ある少女の物語〜マギアレコード 魔法少女まどか☆マギカ外伝より〜   作:転寝

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虚に染まるⅡ〜累と憂鬱〜

 暗闇だった。

 辺り一面、深い闇。自分の躰がハッキリと認識できている以外は、何も分からない。

 ああ、そうか…。

 自分は死んだのか。 

 驚く程にすんなりと、その事実を受け入れる事が出来た。

 後悔や悲しみは不思議と無い。まだ自分の全てが今の状況を受け入れていないだけなのかもしれないが、不思議な事に心中は穏やかだった。

 …そのうちに、遠くに人影が見えた。蝋燭の灯りの様に、ぽつりと、存在だけが感じられる。

 自分の躰は意思とは無関係にそちらへと向かっていく。まるで、引き寄せられているかの様だ。

 近付いていくにつれ、人影の正体が分かった。燕尾服を着た花車な少女―自分がこうなった原因を作ったともいえる少女だ。こちらに背中を向けており、寂しそうな雰囲気を纏っていた。

「咲ちゃん」

 名前を呼ぶが、少女―琴音咲は反応しない。

「…ねぇ、答えて…」

 掠れた声で呼びかける。

「なんで…黒羽根は私達を襲ったの?」

 そう言った瞬間、咲が振り返った。

 躰は傷だらけで、ソウルジェムは身に付けていない。何より…その目には眼球が無く、ぽっかりと暗い穴が空いているだけだった。

 咲はこちらに手を伸ばしてくる。反射的に後退しようとするが、躰は動かない。

 固まる自分に対して、咲はニヤリと笑みを浮かべた。

 酷く、歪んだ笑みだった。

 

 

