご了承下さい。
といっても、物語は確実に終わりへと進んでいます。もう少しだけお付き合いくだされば幸いです。