ある少女の物語〜マギアレコード 魔法少女まどか☆マギカ外伝より〜 作:転寝
―同時刻、大東区
闇の中で、いくつかの影が蠢いている。
複数の影がひとつの影を取り囲み、攻撃を加えている様だ。…これだけ聞くと惨い絵面に思えるだろうが、実際はそうでは無かった。
取り囲まれている影は臆する事無く、手にした得物を振るう。風を切る音と、乾いた音…その後で、取り囲んでいた影が一斉に崩れ落ちた。
ふうと息をつき、取り囲まれていた影―和泉十七夜は少しばかり警戒を緩めた。敵が動かなくなった事を確認してから変身を解除し、歩き出す。
これで何回目の襲撃だろうか。毎回後ろからやって来るし、髪型や得物が同じなので、襲撃を掛けているのは毎回同じ黒羽根だと推測出来る。その度に強烈な一撃を加えているのだが、暫く気絶した後に起き上がり、また襲ってくる―その繰り返しだ。敵のタフさは常軌を逸しているといえる。
このままだと、本当に殺すしかなくなってしまう…それだけは避けたいところだ。
加えて、場所や状況を選ばずに襲ってくるので家にも帰れない。バイトが早く終わったと思ったらこれだ…全く、ついていないなと思う。
友好的な関係を築いていた筈の黒羽根が何故襲いかかって来たのか…彼女達を操っている黒幕は分かっていた。最近、ユニオンの幹部会で話題に上がった黒羽根の一団、その中にいる吹綿秕という魔法少女だろう。
以前出会った事がある魔法少女…確か、琴音咲といったか。秕はその少女を憎んでいると聞いた事があった。今回の事件もそれが原因らしいが…完全にとばっちりだ。
とはいえ起こってしまった事は変えられない。既に大東の魔法少女達に注意喚起は済ませてあるし、今やるべき事は真相の究明と黒幕の排除だ。
とりあえず、もう一度やちよと連絡を取ったほうがいいな…そう思いながら歩いていると、
「…ッ!」
後ろから殺気。振り返ると、眼前に鎌が迫っていた。
上体を逸らして回避し、脚を上げて相手の手首を蹴り上げる。衝撃で鎌が宙を舞った。
すかさず変身し、得物―乗馬鞭を振るった。相手の首筋に強烈な一撃が叩き込まれ、意識を刈り取っていく。
と、崩れ落ちた黒羽根を踏みつけてもうひとりの黒羽根が跳躍。十七夜の頭上まで来ると持っていた槍を突き出した。
一瞬の後、十七夜は脳天を貫かれている…筈だった。黒羽根もそれを確信したのだろう。フードの中でニヤリと笑みを浮かべる。
然し―十七夜は半歩動いて槍を躱し、空中で無防備になった黒羽根の腹に昇〇拳の要領でアッパーを食らわせた。
顎に食らった訳ではないのだが、その威力は絶大だ。魔法少女でなければ腹を突き破られ、臓物を辺りに撒き散らしていたに違いない。
黒羽根は悶絶した後、地面に強く顔を打って気絶した。それで済んだのだから魔法少女というものは頑丈だといえるだろう。
一息つく間も無く、十七夜は背後を振り向く。三人の黒羽根が、金属バットやらブラックジャックやらスタンガンやらを持って襲いかかって来た。
「それでは自分には勝てんぞ」
十七夜は薄く笑みを浮かべた後、三人を捌く作業に取り掛かった。
その三十秒後にはふたりが地面に転がり、残りはあとひとり、スタンガンの黒羽根だけとなった。
先刻襲いかかってきた時には一撃で倒せたのだが、今回は一撃では倒れなかった。といっても耐久性だけだ。実力は天と地の差がある。
突き出されたスタンガンを躱し、無防備な項に魔力を込めた一撃を叩き込む。それで黒羽根は倒れた。驚く事に、意識はまだ残っていた。
「貴様の心、読ませてもらうぞ」
十七夜は固有魔法で黒羽根の心を読んだ。然し何も見えない。そう思えるほど空虚だった。
これまで戦って来た黒羽根もそうだった。空っぽで、何も無い。皆、虚ろに染まっていた。
「…答えろ。貴様は誰に唆された?」
十七夜は静かな声で問うた。すると、黒羽根は抑揚の無い声で言った。
「原因は、琴音咲にある」
「…何だと?」
「原因は、琴音咲にある」
いくら問うても、それしか言わない。埒が明かないと判断して、十七夜は諦めた。
その場を立ち去ろうとした時、不意に倒れていた黒羽根がフードを取った。
現れたのは、まだ幼い少女の顔。然しその顔を見て、十七夜は硬直した。
「…貴様は」
無感情な瞳、表情が無い顔。そして、その額にあったのは…。
「…貴様は、何故動けている?」
十七夜は困惑して、黒羽根に訊いた。
返事は無かった。
*
―同時刻、南凪区
