ある少女の物語〜マギアレコード 魔法少女まどか☆マギカ外伝より〜   作:転寝

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虚に染まるⅠ〜ささやかな騒擾〜

 黒羽根の一撃を、クロスボウで受け止める。

 …言うまでもない事ではあるが、クロスボウは接近戦には向いていない。絶妙なバランスで成り立つ均衡が破れるのは時間の問題だった。

「…やあっ!」

 ういの攻撃が黒羽根に直撃し、バランスを崩す。すぐさま右足を突き出し、その腹部を蹴って距離を取った。

 ここは室内、しかもみかづき荘の中だ。無闇に暴れ回れば後々面倒な事になるのは目に見えていた。何時もなら真っ先に突っ込んでいくフェリシアが大人しいのは、暴れ回って物をぶっ壊すのが恐いからだ。というより、それによってやちよに怒られるのが恐いのである。

 とはいえ何時までもチマチマと戦っている訳にもいかない。いろはは仲間達にテレパシーを送り、それから玄関へと突進した。

 ドアを開け放ち、外に転がり出る。そのまま走り続け、手近な路地裏へと転がり込んだ。

 少し遅れて鶴乃達もやって来た。…そして、その後から黒羽根も追いかけて来た。

 路地裏は狭く、お世辞にも戦闘に向いているとは言えない。…だが、それで十分だった。

 何故なら、

 

「ドッカーンっ!」

 

 擬音と共に、フェリシアのハンマーが黒羽根を殴り飛ばす。

 黒羽根は吹っ飛ばされ、地面をゴロゴロと転がった。直ぐに体勢を立て直し、起き上がるが…そこで動きが止まった。

「へんっ!そのまま忘れちまいな!」

 フェリシアが叫ぶ。彼女の固有魔法―「忘却」の魔法が作用したのだ。

「今の内に逃げるわよ!」

 やちよが叫ぶ。一同は黒羽根の脇を通り過ぎ、そのまま住宅街を走り続けた。

 

 

 みかづき荘から少し遠い場所にある公園に辿り着いたいろは達は、辺りに黒羽根の姿が無い事を確認して少しだけ緊張を緩めた。

「はあっ、はぁ…っ」

 全力で走ったからか、息が上がっているういの背中を撫でながら、いろはは誰にともなく呟いた。

「なんだったんでしょうか…」

「…正直に言って分からないわ。あの黒羽根が吹綿さんなのかも分からない」

 何故、黒羽根が自分達に襲いかかってきたのか。

 考えられるのは、マギアユニオンの壊滅か。十七夜と自分達が襲われた事を考えると、同じく幹部であるひなのも襲われている可能性が高い。

 案の定、やちよが連絡してみると、ひなのも襲われていた事が分かった。

『どうなってるんだ!例の黒羽根集団の仕業か?』

 電話の向こうから、ひなのの困惑した声が聞こえてくる。

「まだ断定は出来ないけど、その可能性が高いわ…他の人達は大丈夫だったの?」

『今のところそういった報告は来ていないな。令や郁美、桜子にも聞いてみたが何も無いって言われた。逆に心配されたくらいだ』

「そう…となると、幹部だけを狙ったのかしら」

『頭を潰して躰を混乱させようって魂胆か…有り得ない話じゃないな』

 マギアユニオンの幹部は、広い人脈を持っていたりベテランだったりする事が殆どだ。カッチリした組織という訳では無いので頭を潰されても動く事は動くだろうが、その損失は小さなものとは言えないだろう。

『…とりあえず、アタシは情報収集してみるよ』

「分かったわ。十七夜にも連絡してみる」

『ああ。気を付けろよ』

 そう言って、ひなのは通話を切った。

 やちよは直ぐに十七夜に連絡を取った。するとやはりと言うべきか、十七夜も襲撃されていた。

『例の、吹綿とかいう黒羽根の手合いだろう、ユニオンに恨みがあるのかどうかは分からないが…』

 それに、と十七夜は続けた。

『襲ってきた黒羽根の心を読んだが…酷く空虚だった』

「空虚?」

『…何の感情も浮かんでいない。怒りも、殺意も、何も無かった』

 気味が悪い―そう十七夜は言った。

『自分は大東の魔法少女たちに注意喚起を行う。七海達も気を付けろ』

「ええ、十七夜もね」

 通話を切る。やちよは難しい顔で腕を組んだ。

「意図が読めないね…」

 話を聞いていた鶴乃が不気味そうに言った。

「…仮に吹綿さんが起こした事件だとしたら、咲ちゃんが居る時に起こす筈なんですが…」

 いろはの考えは最もだ。

 秕は咲を憎んでいた。だからこそ、何か事件を起こすならば咲が居る時に、彼女を狙って起こす筈なのだ。咲が神浜に居ない事を知らないで起こした可能性もあるし、そちらの方が有り得る話なのだが。