 悲鳴をあげて、いろはは目を覚ました。

「いろはちゃん!」

 すぐ傍に居たのは十咎ももこだった。近くには水波レナと秋野かえでもいる。

「ももこさん…」

 いろははぼんやりと呟いた。まだ、脳が状況を把握し切れていない。

「大丈夫?」

「…はい、えっと…」

 そこで、自分が何故倒れていたのかを思い出した。

「黒羽根は!?」

 がばりと身を起こす。瞬間、腹部の痛みでいろはは呻いた。

「まだ寝ていた方がいいよ…いくら傷の治りが早いと言っても、重傷な事には変わりないんだからさ」

「だ、大丈夫です…それより、黒羽根は…みんなは…?」

 いろはが掠れた声で訊くと、ももこは「大丈夫だよ」と優しい声で言った。

「黒羽根はアタシ達が撃退した。嫌な予感がしてみかづき荘に行ったけど居なかったから焦って探して、ちょうどいろはちゃんが襲われている所に出くわしたんだ」

 今回はグットタイミングだったよとももこは言ったが、そこで辺りを警戒していたレナが「いろはが怪我したんだからバッドタイミングよ」とキツい口調で言った。

「おぅ…確かにそうかもしれないけどさ…」

 ももこは項垂れる。それを見たかえでが「レナちゃん…」とレナにじとりとした視線を向けた。

「何よ、事実でしょ?」

「ま、まあまあ…私は大丈夫ですし、ももこさん達が来なかったら今頃…」

 いろははふたりを宥めながら、同時にゾッとしてぶるりと震えた。

 ももこ達が来なかったら、いろはは死んでいた。それに、意識を失っている時にとても厭なものを見た気がする…それが何なのかはよく分からなかったが。

「…まぁとにかく、アタシ達はいろはちゃんを助けた後、あのドームみたいなものを壊そうとしたんだ。だけどビクともしなかった」

 公園には未だにドーム状の結界が張られている。やちよ達がどうなったのかも分からない。

「…やちよさん達はあの中にいるんだよね?」

「はい…みんな大丈夫かな…」

「それなら問題ないと思うよ」

「え?」

 驚いた事に、ももこは微笑んでいた。

「幾ら黒羽根がしぶといっていっても、相手はみかづき荘メンバーだよ?負ける訳ないじゃんか」

 ―瞬間、ドームにヒビが入り、崩壊した。

「いろは!」

「お姉ちゃん!」

 飛び出してきたやちよとういがいろは達の姿を認め、安堵したように表情を緩める。

「いろはちゃん、大丈夫?」

 鶴乃達も無事な様だった。先程吹っ飛ばされていたさなや腹部を蹴り抜かれていたフェリシアも、今はすっかり回復している。

「はい、大丈夫です…みんなは?」

「へーきだよ!あんなヤツら、ボコバキでガンだ!」

「やっぱり少ししぶとかったけれど、わたし達の敵じゃなかったよ!ふんふん!」

 それを聞いて、いろははひとまず安堵した。

「ももこ達もありがとう、お陰で助かったわ」

「困った時はお互い様だよ…っていっても、これからどうするかな…」

 ももこは難しい顔になり、腕を組んだ。

「また黒羽根に襲われたら…ふゆぅ…」

「どーせ、場所とか状況とか考えないで襲ってくるんでしょうね…ほんっと、サイアクだわ」

 かえでが不安を顔に浮かべ、レナが悪態をつく。

 かえでの言う通り、黒羽根は場所や状況など考えないだろう。いろは達はまだいいが、最悪、無関係な人まで巻き込む事になる。

 かといって敵の人数がよく分からないので下手に動けないのも事実だ。

「…そういえば、黒羽根に襲われる前にいろはちゃん何か言おうとしてたよね?」

 どうしたものかと悩んでいた時、鶴乃がいろはにそう言った。

「あ、はい…黒羽根に襲われたのは私たちと十七夜さん、ひなのさん…そしてももこさん達、でしたよね?」

「分かっている限りではね」

「マギアユニオンのグループチャットを確認してみたけれど、今のところ襲われているって報告は入ってないよ」

 携帯端末を確認していたももこが言った。それを聞いて、仮説が確信に変わる。

「…もしかしたら、襲われている人達は全員、咲ちゃんと関わりがあった人達なのかもしれません」

「…咲ちゃんと?」

「どういう事よ」

 全員が驚いた様にいろはを見た。

 これはあくまでも仮説ですが―そう前置きして、いろはは自分の考えを話し始めた。

「最初は、マギアユニオンの幹部を狙ったのかと思っていました。だけどそれなら灯花ちゃんやねむちゃんも狙われる筈だし、何よりももこさん達が狙われているのがおかしいと思ったんです」