「くたばれぇっ!」
そんな声と共に、都ひなのは持っていたフラスコを黒羽根に向かって投げつけた。
フラスコに入っていた薬品が黒羽根のローブを濡らす。それと同時に薬品が何かの反応を起こして爆発した。黒羽根は炎の中に姿を消し、それを見届けたひなのは大きく息をついてボヤいた。
「はぁ…ひとまずこんなところか…全く、急に襲ってきてどういうつもりだ?」
独り言で、返事は期待していない。そもそも返事をするべき相手は炎の中だ。返事どころか、喋る事も出来ないだろう。
はぁ、と溜息をついて、ひなのは炎に背を向け歩き出した。
多分、暫くしたらまた襲ってくるに違いない。現にこれまで襲ってきた黒羽根は全員同じだった。いくらダメージを与えても活動を停止しないなんて、まるでゾンビのようだ。
襲撃の理由に心当たりは無かった。ひなの自身、魔法少女になって長いが、誰かの恨みを買った覚えは無い。
考えられるのは、幹部会の議題に上がっていた黒羽根集団の仕業といった所か。黒羽根達とは和解していたが、彼女達とて一枚岩では無い。自分達に恨みを持っていてもおかしくは無いだろう。
(まあ、アタシだけで済むならまだいいか)
後輩や知り合いが巻き込まれなかっただけマシというべきか。話してしまえば彼女達まで巻き込む事になる。全てが終わった後に教えるのがいいだろう。
実際、何処かで噂を嗅ぎ付けたらしい知り合い達からメッセージが届いていたが、ひなのはすっとぼけていた。巻き込む必要は、何処にも無いのだから。
―瞬間、魔力反応を感じ取り、ひなのはとっさに右へとズレた。先程まで居た場所には禍々しい鎖鎌が突き刺さっている。
「いくらなんでも早すぎじゃないか…?」
ひなのは呟きながら振り返る。黒羽根がふたり、武器を構えていた。
(殺すしかないのか…?いや、それをやったらヒトに戻れなくなる。考えろ…化学の力で、切り抜けろ…!)
残酷な事ではあるが、一番手っ取り早いのは相手のソウルジェムに穢れを溜めさせる事だ。穢れが蓄積すればする程、躰は自由を失う。幾ら操られていると雖も、躰が動かなければ問題は無いといえるだろう。
加えて、神浜では魔女にならない。魂を削り、ドッペルを放出するだけで済むのだ。勿論、ドッペルにもリスクはあるが…希望と絶望の相転移でヒトに戻れなくなるという事は無いはずだった。
(少し残酷だが…許してくれよ)
ひなのは鞄の中から試験管を取り出す。中に入っている液体は毒々しい色をしており、ソレが危険な薬品である事を示していた。
黒羽根達が突進してくる。それをギリギリまで引き付け、スッと右に避ける。
攻撃を外した事で一瞬だけ生まれた隙を狙い、試験管の中の液体をぶっかける。液体がローブを濡らし、その雫が肌に達した瞬間―黒羽根は仰け反って悲鳴をあげた。
「操られているっていっても、コイツは効くのか…悪く思わないでくれよ」
そう言うひなのの顔は苦渋に満ちている。
ひなのが用いたのは強烈な毒だ。普通の人間なら、まず間違いなく死ぬ程の毒ではあるが…魔法少女はこれでも死ななかった。
掠れた悲鳴を上げ、のたうち回る。だけど死ねない。ソウルジェムが濁り、穢れに身を任せる事になっても魔女にはならない。ただ、苦痛が続くだけだ。
本当ならこんな事したくは無い。だが、もうこれしか無かった。
(…すまない)
ひなのはのたうち回る黒羽根に背を向け、もうひとりの黒羽根と対峙した。
数分後。
簡素な爆薬のオンパレードでなんとか黒羽根を倒し、ひなのは大きく息をついた。
「はぁ…いくら魔法少女だからっていっても、やっちゃいけない事があるよな…」
もう戦いたくない。さっさと帰って休みたい―ひなのの頭の中をそんな言葉がぐるぐると回っている。
だが、もう少しすれば何事も無かったかのように襲いかかってくるだろう。夜はまだ始まったばかりだし、襲撃が終わる気配は無かった。
先程までのたうち回っていた黒羽根はぐったりとしている。暫く目を覚まさないだろうが、ここに打ち捨てておくのも気が引けた。
せめて、何処か人目のつかない所に移動させるべきだろう。そう思ってひなのは黒羽根に近付いた。
そして何気なくその首に目をやって、ひなのは驚いた。
細い首にはソウルジェムが嵌っていたであろう枠が残っていた。然し―肝心のソウルジェムが見当たらない。
それどころか、枠には宝石の欠片が残っていて…それを見たひなのは青冷めた。
(殺した…アタシが?嘘だろ…!?)