「琴音さんを殺すのに邪魔だから、先に私達から排除しようって考えているのかも…」

 さなが自分の想像に身震いしながらそう言った。

「有り得ない話じゃないね…」

 いろはもその考えに同意した。

「マギアユニオンの幹部が襲われているって事は…灯花ちゃんとねむちゃんも危ないかも…」

 ういは不安そうに言って、「わたし、連絡してみるね!」と言って携帯端末を操作し始めた。直ぐに繋がったらしく、少し早口になりながら会話を始める。

 数分後、ういは少しほっとしたように会話を終えた。どうやら灯花とねむには何事も無かったらしく、「わたくしたちは大丈夫だにゃー」と返されたとの事だった。

 仮にマギアユニオンを潰すなら、あのふたりにも襲撃を掛けるはずだ。灯花とねむは変身できないと雖もマギアユニオンの頭脳だし、守護者である柊桜子が居ない時にふたりを蹂躙するのは容易な筈である。

 まだ襲撃されていないだけかもしれないが、何れにせよ、目的が分からない以上は警戒する必要があるだろう。

 と、そこでいろはの携帯端末が振動した。

「ももこさんから…」

 電話に出ると、ももこが慌てたように「いろはちゃん!無事か!?」と訊いてきた。

「無事かって…まさかももこさん達も黒羽根に襲われたんですか?」

『アタシ達もって事は、いろはちゃん達もアイツらに襲われたのか』

 ももこの声に緊張が滲む。

『…レナとかえでと歩いてたら突然襲われたんだ。何とか撃退したけどゾンビみたいでしつこかったよ』

「ゾンビみたい?」

『なんて言えばいいかなぁ…受信ペンダントの時さ、黒羽根って凶暴化してたろ?あの感じに近いんだけど、今回はいやに静かで、しかもしぶとい。理性はあるみたいだからそれだけでもまだマシなんだろうけどさ…』

 参ったよ、とももこは溜息をつく。

『とりあえずいろはちゃん達も気をつけた方がいい。この前みたいな事はもうコリゴリだしな』

「分かりました…ももこさん達も気をつけてください」

 通話を終えて、携帯端末をポケットにしまったとき、いろはの脳裏にある考えが浮かんだ。

「あ…」

「いろはちゃん?」

「もしかして、黒羽根が襲っているのは…」

 いろはが仮説を口にしようとした、その時、

「お、おい!なんだよあれ!」

 フェリシアが公園の入口を見て叫ぶ。

 いろはもそちらに目を向けて…硬直した。

 質量を持った闇、最初に浮かんだのはそんな言葉だった。

 六人の黒羽根が、日の落ち始めた中をこちらに向かってくる。そこには感情というものが一切無い…まるで、アンドロイドの様だ。

 黒羽根達はいろは達を認識すると、脚に魔力を溜め始めた。

「…!みんな、備えて!」

 やちよが叫ぶと同時に、変身したさなが盾を構えて飛び出す。

 ―瞬間、黒羽根達がロケット砲の様に此方へと突っ込んで来た。

 さなは盾でそれを受け止めたが、

「あぅっ!」

 踏ん張りきれず、思い切り後ろへと飛ばされた。

「さなちゃん!」

「コノヤロー!これでもくらえっ!」

 黒羽根達に隙が出来たのを見計らい、フェリシアがハンマーを叩きつけようとする。

 だが、黒羽根達は素早くそれを回避してフェリシアの腹部を蹴り抜いた。

「ガッ…はァ…ッ!」

 フェリシアの顔が歪む。その後ろからもう一人の黒羽根が近付き、音も無く彼女の腹部に刃物をねじ込もうとする…

「させないよ!」

 ―寸前、鶴乃の飛び蹴りが黒羽根を直撃。黒羽根は横に飛ばされ、フェリシアは咳き込みながらも距離を取った。

 すぐさまいろはとやちよがその前に立ち、得物を構えて黒羽根を威嚇する。ういはさなを助け起こし、自分の武器…ツバメさんを展開した。

 黒羽根達は怯む様子も見せず、得物を構える。そのうちのひとりが一歩進み出て、小さく何かを呟いて片手を上げた。

 すると、手から黒いエネルギー体の様なものが飛び出し、ドーム状になって公園を覆った。

「これは…結界?」

 やちよが呟く。魔女の結界に似ているが、少し違う。簡易結界といった感じだろう。

「固有魔法…だよね」

 いろはもまた、怪訝に思い呟いた。

 噂でしか聞いた事が無かったが、黒羽根や白羽根は戦闘方法を徹底的に矯正されるらしい。戦闘方法や固有魔法などは魔法少女によって異なる。匿名性を保つという意味でも、戦闘方法は決まった形のものが採用されていた。