「確かにそうね…レナは幹部でもなんでもないのに」

「それを言うなら私だってそうだよ?」

 レナとかえでがとばっちりを受けたという顔をしていたので、いろはは「…でも、そうじゃなかった」と続けた。

「仮にこの事件の裏に吹綿さんが居たとして…狙うのは咲ちゃんだと思うんです。でも、咲ちゃんは神浜には居ない…だからその代わりに私達を襲ったんじゃないかって」

 いろはの言葉に、鶴乃とやちよが目を見開く。

「代わり…って、まさか」

「…見せしめって事ね」

「はい…吹綿さんは咲ちゃんを憎んでいるし、それに神浜で活動するにあたってマギアユニオンが邪魔だった。だから私達を襲ったんだと思うんです」

「じゃあ、襲われているのは…」

「…多分、咲ちゃんと関係がある人だと思う」

 それに―といろはは付け加える。

「黒羽根が言っていたんです。原因は、琴音咲にある…って」

 全員が黙り込んだ。かなりめちゃくちゃな仮説ではあるが、様々な情報を照らし合わせるとこれが一番しっくり来る仮説だった。

 暫くの沈黙の後、ももこが呟いた。

「そりゃ、アタシ達は分かるけどさ…十七夜さんとかひなのさんはどうして襲われたんだ?」

「この前、咲ちゃんが大怪我した事があって…その時に一緒に助けたからだと思います」

「そんな理由で!?」

 ももこは驚いたが、他に接点が見つからない。

「イカれてるわよ、ソイツ…」

 レナが顔を引き攣らせながら言う。咲とかかわりを持っていただけで殺そうとするのは、確かに常軌を逸している。

「それだけ憎しみが深いって事ね…」

 やちよも表情を曇らせた。

「咲ちゃんは引っ越してきてから日が浅いし、他の魔法少女との接点も少なかったとは思いますが…」

「注意喚起した方がよさそうね」

 やちよがそう呟き、携帯端末を取り出す。と、そこでさながおずおずと言った。

「でも、それで注意喚起したら…琴音さんまで悪者になる気が…」

「それは…」

「確かに、そうだね…」

 今回の件がいろはの仮説通りだとするならば、咲が居なければ事件は起こらなかったという事になる。必然的に彼女にもヘイトが向いてしまう事になるだろうとさなは言っているのだ。

「咲さんに連絡はしたの?」

 ういがいろはに訊く。いろはは難しい顔でそれに答えた。

「さっきから電話はしてるんだけど繋がらなくて…メッセージも見てないみたいだし」

 この事を知ったら、咲はどうするだろう?恐らく、直ぐに戻って来ようとするだろう。それでは秕の思うツボだ。

 …この時には既に咲は魔女化しており、秕は神浜に向かっていたのだが…いろは達がそれを知る由もない。

「…とりあえず、警戒するしかないわね」

 やちよが鋭い目をして言った。

「こりゃ、暫く家には帰れないな…」

 ももこがそう呟き、ガリガリと頭を搔いた。

 その時―複数の(あしおと)が聞こえた。

 またもや黒羽根が現れたのだ。それだけでは無く、先程倒した筈の黒羽根までがむくりと起き上がってきた。

「わあっ!復活したよ!?」

「どんだけしぶといんだよ!」

 かえでがびっくりして声を上げ、フェリシアが威嚇する様に唸る。

 黒羽根達はじわじわと包囲網を狭めてくる。逃げようにも隙が無く、戦闘は免れない様だった。

 全員が変身し、得物を構える。

 そして―再び、魔法少女達は激突した。

 

 

 ―同時刻、調整屋

 

「黒羽根に襲われた、ねぇ…」

 八雲みたまは携帯端末を見ながらそう呟いた。

 先程、ももこからメッセージが届いた。突然黒羽根に襲われたというものであり、心当たりは無いが調整屋も気をつけろ…大体そんな内容だった。

 次いで、十七夜からも同じ様なメッセージが届いた。それだけでは無く、SNS上では「東の魔法少女が黒羽根に襲われた」という噂が飛び交っていた。どうやら十七夜と黒羽根が戦闘している所を目撃した魔法少女が居たらしい。面倒な事にならなければいいのだが。

「…それで、あなた達もそういう用かしらぁ?」

 みたまは携帯端末から目を離し、自分の前に立つ黒い影を見る。

 ふたりの黒羽根が、みたまに無感情な視線を向けていた。

「調整屋に攻撃する必要は無いと判断した。ただし、ここは見張らせてもらう」

 ひとりが淡々とした声で言う。

「あら、どうして?」

「調整させない為だ」

 もうひとりがみたまから目を離さぬままそう言った。

(…黒羽根がこんな事をするメリットは無い。とすると、例の咲ちゃん絡みの黒羽根かしら)

 彼女の過去を見た時から、何かが起こる気はしていた…それに、咲が呑み込まれて絶望するであろう事も、何となく気付いてはいた。

 心配ではあったが、自分には何も出来ない。その前にまずはこの状況をどうにかしなければ。

「まさか営業妨害される日が来るとは思わなかったわぁ…」

 みたまはぼやきながら、黒羽根達に鋭い視線を向ける。

「わたしは調整屋…これは商売なのよ。出来れば傷付けたくなんてないけれど、あまり邪魔するようだったらそれなりに覚悟はしてもらうわ」

「………」

「…………」

 黒羽根達は何も言わない。この状態で客が来たら大変だし、自分もそろそろ家に帰りたかった。どうやら、覚悟を決めた方がよさそうだ。

 みたまは溜息をついて、行動を開始した。

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