躰から力が抜け、へたり込む。
この手で人を、殺してしまった…その事実がひなのを侵していく。
その口からは声にならない言葉が漏れ、目は大きく見開かれていた。
取り返しのつかない事をしてしまった…ひなのが茫然自失としていた、その時―
ブンッ、という風切り音がして、ひなのの胸を何かが貫いた。
「………え?」
赤く染まった鎖鎌が自分を貫いている―驚いたのは、そこでは無かった。
「…なんで、動けてるんだ…?」
鎖鎌の主は、ソウルジェムを砕かれた筈の黒羽根だった。
その無感情な目がひなのを捉えた瞬間―痛みが生じて、呻き声を上げる。
何が起きたのか分からず、ひなのは混乱した。
*
驚愕を感じたのは、都ひなのだけではなかった。
黒羽根の素顔を見た和泉十七夜も、調整屋で黒羽根を倒した八雲みたまも、そして襲いかかって来た黒羽根を撃退した環いろは達も、その事実に驚愕していた。
「どういう事だよ!」
夜の公園で、フェリシアが怒鳴った。
「何でコイツら、ソウルジェムが無いのに動けてるんだ!?」
「分からないよ…」
いろはが戸惑いながら呟く。襲いかかって来た黒羽根達は皆一様にソウルジェムを破壊されていた…その事実に困惑しているのだ。
「ソウルジェムが無い状態で動けるなんて有り得ないし、魔力も無いはずなのに…」
「操られていた…って事かしら」
やちよが考え込みながら口を開いた。
「確か、琴音さんが言っていた気がするわ。吹綿さんの魔法は、他人を操る事が出来るものだ…って」
「でも、死体を操るなんて…」
「それじゃあ、本当にゾンビだよぅ…」
「ぞ、ゾンビ…こんな暗い所で恐ろしい事言うんじゃないわよ!」
「だって本当の事なんだもん!」
かえでとレナがいつもの様に言い争う。いつもならそれを微笑ましく見守るのだが、今回ばかりはそういう訳にも行かなかった。
「倒しても倒しても復活するなんて、こりゃ原因を叩かない限り終わらないな…」
「原因?」
「その吹綿秕っていう黒羽根だよ。この事件を終わらせる方法はそれしかないと思う」
ももこの言葉に、やちよも同意する。
「…私も同感よ。神浜に居るのか、他の所にいるのかは分からないけれど…黒羽根が止まるとしたら大元を叩くしかない」
「じゃあ、その人を探そうよ!」
「ソイツをボコボコにすればいいんだな!」
フェリシアが意気込み、鼻息を荒くする。
とりあえずこれからやる事は決まった。ももこがかえでとレナの仲裁に入り、みんなで秕を探そうとした、その時…。
「あっ!」
ういが何かを見つけて声を上げた。
公園の入口に、もうひとり黒羽根が現れたのだ。彼女はゆっくりと此方に歩いてくる。
全員が武器を構えた。然し黒羽根は動じず、いろは達の前まで来ると足を止め、徐にフードを取った。
長くてボサボサの黒髪に、鋭い目。その口元はニヤリと吊り上がっている。
「アンタらが環いろはとそのお仲間さん達か。どうだい?あたしの贈り物は」
「贈り物…?アンタまさか、吹綿秕か!」
ももこが声を上げる。それに対して黒羽根―吹綿秕は愉快そうに目を細めた。
「そう、あたしが吹綿秕だ。アンタらを終わらせる為にわざわざ出向いてやったんだから感謝しろよ」
そう言って、秕はニヤリと笑った。
…何故か、いろはにはその笑みがとても虚ろなものに思えた。
次回、3章最終話です。