 だが…この黒羽根は固有魔法を使用した。最早、隠す気すら無いのだろう。そう思って見てみると、武器もひとりひとり違う気がする。

 お互いの出方を伺って睨み合う。

 長い時間が過ぎ…そのうちに黒羽根達が動いた。

 またもや脚に魔力を溜め、三人の黒羽根がいろはの方へ突っ込んで来たのだ。

 躱すにも間に合わない。いろはは咄嗟にクロスボウでそれを受け止めた。

 だが、三人の攻撃をクロスボウで受け止めるなんて事は不可能に近い。いろはは大きく吹っ飛ばされた。このままだと壁に叩き付けられてしまう。

(ぶつかる…!)

 いろはは衝撃に備え、ギュッと目を瞑った。

 だが―予想に反して、壁はいろはの躰をゼリーの様に包み込んだ。

 不快な感覚が暫く続き…いろはの躰は、結界の外へと放り出された。

(分断された!)

 直ぐに結界内へと戻ろうとするが、先程ゼリーの様に柔らかかった壁は今は固くなっている。矢を放っても傷ひとつ付かない。

 そのうちに三人の黒羽根が外に出てきた。やちよ達が出てこれていない所を見るに、どうやら特定の人間しか出入りは出来ないらしい。

 黒羽根達は無感情に自分を見ている。

 ここで殺すつもりか…いろはの額に汗が浮かんだ。

 いつの間にか、日は落ちきっていた。黒羽根のローブが闇と同化し、不気味な影のようだった。

 そして、その影のひとつが、いろはに飛び掛ってきた。

「はっ!」

 いろははクロスボウを構え、飛び掛る影…黒羽根に向かって矢を射る。それは見事に直撃し、黒羽根は動きを止めた。

 然し喜ぶ暇も無く、右から別の黒羽根が襲いかかってきた。その攻撃を辛うじて躱し、思いっきり蹴りを入れてから距離をとる。

 すかさず先程矢で動きを止めた筈の黒羽根が接近してきた。鎌のような刃物の一撃を咄嗟にクロスボウで受け止める。みしりと嫌な音がした。

 考えるよりも早く、無意識で動いていた。

 副武装のナイフを取り出し、それで黒羽根の腕を浅く斬りつける。血飛沫が舞うが黒羽根は微動だにせず、そのまま力で押し潰そうとするかのように刃物を押し込んだ。

 このままでは埒があかないと判断し、無理やりゼロ距離から矢を放つ。これは流石に効いたのか、黒羽根は勢いよく吹っ飛んでいった。

 息を整えようとしたその瞬間、後ろから羽交い締めにされる。

「放してっ!」

 藻掻くが、凄い力で押さえつけているらしく、中々振り解けない。

 そうこうしている間に、前方から何かが迫り、構えられた刃物が勢い良く腹部を貫いた。

「………!」

 軽減されているとはいえ、かなりの痛みに声にならない悲鳴を上げる。

(…嘘でしょ…全力で撃ったのに…!)

 先程ゼロ距離射撃を食らわせた黒羽根が、何事も無かったかのように自分の腹部を突き刺しているのを見て悪寒が走る。

 ローブの下の無機質な視線が自分のソウルジェムに注がれるのを見て、殺されると思った。

 何故自分がこんな状況に置かれているのか―それすらも分からずに殺されるのか。

 全ては唐突に起きた事であり、その原因が分からずに終わるのは嫌だった。

「どうして…こんな事を…」

 掠れた声で問う。それに対し黒羽根は一言、予想だにしないことを言った。

「琴音咲」

「…え?」

「原因は、琴音咲にある」

 どういう事だと訊こうとした瞬間、黒羽根がソウルジェムに手を伸ばした。

 頭の芯が凍りつく様な錯覚。

 自分の死というこれから起こるであろう事実を受け入れた意識が静かに落ちていき、視界が暗くなる。

 最後に見たのは…黒羽根のローブの下、光を喪った目だった。

 

 そして、いろはは…。

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